第128話 好きな人は、いますか?
一学期最終日。
終業式は例年通り、淡々と進んでいた。
校長の話。
各種表彰。
生活指導担当教員からの夏休み中の注意事項。
体育館に整列した生徒達は、夏休み直前の浮ついた空気をどうにか押し殺し、退屈に耐えながら長い式次第が終わるのを待っていた。
真面目に前を向いている生徒もいれば。
配られたプリントを団扇代わりにして、こっそり首元を仰いでいる生徒もいる。
天井の鉄骨をぼんやり見上げている者。
隣の友達と、先生に見つからないぎりぎりの小声で何かを囁き合っている者。
そにて、長い式もようやく終わりに近づく。
《最後に、生徒会役員からお知らせがあります》
司会の教員がそう告げた瞬間。
体育館全体に安堵の空気が広がった。
ステージ脇から姿を現したのは、生徒会長の陽向だった。
背筋を伸ばし、演台へ向かう。
マイクの前に立つと、体育館の空気が自然と和やかになった。
陽向は、演台の前に立つ。
マイクの高さを少しだけ直す。
小さく息を吸う。
体育館が、静かになる。
《今日は、生徒会から一つお知らせがあります!》
明るい声が、体育館いっぱいに響いた。
その声だけで、少しだけ空気が変わる。
《ご存知の通り、本校は今年、創立50周年を迎えました。》
創立五十周年。
ポスターや配布資料で何度も見てきた言葉。
けれど、生徒達にとってはどこか遠いものだった。
学校側の行事。
大人達の節目。
自分達にはあまり関係のない、少し堅い話。
そんな空気を、陽向は感じ取っていた。
《生徒会では、この節目の年をより思い出深いものにするため、学校側と協議を重ねてきました。》
生徒達の視線が、少しずつ前へ集まっていく。
“何かが来る”。
そう感じ取った空気が、体育館の奥まで広がっていく。
陽向は、両手で演台の端を軽く握った。
《その結果、今年度の文化祭終了後、本校の50周年を記念して────》
体育館が静まり返る。
陽向は、ニッと笑って拳を突き上げた。
《後夜祭、やっちゃいます!!!》
ドッッッ───────。
地鳴りみたいな歓声が、一気に湧き上がる。
うおおおおおぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!
「えっ!?」
「マジ!?」
「後夜祭!?」
「やばー!!」
退屈そうにしていた生徒達が、勢いよく顔を上げた。
隣同士で肩を叩き合う者。
思わず立ち上がりかける者。
両手を上げて叫ぶ者。
一年生の列からも、二年生の列からも、三年生の列からも、歓声が波みたいに重なっていく。
教師達が慌てて「静かに」と声をかける。
けれど、その声すら飲み込まれるほど、体育館の熱量は一瞬で跳ね上がっていた。
予想以上の反応に、陽向の胸の奥にも、熱いものが込み上げる。
(よっしゃーーーー!!!)
