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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第104話 剣道大会空気脱出大作戦!


総選挙期間。


生徒会室では、遅くまで準備作業が続いている。


候補者演説の最終確認。

掲示物の管理。

選挙当日の進行調整。

先生方との連携。


この時期の生徒会長は、とにかく忙しい。


特に陽向は、仕事を溜めて抱え込み、ギリギリになって全部へ全力で突っ込んでいくタイプなので、周囲が止めなければ平気で限界を超える。

だから最近は、放課後になると生徒会室へ直行。

ディンバーへ顔を出す回数も、かなり減っていた。


そんな中。

放課後のディンバードーナツは、学生達の声で賑わっていた。


「ひなが最近忙しい。」


朔也の暗い声が、賑やかな店内へ不釣り合いなくらい沈んで落ちた。

テーブルへ頬杖をつきながら、ストローでアイスコーヒーの氷をぐるぐる回している。

カラン、カラン……と虚しい音だけが響く。


「生徒会長、おまけに受験生ともなれば、恋愛してる暇ないのかもね」


「藤崎俊輔はしてただろ!」


咲が肩を竦めながら現実的な事を言うと、朔也の反論はやたら早かった。

その横で、蒼太が呆れ半分に口を開いた。


「陽向にそんな器用な真似出来ると思うか?」


蒼太は、コーヒーカップを持ち上げながら続ける。


「どー考えてもタスクオーバーだろ。今のあいつ、選挙・生徒会・受験・推薦対策で脳のメモリ常時100%だぞ。」


「……ぐ…………」


あまりにも正論だった。

朔也は、言葉を詰まらせる。

図星を刺された時、特有の苦い顔。


実際ここ最近の陽向は、本当に忙しそうだった。


朝は早くに家を出て。

昼休みは先生に呼ばれ。

放課後はそのまま生徒会室へ直行。


やっと捕まえたと思ったら、


(ごめん!今ちょっと無理!)


(あとでLINEする!)


(うわぁぁぁ資料印刷忘れてた!!)


と、嵐みたいに去っていく。

本人は忙しさでいっぱいいっぱいなのか、朔也へ恋愛的な空気を出してくる余裕なんて微塵も無い。


「……先月まではそれなりに……春休み中なんか、ずっと一緒にいたのになぁ〜……」


朔也は、力なくテーブルへ突っ伏した。


春休み。

ひなの部屋でゲームした。

一緒にランニングして、レオの散歩して、ゲーセンにだって行った。

隣で笑った。

なのに今は。


完全に、生徒会へ取られている。


「それにしては陽向と進展の“し”の字もないね。」


咲の容赦ない一言が、静かに刺さった。


「そーなんだよ!おかしいんだよ!」


ガバッ

朔也は勢いよく身を起こした。


「俺の算段では、藤崎俊輔が消えた後、闇落ちしてボロボロになってるあいつの側にいて、優しく慰めて!」


段々熱が入ってくる。

指折り数えながら、理想ルートを並べ立てる。


「“朔也めっちゃ優しい”“朔也がいないと無理”“朔也とずっと一緒にいたい”で、そのまま好感度パラメータを長期安定上昇させて、最終的に恋愛フラグ確定ルートへ遷移!」


