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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第103話 最上位カースト


シン……と静まり返っていた生徒会室へ、顧問の低い声が静かに落ちた。




「…………時間だ。10分経過した。」




その一言は、まるで“待ち続けていた希望”へ、静かに終止符を打つみたいだった。


相田桜子が、小さく唇を噛む。

横溝琉嘉は、机の上で組んだ手へ力を込めたまま俯いていた。

加賀優音も、阿久津孝明も、重たい溜め息をついた。


誰一人として言葉を発しない。


その沈黙の中で、現実だけがじわじわと部屋の空気へ広がっていく。


やがて——


「それではこれより、今年度第一回生徒会役員会議を始めます。」


バサッと手元の資料を整える紙の音と共に、顧問の声が響いた。

その瞬間、まるで張り詰めていた感情を無理やり切り替えるみたいに、全員がビシッと姿勢を正した。


ガタ、と椅子を引く音。

資料を揃える音。

ノートパソコンを開く電子音。

ペンを握り直す小さな仕草。


生徒会室の空気が、一気に“会議”の顔へ変わっていく。


ピリッ、と肌を刺すみたいな緊張感。


それは、先輩達がいた頃から何度も感じてきた、生徒会役員会議特有の空気だった。

顧問は、役員達を見渡しながら淡々と続ける。


「まず初めに、今年度の正式役職決定を行います。」


ホワイトボードへ貼られた役職表。

その白さが、やけに目に痛かった。


「現在、仮代表を務めている横溝。」


顧問の視線が、真っ直ぐ横溝琉嘉へ向く。


「今期の生徒会長として、継続する意思はあるか?」


一瞬だけ、沈黙。

横溝は小さく息を吸った。

そして。


「………はい。」


返ってきた声は、静かだった。

けれどその響きには、頭のどこかで覚悟だけは決めていた人間特有の重さが滲んでいた。


本当は、別の誰かがここへ座る未来を、どこかで願っていた。

それでも。

もう、前へ進まなければいけない。


その現実を、自分に言い聞かせるみたいな声だった。


「他に、異議のある人はいないか。」


顧問の問いが、静かな部屋へ落ちる。

誰も口を開かなかった。

諦めと、寂しさと、どうしようもない現実だけが、生徒会室を静かに満たしていた。


顧問は、小さく頷く。


「それでは今年度の生徒会長は、三年、横溝琉嘉で決定とする。」


その言葉と同時に。

書記席へ座る阿久津孝明が、ゆっくりと役職表へ視線を落とした。

机の上に置かれた、役職記入用紙。

そこに印刷された、“生徒会長”の文字。

阿久津は、その欄へ、ペン先を置く。


「…………。」


ほんの一瞬だけ、手が止まった。


脳裏へ浮かぶ。


卒業式の日。

涙を堪えながら送辞を読んでいた、あの声。


阿久津は、小さく息を飲み込む。

それから。


静かにペンを走らせた。


 


“横溝 琉嘉”


 


