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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第123話 まずは告ることから始めよう


「寂しい!」


昼休みの教室に、唐突な陽向の声がドンッと落ちる。


テスト期間を終えたいつもの四人は、朔也と蒼太のクラスである三年二組の教室で机を寄せ合い、弁当を広げていた。


窓の外には、夏を目前にした青い空。

昼休みのざわめきが教室中に満ちている。

購買のパンを頬張る男子。

友達同士で今日返ってきたばかりの答案の点数を見せ合って騒ぐ女子。

廊下からは、他クラスの笑い声も流れ込んでくる。


そんな中でも、陽向の言葉は止まらない。


「会いたい!無理!しんどい!もう限界!」


向かい側に座っていた朔也の動きが、ぴたりと止まる。

咲も、口へ運びかけていた卵焼きを止めた。

蒼太だけが「あー……」とでも言いたげに、静かに苦笑する。


「……なんだよ、いきなり」


朔也が、呆れ半分の声で返した。

陽向は答える。、


「最近なんか禁断症状みたいなの出てくんだよね」


「手が震えるとか?」


「幻覚が見える?」


「似たような感じ。末期なんだと思う。」


咲に続いた蒼太の問いに、陽向は、紙パックのストローをチュー……っと吸いながら、どこか疲れたような声を漏らした。


「重症じゃん」


咲が引き気味に呟く。

陽向は、はぁぁ……と深く息を吐いた。


俊輔と別れてから、もうそれなりに時間は経っている。

最初は、時間が経てば慣れると思っていた。

でも違った。


時間が経てば経つほど、ふとした瞬間に、いなくなった実感だけが鮮明になる。


特に。


不覚にも、朔也に対して心臓がおかしな動きをしてしまった時は、必ずそこへ辿り着く。


「んな事言ったって、どうしようもねぇだろそんなもん」


朔也が、冷めた口調で言い放つ。


「まぁ……時間に解決してもらうしかねーわな」


蒼太は、陽向を気遣うみたいに柔らかく続けた。


「わかってるけどぉ〜……」


両肘をついて、肩を落とす。

窓際の席へ差し込む昼の光が、その髪を明るく透かしている。

完全に元気がない。

そんな陽向を見ながら、朔也は小さく舌打ちした。


「最初からわかってたことだろ!覚悟して付き合ったんじゃねーのかよ。ブーブー文句垂れるくれぇなら最初から付き合ったりすんじゃねぇ!」


「朔也!」


朔也の容赦ない言葉に、咲の鋭い声が飛んだ。


「…もう、どうしたらいいのかわからん……」


ぽつり、と。

弱った声だった。

そしてそのまま陽向は、ぐでぇ…っと机へ頬を押し付けた。


はぁぁぁ〜〜〜〜……


長く吐き出された溜め息が、教室のざわめきへ混ざって消えていく。


その姿を見ながら。咲は、ふと何かを思いついたみたいに顔を上げた。


「あ!」


パッと目を輝かせる。


「新しい恋したらいいんじゃない?」


「……新しい恋?」


陽向が、机へ突っ伏したまま片目だけ上げる。

咲は、身を乗り出すみたいに続けた。


「そう!また好きな人が出来たら藤崎先輩への寂しさも紛れると思うよ!」


「そんな簡単じゃないよぉ〜……」


陽向は、むにゃ……っと頬を潰しながら呻く。

けれど咲は諦めない。


「今まで恋愛対象じゃなかった友達に目を向けてみるとか…」


そう言いながら、咲の視線がチラッと横へ流れた。

朔也へ。


「ずっと近くにいたけど、逆に近くにいすぎてこれまで全然意識してこなかった相手とか……」


ギクッ。

わかりやすいくらいに、朔也の肩が跳ねた。

箸を持つ手が、一瞬止まる。


その反応を見た蒼太が眉を寄せた。

蒼太の肘が、咲の脇腹へ軽く入る。


「その辺にしとけよ、咲。」


低い声だった。