そして最後に。


「そしてめでたくハッピーエンド、の予定だったんだよ」


「怖。」


咲が即答した。

蒼太は、とうとう耐えきれなくなったみたいに、くくっ……と肩を震わせる。


「そんな一筋縄ではいかないのが陽向だろ。」


一方で朔也本人だけは、いたって真剣だった。


「なのに何でだよ……!」


朔也は、ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す。


「なんで一切!これっぽっちも!泣きも喚きもしないんだあいつはぁ〜〜〜!!」


叫びは、半分本気で。

半分、泣き言だった。

その表情には、焦りと苛立ちと、どうしようもない空回りが滲んでいる。

その姿を見ながら蒼太は。


「陽向なりの現実逃避だろ。少なくとも今は、まだ藤崎俊輔が消えた実感が沸いてない。その現実を、ちゃんと腹落ちさせてない。」


淡々とした声だった。


陽向は今、“前へ進んでる”ように見えて。

実際は、立ち止まる事を恐れているのかもしれない。

立ち止まった瞬間。

俊輔が本当にいなくなった現実が、全部押し寄せてくるから。

だから忙しくしている。

笑って、騒いで、走り回って。

“考えないようにしてる”。

蒼太には、そんなふうに見えていた。


そこへ咲は、冷静な言葉を落とす。


「そもそも陽向が闇堕ちしたところで、そんな簡単に

朔也に対して素直に甘えるとは考えにくいんだけど。」


「いや、それがそーでもねぇんだよ」


「「へ?」」


予想外の返答に、咲と蒼太の声が綺麗に重なった。

朔也は、頬杖をついたまま遠くを見るみたいに言う。


「普段全然可愛気ないくせに、あいつは病んでる時めちゃくちゃ素直。ボロ泣きしながらしがみついて来るし、隣で平気で一緒に寝る。」


朔也の脳裏へ、高校に入ってからこれまでの陽向とのいくつもの記憶が蘇っていた。


普段は強気で。

口も悪くて。

意地っ張りで。

絶対、人へ弱みを見せないくせに。


限界を超えた瞬間だけ。

陽向は、子供みたいに無防備になる。


「意外過ぎる一面…!」


「一緒に寝るのはお前ら流石に距離感バグってんだろ」


咲の目は丸くなる。 

蒼太も、若干引きながら眉を寄せる。


「寝るというか、寝落ち?だけどな。まーそれは藤崎俊輔と付き合う前だったけど…」


朔也は、少しだけ苦笑した。


高校二年生。

俊輔と付き合い始めてからの陽向は、ちゃんと“彼女”だった。

男子との距離感を気にして。

朔也とも以前みたいには一緒にいなくなった。


それを一番近くで感じていたのは、たぶん朔也だ。


「それでもこの前の体育祭前にあいつがパンクした時、藤崎俊輔という男がいながらも俺に泣きながら可愛く縋ってきたんだ!」


その瞬間を思い出しているのか。

声が少しだけ柔らかくなる。


「あいつが病みさえすれば本当従順で…そこがまた普段とのギャップで……ぐっと来るんだよなぁ〜」


だらしなく顔を緩ませる朔也。

その姿を見た瞬間に、咲は若干引く。


「泣き顔にムラムラすんの?」


「悪趣味だな。」


蒼太まで冷たい声で追撃した。

二人の矢は止まらない。


「変態。最低。」


「ドSか。」


「ムラムラしてねぇーよ!!」


朔也の声が弾けて、テーブルに響いた。

咲が指先でストローを弄りながらしみじみと言う。


「泣いて抱きしめて一緒に寝ても、朔也に対して1ミリもそうならない陽向を意識させるのは……相当無謀そうだね」