黒いインクが、空白を埋めていく。

生徒会室へ、重たい静寂が落ちる。

けれど会議は、止まらない。

止まってはいけない。


「それでは、次に副会長を二名選定する。」


顧問の低い声が、生徒会室の静かな空気へ落ちる。

この部屋もまた、“次の代”へ進もうとしていた。


「例年では二年生から一人、副会長をやってもらっているが…加賀か阿久津。もしくは両方でも構わないが、副会長を務める意思はあるか?」


加賀優音と阿久津孝明が、お互いに顔を見合わせた。


生徒会長の隣で、組織を支える人間。

そして——



二年生の副会長。

それは即ち、実質“次期生徒会長候補”。



加賀優音は、膝の上でそっと指先を握る。

静かな性格の彼女は、誰かを支えることは好きだ。

細かい気配りも出来る。

空気を読むのも上手い。

でも。

人前へ立つことを得意としているタイプではない。


「…私は………すいません…」


そう言いながら加賀優音は、スッ…っと掌を阿久津孝明へ向けた。

その仕草に、室内の視線が自然に阿久津孝明へ集まる。


「俺、大丈夫ですよ。」


迷いのない声だった。

その返事に、顧問が小さく頷く。


「それでは副会長の一人は、二年、阿久津孝明とする。」


カリ、と。

阿久津孝明は、役職表の“副会長”の欄へ、自分の名前を書き込んだ。

淡々と。

けれど確実に。

黒いインクが、役職欄を埋めていく。


まるで、“次の時代”の輪郭が少しずつ形になっていくみたいに。


「もう一人の副会長だが…」


顧問の視線が、今度は三年生席へ向く。


「加賀の意思が無いのであれば継続役員は相田のみとなるが……相田はやれそうか?」


「えっ…私?」


相田桜子が、思わず顔を上げた。

その声には、はっきりとした戸惑いが滲んでいた。


当然、生徒会長は陽向がやる。

副会長は、横溝琉嘉と、二年生のどちらか。

そう思っていたから。

まさか自分へ話が来るなんて、考えてもいなかった。


「…えー…私…かぁ……えっと…私は……」


桜子は、視線を落とす。


副会長。


その言葉の重さが、今さらみたいに胸へ落ちてくる。


受験。

勉強。

進路。


その中で、副会長業務を両立できるのか。

不安が、静かに胸へ広がっていく。

そんな桜子の迷いを見ながら。

顧問は、静かな声で口を開いた。


「難しいようであれば、5月の総選挙にて新役員から副会長の候補者を募るから、無理には大丈夫だぞ。」


責めるような響きは、一切ない。

その優しさが、逆に胸へ刺さった。


相田桜子は、小さく俯く。

静かな沈黙。


今、自分は三年生だ。

もう、“支えてもらう側”だけではいられない。


もしここで、自分がやらなきゃ。

この先、一番大変になるのは後輩達だ。

阿久津孝明。

加賀優音。

これから入ってくる新役員達。

まだ不安だらけの彼らへ、“重たい役割”を押し付けることになる。


それは——三年生、生徒会役員の先輩として、無責任なんじゃないか。


桜子は、ぎゅっと拳を握る。

胸の奥で、怖さと責任感がせめぎ合う。


けれど。

それでも。


先輩達が、自分達へ繋いでくれたものを。

簡単に手放したくなかった。


桜子は、ゆっくり顔を上げる。


そして——



覚悟を決める。



「わかりました。私が、副会長に─────」


相田桜子が口を開いたその瞬間。





ガラッ─────!!!!