その空気に、陽向だけがまだ全く気づいていなかった。


「そんなの朔也じゃあるまいし。はい次、はい次ってそんな簡単にコロコロ行けないよ」


「お前は俺をなんだと思ってんだ」


朔也が、じとりとした目を向ける。

すると陽向は、むくりと顔を上げた。


「彼女切替高速回転寿司男。元カノ大量生産機?別れたと思ったら“”あれ今度の彼女?”みたいな。むしろ別れる以前に、限定スイーツ並みに”あ、変わってる”てきな?」


陽向は、止まらない。指折り数えるみたいに続ける。


「なんなら新旧の時期、被ってる事何回もあるよね?つーか大体毎回浮気してなかった?“歩く恋愛サイクル社会”っていうか?」


そして最後の追撃。


「あーそういう男、本当無理。」


「「「…………………。」」」


その瞬間。

寄せ合わせた机の上へ、妙な静寂が落ちた。

咲が差し出しかけていた“朔也ルートへの恋愛誘導”は、綺麗なまでに真逆方向へと爆走しながら転がった。

蒼太は片手で額を押さえ、咲は「終わった……」みたいな顔をしている。

一方の朔也は。


「……へぇ。」


ニヤリと。

負け惜しみみたいに口角を上げた。

肩肘をついて、隣の陽向へ距離を詰める。


「随分と俺の事、“なんでも知ってる”ムーブ出してくんじゃねぇか。」


その声には、若干の棘が混じっている。

けれど陽向は全く気づかない。


「そりゃそーよ、何年の付き合いだと思ってんの」


陽向は当然みたいに返した。

すかさず空気を変えるみたいに、咲がパッと顔を上げる。


「好きなタイプは?」


「ギャル。」


「おー!正解。」


テンポ良く即答した陽向に、朔也は思わず感心したみたいに眉を上げた。蒼太が、面白がるみたいに口を挟む。


「朔也のフェチは?」


「えー…?おっぱい?」


「おっぱいは男子みんな好きだろ」


陽向の言葉に、朔也が答えた。


「んー顔!」


「正解。」


「なんか最低。」


陽向と朔也が展開する会話の最後に、咲の冷めた声が落ちた。


「遊びならまだしも…彼女にすんなら性格の方が大事じゃね?」


「俺は外見至上主義なんだよ。」


蒼太が呆れ半分に言うと、朔也は椅子へ深く背を預けたまま、平然と返した。


「論外なんだけど。」


陽向は即座に引く。

こんな奴のラッキースケベに心臓を暴れさせられた自分につくづく嫌気が刺した。


陽向のピシャリと放ったひと言に、朔也は眉間へ皺を寄せる。

そして苛立ちを誤魔化すみたいに吐き捨てた。


「んな事どーでもいいけどな!」


半ば強引に、話題を切り替える。


「お前!政経はどーだったんだよ!テスト初日前日に、人んちのピンポン連打して乗っ込んできといて!必死で頭下げてきて俺の勉強時間根こそぎ奪っていきやがったくせに!」


バンッ、と机を軽く叩く。


「結局あの後それっきりだったじゃねーか!」


「ご…ごめん…」


陽向は、ビクッと肩を縮こませる。

けれど次の瞬間、どこか言い訳するみたいに顔を上げた。


「でも政経のテスト8割は埋めたよ!」


「まじ!?すげーじゃん!赤点回避出来そうだな!」


朔也の目が、パッと見開かれる。


「あ…でも全体の6割くらいは….珍回答だから…」


「あ?」


空気が、一瞬止まった。

その瞬間。朔也の脳内で、超高速演算が始まった。


8割埋めた。

つまり、80点分。

全体の6割は珍回答。

60点分、死亡。


80−60=20。


こいつが“まともに埋めた部分”が全部正解なわけがない。

多く見積もっても……


朔也の脳内で、無慈悲な計算結果が弾き出される。


その時間、わずか0.5秒。


「ひな。」


朔也は、死刑宣告みたいな顔で言った。


「今回お前の政経、15点だ。」


「ギャーーーーーーーーーー!!!!」


この瞬間、陽向は赤点確定の事実に気がついた。


三年二組の教室へ、陽向の絶叫が盛大に響き渡り、周囲のクラスメイト達が一斉に振り返る。

