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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第105話 衝撃のヒロイン、爆誕!

※X(旧Twitter)にて第105話イラスト公開しました!

https://x.com/exbrrh2oof32785?s=21



そして訪れた、五月下旬。


新緑の季節は、いつの間にか初夏の気配を帯び始めていた。

窓の外で揺れる木々の葉は、春先の淡い色から、少しずつ濃く、力強い緑へと変わっている。


聖陵国際の校内にも、またひとつ、新しい節目が訪れようとしていた。

陽向率いる聖陵国際生徒会組織の新たなクルーとなるメンバーがついに選ばれる。




生徒会役員総選挙。




体育館の最前列には、現役生徒会役員たちが整然と腰を据えている。


横溝琉嘉。

相田桜子。

阿久津孝明。

加賀優音。


そして、その中心に座るのは——星野陽向。


かつては誰かの背中に必死でついていくばかりだった彼女は今、この生徒会という船の先頭に立っている。


この生徒会に必要なのは、嵐が来た時に逃げずに立てる人間。

誰かが転んだ時に、自然と手を伸ばせる人間。

破天荒で自由気ままなキャプテンの勢いに振り落とされず、それでも荒波の海を一緒に渡ろうと思える人間。


この一年間、陽向を共に支えていく仲間として、その重要な素質がある候補者を見極めるべく。

役員達は真剣な面持ちで、一人一人の演説を胸に焼き付けていた。


その中でも。

この選挙期間中、ひときわ大きな注目を集めた立候補者がいた。


多くの立候補者の中でも、断トツで話題を掻っ攫った存在。

校内に貼り出された候補者ポスターの前では、通り過ぎようとした生徒たちが思わず足を止めた。

朝の挨拶運動で正門に立てば、そこだけ空気が少し変わる。

不思議と人の視線を引き寄せる。


そんな、圧倒的なオーラを纏った一年生。


彼女は、壇上で演説に立っていた。





《1年1組、小野 雫です。この度、生徒会役員に立候補させていただきました!》





きちんと揃えられた制服。

低い位置で二つに結ばれた艶やかな黒髪。

緊張したように頬を染めながら、それでも一人ひとりの胸へ、丁寧にその言葉を届けるように。


派手に声を張り上げるわけではない。

押しの強さで目立つタイプでもない。


それでも。

顔を上げたその瞳は、真っ直ぐだった。


演説が終わり、マイクの前から一歩下がる。

雫は胸の前で原稿を抱えるように持ったまま、深く、丁寧に頭を下げた。


その瞬間——


パァァァンッッッ!!!!!!


まるで何かが弾けたみたいに、体育館中から拍手が爆発した。


空気が揺れる。

椅子の軋む音。

誰かの歓声。

手を叩く音が、波みたいに何重にも重なっていく。


「うおおおお!!」


「雫たーーん!!」


「かわいすぎるだろーー!!」


「一年の星ーーー!!!」


もはや選挙演説とは思えない熱量だった。

特に男子生徒達は、完全に射抜かれていた。


選挙期間中。

朝の挨拶運動で微笑みかけられただけで、その日一日ずっと浮かれていた男子。

ポスターの前を無意味に何度も通った男子。

「今日小野さん正門いた?」なんて情報共有していた男子。


その全員が今、推しアイドルへ向けるエールのような熱量で拍手と歓声を送っている。


壇上の雫は、その歓声にびくりと肩を揺らしたあと、困ったみたいに目を丸くしていた。

頬が、ほんのり赤い。

緊張と驚きで、視線が少しだけ泳いでいる。


その姿すら、やけに絵になった。


春から初夏へ移り変わる柔らかな午後の光が、体育館の高窓から斜めに差し込んでいる。


その光の中へ立つ雫は、まるで突然この学校へ彗星のように現れた“物語のヒロイン”みたいだった。


陽向は最前列の中央で。

その華々しく現れた存在を、真っ直ぐ見上げていた。


(小野…雫……。)


胸の奥で、名前をそっとなぞる。

ただ“可愛い一年生”だから目を引かれているわけじゃない。

陽向には、なんとなくわかっていた。


この子もきっと、何かを越えようとしてここに立っているのだと。


二年前の、この日。

たくさんの人に手を引かれながら、ようやくここまで来た自分みたいに。


今度は、自分が誰かの手を取る番なんだ。


壇上で戸惑ったように拍手を浴びている一年生を見つめながら。

陽向の胸に熱いものが込み上げる。


(………仲間に…したいな!)


