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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第152話 今世紀最大想定外の、ハイパーミラクル逆転現象


カラン────


ディンバードーナツのドアベルが店内に鳴り響いた。


陽向はスクールバックを抱え、軽い足取りで店内へ入った。

奥へ進んで、これから始まるひと時を思い浮かべながら、陽向は店内を見渡す。


そして。


見慣れた顔ぶれを見つけた、瞬間だった。


「……!!」





ドクンッ────






陽向の胸を、強烈な痛みが走り抜けた。


咲の正面。

朔也の隣。


そこには─────




雫。




立ちすくむ陽向の姿を、咲が捉えた。


「あっ!来た!」


咲が嬉しそうに手を振る。

その声で、全員が一斉に顔を上げた。


朔也も。

蒼太も。

雫も。


けれど。

陽向の視線だけは、雫から動かなかった。


そして。

気付けば、口が勝手に動いていた。







「………そこ……….私の席なんだけど。」







誰も聞いたことのないような冷たい声。

雫へ向けられている鋭い視線


「…!?」


その場の空気が、一瞬で凍りつく。


「……え…?」


雫の肩が、ビクリと震えた。

陽向自身も、自分が何を言ったのか理解できていなかった。


蒼太の眉が寄る。

咲が慌てる。


「陽向….?何言ってんの…座れるよ!ほら、ここおいで!」


慌てて蒼太の方へぐっと身体を寄せて、ソファをパンパン叩く。

本来六人掛けのテーブル席。

どう考えても、陽向の席はある。


なのに。


陽向の胸の奥では、別の何かが叫び続けていた。

自分でも説明できない何かが、喉の奥を焼いていた。


「…………。」


陽向は無表情のまま視線を落とした。


そして。

逃げるように踵を返す。


ここにいたら駄目だ。

自分が壊れる。


「おい!!ひな!!」


ガタンッ!!