蒼太はそんな陽向を見ながら、くくっと喉の奥で笑う。


「赤点生徒会長なんて聞いた事ねぇな」


陽向の受験は今、盛大な崖崩れを起こしていた。




こうして。


星野陽向・高校三年生の大学受験ルートは。


静かに、しかし確実に


イージーモードから進路変更を決め込んで、茨の道へと舵を切ったのであった。






一方その頃。

陽向のクラス、三年四組では───


昼休みのざわめきが、教室いっぱいへ広がっていた。

窓の外では、夏目前の強い日差しが校舎を白く照らしている。

エアコンの効いた教室の中には、どこか気怠い空気が漂っていた。


そんな中。


「……古典の返却……やばかったなー…」


綾真は、机へ広げた弁当を前にしたまま、ぐったりと背もたれへ身体を預けていた。

手には先ほど返却されたばかりの答案用紙。

赤ペンで書かれた点数が、じわじわ精神を削ってくる。


「星野に教えて貰えばいいじゃん。学年1位。」


ガタッ!!


綾真の身体が、反射みたいに跳ねた。

椅子ごとひっくり返りかけながら、慌てて机へしがみつく。


「恥ずいだろ!相手は学年1位なんだから!赤点回避とは言え、こんな点数低かったら……男としてどうなんだって話し……」


心底情けなさそうに、綾真は頭を抱えた。


古典。


彼女にとっては得意科目。

もはや感覚で解いているレベルの領域。

対して自分は。補習ギリギリ回避。

その差が、地味に心へ刺さる。


「別に秀才キャラで売ってるわけじゃねぇから良くね?」


「星野も別に綾真が頭良いとは思ってねぇだろ」


「まぁ運動バカだくらいに思ってんだろ」


畳み掛けるように飛んでくる友人達の声。


「黙れーー!!」


綾真の叫びに、周囲の男子達がどっと笑った。


けれど。

笑いながらも、その中の一人がふっと真顔になる。


「今更カッコつけるような間柄じゃねぇだろお前らは」


「……え?」


綾真の動きが、ピタリと止まった。

教室の喧騒が、少しだけ遠くなる。


「クラス中が、なんでお前らが付き合ってないのか不思議に思ってるくらい、もうずっと仲良いじゃん」


ドクン。


綾真の心臓が、大きく跳ねた。

その言葉は、不意打ちみたいに胸へ刺さる。


高一から、ずっと。


朝、教室で自然に話して。

休み時間も一緒にいて。


高ニでクラスが離れても、選択授業や廊下で結局いつも喋って。


高三になっても、その距離は変わらず。

最近いつも、当たり前のようにすぐ近くにいた。


周囲から見れば、“特別”なんて、とっくに通り越しているのかもしれない。


「それは……そうなんだけど……」


綾真は、視線を落とした。

喉の奥が、少し苦い。

近いからこそ。

ずっと近くにいたからこそ。


“友達”としての地位が固定されてしまっているのがわかる。


彼女が自分を男として意識していないのが、手に取るようにわかる。

だからなかなか踏み出せない。

また高一の時のように。

勇気を出して告白をして、“ネタ”として処理されるのが、怖い。


そんな感情が、ずっと胸のどこかに居座っている。


すると別の友達が、口を開いた。


「高1の時からずっと好きで、星野に彼氏が出来ても諦めきれなくて、今ようやくまた訪れた悲願のチャンスじゃねぇの?」


「っ……」


図星だった。


何も言い返せない。

藤崎俊輔と付き合い始めた時。

彼女が幸せそうに笑っていた時。

諦めなきゃいけないって、何度も思った。


でも結局。


完全には諦めきれなかった。


胸の奥に残り続けたまま。

ずっと、消えてくれなかった。


そして。

別の友達が弁当の唐揚げを箸で突きながら、追撃みたいに言った。


「タラタラしてると、黒川朔也に持ってかれちゃうよーん♪」


「駄目だそれはーーーーー!!!!」


バンッ!!