聖陵国際高校という、巨大な船を動かす大きな力。


陽向はそう感じて、小さく、でも確かに笑った。




────────。




六月の梅雨時期は、週の半分以上が雨だった。


朝から窓を叩き続けていた激しい雨は、昼を過ぎる頃には少しずつ勢いを弱めていき。

放課後、帰路につく時間には、まるで最初から何事もなかったみたいに止んでいた。


雨上がりの、少し湿った空気。


濡れたアスファルトが街灯の光をぼんやり反射している。

駅前ロータリーには、傘を片手にした人達が行き交っていた。


「あ、ちょうど来てんじゃん。バス乗る?」


ロータリーへ滑り込んできた路線バスを見つけ、陽向が顔を上げる。

けれど隣を歩く朔也は、一瞥しただけで興味なさそうに鼻を鳴らした。


「停留所三つぶんくらい歩けよ雨やんでんだから。バス代もったいねーだろ」


普段、自宅と最寄駅の間は自転車移動の二人だったが、梅雨時期だけは少し事情が変わる。

小雨程度なら徒歩。

本降りの日はバス。


そんなやり取りも、もう随分昔から繰り返してきたいつもの会話だった。


陽向は、むぅ……っと頬を膨らませながらも、結局バスには乗らず、朔也と並んで歩き出す。


「昨日結構遅くに帰ってきたでしょ」


「なんで知ってんの?」


「レオの散歩に出たらチャリ無かったから」


「あぁ」


朔也は、片手をポケットへ突っ込んだまま気怠そうに返す。

陽向は、そんな横顔をちらりと盗み見た。

最近の朔也は、放課後になるとほとんど毎日道場へ残っている。

柔道部の活動日も、道場裏の広場で蒼太と竹刀を打ち合っているのを見た。


「また自主練?」


「うん」


「めちゃくちゃ気合い入ってんね。最後の大会だから?」


「え、まぁー…そう。」


朔也は、一瞬だけ言葉を濁した。

本音を口に出来るほど、朔也は器用じゃなかった。


「へー、当日楽しみ!」


陽向は、屈託なく笑った。

その笑顔を見た瞬間。

朔也の胸の奥で、ぐらりと何かが揺れる。


こっちがどれだけ必死かなんて。

どれだけ、この大会へ全部賭けようとしてるかなんて。

きっとこれっぽっちもわかってない。


それでも。

だからこそ、勝ちたいと思った。


朔也は、ふっと口角を上げる。


「ちゃんと見とけよ。」


その声は、いつもより少し低かった。

陽向が、キョトンと目を瞬く。


「必ずベスト8決定戦まで勝ち進んで、その副将戦で…」


そして朔也は、前を向いたまま続けた。




「俺、絶対勝つから!」




雨雲の切れ間から、夕陽がぼんやり滲み始めていた。

その光が、朔也の横顔を斜めに照らす。


真っ直ぐだった。


剣道の話をしている時の朔也は、時々こういう顔をする。

いつものだるそうな雰囲気が消えて。

妙に鋭くて。

自信に満ちていて。


陽向はその横顔を見ながら陽向は、いつもの調子で笑った。


「ベスト8副将戦、期待してるよっ!」


その無邪気な笑顔に。

朔也は、一瞬だけ言葉を失う。


“期待してる”