心の中で盛大にガッツポーズをした。
文化祭。
そして、その先にある初めての後夜祭。
まだ二ヶ月以上先の話なのに。
その瞬間、生徒達の夏の終わりは、少しだけ特別な色を帯び始めていた。
────────。
世間は、夏休みに突入した。
けれど。
陽向にとってこの夏休みは、浮かれていられるものではなかった。
高校三年、一学期。
政治経済。
その科目で赤点を取り、評定にも赤がつき、母親にはこれでもかというほど搾られた。
たった一教科。
けれど、その一教科が、陽向の進路を大きく揺さぶった。
これまで生徒会活動を積み重ね、三年目には生徒会長として学校行事の中心に立ち続けてきた。
国語系科目では上位を取り、古典に至っては学年トップを狙えるほどだった。
だから、どこかで思っていた。
指定校推薦なら、きっといける。
けれど、現実は甘くなかった。
指定校推薦に必要なのは、華やかな活動実績だけではない。
生徒会長という肩書きだけでもない。
最終的にものを言うのは、三年間の評定平均。
その数字の中へ、赤評定という傷が刻まれた瞬間。
陽向がぼんやり思い描いていた“安全な進路”は、音を立てて崩れ落ちた。
「……終わった」
進路資料を前に、陽向は小さく呟いた。
夏休みの予定表には、補習、面談、オープンキャンパス、志望理由書作成、総合型選抜対策、過去問確認、夏期講習の文字が並んでいる。
もう、何となくで進める時期ではなかった。
指定校推薦一本で逃げ切る道は、ほぼ水の泡になった。
残された道は、総合型選抜と公募推薦。
そして、万が一に備えた一般受験の準備。
逃げ場は、どんどん狭くなっていく。
夏休み。
それは、本来なら少しだけ自由になれる季節のはずだった。
花火大会。
夏期講習の帰りの寄り道。
友達との予定、夜風、青い空。
けれど、陽向の前に広がっていたのは、そんな甘い夏ではない。
志望理由書と、評定の現実。
面接練習と、小論文対策。
そして、政治経済の赤点が残した、どうしようもない焦り。
高校三年生の夏。
陽向の受験は、ここから一気に現実味を帯び始めた。
もう、笑って誤魔化せない。
もう、何とかなるでは済まされない。
星野陽向は、この夏。
自分の未来を取り戻すために、初めて本気で進路と向き合わなければならなかった。
────────。
この日は夏休み期間の前期生徒会役員会議。
普段なら生徒達で埋まる校舎も、今はどこか別の場所みたいに静かだ。
聞こえてくるのは、どこかの体育館から響く掛け声や、グラウンドで鳴る笛の音くらい。
部活動に参加している生徒達が、汗を拭きながら移動していく。
夏期講習へ向かう三年生達が、参考書や問題集を抱えて足早に教室へ入っていく。
空調の効いた廊下には、人影もまばらだった。
一学期を終えた学校は、どこか日常から半歩だけ外れたみたいな空気をしていた。
────生徒会室。
「志望理由書がさぁー!いまいち“将来像”の箇所をどう書けばいいかピン来ないんだよねー…」
役員会議は、いつも通りの騒がしさと慌ただしさを残しながら、ひとまず終了していた。
文化祭や後夜祭関連の資料。
二学期行事の確認書類。
会計ファイル。
役員達は、それぞれ役職ごとの残作業を進めながら、思い思いに雑談を交わしている。
その中で。
進路資料を広げたまま頭を抱えているのは、星野陽向だった。
「陽向ちゃんは文学部志望なんでしょ?」
相田桜子が、会計資料を整理しながら顔を上げる。
「それなら、“将来は絶対これになります!”みたいに、そこまでキッチリ書かなくても大丈夫なんじゃない?」
「とは言えゼロじゃまずいじゃん!?」
陽向は、バサッ!と進路資料を持ち上げた。
「提出したやつ担任に見せたら、“学びをどう社会へ繋げるかを書け”とか言われてさぁ!!もう普通にパニック!!」
その勢いのまま、陽向は騒ぎ始める。
「つーか総合型のエントリーシート!?活動報告書!?自己PR動画!?オープンキャンパスレポート!?もう無理なんだけど!!」
「うっせーな、知らんわそんなもん!」
横溝琉嘉が即答した。
椅子へ深く座り直しながら、露骨にうんざりした顔をしている。
「こっちは逆に、その辺マジで触れてねぇから」
「え? そうなの?」
陽向が目を丸くする。
「推薦使うにしても、俺ら理系は“数学どこまで仕上がった?”とか、“物理の偏差値上がんねぇ”とか、“化学の理論範囲終わった?”とか、そっちの話ばっか」
「あー……」
桜子も苦笑しながら頷いた。