綾真は勢いよく机へ手をつき、そのままガタッと立ち上がった。

周囲が、一瞬どっと笑う。

けれど綾真の顔は、本気だった。


黒川朔也。


あの幼馴染だけは、駄目だ。


あの距離感。

あの空気。

あの遠慮の無さ。


十八年。

自分には絶対入り込めない時間が、二人の間にはある。


彼女と黒川朔也が並んで笑っている姿を見た瞬間、いつも胸の奥がざわつく。

腹が立つ。


あいつだけは、絶対に嫌だった。


「だったらカッコつけてねぇでガンガン行っちゃえよ。高2ん時に後悔した事、君繰り返すよ?」


その言葉に。

綾真の表情が、ふっと固まった。


高二。


何も出来なかった。

本気だったと伝える事すら出来なかった。

“ネタにされたから”なんて理由を盾にして。

結局、見ている事しか出来なかった。


そして気づいた時には。

彼女は、もう誰かの特別になっていた。

あの時の後悔だけは。

今でも、胸の奥に刺さったままだ。


それだけは、絶対に嫌だ。


綾真の拳が、ぎゅっと強く握られる。

胸の奥で、何かが熱を持っていた。


そして。


「だな。取り敢えず告ろう。」


唐突に落とされた綾真の言葉に。


「はっ!?」


「行け行けー」


「いきなりだな」


「取り敢えずってなんだよ」


友達から、一斉にツッコミと笑い声が飛ぶ。

けれど綾真は、もう周囲の声を半分くらいしか聞いていなかった。


握り締めた拳。

真っ直ぐ前を向いた視線。


その胸の奥で、ようやく何かが決まった気がした。


「まずは告ることから始めよう。」


”脱、友達。”