そのたった一言だけで。

胸の奥へ、熱が灯る。



絶対に負けられない。



そう、強く思った。



駅前の喧騒を抜け、住宅街へ続く道へ足を向けようとした、その瞬間だった。


「あ、朔也!」


不意に、後ろから聞き覚えのある声が飛んできた。

そこに立っていたのは、中学時代の同級生の女子二人だった。


「おー、りことなぎさじゃん。」


朔也が足を止める。


二人とも他校の同じ制服姿だった。

朔也はそれで、”あぁ、こいつら同じ高校行ったんだっけ”と思い出す。

地元の駅周辺では、こうして時々、中学の同級生と遭遇することがあった。


卒業して、別々の高校へ進んで。

交友関係も変わって。

毎日顔を合わせていた人間達が、すっかり”偶然道端で会う人”へ変わっていく。


それなのに。


偶然再会した瞬間だけ、不思議なくらい昔の距離感へ戻る。


「最近どうよー」


「また近々みんなで会おうよ!」


「そー言えばついこの前みなとから久々に連絡あってさ──」


懐かしい名前が、ぽんぽん飛び交う。

その横で。


陽向は、小さく視線を落とした。


朔也達の“中学の輪”へ、自分が混ざる存在じゃない事くらいわかっている。

だから、なるべく自然に。

なるべく邪魔にならないように。


そーっと。

気配を薄くするみたいに。


静かに横を通り過ぎていく。


すると。


「あ、一緒にいた子行っちゃうよ?」


りこが、陽向の背中へ視線を向けながら言った。


「同じ学校の子なんだね。彼女?」


「…………っっっ!!??」


朔也は衝撃を受けた。

だって、こいつらは。


りことなぎさは——


陽向とも三年間、同じ中学の同級生だった。

それどころか、りこは小学校も六年間一緒だ。


毎日同じ教室にいて。

同じ空気を吸って。

同じ時間を過ごしてきた。


そして。

こいつらはずっと。


SNSでも。

グループLINEでも。

遊びに集まった時でさえ。


星野陽向の悪口で笑っていた。


そんな言葉を、何度も聞いた。

自分の隣で。

当たり前みたいに。


それなのに——


 


(……え…………まさか……………)


 


朔也の喉が、ひくりと震える。


 


ひなを、“星野陽向”だと認識してない……?


 


その事実が、じわじわ理解へ変わっていく。


女子二人の視線の中に、“中学時代の星野陽向”への反応が一切無かった。


嫌悪も。

嘲笑も。

見下しも。


何も。


まるで、本当に“初めて見る女の子”みたいな目だった。

その同級生の発言に、陽向も思わず驚いて振り返った。


「……え………はい…?」


陽向も状況が飲み込めず、思考が停止するように固まった。


「うちら、朔也と同じ中学だったんですよ〜」


「てか朔也の彼女可愛いじゃん!」


りことなぎさは、さっきまでと同じ調子で屈託なく笑いかけてくる。


「てかスクバめっちゃ可愛いくない?」


「ストーリーテイル好きなの?」


「………………。」


陽向は、混乱して返事が出来なかった。


“彼女”。


“可愛い”