生徒会室の扉が、もの凄い勢いで横へスライドした。




「遅くなって、すみませんっっっ!!!!」




一斉に視線を向けた全員。


乱れた髪。

真っ赤な顔。

息を切らし、肩を上下させながら、それでも必死に前を向いている。

制服の裾が、走ってきた勢いのまま小さく揺れていた。


その姿を視界へ映した瞬間。

生徒会役員達の胸へ、一気に熱いものが込み上げる。


安心。

安堵。

嬉しさ。

呆れ。

怒り。

泣きそうな気持ち。


色んな感情が、一瞬でぐちゃぐちゃに混ざった。


そして次の瞬間——





「「「いや、遅っっっっ!!!!!」」」




見事なくらい綺麗に重なった全員のフルスイングのツッコミが、生徒会室へ炸裂した。


さっきまで、生徒会室を覆っていた重苦しい沈黙。

息が詰まるみたいな静けさ。

諦めを飲み込んだ空気。


その全部が。


陽向が現れた、そのたった一瞬だけで、騒がしくてコミカルな“いつもの生徒会”へと一転する。


「もぉ〜…ヒヤヒヤさせないでよ!陽向ちゃんっ!!」


温厚な相田桜子が、珍しく声を荒げていた。

半分怒っていて。

半分泣きそうな顔で。

胸の前でぎゅっと資料を抱えたまま、陽向を見る。


「っんとーに!去年散々やらかしといて、まだ僕らに気を揉ませ足りないんですか!?」


阿久津孝明も、思わず机を叩くみたいに前のめりになる。

その声音には、呆れと安堵がぐちゃぐちゃに混ざっていた。


「星野先輩!何回役員会議に遅刻するんですかっ!」


加賀優音まで、珍しくムキになった声を上げている。


みんな、本気で心配していたのだ。

“もう来ないかもしれない”。

その可能性を、10分間ずっと突きつけられながら待っていた。

だからこそ。

こうして扉を開けて飛び込んできた陽向へ、全員の感情が一気に爆発してしまっていた。


そして。


「星野!」


パイプ椅子が、ギ……ッと小さく軋んだ。

横溝琉嘉が、ゆっくりと立ち上がり。



“その席”を空けた。



「今年度初日の役員会議に遅刻するとは、いい度胸だな?」


横溝琉嘉は、腕を組んだまま、真正面から陽向を見据えた。





「生徒会長の分際で。」





「…………っ」


“生徒会長”。


そのひと言が、陽向の胸に真っ直ぐ突き刺さった。

全力で走ってきた陽向の呼吸は、まだ整っていない。


それでも。

陽向は、震える呼吸のまま口を開いた。


「……はぁ………はぁ………………私は………………」


そして、ひとつひとつ。

胸の奥に抱えていたものを、言葉にしていく。


「………数字も………ろくに出来ないし……」


会計の相田桜子は、眉を顰めた。


「…誤字脱字も………多いし………」


書記の阿久津孝明も、喉が鳴った。


「…スケジュールとかも……把握出来ないし……」


広報の加賀優音も、指先をぎゅっと握った。


「……業務の順序なんて………立てられない………」


横溝琉嘉は、目を細めた。


一人一人が胸に、陽向の言葉を丁寧に拾っていた。


「ミスやトラブルもやらかすと思うし、みんなに迷惑かけると思う。だから………」


────“お礼を言いに来たんだ”。


そう続けようとした陽向の言葉を、横溝琉嘉が遮った。


「備品もすぐに破壊するし?」


それに、相田桜子が続いた。


「いっつも、椅子とか倒して、テーブルの角に頭ぶつけてるしねっ」


加賀優音まで、クスッと笑いながら続ける。


「突然変な発言して、会議の進行も妨げますよね」


そして最後に。

阿久津孝明が、淡々とトドメを刺した。


「締切も守らないし。なにもかもがポンコツなんですよ。」


「…………………。」


陽向はこめかみに汗を滲ませ、固まった。

あまりにも酷いディスられように、言おうとしていた“お礼”が、綺麗に喉へ引っ込んだ。


そして——


「今更なにを言おうとしてんのか知らんけど。」


横溝琉嘉は、呆れたみたいに小さく息を吐いたあと、ゆっくりと歩き出した。

パイプ椅子の間を抜け。

生徒会室の壁へ、ずっと掲げられ続けている“あの張り紙”の前で立ち止まった。


それは——


卒業していった瀬戸晴翔が、次の世代へ残していった。

それは、確かにこの生徒会を支えてきた。


聖陵国際高校生徒会の、“伝説みたいなスローガン”。






『星野陽向を信用するな!星野陽向に気をつけろ!』






横溝は、その張り紙へ——

バンッ!!と勢いよく手をつく。

乾いた音が、生徒会室へ響いた。


「それってつまり、こーゆう事でしょ?」


横溝琉嘉はそう言って、揶揄うような笑みを浮かべた。

その奥には、確かな信頼が滲んでいた。


「このスローガンがある限り、私達は全然余裕だよ!」


相田桜子は、自分の恋人が掲げたスローガンを誇らしげな様子で見ながら、勢いよく両手でガッツポーズを作る。


