第181話 いつも見てる、何でも知ってる君のこと
シン…と静まり返る一年一組の教室。
放課後の喧騒はとっくに遠ざかり、校舎には人気がほとんどない。
雫は自分の席へ腰を下ろしたまま、何度も壁時計へ視線を向ける。
「…………。」
秒針が、静かな教室へ規則正しく時を刻んでいる。
──コチ、コチ、コチ。
その音だけが、不自然なほど大きく耳へ届いた。
制服のポケットへ入れたままの手紙を、無意識に握り締める。
紙は少しくしゃりと音を立てた。
(……何を話すんだろう。)
考えないようにしても、考えてしまう。
期待してはいけない。
何度もそう言い聞かせた。
それでも心は勝手に答えを探し始める。
もし違ったら。
もし、ほんの少しでも期待してしまった自分がいたら。
また傷つく。
その怖さだけが、胸の奥でじわりと広がっていた。
視線を上げる。
時計の長針は、間も無く十八時を指そうとしている。
その時だった。
ガラッ────。
静まり返った教室へ、突然扉の開く音が響く。
「……!」
雫は弾かれたように立ち上がった。
思わず笑顔になりかけた、その瞬間。
「……あ……」
教室へ入ってきた人物を見て、その表情が固まる。
そこに立っていたのは───────
「……門倉くん……?」
黒川朔也ではなかった。
同じクラスの、門倉祐だった。
一瞬、思考が止まる。
(……え……?)
どうして。
どうして門倉くんがここへ。
門倉は教室の入口へ立ったまま、静かに雫を見つめている。
夕陽を背負ったその姿は逆光で表情が見えず、普段よりずっと大人びて見えた。
雫は慌てて笑顔を作る。
「こんな時間まで残って……どうしたの?部活?」
門倉は答えない。
数秒の沈黙だけが流れる。
やがて、静かな声が教室へ落ちた。
「黒川朔也は来ないよ。」
「……え?」
その一言で。
胸の奥が、ヒヤリと冷えた。
「手紙、入れたの僕だから。」
一瞬。
言葉の意味が理解できなかった。
「……どういう……こと……?」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。
ピシャンと、扉を閉めて。
門倉はゆっくりと教室へ入ってくる。
コツ。
コツ。
上履きの音だけが静かな教室へ響く。
「そうでもしないと、雫たん…」
一歩。
また一歩。
「何回呼び出しても…来てくれないでしょ?」
その瞬間。
バラバラだった記憶が、一気に繋がった。
一学期。
昼休み、放課後、昇降口、体育館裏。
何度も男子に呼び止められ、告白されるたびにきちんと返事をしてきた。
断るのは苦しかった。
それでも誠実でいたかった。
けれど。
朔也と付き合い始めた二学期からは、そういう誘いには一切応じなくなった。
門倉裕も。
その”振られた男子”の一人だった。
全身から、さっと血の気が引く。
「……だからって……」
声が震える。
「こんな騙すみたいなやり方……最低だよ……!」
すると門倉は、小さく笑った。
その笑みは、雫の知っているものとはどこか違っていた。
「最低なのは君だよ…雫たん。」
雫は反射的に後ずさる。
机が背中へ当たった。
逃げ場がない。
「僕の気持ち、知ってたよね?」
門倉は、なおも距離を詰める。
「それなのに…黒川朔也と付き合った。」
「…………。」
雫は何も言えなかった。
言葉より先に、本能が危険を告げていた。
怖い。
この空気。
この目。
いつもの門倉くんじゃない。
「……私…帰るから…!」
できるだけ平静を装って言う。
視線を合わせないまま、門倉の横をすり抜けようとした、その瞬間だった。
ガシッ。
「……っ!」
右手首へ強い衝撃が走る。
思わず息を呑んだ。
振り返ると、門倉が雫の手首を強く掴んでいた。
指が食い込むほど力が入っている。
「黒川朔也と別れたよね?」
低い声が響く。
「……っ!」
心臓が跳ねる。
誰にも言っていない。
友達にも。
陽向にも。
生徒会のみんなにも。
それなのに。
「……どうして……それを……?」
門倉はゆっくり口角を上げた。
