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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第184話 季節は、前に進んでく


そして、さらに翌日。


一年一組の担任教師や本田刑事が、陽向のあまりにも強引な”圧”に背中を押されたのか。

それとも、もともと捜査がその段階まで進んでいたのか──その真相は誰にも分からない。


ただ一つだけ確かなことがあった。


事件発生から、わずか二日。

この日、事態は一気に動き始めたということだった。


警察は集められた証拠と関係者の供述をもとに裁判所から逮捕状を取得し、門倉を正式に逮捕した。


身柄は拘置所へ送られ、これまで雫を執拗に追い続けてきた存在は、ようやく彼女へ直接近づくことのできない場所へと隔離された。


その知らせを受けた時、学校中へ大きく広がることはなかったものの、事件を知るごく限られた人々は、それぞれ胸の奥で静かに息を吐いた。


ようやく。

雫の身の安全だけは、ひとまず守られたのだ。


そして、その結果を受けるように、門倉の母親は早々に自主退学の手続きを済ませた。


一年一組の担任教師は急いで保護者へ連絡を入れ、正式な懲戒退学を待つよりも、「自主退学」という形で学校を去った方が、将来再出発する時の負担は少なくなることを丁寧に説明した。


その話を聞いた母親は、異議を唱えることなく手続きに応じたという。


結果、門倉という存在は、聖陵国際高校から完全に姿を消した。


”この学校から、この街から、抹消してやる”


あの日。

指導室で雫の手を握りながら、陽向が真っ直ぐな瞳で口にした言葉。


雫がもう一度安心して笑える場所を取り戻すために。


その約束は有言実行となり、誰も予想しなかったほどの爆速で現実となったのだった。





───────。





事件から三日が経過し、ようやく迎えた高校生活最後の週末。


窓の外では柔らかな午後の日差しが街を照らしていた。

どこかの公園から子どもたちの笑い声が風に乗って届く。


卒業式を目前に控えた三月とは思えないほど穏やかな休日。


それなのに、朔也の部屋だけは、時間が止まってしまったように静まり返っていた。


ベッドへ腰を下ろしたまま、朔也はスマートフォンの画面をぼんやりと見つめている。

画面には、昨日送ったメッセージがそのまま表示されていた。


“刑事さんから話があったけど、ものすごく心配してる”


”雫がもし必要なら、俺が側にいるから。気にせず頼ってほしい”


”俺に出来ることがあれば、何でも言って”


送信時刻の横には、小さく「既読」の二文字。


そこまでは届いている。

けれど、その先は何もない。

返信欄は静かなまま、一文字も増えてはいなかった。


朔也は小さく息を吐く。


(…無理か………)


二日前、刑事や教師から聞かされた事件の内容が、何度も頭の中で繰り返される。

あんな出来事を経験したばかりの人間が、平然とメッセージを返せるはずがない。


スマホを見ることすら苦しいのかもしれない。

誰とも話したくないのかもしれない。

そう思えば思うほど、返信が来ないという事実を責める気持ちは、不思議なくらい湧いてこなかった。


ただ─────胸の奥だけが、静かに痛んだ。


もし。

このまま何日経っても。

何週間経っても。

何か月経っても。


返事が来なかったとしたら。

それはきっと。




雫が選んだ答えなのだろう。




俺とは、もう関わらない方が自分は前へ進めるのだと。

そう決めたのなら。

その選択だけは、どれほど苦しくても尊重しなければならない。


それが、自分から別れを告げた人間の責任なのだから。


「……。」


朔也は静かに画面を閉じた。

部屋の中へ、小さくロック音だけが響く。

スマートフォンを机へ伏せて置くと、そのまま背もたれへ身体を預け、ゆっくりと目を閉じた。


春は、もうすぐそこまで来ている。


けれど朔也の胸には、まだ冬の冷たい風だけが、静かに吹き続けていた。




そんな中、迎えた日曜日。




この日は、朔也が第一志望として受験していた国公立大学の合格発表の日だった。


朝から家の中はどこか落ち着かない空気に包まれていた。

時計の針が発表時刻へ近づくにつれ、リビングに集まった家族の会話は少しずつ減っていく。

テーブルの上には、飲みかけのコーヒー。

テレビは点いたままだが、誰も内容など見ていない。

朔也はスマートフォンを握り締めたまま、大学の合格発表ページを開いていた。


時刻は午前十時。

画面を何度更新しても、まだ「準備中」の文字だけが表示される。


「…はぁ……」


思わず小さく息を吐く。

受験当日よりも、今の方が緊張している気さえした。


やがて。

ページが切り替わる。


『令和○年度 前期日程 合格者発表』


スクロールしながら、一列ずつ番号を追う。


102431──違う。


102437──違う。


102442──


「……あった…!」


自分の受験番号を見つけた瞬間、止めていた息が一気に漏れた。

念のため、番号を何度も再確認する。


「…………よしっ!」


拳をぎゅっと握る。

隣で画面を覗き込んでいた母親が、真っ先に声を上げた。


「合格!?本当に!?朔!」


「やったぁぁ!!」


父親も立ち上がり、嬉しそうに朔也の肩を叩く。


「おめでとう!」


張り詰めていた空気は一瞬で弾け飛び、静かだった家の中は歓声に包まれた。


「おばあちゃんに電話しなきゃ!」


「親父にも知らせろ!」


母親は慌ただしくスマートフォンを手に取り、父親も次々と親戚へ電話を掛け始める。


おめでとう。

よかったね。


電話口から聞こえてくる祝福の声が、次々と部屋へ重なっていく。


朔也もスマートフォンを開き、友人グループや部活のグループトークへ、合格発表画面のスクリーンショットを送信した。


”受かった!ありがとう!”