勢いよく椅子を引く音が響く。

朔也が立ち上がっていた。

逃げるように背を向けた陽向へ向かって、大股で歩み寄る。


ガシッ───


強い力で腕を掴まれた。


「なんだよ!!雫がお前になんかしたのかよ!!」


朔也の声が響く。

陽向の肩がびくりと震える。

けれど振り返れない。


「……っ……離……せ……!」


絞り出すような声だった。

腕を振り払おうとする。

けれど朔也は離さない。


「席なんてどこだっていいだろ!!」


苛立ちを隠さない声。


「前からずっと、あやつけて雫のことばっか攻撃してんじゃねーぞ!!」


その言葉が胸へ突き刺さる。

けれど、どうしても止められない。

胸の奥で暴れ続ける何かがある。


「雫、雫、雫、雫って……」


陽向は俯いたまま吐き出した。

声が震えている。






「なんで朔也はいつもそればっかなんだよっっっ!!!」






ボロッ…


陽向の瞳から、大粒の涙が溢れた。


「……っ!!??」


陽向の発言に、朔也の心臓が思い切り飛び跳ねた。


まるで、朔也を雫に取られたかのような陽向の言い草。

それは、その場に居た全員の耳にそのように聞こえた。


これまで、陽向の口から絶対出なかった種類の言葉。


朔也は、陽向から飛び出したあまりの想定外の言葉に戸惑った。


「お前、何言って───」


「……どいつもこいつも、雫ばっかで……キショいんだよ!!!」


下を向いたまま、地面に吐き捨てられたような声。

その場にいた全員にはっきり聞こえた。


「は…」


朔也の眉が険しく歪む。


「お前、雫がみんなにチヤホヤされてるから嫉妬してんの!?」


「違うっ!!」


反射的に叫ぶ。

自分でも説明できない。

言葉に出来ない。

だから苦しい。


「じゃあ何なんだよ!!」


朔也の声が大きくなる。


「お前のやってること、虐めだからな!!」


ズキンッ───


胸の奥が痛んだ。

虐め。

その言葉は鋭くて。

容赦なくて。

陽向の心を深く抉った。


「…………っ」


唇を噛み締める。

反論出来なかった。


「お前そんなことする奴じゃねーだろ!!」


怒鳴る朔也の声。

それが余計に苦しかった。

そんなこと、自分が一番分かっている。

分からなくなっているのは、自分自身だ。


「……もう……やめて……っ」


震える声が零れる。


「放っておいて……!!」


再び腕を振り払おうとする。

けれど朔也は離さない。


「藤崎俊輔がいなくて辛いか!?」


その瞬間。

陽向の身体が強張った。


「それで八つ当たりしてんのか!?」


「違うっ!!」


叫ぶ。

けれど声は掠れていた。


「だから何なんだよ!!言えって!!」」


朔也の声が追い詰める。


沈黙が落ちた。

陽向は俯いたまま動かない。


肩だけが小さく震えている。

言えるわけがない。

自分でも分からないのに。

どうして苦しいのか。

どうして胸が痛いのか。

どうして雫を見ると苦しくなるのか。

どうして朔也を見ると息が出来なくなるのか。


だけどそんなこと。

知りたくもない。

長い沈黙のあと。





陽向はゆっくりと────顔を上げた。





「…………っ」





朔也は息を呑んだ。




潤んだ瞳。

今にも零れ落ちそうな涙。

下がった眉。

ぎゅっと寄せられた眉間。

真っ赤になった頬。


怒っている顔ではなかった。

誰かを憎んでいる顔でもなかった。


まるで助けを求めているみたいに。

まるで自分自身に傷付いているみたいに。


自分の事をじっと見上げてくる陽向の表情は。

ただ。





ひたすらに、苦しそうだった。





その表情を見た瞬間。

朔也の胸の奥で、何かが引っ掛かった。


怒りが、一瞬だけ揺らぐ。


「………………」


思わず。

陽向の腕を掴んでいた手の力が緩んだ。

その一瞬だった。


バッ────


陽向は朔也の手を振り払い、弾かれたように駆け出した。


「ひな!!」


呼ぶ声も振り切って。


カランッ!!