「いつも見てるから。」
その一言で。
背筋を、冷たいものがゆっくり這い上がった。
「雫たんのこと、何でも知ってるよ?」
さらに一歩。
二人の距離は、もう腕一本もない。
夕陽に照らされた瞳だけが、不気味なほど静かに笑っていた。
息ができない。
教室の扉は、遠い。
誰もいない。
助けを呼んでも、この校舎に残ってる人まで届くのだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
「離して!!」
雫は震える声で叫び、掴まれた手首を必死に振りほどこうとした。
次の瞬間だった。
ガシッ──。
「きゃっ……!」
振りほどこうとした腕を強く引かれ、雫の身体が大きくよろめく。
その勢いのまま、門倉は背後からその華奢な身体ごと強引に抱え込んだ。
「……っ!」
腕が、背中から胸元へ回される。
逃がさないとでも言うように、その力は驚くほど強かった。
「離して…っ…!」
身体を捩る。
必死に腕を振りほどこうとする。
けれど、小柄な雫の力ではびくともしない。
制服の布が擦れる音だけが、静まり返った教室へ響いた。
「雫たんは……っ!」
耳元で響く歪んだ声と、締め付けるような腕の力。
「……あんなガラの悪い男と付き合うような子じゃない……!」
苦しそうで。
泣きそうで。
それでいて、どこか狂気を孕んだ声だった。
雫の全身を覆い尽くした圧迫感が、肋骨を酷く痛めつける。
逃げ出そうと身をよじるが、狂気に満ちた男の力には到底歯が立たない。
「…ほんとは…っ… 弱味でも握られて……黒川朔也に脅されてただけなんでしょ…?」
門倉は後ろから、逃げようと暴れる雫の耳元へと顔を埋めた。
粘つくような吐息が首筋に触れ、雫の肌に総毛が立つ。
「違うよっ…!」
雫は全身の血が引いていく恐怖の中で、必死に抵抗した。
声が震える。
涙まで滲んでくる。
それでも門倉は聞いていなかった。
まるで自分だけの世界へ閉じこもってしまったように、雫の言葉は少しも届いていない。
「雫たんが好きなのは…… ずっと僕だったんだよね?」
門倉は深く、深く、雫の髪の香りを吸い込んだ。
「あー……雫たんの香り……!」
「やめてっ!!そんなわけないっ!!」
腕を振る。
足を踏ん張る。
それでも身体は拘束されたまま。
恐怖で呼吸が浅くなる。
心臓が壊れそうなくらい暴れている。
「笑って…毎日おはようって言ってくれるよね?」
鼻腔をくすぐる本物の雫の香りを貪るように吸い尽くす。
肌越しに伝わる微かな温もり。
それらが火に油を注ぐように、門倉の脳内を侵食していく。
薄暗い視界の中、光を失った門倉の瞳は完全に正常な正気を手放していた。
「僕が筆箱落とした時も… 優しく拾ってくれた。」
まるで宝物を語るような口調だった。
その一つ一つが。
雫にとっては、誰にでも向けていた当たり前の優しさだった。
クラスメイトだから。
困っていたから。
それだけだった。
なのに。
門倉の中では、そのすべてが”特別な意味”へ変わってしまっている。
「…愛し合ってる…僕達は………こんなに愛し合ってるんだよ!!」
門倉の暴走は止まるどころか、加速度を増して暗い情熱へと変わっていく。
(怖い……)
理解できない。
話が通じない。
この人はもう、自分の見ている現実とは違う世界を見ている。
その事実が、何より恐ろしかった。
「…っほら……見て…!」
門倉は片手を離すと、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。
雫の目の前へ、スマートフォンが突きつけられた。
「…………!」
息が止まる。
画面いっぱいに映っていたのは──自分だった。
教室で笑っている姿。
廊下を歩く後ろ姿。
窓際で本を読んでいる横顔。
昼休みに友達と話している姿。
昇降口で靴を履き替える瞬間。
体育祭。
文化祭。
校庭。
カフェテリア。
生徒会室。
どれも。
どれも。
自分の知らないところで撮られた写真だった。
「僕の写真フォルダ…ぜーんぶ雫たんなんだ…!