「模試の判定とか、共テ換算とか、過去問相性とかね」
「おえーーー……」
陽向が、力なく机へ突っ伏す。
横溝琉嘉は構わず続けた。
「いや、推薦の情報自体は普通に集めてるよ?指定校も公募も使う奴いるし」
「でも、クラス全体の空気が完全に“点数勝負”なんだよね」
桜子が補足する。
「“共テ何割必要?”とか、“英語リーディング時間足りない”とか、“数III死ぬ”とか、そういう会話ばっか」
「……げ。世界違い過ぎて死ぬ……」
陽向は机へ顔を押し付けたまま呻いた。
「だから、“志望理由書どうしよう!”とか、“面接怖い!”とか、“オーキャンで何メモればいいの!?”って言われても…ね…」
桜子が困ったように笑う。
すると横溝琉嘉が、陽向をビシッと指差した。
「こっちも逆にわからん」
「えぇぇぇぇぇーーーー!!!」
陽向の絶叫が、生徒会室へ響き渡る。
「文系、もう面接練習始やってんだけど!?小論文添削とかもやっててさー!」
「そりゃ文系推薦組はそうだろ」
横溝琉嘉が、呆れたように返す。
陽向は「待って待って!」と騒ぎながら、自分のスクールバッグを漁り始めた。
「えっと、小論文こんな感じで……」
ガサガサ。
プリント。
筆箱。
参考書。
ぐしゃぐしゃのメモ。
その中から何かを引っ張り出しかけた、その瞬間。
「あ。」
陽向の声のトーンが変わる。
「このケーキバイキングの無料クーポン今日までだーーーーー!!!!」
「話のぶっ飛びーーーー!!!!!」
横溝琉嘉のツッコミが、生徒会室へ盛大に炸裂した。
生徒会室にどっと役員達の笑いが落ちた。
相田桜子は堪えきれず吹き出しながら。
「陽向ちゃん小論文の話しは!?」
「え、これ放課後まだ間に合うかな!?さこちゃん行く!?ケーキ!!」
「マイペースすぎんだろお前!!」
生徒会室へ、三人の騒がしい声が響く。
窓の外では、真夏の太陽が校舎を白く照らしていた。
受験。
進路。
推薦。
共通テスト。
それぞれ違う悩みを抱えながら。
それでも、彼らの高校三年の夏は、いつも通り騒がしく過ぎていこうとしていた。
───────結局。
「わー! しぃちゃん見て! シャインマスカットフェアだって! やばー!」
生徒会役員会議の帰り道。
陽向は最終的に雫を半ば強引に連れて、学校から数駅乗ったターミナル駅のケーキバイキングへ来ていた。
店内へ一歩足を踏み入れた瞬間から、甘い香りがふわっと鼻をくすぐる。
ガラスケースの中には、瑞々しいシャインマスカットを使ったタルトやショートケーキ、ゼリー、ロールケーキ。
色とりどりのスイーツが、宝石みたいに並んでいた。
「わぁ……!」
雫が思わず目を輝かせる。
「どれも美味しそうで迷っちゃいますね……でも、私なんかが連れてきて貰っちゃって、本当に良かったんですか?」
少し遠慮がちにそう言うと、陽向はトングを片手に、けろっと笑った。
「いーのいーの!さこちゃん受験勉強とラブラブ彼氏で忙しいし、優音ちゃんダイエット中だし、ケーキバイキングに男子連れてきてもつまんないしね!」
「まぁ確かに…」
「しかも今日までのペアクーポンだったから、逆に付き合って貰えて助かったよ!」
「それなら良かったです!」
雫もようやく安心したみたいに笑う。
そして二人は、きゃいきゃい言いながらショーケースの前を移動していった。
「ここ、ご飯系も結構充実してますね。」
「シュークリームは外せないでしょー。あとパイと……あ!モンブランめっちゃうまそー!」
陽向はマイペースに、次々と皿へケーキを乗せていく。
「いきなりケーキからいくんですね……」
雫が少し驚いたように言うと、陽向は「え?」と目を丸くした。
「ケーキバイキング来て、しょっぱいものでお腹の容量使うの勿体なくない?」
「……あ…そーですか……」
完全に“戦い方”が違う。
雫は苦笑しながら、パスタやサラダが並ぶ軽食コーナーをちらりと見た。
けれど陽向は、一切迷いなくスイーツコーナーへ全振りしている。
ひと通り選び終えると、二人は窓際の席へ腰を下ろした。
テーブルの上へ並ぶケーキ達。
シャインマスカットのタルト。
モンブラン。
ミルフィーユ。
シュークリーム。
プリン。
見ているだけで幸せになりそうな光景だった。
「あ、飲み物忘れた…え!?しぃちゃんのそれなに!?」
陽向が、ハッとした顔をする。
「フレッシュジュースですよ! これはピーチマンゴーです。他にも結構色々ありました!」
「えー! うまそー!」
パタパタパタッ!!
