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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第154話 恋する顔の隠し事


それから───。


秋は少しずつ深まり、校舎の窓から差し込む光も、どこか柔らかさを帯びている。


けれど陽向の心だけは、あの日からずっと晴れなかった。


廊下で朔也や雫と顔を合わせても、もう以前のように言葉を交わせない。

視界に二人の姿を見つければ、反射的にその場を離れる。

正面から歩いてくるのが見えれば、気付かなかったふりをすることさえ出来ず、そのまま踵を返した。


まるで。


”今は、あなた達と関わりたくありません。”


そう全身で訴えるみたいに。


周囲から見れば、露骨な拒絶に映ったかもしれない。

けれど、それは決して二人のことが嫌いになったからではなかった。


むしろ、その逆だった。

だからこそ怖かった。


あの日、ディンバードーナツで自分が口にした言葉。

雫へ向けた冷たい視線。

朔也へぶつけた感情。

思い返すたびに胸が痛んだ。


自分でも理解出来ない感情に振り回されて。

気付けば誰かを傷付けていた。


そんな自分が、怖かった。

もう、自分自身を信じられない。


自分の意思を飛び越えて。

思った事は何でも口から飛び出す、嫌な癖。

感情的で、衝動的な性質。


何を見て。

何を感じて。

何を口にしてしまうのか。


それが分からなかった。

だから距離を取るしかなかった。


近付けば、また傷付けてしまうかもしれない。

また雫を泣かせてしまうかもしれない。

また朔也を怒らせてしまうかもしれない。

そんなのは嫌だった。


二人には幸せでいてほしい。

本当にそう思っているはずなのに。

自分の中に生まれてしまった得体の知れない感情が、それを許してくれない。


だから陽向は逃げた。


朔也からも。

雫からも。


そして何より、自分自身の心から。


それが今の陽向に出来る、唯一の方法だった。




───────。




そんな中、十一月の生徒会役員会議の日がやって来た。


放課後。

いつもの会議室には、生徒会役員達が集まっている。

議題は体育祭の振り返りや今後の活動について。

内容自体はいつもと変わらない。


けれど。


会議の空気は、どこか落ち着かなかった。


理由は明白だった。

陽向と雫が、生徒会室入室してから一度も言葉を交わさなかったからだ。


以前の二人なら考えられないことだった。

会議前に雑談をして。

隣同士で資料を確認して。

何かあれば自然と声を掛け合う。

そんな光景が当たり前だった。

けれど今は違う。


雫が話しかけようとしても、陽向は視線を逸らす。

必要な連絡は他の役員を挟むか、最低限の言葉だけで済ませる。


まるで見えない壁が二人の間に立っているようだった。

役員達が、その異変に気付かないはずがない。

けれど誰も踏み込めなかった。

空気が重い。

何かが起きたのは明らかなのに、その理由だけが分からない。


そんな重苦しい空気を残したまま、その日の役員会議は終了した。


「今日過去問演習なんで。お先でーす。」


会議が終わるや否や、陽向はそう言い残すと、誰とも目を合わせないまま、生徒会室を後にした。


まるで逃げるようだった。

普段なら違う。

会議が終わっても、そのまま残って雑談をしながら資料を片付けたり、みんなと一緒に残務をするのがいつもの陽向だった。

それなのに今日は、一度も振り返らなかった。


陽向が手付かずで置いていった書類の山を前に、横溝琉嘉は奥歯を噛み締める。


(……役員会議の日に、過去問演習なんか入れんなよ……!)