門倉は笑う。
指で画面を次々とスライドさせる。
一枚。
また一枚。
終わらない。
終わらない。
終わらない。
「ね…?…雫たんしかいないんだ!」
笑顔。
横顔。
俯いた顔。
髪を結び直す仕草。
誰かと話す姿。
何百枚。
いや、それ以上。
門倉の目は恍惚としていた。
息が荒くなる。
「黒川朔也なんかより、僕の方が雫たんを愛してるだろ!!」
画面を握る手が震える。
「…やめて…っ…」
雫の声は掠れていた。
身体の震えが止まらない。
目の前にあるのは写真じゃない。
積み重ねられた執着だった。
知らないところで。
見られていた。
追われていた。
記録されていた。
その事実が、一気に押し寄せてくる。
頭が真っ白になる。
息が苦しい。
胸が締めつけられる。
「いや……」
涙が溢れた。
視界が滲む。
「ほら! 見ろよ! 全部雫たん! 雫たん!!」
画面いっぱいに並ぶ、自分、自分、自分。
逃げ場のない腕の中、耳元で撒き散らされる狂気の叫びと、目の前の恐ろしい光景。
どこにも逃げ場がない。
恐怖が限界を超える。
張り詰めていた雫の心の糸が、音を立てて断ち切られたその瞬間──
「いやあぁぁぁっっっ!!!!」
悲鳴が、静まり返った校舎へ鋭く響き渡った。
「大声出しても……無駄だよ……っ!」
パニックに陥り、狂乱状態で暴れる雫。
その予想以上の抵抗に、門倉は一瞬体勢を崩した。
ドサッ─────
軋むような鈍い音を立てて、ふたりの身体が冷えた床へと倒れ込む。
門倉は間髪を入れず、雫の両手首を固い床板に叩きつけるように押しつけ、自らの全身の体重をかけてその小さな身体を完全に拘束した。
逃げ場のない圧迫感が、雫の胸を潰さんばかりに押し寄せる。
「最終下校は過ぎてる……校舎に生徒は誰もいない……!」
「誰かあぁぁぁぁ!!!! 助けてっっっ!!!」
喉が焼けるような熱を帯び、今にも壊れてしまいそうなほどの叫びが、無人の校舎に虚しく響き渡る。
「ここは3階の一番奥だよ? 巡回のおじさんも30分は来ない」
薄暗い教室の隅、西日の残光すら届かない影の中で、門倉は静かに、だが確信に満ちた声で追い詰めていく。
逃げ道をすべて塞がれた絶望が、雫の皮膚をじわじわと刺した。
「お願い……っやめて……! 門倉くん……っ」
涙で視界が歪む中、懇願するように首を振る。けれど、その涙さえも今の門倉には蜜の味でしかないようだった。
「雫たんと……やっとひとつになれる……」
焦点の定まらない濁った瞳。
粘りつくような吐息とともに、門倉の顔が急速に雫の唇へと覆いかぶさってくる。
(……もう……だめだ……)
全身の力が抜け、指先ひとつ動かせなくなる。
張り詰めていた抵抗の糸が、ぷつりと切れた──────。
死んだような静寂が、世界を支配しようとしたその瞬間。
目を閉じた瞼の裏に浮かんだのは、一人の人物だった。
助けて。
朔也くん。
バゴーーーーーーンッッッ!!!!!
静まり返っていた校舎の空気を切り裂き、渾身の力で叩きつけられた衝撃が走る。
固く施錠されていたはずの教室の扉が、激しい木片の飛散とともに力任せに蹴破られた。
「………っっっ!!!」
門倉が、弾かれたように顔を上げる。
次の瞬間。
ダダダダダダ…!