陽向は勢いよく立ち上がると、そのままドリンクコーナーへ駆けていった。
けれど。
なかなか戻ってこない。
数分後。
「……?」
雫が首を傾げた、その時。
「ねーねー見てぇぇぇ!!!」
遠くから、テンションMAXの声が飛んできた。
陽向が、満面の笑みで戻ってくる。
両手には、飲み物ではなく。
「ワッフルコーナー気付いてた!? 自分で焼いて自由にトッピングすんの!!」
皿の上には、生クリームとフルーツとメープルシロップでこれでもかと飾り付けされたワッフル。
「見てこの神作品!! トッピング天才じゃない!?」
「えっ! 気付かなかったです!」
雫が目を丸くする。
「ワッフルコーナー、違う場所にあったんですか?」
「そう! ドリンクコーナーの奥の方!…あ。ドリンク!!」
次の瞬間。
パタパタパタッ!!
再び走っていく。
そして数分後。
ようやく両手へジュースを持って帰還した。
「はぁ〜……やっと食べれるわ……」
どこか達成感に満ちた顔で席へ着く。
「さ、食べよー! いただきまーす!」
「いただきまーす」
雫も笑いながら手を合わせる。
そして陽向が、いざケーキへ手を伸ばそうとしたその瞬間。
「え、フォークないやん…だるっ!!」
ガタンッ!!
陽向は再び立ち上がり、そのままカトラリーコーナーへ全力疾走していった。
「………………。」
取り残された雫は、静かにテーブルを見つめる。
サラダ。
ポテトフライ
ピザ
パスタ
並べられた大量のケーキ。
ジュース。
ワッフル。
けれど。
未だ、一口も食べ始められていない。
雫は、そっと溜め息をついた。
「………食事がなかなか始まらない…………」
そして────────。
「はぁ〜……もう無理……幸せ……」
陽向は、満腹になったお腹をさすりながら椅子へ深くもたれかかった。
テーブルの上には、飲み終わりかけのジュースと空になった皿が並んでいる。
窓の外は、すっかり夕暮れ色だった。
店内には、放課後の学生達の賑やかな声。
グラスの触れ合う音。
スイーツの甘い香り。
その中で二人は、ドリンクを片手に自然と恋バナへ花を咲かせていた。
「まじ!? バス停まで朔也が?」
陽向が、身を乗り出す。
雫は、ストローを指先で弄りながら、どこか照れたように笑った。
「はい。まじで……」
思い出しただけで、胸の奥がくすぐったくなる。
夜の駅前。
方向音痴で完全に固まっていた自分。
呆れながらも、結局最後まで付き添ってくれた朔也。
雫は、頬を少し赤くしながら小さく呟いた。
「なんであんな……めっちゃ優しいんですかねぇ〜……黒川先輩……」
「それ結構……脈ありじゃない?」
陽向が、真剣な眼差しで言う。
「いや、ないですよ。だって黒川先輩は……」
雫はそこまで言いかけて、ハッとする。
“星野先輩のことが好きだから”。
危うく、その言葉を口にしかけた。
雫は慌てて唇を閉じる。
陽向は気づいていないみたいに、ジュースを飲みながら「ん?」と首を傾げている。
雫は、誤魔化すみたいに視線を泳がせた。
「く、黒川先輩は……どんなタイプの女の子が好きとかわかりますか?」
「ギャル。」
「えっ。」
即答だった。
雫がパチパチと瞬きをする。
「…えー…ギャルかぁ〜……」
なんとなく、自分の髪を触る。
黒髪。
ナチュラル。
メイクも薄い。
「……あの人っぽいですね。」
少しだけ、シュン……と肩が落ちた。
すると陽向は、そんな雫を見ながら苦笑する。
「でも、しぃちゃんはギャル化しない方がいいと思うよ?」
「え?」
「今のまんまがビジュ優勝だから。カラーとかガッツリメイクしたら、逆に死ぬ気がする。だってしぃちゃん、メイク用品が恥じらうレベルの美少女だもん。」
雫は、かぁぁっと顔を赤くした。
そう言われても。