「ダブルチェック、いやトリプルチェック!」


「資料のコピー控え、締切日と予定時刻の前倒し伝達もね。」


阿久津孝明と加賀優音は、昨年一年間で学んだ“星野陽向対策”を唱えた。


「星野が静かな時は逆に危険な」


横溝琉嘉が、真顔で言った。


「だいたいロクでもない事を脳内で思いついてる」


「いやわかんの」


「めっちゃわかる」


「去年文化祭前、それで会議一回炎上しましたもんね」


役員達が、一斉に頷き始める。

そして口々に、陽向のとんでもエピソードを次から次へと口にしていく。


その何とも言えない、あまりの酷い言われよう。


そして。

ついに。


陽向は。



「お前ら全員、いい加減にしろーーーーー!!!!」



爆発。

生徒会室は、一気に爆笑に包まれた。


わぁわぁと飛び交う声。

笑い声。

机を叩く音。

その全部で、さっきまで胸の奥を締めつけていた冷たさが、ゆっくりと溶けていく。


陽向は、ふと気づく。


あぁ。

この空気が好きだったんだ、と。


そして、加賀優音が頬杖をついたまま、ふわりと言った。


「ま、星野先輩はとりあえず大船に乗ったつもりで。」


ニッコリ笑って首を傾げる。


「賑やかし担当として、とりあえず呑気に笑ってればそれでいいんじゃないですか?」


その空気が。

あまりにも、あたたかかった。


胸の奥へ、何かがじんわりと沁み込んでくる。


どんな壁にぶつかっても。

どれだけピンチやトラブルに見舞われても。

自分の駄目さに打ちのめされても。


“先輩達さえいてくれれば”なんて。


多分きっと思わない。

このメンバーだったら、大丈夫。


まるで、嵐の海を漂っていた小舟が、ようやく安心して停泊できる場所を見つけたみたいに。

心底頼りがいのある“仲間”への安心感に、陽向の心は満たされていった。


その時だった。

それまで黙っていた顧問が、ゆっくりと口を開く。


「………だってよ。どうする?星野。」


陽向は顧問の方へ、振り返った。


「生徒会長として重要なのは、数字や正確な文章でも、スケジュール管理や業務の計画性でもない。」


顧問は、真っ直ぐ陽向を見ていた。


「“この船長になら、ついて行きたい”と、クルーに思わせるキャプテンとしての素質だ。」


顧問の脳裏には、先ほどの光景が浮かんでいる。


陽向が生徒会室へ訪れた瞬間に、まるで空間そのものを支配するかように切り替わった場の空気。

賑やかで。

騒がしくて。

笑いや怒号が飛び交う生徒会室。


これこそが、“聖陵国際高校生徒会”だと、顧問は確信した。


そして、はっきりと言う。


「この船のキャプテンは、星野。お前しかいない。」


その言葉が、陽向の胸のど真ん中へ真っ直ぐ落ちた。

陽向は、役員達全員の顔を見渡す。

その顔を見た瞬間。


胸の奥で、何かがストンと落ちた。


陽向は、ぐっと涙を堪えるみたいに唇を噛んでから――


「君達全員、後悔しても知らないからね!」


フンッ!と腕を組んだ。


「上等。」


「余裕。」


「望むところです。」


「任せて下さい。」


全員の答えは、最初から決まっていたみたいに揃っていた。


その瞬間。

陽向の胸の奥で、何かが一気に燃え上がる。


そして、勢いよく拳を握った。


「──っしゃぁぁー……!」


ガタンッ!と勢い余って拳をテーブルにぶつけながらも、天井へ向けて突き上げた。


「やるかーっ!生徒会長ーーーー!!!」


その声が、生徒会室へ高らかに響き渡る。

その瞬間。


ガッ、ガッ。


静かな音が、生徒会室へ落ちた。

阿久津孝明が、役職表にペンを走らせる。

生徒会長の欄。

そこへ、迷いなく二重線を引いた。


そして。


『星野 陽向』


その上に、新たな名前を書き記した。


生徒会室の窓から、春風がふわりと吹き込んだ。

カーテンが揺れる。


まるで──


新しい航海の始まりを、祝福するみたいに。




────────。




翌日───。


昇降口の掲示板には、早速、今年度の生徒会役員役職一覧表が張り出されていた。

その前には、朝から小さな人だかりが出来ている。


「わぉ!結局ちゃっかり生徒会長じゃんっ!」


「おいおい、俺は“礼をしろ”とは言ったけど、生徒会長になれとまでは言ってねぇぞ」


「こんなヤバイやつ生徒会長に据えるとか。終わってんだろこの学校」


「ちょっと!私のケツ叩いといてその言い草はなんだ!」


咲が掲示板を見上げながら楽しそうに声を弾ませると、蒼太と朔也が呆れたみたいに肩を竦め、陽向が即座に噛みついた。


朝の昇降口へ、いつもの四人の騒がしい声が響く。

変わらない。

本当に、いつも通りの光景だった。


けれど——

朔也だけは、ふと笑いを止める。

掲示板へ貼り出された役職一覧。

その中の、“生徒会長”の欄。



生徒会長 星野 陽向


 