激しく鳴り響いたドアベルの音と共に、陽向の背中は夕暮れの街へ飛び出していった。


店内には、重苦しい沈黙だけが残されている。




「………………。」




ぽたり。


ぽたり。




テーブルへ涙の粒が落ちている。


雫は俯いたまま肩を震わせていた。

堪えようとしているのに、涙だけが止まらない。


朔也は小さく息を吐くと、静かに席へ戻った。


そして何も言わず、雫の肩を引き寄せる。

ふわりと包み込むように抱き締めた。


「……ふ……っ……」


雫の喉から、小さな嗚咽が漏れる。


「……う……っ……ぅぅ……」


朔也は何も言わずに、ただ雫の頭を優しく撫でる。

さらりと髪を梳くように。

そして背中を、ぽん……ぽん……と一定のリズムで叩いた。

まるで幼い子どもを宥めるように。


今は、どんな言葉も軽く感じてしまう気がして。

そして何より朔也自身も、起きた出来事について整理がつけられずにいた。


その様子を見ながら、咲がぽつりと呟く。


「…陽向….やばくない……?」


いつもの明るさはなかった。

戸惑いと不安だけが滲んでいる。


「……どうしちゃったんだろう……」


返事はなかった。

蒼太は腕を組んだまま、ソファへ深く身体を預けている。

視線はテーブルの一点へ落ちたまま。

何も言わない。

ただ、何かを必死に考えているようだった。


陽向の言葉。

陽向の表情。

そして最後に見せた、あの泣きそうな顔。

それらを頭の中で繋ぎ合わせるように、蒼太は黙り込んでいた。


再び沈黙が落ちる。


まるで誰もが、何か大切なものが壊れてしまった音を聞いてしまったかのように。


そして。


「……雫。」


朔也が静かに声を掛ける。

雫がゆっくり顔を上げた。

目元は真っ赤だった。


「今日はもう帰ろう。」


朔也はそう言うと、親指で雫の頬を伝う涙をそっと拭った。


「……ぐすっ……ぅん……」


雫は小さく頷く。

泣き過ぎたせいで声が上手く出なかった。

二人はゆっくりと立ち上がる。


「また連絡するね……」


咲が心配そうに手を振る。

蒼太も小さく片手を上げた。


雫は涙で濡れた目のまま、小さく頭を下げる。


「……すみません……」


掠れた声だった。


「しいちゃんが謝ることじゃないでしょ」


咲が優しく笑いながら言う。

けれど雫は、どこか申し訳なさそうに俯いた。


朔也はそんな雫の肩を抱き寄せる。

支えるように。

守るように。


そして二人は、そのまま店の出口へ向かった。


カラン────


ドアベルが静かに鳴る。


秋の夕暮れの風が吹き込み、二人の姿を飲み込むように店の外へ連れ去っていった。


残された席には、まだ重たい空気だけが漂っていた。


蒼太は相変わらず黙ったまま。

咲もまた、不安そうな顔で閉まったドアを見つめ続けていた。


先に沈黙を破ったのは、蒼太だった。


「……咲。」


ぽつり、と低い声が落ちる。

咲は顔を上げた。


「ん?」


蒼太は窓の外へ視線を向けたまま言った。


「…咲は……陽向の事どう思う?」


その問いに、咲は一瞬だけ言葉を探した。


「…どうって………やばいでしょ….あれは。」


そして大きくため息を吐く。


「咲が思ってる事も俺と同じだったら……相当やばい。」


咲はテーブルに頬杖をついたまま、隣の蒼太へ、バッと勢いよく顔を向けた。


「せーので言う?」


「そんなひと言で言えるもんじゃなくね?」


「まぁ…確かに。」


咲も苦笑する。

すると蒼太は身を乗り出した。


「咲が感じてる事、俺が当てようか。」


「お。どうぞ。」


咲は手のひらを蒼太へ向けた。


「陽向は朔也に食らってて、それで雫にヤキモチ妬いてる。しかもタチが悪いのが、陽向自身は自分でその事を自覚していない。」


「正解っ!さすが!」


咲は即答した。

そして椅子へ深くもたれ掛かった。


「いやー……まさか過ぎて頭追いつかないんだけど。」


咲の言葉に、蒼太も苦笑する。


「つまり…前までは、朔也→陽向→藤崎俊輔だった矢印が、今は陽向→朔也→雫という逆転現象が起こり始めてるわけだな。」


「なんでそんな嬉しそうなの?」


咲が呆れたように言う。

蒼太は肩を揺らした。


「だってこんなハイパーミラクル、誰が想定出来たんだ?」


蒼太の口元が少しだけ上がる。

咲も続いた。


「それな?これまでの陽向を考えたらガチでありえないわ…今世紀最大の奇跡。地球ひっくり返ったレベル」


咲は眉間を寄せながら、目を閉じる。

蒼太は頬杖をついた。


「朔也も馬鹿だよな…そんな事になるとは思いもしないで……雫と付き合ったりなんかして」


咲は静かに頷いた。


「こうなると簡単じゃないよ…朔也としいちゃんは、今やズブズブの沼関係。」


「雫は純粋な恋だとしても…朔也に関してはありゃ依存だよな」


蒼太が即答する。

咲も否定しない。


「朔也の陽向への気持ちは消えてないんだろうけど…そう簡単にはしぃちゃんを切れないと思うよ」


蒼太も小さく頷いた。


「まぁ… こんだけ沼っておきながら、陽向が振り向いたからっつって簡単に切り捨てられたら雫が可哀想過ぎるよな」


咲は真剣な顔で身を乗り出した。


「朔也に絶っっっ対言っちゃダメだからね!!陽向がなびいてる事!!」


「えーだめなの?朔也嬉し過ぎて泣くぜあいつ」


「修羅場だよ!!」


咲が即座に突っ込む。


「陽向には綾真がいるんだから!朔也は黙ってこのまましいちゃんと幸せになればいいんだよ!」


バンッとテーブルを叩く。


蒼太は、ぽつりと呟く。


「俺は…腑に落ちねぇけどな」


「ダメ!絶対!朔也に言ったら蒼太と別れるから!」


指を突きつけて、さらに顔を近付けた。


「へー。咲はそれで平気なの?」


「いや?好きすぎて無理。」


「俺も無理。」

 

「大好き♡」


咲は満足そうに笑って、ぎゅっと蒼太へ抱きついた。


蒼太は呆れたように息を吐く。

けれど、その腕は自然と咲の背中へ回っていた。


「俺も大好き。」


優しく抱き締め返す。


窓の外では、秋の夕暮れがゆっくりと街を染めていた。

けれど二人の頭の中を占めているのは、きっと同じことだった。


────あの鈍感な両片想いの幼馴染二人は、いつか気付く時が訪れるのだろうか。


そんな呆れと不安を抱えていた。



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