それに対して朔也は、机へ頬杖をついたまま力なく呟く。


「俺の前で平気で着替えるわ、風呂上がりにシャツいちでフラフラするわ……」


「だから、距離感おかし過ぎんだろ。」


朔也の声には、疲労と諦めと、“もうどうしていいかわからない”が全部混ざっている。

それに対して蒼太が、半ば本気で引いた声を出した。


普通なら。

異性相手に、そんな無防備な姿を見せたりしない。

特に陽向は、俊輔と付き合ってから男子との距離感にかなり気を遣うようになっていたはずだ。


なのに朔也だけは、例外。


いや。

例外というより、“対象外”。


陽向の中で朔也は、あまりにも昔から“そこにいる存在”すぎるのだ。


空気。

家具。

インフラ。


そのレベルで生活へ組み込まれている。


「よく襲わないね」


咲が、さらっと爆弾を投げた。

蒼太が、コーヒーを飲みながら続ける。


「それが逆に良くないんじゃねーの?そんな陽向を目の前にして、朔也だってどうせ平気な顔してんだろ?」


「いやいや!!」


その瞬間。

朔也がガバッ!!と身を起こした。


「俺だって頑張ろうとした事あんだよっ!!」


その必死さに、咲と蒼太の目が丸くなる。


「え?まじ?」


「襲った?」


「ぶっ……!!」


朔也が盛大に吹き出す。


「いや……襲わないけど……!」


朔也は、一瞬だけ言葉を濁した。

どこか気まずそうに視線を逸らし、後頭部をがしがし掻く。

夕陽が、耳の赤さを妙に目立たせていた。


「まぁ……ちょっと一瞬……」


「え!!」


咲が、勢いよく机へ身を乗り出す。

蒼太まで、完全に食いついた。


「どうなった!?」


その瞬間。

朔也の脳裏へ、あの日の記憶が蘇る。


高校一年の年始。


夜中まで陽向の部屋でゲームをして。

陽向は風呂と格闘しながら睡魔で動けずに。

同じベッドで横になる陽向へ、手を伸ばしたあの瞬間。


無防備だった。

あまりにも。

しかも本人はボーッとして、こちらの視線なんて全く気にしていない。


その瞬間だけ。

ほんの一瞬だけ。



“試しに実験してみよう”



そう思ってしまった。


しかし。


「“風呂キャンチェックすんな”ってキレられた。」


「「ギャハハハハハ!!!」」


爆笑が、店内へ響き渡った。

咲は机を叩きながら笑い転げ、蒼太は肩を震わせている。


「やばー!!陽向クオリティ最っ高ー!!」


「そこまで来ると、もう完全に空気だな!」


蒼太が涙を拭いながら言った。

朔也は、机へ突っ伏したまま低く呻く。


「もう…俺はどーしたらいいんだよ……」


本人的には、かなり切実だった。


こっちは。

何年も前から。

ずっと。


“女”として見ているのに。


当の本人だけが、未だに全く危機感を持っていない。

むしろ最近は、“朔也だから大丈夫”という信頼感だけが年々強化されている気すらする。


「もう気持ち伝えちゃえば?」


咲が、アイスティーのストローを咥えたまま軽い調子で言った。

朔也は間髪入れず即答した。


「いや引かれるだけだろ。」


「逆効果だろうな。」


蒼太も静かに頷く。

二人の声には、一切の迷いがなかった。


「「「…………。」」」


三人の間へ、妙にリアルな沈黙が落ちた。


“キショイ”

“無理”

“なんのギャグ?”