送信ボタンを押す。

すぐに画面は。


”おめでとう!!”


”さすが!!”


”お祝いしよー!”


そんなメッセージで一気に埋め尽くされていく。

誰もが笑っている。

誰もが未来へ向かって歩き始めている。


その輪の中にいながら。


朔也だけは、ふと一人の名前を思い浮かべていた。



──雫。



伝える資格なんて、ない。

そう思っている。

それでも。


シュッ──


雫のトーク画面へ、合格画面のスクショ画像と“受かりました”のメッセージを送った。


返信は来なくてもいい。

だけど。

この瞬間だけは、笑っていてくれたら。


そんな願いだけが、胸の奥へ静かに浮かんでは消えていった。




───────。




ポン。


陽向のスマートフォンへ、一件の通知が届く。


ベッドへ腰掛けたまま画面を開くと、咲、蒼太の入った“いつメン”グループLINEに朔也から送られた一枚のスクリーンショットが表示されていた。


大学の合格発表画面。


そのメッセージには、”合格しました”の文字。


「……………合格……か。」


思わず、小さく呟く。


ずっと分かっていた。

朔也なら、きっと受かる。

誰よりも努力してきたことも、夢へ向かって走り続けてきたことも、一番近くで見てきた。


だから驚きはない。


嬉しい。

本当に嬉しい。

それなのに。


胸の奥が、ズキリ、と痛んだ。


これで、本当に決まってしまった。


卒業すれば。

朔也は、この街を離れる。

大学の学生寮へ入り、新しい生活を始める。


何気なく隣を歩くことも。

当たり前だった日常も。

全部。

もう終わってしまう。


ずっと覚悟はしていたのに、分かっていたのに──




現実になるのは、こんなにも苦しいんだ。




陽向はスマートフォンを胸へ抱き寄せる。

窓の外では、春を知らせる柔らかな風が木々を揺らしていた。


季節は、確かに前へ進んでいる。


誰を待つこともなく。

誰の気持ちにも構うことなく。


それでも陽向の胸の中だけは、別れの足音が、少しずつ近づいてくるのを静かに聞いていた。




──────。




そして迎えた、週明けの月曜日──────。




卒業式まで、今日を含めてあと三日。


朝の空気はまだ春をためらっているようだったが、校舎へ差し込む朝日だけは柔らかく、長かった冬の終わりを静かに告げていた。


陽向は登校するなり上履きへ履き替えると、鞄を肩へ引っ掛けたまま職員室へ向かって全力で駆け出した。


廊下を走る靴音が朝の静かな校舎へ軽やかに響く。

胸の鼓動は、自然と速くなっていた。


(……もう来てるかな…!)