駆け抜けてきた足音が、教室の静寂を一瞬で引き裂く。
「どけぇーーーっ!!!!」
轟く叫びと同時に、開け放たれた扉から一直線に向かった影が大きく跳んだ。
────ドカッッッッ……!!!!
鋭く振り抜かれた飛び蹴りが、門倉の脇腹へ容赦なく叩き込まれた。
「ゔぅ…っ!!」
鈍い衝撃音が教室中へ響き渡った。
門倉の身体は大きく横へ弾き飛ばされ、そのまま机へ激しくぶつかる。
ガタンッ!
苦しそうに息を漏らしながら、門倉は脇腹を押さえて床を転がる。
その間に、飛び込んできた人物は迷うことなく雫の前へ立った。
「しぃちゃん…!大丈夫!?」
聞き慣れた声だった。
震え切っていた雫の瞳が、大きく揺れる。
「…っ……星野…先輩……っ!」
張り詰めていた糸が切れたように、雫の肩から力が抜ける。
陽向の顔を見たその安堵だけで、涙が溢れそうに滲んだ。
一方、門倉は苦悶に顔を歪めながら、どうにか身体を起こそうとしていた。
「…生徒会長が………こんな時間に……」
乱れた呼吸のまま陽向を睨みつける。
「…なんで…っ……ここに………!」
校舎の三階、廊下の一番奥にある一年一組。
そして、その真下。
二階の廊下の一番奥にあるのは───
普段は誰もいない、図書室だった。
数分前───────。
生徒会室を出た陽向は、そのまま図書室へ足を運んでいた。
返却ボックスに本を入れると、なんとなく足は書架の間へ向いてしまう。
ずらりと並ぶ背表紙。
紙の匂い。
静かな空気。
ここへ来ると、不思議と時間を忘れてしまう。
書架の間を歩きながら、次に借りる本を選んでいた。
気になる一冊を見つけて手に取る。
ページをめくる。
少しだけ読むつもりだった。
けれど、一章を読み終える頃には、もう次の本が気になってしまう。
また一冊。
さらにもう一冊。
夢中になって本を選び続けているうちに、窓から差し込む西日が、いつの間にか夕暮れの色へ変わっていた。
ふと壁時計が目に入る。
「……やばっ!」
思わず小さな声が漏れる。
いつのまにか下校時刻は過ぎていた。
慌てて貸出票へ必要事項を書き込み、本を抱えて図書室を飛び出す。
静まり返った廊下。
誰もいない校舎。
さっきまで聞こえていた部活動の声も、もう無い。
「急がなきゃ……」
図書室から一番近い階段へ向かい、下へ降りようとした、その瞬間だった。
───────いやあぁぁぁっっっ!!!!
静寂の中で、遠く微かに聞こえた張り裂けるような悲鳴。
「……!」
陽向の足が止まる。
全身から、一気に血の気が引いた。
陽向は咄嗟に、声が聞こえた方角。
上の階へと続く階段を見上げた。
三階から。
確かに聞こえた。
そう思った瞬間には、考えるより先に身体が動いていた。
階段を蹴るように駆け上る。
心臓が激しく脈打つ。
(なに…誰……!?)
陽向は息を切らしながら、一段飛ばしで三階への階段を駆け上がっていった。
───────。
「……ぐっ!」
飛び蹴りを受けた脇腹を押さえながら、門倉は苦悶の表情で立ち上がる。
乱れた呼吸を繰り返しながら、真っ先に視線を向けたのは教室の床へ置いてあった自分のリュックだった。
(逃げなきゃ……!)
ふらつく足でリュックへ飛びつこうとした、その瞬間だった。
「逃すかっ!!」
陽向が床を蹴る。
迷いなど一切ない。
その小さな身体ごと門倉へ飛び込み、リュックへ両腕を絡みつかせた。
「……離せっ!」
「駄目っ!!職員室まで一緒に来い!!」
ぎゅっと肩へ力を込める。
門倉は歯を食いしばる。
リュックを奪い返そうと乱暴に引っ張る。
しかし陽向は決して離さない。
「……っ!」
床へ靴底が擦れる。
小柄な身体が、そのままズルズルと引きずられていく。
体格差は歴然だった。
二歳年下とはいえ、高校生の男子。
力では到底敵わない。
それでも。
(絶対に……逃がさない…っ!)