無自覚ド天然能天気の星野陽向へ、まずは自分の存在を“恋愛対象”として認識させなければ始まらない。


友達じゃなく。

“男”として。

ちゃんと。


本気の想いを、伝える事からだ。


結果がどうとかは関係ない。

付き合えるかとか、振られるかとか。

そんな事より。

まずはそこからスタートだ。


それでも好きだと。

ずっとずっと、大好きなんだって。

簡単には、諦めないからって。


振り向いてくれるまで、何回だって伝えるって。


逃げずに。

ちゃんと向き合い続けて。

気持ちを伝えて、信じていれば。


綾真の胸の奥で、熱がぐっと膨れ上がる。



きっと必ず、最後に愛は勝つ。



「俺の愛は、絶対に勝つ!!」



綾真は立ち上がったまま、勢いよく両手のガッツポーズを頭上に掲げた。

天井を仰ぐ姿は、もはや青春ドラマの主人公みたいだった。


「ヒュー♪」


「頑張れー」


「ビシッと決めろよー!」


「で、いつ告んの?今日?」


笑い声。

茶化し声。

冷やかし。

昼休みの賑やかな空気が、教室いっぱいへ広がっていた。


綾真は、ふぅ……っと小さく息を吐きながら、ゆっくり椅子へ腰を下ろした。


胸の奥はまだ熱い。


「いつ告っかなー….どう告ろうか…何か良いシチュエーションねぇかな」


顎へ手を添えながら、真剣な顔で唸る。


「放課後に呼び出し!」


「デートに誘う」


「夜景の見えるレストラン」


「プロポーズかよ」


間髪入れず、周囲から好き勝手な案が飛び交い始める。

しかし、綾真自身は思ったより真面目だった。


どうせ伝えるなら。

ちゃんと、真剣に。

彼女の記憶へ残る形で伝えたい。


ずっと好きだった。


笑った顔も。

全力で騒いでる時も。

誰かの為に怒れるところも。

真っ直ぐなところも。


全部ちゃんと伝えたい。


だからこそ、中途半端にはしたくない。


綾真が腕を組みながら唸っているその時だった。

一人の男子が、紙パックのストローをちゅー……っと吸いながら、何気ないテンションで口を開く。


「もうすぐ花火大会だから誘ってみたらー?」


───その瞬間。


考え込んでいた綾真の目が、バチッ!!と音を立てるみたいに見開かれた。

脳内へ、一気に情景が広がる。


夏の夜。

浴衣。

人混み。

夜空へ咲く花火。


隣にいる彼女。


笑いながら見上げる横顔。

夏祭り特有の、少し浮ついた空気。

そして何より。

“男女で花火大会へ行く”そのイベント感。


綾真の胸の奥で、何かが一気に燃え上がった。


ガタンッ!!


勢いよく机へ手をつきながら、綾真が立ち上がる。


「それだーーーー!!!!」


教室中へ響き渡る大声。

周囲が一瞬「うるさっ!?」みたいな顔で振り向いた。

けれど当の本人は、もう止まらない。


「花火大会!夏!浴衣!完っっっ璧じゃねぇか!!」


一気にテンションが爆発した綾真は、友達の肩をガシガシ揺さぶる。


「うおおおおお!!行ける!!これは行ける気がする!!」


「単純すぎな?」


「でも実際イベント補正は強い」


「花火マジックな」


男子達が好き勝手言い合う中。

綾真だけは、本気だった。


胸が高鳴っている。


怖い。

でも、それ以上に楽しみだった。


今年の夏は。


絶対に、去年とは違う夏にする。


綾真は、窓の外の青空を見上げながら、ぐっと拳を握り締めた。


夏が来る。


そして。

綾真の恋も、ようやく動き出そうとしていた。


友達枠から正面突破する為に。


陽向を巡る花火大会争奪戦が、今ここに開幕しようといていた。



────────。



そして、綾真はその日の放課後。


早速。


「星野さ、来月の花火大会一緒に行かない?」 


教室の空気が、ほんの少しだけ止まった気がした。

周囲で騒いでいた男子達の視線が、一斉にこちらへ向く。


「花火大会?あーごめん!先約あるわ!」


ゴンッッッッ!!!!!


綾真の脳内へ、特大の岩石が直撃した。

視界が揺れる。

魂が抜ける。

膝から崩れ落ちそうになる。


「綾真ーーーー!!大丈夫かーーーー!!!!」


「しっかりしろーーーー!!!」


クラス男子達が、わあっと駆け寄ってくる。


「致命傷だ!!」


「今のはクリティカルヒットだ!!」


「救急車呼べ!!」


「心肺停止してるぞ!!」


男子達が好き勝手騒ぐ中。

陽向だけが、パンパンッ!と手を叩きながら大爆笑していた。


「はぁ〜、綾真大丈夫?」


笑いの余韻を残したまま、陽向が問いかけるも。

綾真は机へ突っ伏したまま、ぷるぷる肩を震わせた。


まだ告白すらしていない。

なのに。


花火大会へ誘っただけで、秒殺された。


「星野!あんまりだお前!」


「そうだ!即答で一刀両断すんな!!」


「多少、“相手に聞いてみるね”くらい社交辞令挟めよ!!」


男子達から総ツッコミが飛ぶ。

もはやクラス中、綾真の片想いを隠す気配すらなかった。


「あの、因みに星野さんが仰る先約の方とは、どちらさんで?」


1人の男子がふざけて記者会見さながら、拳で作ったマイクを陽向へ差し向けた。


「まぁ普通に朔也なんだけど。」


あまりにも、あっさりと。


ズゴーーーーーーンッッッッ!!!!!!