もし今このタイミングで、朔也が真正面から好意を伝えたところで、陽向の口から飛び出してくる言葉なんて、その辺だろうというのは安易に予想がついた。


蒼太は、冷静に言葉を落とした。


「陽向に直接アプローチしたところで作用しねぇだろうな……何らかのハプニングとか、これまでの概念が覆るレベルの間接イベント起こさねぇと。」


陽向の中で朔也は、“男”ではない。

真正面から好意をぶつけても、“恋愛”として処理されない可能性が高い。

まず必要なのは。


“朔也=男”へ認識を書き換える衝撃。


朔也は、そんな蒼太の分析を聞きながら考える。

すると咲が、ぱっと顔を上げた。


「不良に絡まれたところを朔也が助けるドッキリとか!」


「そんな安い平成ドラマのシチュエーション、すぐバレんだろ。」


「バレた時に死ぬ程だせぇよな。」


蒼太の冷静なツッコミに、朔也も真顔で同意する。

咲は「うーーーん……」と考え込むみたいに天井を見上げた。


店内BGMの軽快な音楽。

甘いドーナツの匂い。

放課後特有のざわめき。


その中で、三人は真剣に“どうすれば陽向が朔也を男として意識するか”という、割とどうしようもない議題について会議していた。


「女子がキュンとするような、何かときめく出来事かぁ〜……」


咲が指先でストローをくるくる回しながら呟く。


「何かで格好良いとこ見せるとか、めっちゃ活躍するとか……」


蒼太も腕を組みながら考え始める。


「体育祭でアンカーになる!」


「だいぶ先の話だな。」


「しかも高一の体育祭、選抜競技でアンカーやった時負けてなかったか?」


咲の提案に朔也が答えた後、蒼太の追撃が入る。


「あれは相手が汚ねぇ手を使ってきたんだよ!」


「負けは負けだろ。」


「うっせぇ!」


高一の体育祭。

鷹井綾真と、陽向をかけた恋の障害物競走アンカー代理戦争。

綾真の挑発に、まんまと取り乱してしまった記憶が甦る。


そんなやり取りをしていた、その時だった。


「あ!!」


咲が、ぱっと顔を上げる。


「来月、剣道の大会あるじゃん!」


「あー……」


朔也の眉が、ぴくりと動いた。

蒼太は咲に問いかける。


「そんで?」


「私、蒼太の応援行くから、陽向も一緒に誘おうか!」


その瞬間。


「……!」


朔也の目が、カッと見開かれる。

まるで脳内へ雷でも落ちたみたいだった。


「それだっ!!!」


ガタンッ!!

勢いよく机へ身を乗り出す。


「ひなは、俺が剣道やってるところ……これまで一度も見た事ない……!」


「え、そうなの?」


咲が驚いた顔になる。

朔也は、ぐっと拳を握りしめた。


そうだ。


陽向は、朔也の“強さ”を知らない。


学校での朔也しか知らない。

口悪くて。

態度悪くて。

恋愛遍歴終わってて。

距離感バグってる幼馴染。


でも剣道だけは違う。


面をつけた瞬間。

朔也は空気ごと変わる。


鋭い踏み込み。

一瞬で間合いを潰す速さ。

勝負へ入った瞬間の、あの目。


そこには、“男”としての黒川朔也がいる。


「来月の団体戦で……」


朔也の脳内では、すでに未来予想図が再生され始めていた。


試合会場。


歓声。


勝負を決める一本。


そして。


自分の姿を見て、初めて陽向がドキッとする瞬間。


「かっこよく試合に勝って……」


朔也は、じわじわ口角を上げる。


「俺の姿にキュンとときめいて、“あれ…朔也ってもしかして男としてアリかも……”って意識したところで……」


「おぉ!」


「いいね!」


咲と蒼太も、テンションが上がってきた。

そして次の瞬間。

朔也は、勢いよく立ち上がる。


夕陽を背負いながら。

拳を握り締めて。

まるで世界大会へ挑む戦士みたいな顔で。




「ひなに告白するっ!!!」




「「早ーーーーっっっ!!!」」


咲と蒼太が、同時にズコーーッ!!と盛大にずっこけた。


「それは……いくらなんでも突っ走り過ぎじゃない?」


「かっこいいと思ったその瞬間がチャンスだろ!」


朔也は真顔だった。

むしろ、かなり本気だった。

蒼太は、そんな朔也を見ながら苦笑する。


「そんなら、絶対試合勝たねーとだな。目標はベスト8だぞ?」


その言葉に。

朔也の目が、真っ直ぐ前を向く。


「絶対勝つ。」


低い声だった。

けれどその中には、剣道への自信と、陽向への執念が混ざっていた。


「ベスト8の決定戦で…なにがなんでも相手を倒して!ひなの心をぐっと掴んで!」


ガタンッ!!


勢い余って椅子が後ろへ鳴る。

夕陽のど真ん中で、拳を天へ突き上げる。




「剣道大会!キュンとトキメキ空気脱出告白大作戦だああぁぁぁぁーーーーーー!!!!」




「いやネーミングセンス………」


「絶対失敗しそう。」






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