陽向の頭にあるのは、それだけだった。
その思いだけが、細い腕へ信じられないほどの力を与えていた。
陽向が振り返る。
「しぃちゃーーん!!先生呼んできてーーっ!!!」
その叫びが教室へ響いた瞬間。
門倉の表情が一変した。
「……っ!!」
瞳が大きく見開かれる。
呼吸が浅くなる。
先生が来る。
捕まる。
終わる。
恐怖と焦燥が一気に頭の中を埋め尽くした。
「やめろぉぉぉーーーっ!!!!」
ガンッ!!
鈍い音が響く。
門倉は拳を振り下ろした。
陽向の頭へ。
ガンッ!!
ガンッ!!
さらに何度も。
必死だった。
今すぐ逃げたい。
この場から消えたい。
その一心で、狂ったように拳を振り下ろす。
「星野先輩っっっ!!!」
雫の悲鳴が震える。
動かなきゃ。
先生を呼ばなきゃ。
そう思うのに。
身体が動かない。
足が床へ縫い付けられたように震え続ける。
怖い。
怖くて。
頭が真っ白だった。
「……っ…しぃ…ちゃん……!」
床へ倒れ込んでもなお、陽向は門倉の脚へ必死にしがみついていた。
腕が震える。
息が苦しい。
それでも離さない。
絶対に。
「はやく……っ!!」
バキッ!!
乾いた衝撃音が教室へ響いた。
門倉が振り抜いた足先が、陽向の顔へ容赦なく叩き込まれる。
「……っ!」
視界が大きく揺れた。
鼻の奥へ鈍い痛みが走る。
次の瞬間。
ボタッ……
赤い雫が床へ落ちた。
続いて。
ボタボタ…ッ。
鼻からあふれ出した鮮血が、白い床へ次々と赤い染みを作っていく。
「キャーーーーーーッッッ!!!」
雫の叫びが裏返る。
陽向の制服の胸元へ、鮮やかな赤がじわりと広がっていく。
それでも陽向は離さなかった。
指先へ力を込める。
門倉の足首へ、必死にしがみつく。
そして血の混じった息を吐きながら叫んだ。
「さっさと行け!!雫っっっ!!!」
涙で滲んだ瞳が、真っ直ぐ雫を見つめる。
その一声が。
凍り付いていた雫の心を、ようやく突き動かした。
「……っ!!!」
弾かれたように駆け出す。
廊下へ飛び出し、夢中で階段を駆け下りる。
「誰かぁぁぁーーーっ!!!」
喉が裂けそうなほど叫ぶ。
「助けてくださいっ!!誰かぁぁぁーーーっ!!!」
静まり返った校舎へ、その悲鳴だけが何度も何度も反響する。
涙で前が見えない。
息が続かない。
それでも止まれなかった。
「どうしたっ!?」
二階の廊下の奥。
異変に気付いた教師が慌てて職員室から飛び出してくる。
雫はその腕を掴まんばかりの勢いで駆け寄った。
「お願いですっ!!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま叫ぶ。
「星野先輩を助けてくださいっ!!」
教師の表情が一変する。
「どこだ!!」
「三階です!!」
教師たちは一斉に駆け出した。
その後ろを雫も必死に追い掛ける。
一方、その頃。
「あ”ーーー…っ!くそっ……!」
門倉は荒い息を吐きながら舌打ちする。
教師が来る。
もう時間がない。
リュックへ視線を向ける。
しかし、そのリュックには今も陽向が必死にしがみついていた。
「……っ!」
諦めるしかない。
ドンッッッ!!
門倉はリュックごと陽向を突き飛ばす。
リュックを置き去りにしたまま、何も持たず教室を飛び出していった。