黒々と記されたその文字を、朔也は改めて見つめた。

その瞬間。

胸の奥へ、遠い昔の景色がゆっくり蘇ってくる。


小学生の頃。

中学生の頃。

いつも教室の隅で、小さくなっていた背中。


誰とも目を合わせないように。

存在感を消すみたいに息を潜めて。

休み時間になると、逃げるように教室を出て行った。

俯いた横顔。

本を抱えたまま、一人で図書室へ向かう姿。

誰かと笑い合うことなんて、ほとんどなかった。


まるで、自分自身を世界から切り離してしまったみたいだった。


そんなこいつが。

誰よりも人前へ立つ場所へ進んで。

誰よりも騒がしく笑って。

誰よりも周囲を巻き込んで。


そして今——

生徒会長にまで、登り詰めた。


人生って、本当に何が起こるかわからない。

あの頃は想像もしなかった未来が、今、目の前にある。

人間は、変われる。

いや。

きっと陽向は、“変わった”というより——


本来持っていたものを、ようやく取り戻したのかもしれない。


朔也は、隣で咲と笑い合う陽向へ視線を向けた。

朝日を浴びた横顔。

ころころ変わる表情。

周囲を巻き込むような笑い声。


その姿は、まるでその場の中心に自然と光が集まっているみたいだった。


誰かの顔色を窺っていたこいつは、もういない。

気づけば。

たくさんの人間が、こいつの周りで笑っている。


頼って。

振り回されて。

呆れて。

支えながら。


それでも、みんなこいつの隣に居たがる。

それはまさしく——


(ひなが、生徒会長だなんて……)


朔也は、小さく笑って目を細める。


 



(スクールカーストの、最上位じゃねぇか。)


 



春風が、昇降口を吹き抜けた。

その下で。


「お、星野!生徒会長じゃーん!うぇーい!」


「全校集会で一発芸頼むよー!」


「やるかボケぇぃ!!」


“生徒会長・星野陽向”は、今日も朝から騒がしかった。




────────。




そして、五月。


ゴールデンウィークの大型連休が明けた初日。

連休の余韻をまだ少しだけ引きずった校舎には、どこか気怠い空気が漂っていた。

「あー学校だる……」

そんな声が、校内のあちこちから聞こえてくる。


けれど。

今日の全校集会だけは、少し違った。


それは、陽向が生徒会長として初めて全校生徒の前に立つ舞台。


その壇上に、陽向は立っていた。

生徒会長としてマイクの前に立ち、全校生徒へ向けて緊張しながら挨拶をしている。


そして——






《生徒会役員総選挙戦、始めます!!》






ドンッ、と。


その姿は堂々と、勇ましく。





聖陵国際高校の新たな生徒会長は、ここに誕生した。





生徒列の中で、朔也が呆れたように小さくぼやく。


「“開催いたします”、だろ…」


「冷やし中華みたいに言うんだな。」


蒼太の小声のツッコミに、周囲の男子達がクスクス笑う。

別のクラスの列では。


「陽向寝癖ついてるー♡」


「ほんとだ。可愛い♡」


咲がクラスの女子達と顔を見合わせながら笑っていた。

そして、隣のクラスの列では。


「綾真。もうちょい前行けば壇上降りる時の星野のパンツ見に行けんじゃね?」


「殺すぞてめぇ」


友達の茶化す声に、綾真は低く返した。


俊輔が壇上に立っていた頃とは、明らかに変わった体育館の空気。


これまでの全校集会は。

堅苦しく。

整った言葉で。

静かで。

綺麗で。

完成されていて。

誰もが、“完璧な生徒会長”の姿に見惚れて、その言葉へ耳を傾けていた。


けれど今。

体育館全体が穏やかに笑っている。

空気が動いている。

生徒たちの感情が、そのまま揺れている。

整いすぎた演説じゃない。

綺麗すぎる言葉でもない。

でも、その代わりに。

ちゃんと、人の温度がある。


感情ありのままの陽向の演説。


それはまるで——


聖陵国際高校という巨大な組織そのものが。

これまでの雰囲気を根こそぎ塗り替えられていくかのように。

“完璧な城”から、“みんなが笑い合う船”へ変わっていくかのように。


壇上の陽向は、そんな空気の中心で、眩しいくらい真っ直ぐ笑っていた。





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