その言葉達が、まるで現実感のない 音みたいに耳の奥で反響している。

どうしたら良いかわかない。

その空気に。

朔也は、言いようのない苛立ちを覚えていた。

そして——


「二人とも覚えてないの?」


思わず、低い声が湿った夕方の空気へ落ちる。




「星野陽向だよ。」




言ってしまった。


「「はっっっ!!??」」


二人の声は重なり、ひっくり返りそうな勢いで一歩後退した。


「…え……嘘…………星野さん………?」


「…いや……ま…?……やば………」


二人は、引き攣ったみたいな笑顔で陽向を見る。

その目には、さっきまであった自然な親しさが、スン、と消えていた。

代わりに浮かんでいたのは——


戸惑いと、気まずさ。


「…星野さん………めっちゃ…垢抜けたねぇ〜…………」


「…いやぁー…変わり過ぎてて………ガチで誰だかわかんなかったわー……あ、あははー………」


「てか……星野さんって……朔也と同じ高校行ってたんだねー……」


「……ねー…知らなかったわー………」


ぎこちない笑い声。

必死に“普通”を装おうとしている空気。

ほんの数秒前まで。

“可愛い彼女”として、自然に話しかけていた相手が。

“星野陽向”だとわかった瞬間。


空気が変わった。

それが、あまりにも露骨だった。


中学時代。


「ブス」

「陰キャ」

「キモい」

「死ね」

「消えろ」


何度も、何度も。

聞こえないふりをしてきた言葉達。


笑い声。

視線。

教室の空気。


二人は、そんな過去を無かった事にするみたいに、慌てて話題を変えた。


「じゃ、じゃあ朔也。夏休みら辺くらいに一旦どっかでみんなで会おうよ。」


「夏休み前でもよくない?期末とか終わったらみんなで一回ご飯行こうよ」


ついさっきまで。

陽向にも普通に笑いかけていたのに。

まるで、最初からそこに存在していなかったみたいに。

自然に、会話の外へ弾かれていく。


完全に、蚊帳の外。


陽向の胸の奥が、ざわり……と小さく波打った。


「因みに朔也って今彼女とかいんの?」


「あ、ね。彼女厳しいとあれか。そこんとこ、どんな感じ?」


まるで、手のひらを返したように。


朔也の胸の奥へ、ゾワッ……と黒い感情が込み上がる。


中学時代。

こいつらが、どんな顔でひなを笑っていたか。

どんな言葉を投げていたか。


全部、覚えている。


朔也は横目で、隣にいる陽向を一瞬見た。


下を向いて、肩が小さく落ちている。


学校では、あんなに笑っているのに。

生徒会長として、誰よりも堂々としていて。

廊下で。

教室で。

友達に囲まれて。

誰より騒がしくて。

まるで太陽みたいに笑っているくせに。

今の陽向は。


過去の真っ暗な世界へ、今にも引きずり戻されそうな顔をしていた。


「朔也モテるからなー」


「高校でも絶対無双してんだろうな」


なんで。

さっきまで、隣にいたこいつを“俺の彼女”だと思い込んでおいて。

それが“星野陽向”だとわかった瞬間に。



それは『無い』ってなるんだよ!!



ボワッと一気に燃えるように、胸の底から何かが競り上がったその瞬間。


グイッ────


朔也は、苦しそうに俯いている陽向の肩を、強く引き寄せていた。




「俺、今こいつと付き合ってるから。」




「「「………っっっ!!!??」」」


空気が、止まった。


りことなぎさ。

そして陽向までもが、同時に目を見開く。

その直後。


「「えええぇぇぇーーーーーーっっっ!!!!」」


二人の悲鳴みたいな叫びが、曇り空へ突き抜けた。


「……嘘……なんで……!」


「……ありえない……っ……」


りことなぎさは、呆然と朔也を見つめている。


信じられない。

現実とは思えない。


だって、朔也といえば。


中学時代、三年間ずっと彼女が途切れなかったほどのモテ男子。

りこに至っては、小学校高学年の頃、朔也へ本気で片想いしていた時期すらあった。


そんな朔也が。

よりによって。

わざわざ選んだ相手が——


かつて教室の隅で、誰とも目を合わせないように俯いていた、“スクールカースト最下層”の星野陽向だなんて。

常識で考えれば、ありえなかった。


そんなの、まるで架空のフィクションの。





“少女漫画のヒロイン”でしか起こり得ない。





陽向は、咄嗟に。


「ちょっと!朔也なに言って──」


慌てて否定しかける。

けれど、その瞬間だった。


 


ぎゅっ──


 


朔也の腕が、陽向の肩を強く抱き寄せた。

不意に引き寄せられた身体が、硬い胸板へぶつかる。


「っ……!」


ふわり、と。

鼻先へ、雨上がりみたいな朔也の柔軟剤の匂いが掠めた。

朔也はそのまま、陽向を抱え込むみたいに腕の中へ閉じ込める。


言わせない、と言うみたいに。


「だから俺とひなは、どこ行くにも何するにも、常に一緒のニコイチだから。」


低い声が、耳のすぐ近くで響く。


肩へ回された腕。

頭へ添えられた大きな手。


それはまるで、“自分のものだ”と周囲へ示すみたいな抱き方だった。



陽向の心臓が、ドクンッと大きく跳ねる。


(…………え……………?)



朔也はそのまま、りことなぎさを真っ直ぐ見据える。


「お前らと集まる時には、漏れなくセットでこいつも付いてくるんでよろしく。」


その声音は、冗談っぽいのに。

目だけは、全然笑っていなかった。


牽制。


——こいつを傷つけるな。


言葉にしなくても、二人には、それがわかる視線だった。


そして。


朔也は陽向の髪へ、そっと頬を擦り寄せる。

湿気を纏った黒髪が、さらりと揺れた。


陽向は、息を呑む。

耳の奥で、自分の鼓動だけがうるさい。


こんなの、

ただの“彼氏役”の距離感じゃない。

近すぎる。

熱すぎる。

逃げようとした肩を、朔也の腕がさらに引き寄せた。


見せつけるように。




そして——


りことなぎさへ向けて、静かに言い放つ。






「世界一可愛い、俺の彼女なんで。」






その瞬間。



陽向の頭の中が、真っ白になった。



雨上がりの空気。

湿った風。

遠くで鳴っている車の走行音。


全部が、一気に遠のく。


ただ、耳元で響いた“彼女”という言葉だけが、何度も何度も胸の奥で反響していた。










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