ぶつぶつ文句を言いながらも、結局は自分がその仕事を引き受けているあたり、横溝琉嘉もまた世話焼きだった。




───────。




翌日。


三年二組の教室。

昼休みのざわめきが教室を満たしている。

その中で、横溝琉嘉は自席から立ち上がると、窓際に座る朔也の元へ向かった。


「黒川ー。」


気軽な調子で声を掛ける。


「んあ?」


スマホを弄っていた朔也が顔を上げた。

横溝琉嘉は少しだけ周囲を確認してから、単刀直入に切り込んだ。


「星野と小野って、何かあったの?」


遠回しに聞くつもりはなかった。

小野雫は黒川朔也の彼女で。

そして星野陽向は、物心ついた頃から一緒にいる幼馴染。


何か事情があるなら、黒川朔也が知らないはずがない。

そう思っていた。


「…………。」


朔也は一瞬だけ言葉を失った。

その反応だけで十分だった。

横溝琉嘉は思わず苦笑する。


「その顔は、あったな。」


図星だった。

朔也は小さくため息を吐く。

そして少しだけ視線を落としたあと、ぽつりと口を開いた。


「……まぁ、俺にもよくわかんないんだけど。」


それから。


先日、ディンバードーナツで起きた出来事を、朔也は包み隠さず横溝琉嘉へ話し始めた。

陽向が雫へ向けた冷たい言葉。

店を飛び出して行ったこと。


「はぁ〜?きっつ!」


朔也の話しに、横溝琉嘉は豆鉄砲を食らったように驚愕していた。


「え、あの星野が……ガチでそんなこと言ったの?なんで?」


朔也は眉を寄せる。


「そこが俺にもわからん。まるで雫を妬んでるような…僻んでるかのような…」


「いやいやいやいや。そんなキャラじゃねーよ」


「それな。」


即座に首を振った横溝琉嘉に、朔也は強めに即答した。


「あんな能天気の塊みたいな奴が…あんな謙虚の塊みたいな奴と仲違いすること自体が謎過ぎる。」


横溝琉嘉は腕を組み、神妙な面持ちで目を閉じた。

朔也は問いかける。


「なんか心当たりねーの?生徒会関連でトラブったりとか」


「あるわけねーだろ。あいつろくに仕事してねーんだから」


「あ………そーすか…」


朔也は、呆れたように息をついた。


「その感じなら…小野本人にも心当たり無い感じだよな?」


「その認識。」


朔也が短く返すと、横溝琉嘉は諦めたように椅子の背もたれに背中を預け、天井を仰いだ。


「真相は星野から拾うしかない…か。」


「悪いけど俺はお手上げ。シカトされてっから。」


横溝琉嘉が思わず顔を上げる。


「あ?なんで?」


「知るかよ!謎に避けられてんだよ」


「……………。」


横溝琉嘉は、考え込むように沈黙した。


「なんで………黒川まで…………。」


思わず独り言のように漏れる。


(幼少期からの…幼馴染で…?)


二人の”友情”、”恋愛”、”家族”の垣根を超えた仲の良さ。

高校三年生になった今では、学年でその関係を知らない生徒の方が少ない。


そんな二人が。


「今更避けられるなんてことあんのか?」


「だからこっちが聞きてーんだよ!!」


朔也の切実な叫びが教室に響く。


こんなにも長い間、口も利いてもらえない。

目さえ合わせてもらえない。


そんなことは、生まれて初めてだった。


どれだけ派手に喧嘩しても。

取っ組み合いになっても。

翌日になれば、何事もなかったように元通り。

それが十八年間続いてきた。


「さっさと解決しろよ。星野があれじゃ生徒会運営に支障出まくり。」


「なんで俺だよ!生徒会役員同士の揉め事なんだから横溝があいつを何とかしろよ!」


「黒川んとこの幼馴染と彼女だろ!」


「横溝んとこの会長と書記だろ!」


その時。



ガラッ──────



教室の扉が勢いよく開く。


「琉嘉ーっ!」


「「…………っ!?!?」」


二人は同時に肩をビクゥッ!!と跳ねさせ、反射的に声のした方を振り向いた。


そこに立っていたのは────




陽向だった。




「……。」


朔也の視線が、陽向を捉えたまま固まる。

陽向もまた、教室へ一歩踏み入れたまま固まっていた。


陽向視線の先には、横溝琉嘉と向かい合って話している朔也の姿。

その瞬間、陽向の表情が僅かに曇る。


(……げ。なんで朔也と……)


ついさっきまで軽かった足取りが、一瞬で止まる。


逃げたい。

そんな衝動が胸を駆け抜ける。

けれど、もう目が合ってしまった。


チョイチョイ、と。


陽向はジェスチャーのみで横溝琉嘉へ手招きをする。


「あ?なに様だよお前!」


横溝琉嘉は眉をひそめた。


クイクイ、と。


負けじと掌を上に向けて手招きで返す。


「………ぐ……っ」


陽向は露骨に顔をしかめた。

数秒だけその場で固まり───



くるり、と踵を返す。




「で、では後ほどぉ〜…」


「待てコラ!!」


ガタンッ!!