職員室の前まで来ると、陽向は勢いよく扉を開く。


ガラッ────


「しぃちゃんっ!」


その声と同時に、職員室の奥で振り向いた一人の少女と目が合った。


「……星野先輩っ!」


雫だった。


その瞬間、不安そうだった表情がぱっと花が咲くように明るくなる。

陽向も思わず笑みをこぼし、迷うことなく駆け寄った。




ぎゅっ────




ほとんど同時だった。


どちらからともなく腕を伸ばし、互いの身体を強く抱き締める。

事件の日、震える身体を支え合った時とは違う。

今そこにあるのは、”また会えた”という確かな安堵だった。


あれから、毎日。

二人は連絡を欠かす事は無かった。


毎日LINEのメッセージをやり取りして。

夜は電話で話して。

陽向は雫を孤独にしないよう、懸命に支え続けた。


昨晩、「明日から、学校に行きます!」という言葉を雫から聞けた瞬間、陽向は嬉しくて飛び跳ねた。


「良かった……!戻って来られて!」


陽向は雫の背中へ腕を回したまま、ほっと息を漏らす。


「星野先輩のお陰です。」


雫は陽向の制服へそっと額を預け、小さく頷いた。

震えていた声は、もうあの日とは違う。


「私のために……ずっと戦ってくれたから。」


その言葉を聞いた陽向は、抱き締める腕へ少しだけ力を込める。


「そんなの当たり前だよ。大切なしぃちゃんのためだもん。」


雫の胸へ、じんわりと温かいものが広がっていく。


守ってくれた人。

恐怖の中で、自分の前へ立ちはだかってくれた人。


あの日から何度も夢の中で思い出した、その愛しい温もりが今こうして腕の中にある。


雫はそっと顔を上げる。


朝日に照らされた陽向の髪が、柔らかな金色に揺れていた。

雫はその髪を愛おしむように陽向の耳へ掛け、小さく微笑む。


「……ずっと…会いたかったです」


恍惚とした潤んだ瞳が真っ直ぐ陽向だけを映している。


「星野先輩に。」


陽向も優しく目を細めた。


「私もしぃちゃんに会えて嬉しいよ。」


柔らかな笑みがこぼれる。

二人の間へ流れる空気は、事件の恐怖さえ忘れさせるほど穏やかだった。


──その時。


「ゴホンッ!」


わざとらしい咳払いが、二人の背後でへ響いた。

陽向と雫が同時に振り向く。

そこには腕を組み、呆れたような顔をした生徒会顧問、餅田先生が立っていた。


「職員室へ入る時はまず”失礼します”か、 朝なら”おはようございます”だろ! それでも生徒会長か、お前は!」


「あーもう!」


陽向は雫を抱き締めたまま不満そうに口を尖らせる。


「もっちーのせいで感動の再会が台無しじゃん!」


「ここは先生たちが仕事してる場所だ!感動の再会なら廊下で好きなだけやってこい!」


「そんなこと言ってー!本当はもっちーもしぃちゃんとハグしたくて羨ましいんでしょ?」


雫がクスッと笑いながら両手を広げて一歩前へ出る。


「餅田先生!ハグしましょうか?」


「やめろ!」


餅田先生は真っ赤になって両手を突き出した。


「さっさと教室行け!」


出口へ向かう二人の笑い声が職員室へ響き渡る。


「あはははっ!照れてるー!」


「じゃ、あとでハグしましょうねー!」


「するかー!」


事件以来初めて。

雫の口から、心の底から笑ったような明るい笑い声が職員室へ響いた。


その笑顔を見た教師たちは、誰にも気付かれないように、そっと安堵の息を吐いていた。




───────。




その日の放課後。


「誘導担当、これで全員大丈夫?」


「体育館入口は…2人で足りるんじゃね?3人もいらないっしょ。」


「じゃあ修正して印刷します!」


生徒会室は、いつも通りの通常運転だった。


明後日に迫った卒業式。

役員たちが慌ただしく机を囲み、それぞれの持ち場で作業を進めている。


陽向の前には、机いっぱいに広げられた書類。

卒業式の進行表。

役員配置表。

来賓一覧。

在校生代表の動線確認。


コピー機の作動音。

ホチキスを打つ乾いた音。

誰かがページをめくる紙の擦れる音。


忙しさだけが絶え間なく流れる。

この空間の中では、数日前に学校内で人知れずに起きていた事件など存在していなかった。


雫もまた、その輪の中にいた。


机の上へ並べられた段ボール箱を開け、一つひとつコサージュを数える。

卒業記念品。

メッセージカード。

指先で丁寧に確認しながら、数を書類へ書き込んでいく。


陽向も、餅田先生も。

雫へ向ける視線の中に、普段通りでいてあげようという優しい気遣いが滲んでいた。

だから雫も、その想いに応えるように、いつも以上に仕事へ集中した。

忙しくしている方が、心は少しだけ楽だった。


「3年生は163人だから……予備を入れて170個で大丈夫ですか?」


「おっけ。数の確認終わったら全部体育館に運んで!」


「はい!」


横溝琉嘉はいつも通り、次々と指示を飛ばす。

その口調も、仕事の振り方も、何一つ変わらない。

事件を知らないからこその自然さが、今の雫にはむしろありがたかった。


雫は台車を引き寄せ、段ボール箱を一つずつ積み重ねていく。


「体育館、行ってきます!」


「よろしくー!」


明るい返事を背中で聞きながら、生徒会室を出る。


ガラリ、と扉が閉まる。

廊下へ出ると、生徒会室の賑やかな声が急に遠くなった。


窓から差し込む西日が長い影を床へ落とし、さっきまで感じていた温もりが少しだけ薄れていく。

台車を押す音だけが、静かな廊下へ規則正しく響いた。


その時だった。


「しぃちゃん!」


後ろから聞こえた、優しい声。

振り返ると、陽向が小走りで追い掛けてきていた。

少し息を弾ませながら、雫の隣で足を止める。

ほんの少しだけ言葉を探すように視線を泳がせてから、小さく尋ねた。


「……一人で……大丈夫?」


その一言には、それ以上の意味が込められていた。

体育館までの距離や作業の事を心配しているわけじゃない。

言葉にしなくても、雫にはちゃんと伝わっていた。

胸の奥が、じんわりと温かくなる。


雫はふわりと微笑み、小さく頷く。


「大丈夫ですよ。忙しいですから、先輩は戻ってください。」


そう言って台車へ手を掛ける。

陽向は少しだけ迷うように雫を見つめ──やがて安心したように笑った。


「うん。でも何かあったら、すぐ呼ぶんだよ?」


「はい。」


二人は笑い合う。

その笑顔は、まだ傷を抱えながらも、確かに前へ進もうとしている人の笑顔だった。


台車を押す音が、夕暮れの廊下へ静かに響いていた。




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