肝心なのは、“本人”に刺さるかどうかだ。
どれだけ周りから可愛いと言われても。
好きな人に、“女の子”として見てもらえなかったら意味がない。
胸の奥にある、その不安だけは、どうしても消えてくれなかった。
雫は、少しだけ勇気を出すみたいに口を開く。
「ちなみに……黒川先輩の元カノって、どんなタイプでしたか?」
陽向は、記憶を探るみたいに視線を上へ向けた。
「んー直近だとぉ……ゆるふわボブで、赤っぽいピンクっぽいカラー。メイクもバチバチで、目くりっくりでめっちゃ可愛くて、“最強ギャル!”って感じの子。」
「やっぱギャルなんですね……」
雫のテンションが、目に見えて下がる。
陽向は、そんな雫を見ながらケラケラ笑った。
「でも朔也、自分で“外見至上主義”とか言ってたから、顔が飛び抜けて可愛ければ割と何でもオッケーなんじゃない?」
「そんなわけないじゃないですか!」
雫が、思わず即ツッコミする。
陽向は「あははっ!」と楽しそうに笑った。
「でもさ、しぃちゃんは余裕でオッケーラインだと思うよ?」
「え……?」
「ギャルって、可愛くなるために努力してる子多いじゃん?だから結果的に“可愛い子にギャル率高い”ってだけで、朔也は可愛い子が好きなんだよ。」
「そんな単純な話ですかねぇ……」
雫は、ストローをくるくる回しながら小さく呟く。
すると。
肩を落とす雫の様子に、陽向の声のトーンが変わった。
「…….しぃちゃん。」
不意に真っ直ぐ雫を見た。
その目は、冗談を言う時の顔じゃなかった。
「自分がどんだけ最強に可愛いか、もっと自信持った方がいいよ。」
ドクンッ──────
(……え………?)
その瞬間。
脳裏に、先日の夜道が鮮明に蘇る。
(自分がどんだけ最強に可愛いか、もっとちゃんと自覚した方がいいよ?)
夜風。
街灯。
あの時の、真っ直ぐな声。
「…………っ」
一気に頬が熱くなる。
雫は、慌てて俯いた。
胸の奥で、心臓がうるさいくらい鳴っていた。
(……黒川先輩と……同じ事言うんだな……)
雫は、熱を持った頬を誤魔化すみたいに、そっと視線を落とした。
その言葉。
軽くなくて。
適当でもなくて。
からかっているわけでもなくて。
まるで、“本当にそう思っている”みたいな顔で。
驚くほど真っ直ぐに。
その時に、雫は改めて思い知らされた。
あぁ。
自分は、本当にこの人が好きなんだ、と。
不器用だけど優しくて。
気怠そうなのに放っておけなくて。
ぶっきらぼうなのに、誰よりちゃんと人を見ている。
そして。
そんな朔也が、どうして星野陽向を好きなのかも。
今この瞬間、改めてわかってしまった。
星野先輩もまた、同じだから。
真っ直ぐで。
眩しくて。
人の心へ真正面から飛び込んでくる。
だからきっと。
黒川先輩は、ずっとこの人を好きなんだ。
胸の奥が、きゅう……っと痛む。
好きで。
好きで。
大好きで。
でも。
目の前にいるこの先輩の事も大切で。
どうしていいか、わからない。
雫は、静かに口を開いた。
「……どうして……そんなに応援してくれるんですか……?」
陽向が、きょとんと目を瞬かせる。
「え?」
雫は、膝の上でぎゅっと指先を握った。
店内には、楽しそうな学生達の笑い声が響いている。
グラスの触れ合う音。
スイーツの甘い香り。
なのに。
雫の胸の奥だけが、ひどく苦しかった。
「……星野先輩は………………」
怖い。
もし、星野先輩が少しでも黒川先輩を好きなら。
自分はきっと、今みたいに無邪気に恋なんて出来なくなる。
黒川先輩のこと、どう思ってるんですか。
本当に、何とも思ってないんですか。
私が、このまま黒川先輩を好きでいても。
本当に…………いいんですか。
「……好きな人は、いますか?」