勢いよく椅子を引く音が教室に響く。

立ち上がった朔也は、そのまま廊下へ出た陽向へ一直線に歩み寄ると。


ガシッ!


「ぎゃっ!!」


後ろから容赦なく制服の襟首を掴んだ。

朔也は呆れと苛立ちを隠さず怒鳴る。


「なんだお前今のは!!感じ悪ぃにもほどがあんだろ!!」


「い…いやぁ〜お取り込み中かなぁ〜と……」


「俺を避けただろ!!どー考えても!!」


陽向は引きつった笑みを浮かべながら、へらへらと誤魔化そうとする。

しかし朔也は一歩も引かなかった。


「………っ」


言葉が出て来ない。

今までなら、憎まれ口が考えなくても口から勝手に飛び出していた。


「雫のなにが気にくわねーのか知らんけど!俺の事まで避ける必要ねーだろ!!」


「……………。」


陽向はなにも言わない。

目も合わさない。

ただ廊下の先だけを見つめ、唇を固く結んでいる。


その様子を、教室から出てきた横溝琉嘉が腕を組んだまま静かに見守っていた。


朔也は陽向を見据えたまま、低い声で続ける。


「何か言ってくんねーと…何もわかんねぇよ…」


その声には、さっきまでの怒気はほとんど残っていなかった。

その一言が、陽向の胸を締め付ける。


「離して…」


かすれるような声が、小さく零れた。


朔也は少しだけ眉を寄せると、襟首から手を離した。

そして逃がさないように陽向の肩へ手を添え、くるりと身体を自分の方へ向ける。


陽向は俯いたままだった。

顔周りの髪がふわりと揺れて、その表情を隠している。



「…ひな。」



至近距離から、自分を呼ぶ朔也の声が落ちる。

その一言だけで。

ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

胸の奥で押さえ込んでいた何かが、また暴れ始める。


鼓動が速い。

苦しい。

息が上手く吸えない。


朔也は陽向の様子を見つめたまま、静かに続けた。



「俺には言えよ。」



その言葉が胸の奥へ突き刺さる。


顔が熱い。

胸が痛い。

息が詰まる。


どうして。

どうして、そんなふうに言うの。


優しくしないで。

これ以上。

この距離で。

その声で。

その目で。


何も言わないで。

私を見ないで。


陽向は唇を強く噛み締めた。


逃げたい。

今すぐ、この場から消えてしまいたい。

陽向は、身体を捩る。


「…っ」


それなのに。

朔也の力に抑えられて、身体は動かなかった。


ゆっくりと。


震えるように。






陽向は───────顔を上げた。






その表情を見た瞬間。


「「……………っ!?」」


朔也と横溝琉嘉は、同時に息を呑んだ。

朔也の心臓が、大きく跳ね上がる。


(……また…っ……)


脳裏へ蘇る。

ディンバードーナツで最後に見た、あの顔。


涙を堪えながら。

助けを求めるように。

壊れてしまいそうなくらい苦しそうで。


そして─────




まるで恋をしている人間みたいに、切ない表情。




何かを必死に飲み込んで。

何かを必死に隠して。

それでも隠し切れずに溢れてしまっているような、そんな瞳。


朔也は言葉を失う。


「……………。」


思わず名前を呼びかけた、その瞬間──



ドンッ──!!



陽向は勢いよく朔也の身体を押しのけた。


「……っ!」


そのまま踵を返し、一目散に廊下を駆け出していく。


「ひな!」


朔也の声も届かない。

陽向は振り返ることなく、逃げるように廊下の先へ消えていく。

朔也は呆然と立ち尽くしたまま、陽向が消えていった方向を見つめていた。


その隣で。


琉横溝嘉もまた、ぽかんと口を開けたまま固まっている。


「…黒川………お前…………」


震えた声が漏れた。


朔也がゆっくり振り向く。




「ヤッただろ!!」




「ヤッてねーよ!!」


朔也が即座に怒鳴り返す。

横溝琉嘉は信じられないような顔で陽向が消えた廊下の先を指差した。


「あれはどう考えてもヤッた顔じゃねーか!!」


「なんでそーなるんだよ!!」


「いやぁ〜そりゃ星野が小野と気まずいわけだよな。納得。」


「勝手に納得してんじゃねーーーーー!!!!!」


朔也の絶叫が、廊下いっぱいに響き渡った。






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