綾真はコントのようなリアクションで椅子ごと綺麗に後ろへ吹っ飛んだ。


「ギャーーーーー!!!!」


「聞くなお前それーーー!!!!」


「わーー!!ごめん!!!」


男子達が一斉に頭を抱えて騒ぎ始める。

 

「お前やっちまっただろこれーー!!」


「致命傷どころじゃねぇ!!」


「瀕死通り越して即死だーーーー!!!」


男子達が大騒ぎして、教室中が大爆笑だった。

陽向も、パンパンッ!!と手を叩きながら腹を抱えて爆笑している。


「ははははっ!!死ぬー!!綾真リアクション芸人すぎんだろーーー!!」


完全に、ネタ。


全部、“ギャグ”としてしか認識していない。


(……“普通に”って………お前………。)


綾真は、床に倒れ込んだまま絶望した。


普通にって。

そんな当たり前みたいに。

当然そうっしょみたいに。


ただの幼馴染とか言ってるくせに。

付き合うとかありえないって言ってるくせに。

その距離感は、なんなんだ。


そんなの………あんまりだ。


胸の奥が、ぐしゃぐしゃに掻き回される。


その瞬間。


「ひなー、帰れるー?」


三年四組の教室の入口から、気怠そうな声が飛んできた。

一瞬で、教室内が凍りつく。

まるでラスボス登場みたいなタイミングだった。


そこに立っていたのは、朔也だった。


ワイシャツの袖を軽く捲りながら、教室を覗き込んでいる。

その姿を見た瞬間。


「あ、うん!」


陽向の顔が、ぱっと明るくなる。

その変化が、あまりにも自然すぎて。

綾真のHPへ更なる追撃を叩き込んだ。

陽向は何の迷いもなくスクールバッグを掴み、そのまま立ち上がる。


「じゃ、みんなまた明日ねー!」


明るい声を残しながら、当たり前みたいに朔也の元へ駆け寄った。

朔也もまた、それが当然みたいな顔で陽向を待っている。


そして。

二人は、そのまま並んで教室を出て行った。


肩が触れそうな距離。

呼吸するみたいに自然な空気感。

十八年間積み重ねられた、“隣にいるのが普通”という距離。

夕焼け色の廊下へ、その背中が消えていく。

教室へ、数秒の沈黙が落ちた。


ガバッ!!!


「当たり前みたいに毎日一緒に帰りやがって……!!」


綾真が、勢いよく床から復活した。


「花火大会くらい………たった一日くらい………星野を貸してくれたって……いいじゃねぇか……!」


ぐわぁぁぁ……っと黒いオーラが立ち上る。


拳を震わせながら。

綾真は、天へ向かって絶叫した。




「死ねーーーーーーーーーー!!!!黒川朔也ーーーーーーーー!!!!」




「落ち着けよ」


「星野の鉄壁…黒川朔也、恐るべし!」


「最強の門番」


「まずそこからだな」


「決闘でも申し込むか」


男子達の好き勝手な声が飛ぶ。


けれど綾真は、床に座ったままギリギリと奥歯を噛み締めていた。


黒川朔也。


十八年分の距離感。


あの自然さ。

あの空気感。

あの、“隣にいて当然”みたいな関係。


そして、異常なほどの独占欲と執着心。


綾真は、ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱しながら、深く息を吐いた。


高一の時からずっとそうだ。

ここぞと言う時に、必ず奴が立ちはだかる。

先へ先へと回って、徹底的にチャンスを潰してくる。


まるで、十八年かけて築いた巨大な包囲網。


けれど。


綾真は、ゆっくり拳を握り締める。


その“十八年分の距離”そのものが。

黒川朔也、最大の弱点でもある。

近すぎるからこそ。

当たり前すぎるからこそ。

星野陽向本人が、周りの誰になんと言われようと、黒川朔也を微塵も恋愛対象として認識しない。


だったら、そこを突破出来れば勝機はある。


“友達”じゃなく。

“男”として。


ちゃんと、自分を見てもらう。

あんな“只の幼馴染”枠のやつに負けたくない。

去年みたいに。

何も出来ないまま終わるのだけは、絶対に嫌だ。


(俺は絶対に告白して……“友達”の枠を突破してやる…!)


午後の光に包まれる教室で。

綾真の胸の奥へ、静かに火が灯る。


夏は、まだ始まったばかりだった。





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