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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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120話 夜の公園セッション


三年剣道部と陽向、咲、雫で行われた祝勝会は、想像以上に盛り上がった。


東京都ベスト8。

聖陵国際剣道部史上初の快挙。


ファミレスのテーブルを囲みながら、みんな好き勝手に喋って、笑って。

剣道の話しなんて、ほとんどしていなかった。

クラスの誰と誰が付き合った。

教師のモノマネ。

下ネタ。

意味わかんないノリ。

そんな、しょうもない話ばかりだった。


こんな風に、みんなで馬鹿みたいに騒げる空気が、ただ楽しくて。

笑い声が絶えないまま時間だけが過ぎていき。


そして、夜九時。


帰路へ向かう電車の中。


ガタン、ゴトン……と一定のリズムを刻みながら、車両が暗い線路の上を滑っていく。


土曜夜の下り電車。

遊び帰りの学生や、飲み会帰りらしい会社員達がぽつぽつと座っていた。

吊り革が揺れる。窓ガラスへ映る街の光が、流れるみたいに後ろへ消えていく。


横並びの座席。


陽向は、まだ元気だった。

楽しそうに今日の出来事を喋り続けている。


「でさー!無事にしぃちゃん連れてようやく、んじゃ会場入るか!ってなった時に、まさかの、え?スマホなくね?ってなって!!」


「…………。」


朔也は、ぼんやりと窓の外を見ていた。

流れていく夜景。

黒い窓へ映る、自分の顔。


耳にはちゃんと陽向の声が届いている。

なのに、どこか遠かった。


「えー!!ヤバー!!絶対、猛ダッシュした時に落としたやつじゃん!!ってなって、もうまじパニック。そんで、え待って、一旦戻るかって、歩いてきた道戻りながら、しぃちゃんに電話鳴らして貰いながら探し歩いたわけよ」


「…………。」


みんなと騒いでいる間だけ、忘れられていた。

けれどこうして静かになると、また胸の奥からじわじわ蘇ってくる。


あと一歩、届かなかった現実。


奥歯が、じわりと軋む。


陽向へ告白する。

そんな大口を叩いて。

全部懸けて。

人生ごと副将戦へ叩き込んだ。


なのに、負けた。


蒼太が勝ってくれた。

チームも勝った。

ベスト8にも行けた。

それなのに。


胸の奥に沈んでいる悔しさだけは、どうしても消えてくれなかった。


「もう全っ然電話出なくて!!しばらく探して、え、まじ終わったくね?ってなった瞬間、ちょー奇跡的に人が出たの!!」


「…………。」


陽向は、ずっと喋っている。


明るくて。

騒がしくて。

馬鹿みたいで。


その声を聞いていると、苦しくなる。




この光に、自分は届かなかった。




まるで神様から。


“お前にはまだ時期早々だ”と、言われたみたいに。


隣にいるのに。

こんなに近くにいるのに。

ずっと。



届かない。



「そしたらね!!電話出た人が、“体育館のトイレですよ”って!!っはー!もーちょー爆笑!!」


パンッ、と陽向が自分で手を叩いて笑う。


「………………。」


朔也は、小さく視線を落とした。



陽向は、わかっている。



朔也が今日、いつもと違うこと。

普段から話を聞いてない時はある。

適当に流す時だってある。


でも、今日の沈黙は違う。


副将戦へ全部を懸けていたことを。

どれだけ勝ちたかったのかを。

陽向は、ちゃんと知っている。


だからこそ。


ただ。


“いつも通り”に喋り続ける。


陽向は、少しだけ笑いながら肩を竦めた。


「………自分でトイレに置いてきたくせにさぁ〜、すっかり忘れて……まじバカだよね」


車窓の灯りが、ふっと二人の横顔を照らす。

朔也は、小さく口を開いた。


「……うん。バカ。」


掠れた声。

けれど、その一言だけで。

陽向は、少しだけ安心したみたいに笑った。


ガタン───……。


夜の電車が、静かに次の駅へ滑り込んでいく。


窓の外では、滲むような夜景が流れていた。




───────。




最寄り駅のホームへ降り立つ。


ガタン……と遠ざかっていく電車の音。

夜風が、熱を帯びたホームをゆっくり吹き抜けた。



階段を上がる。

改札へ続く通路へ出た、その時だった。

視界の端へ、鮮やかな色が飛び込んでくる。

壁一面へ貼られた、大きなポスター。



─── “納涼花火大会”。



「あ、今年のポスター貼られてる」


陽向が、足を止めてぽつりと呟く。

その声につられるように、朔也も視線を向けた。


「ほんとだ。もうそんな時期か」


低く返した声は、どこかぼんやりとしている。


毎年開催される、この地域で一番大きな花火大会。

夏になれば、学校のみんなも当たり前みたいに話題へ出して。

誰と行くとか。

浴衣どうするとか。

そんな話で騒ぐ。


「去年会場行った?」


陽向が何気なく問いかける。

朔也は、少しだけ視線を上へ向けた。


「いや。高一の時に朱里と会場行ったし、去年は別に彼女もいねーしまぁいいかと思って。蒼太とか何人かと、会場近くの高台で見たな」


あの時の夜風を、少しだけ思い出す。

騒がしい男連中。

コンビニで買ったぬるいジュース。

遠くで上がる花火。

適当なノリで笑っていた夜。


朔也は今度は隣の陽向へ目を向けた。


「ひなは去年行った?」


「行ったよ。俊ちゃんと……」


そこまで言って。

陽向の声が、ふっと止まる。

空気が、ほんの少しだけ静かになった。


八月初旬。


お盆時期のニューヨーク渡航を直前に控えた、あの夏。

受験で忙しかったはずなのに。

それでも俊輔は、ちゃんと陽向に時間を作ってくれた。


夜空いっぱいに咲く大輪の花火。

浴衣姿の人混み。

夏祭り特有の、どこか浮き足立った空気。

人混みの中ではぐれないように引かれた手。

花火が上がる度に横顔を照らした光。

帰り道の夜風。



あの夏から、もうすぐ一年。



花火大会。

渡航中のビデオ通話。

伊豆高原。

星空。


図書室。



全部。


全部が。



まるで、昨日の事みたい。





「もう一年とか……嘘だよね」





ぽつり、と。

思わず零れた声は、驚くほど小さかった。


陽向は、フイッとポスターから視線を外した。

それ以上その話題へ触れないまま、改札へ向かって歩き出す。

朔也は、その背中を静かに追いかけた。


改札機へICカードをかざす音。


ピッ───……


夜の駅へ、乾いた電子音だけが静かに響いた。




二人は、駅からの夜道を並んで自転車で走っていた。


六月の夜風が、火照った身体をゆっくり撫でていく。

走るタイヤの音。

チェーンの回る乾いた音。

時折すれ違う車のヘッドライトが、暗い住宅街を白く照らしては流れていく。


その時だった。


前方に、公園が見えてくる。

街灯に照らされた滑り台。

誰もいないブランコ。

夜風に揺れる木々。


その光景を見た瞬間。

陽向の脳裏へ、ふいにあの日の記憶が蘇った。


──大会直前。


夜の公園。

蒸し暑い風。


その中で。


汗だくになりながら、この公園で一人で竹刀を振っていた朔也。

何度も何度も、息を切らしながら。

肩で呼吸をしているのに、それでも止まらなかった。剥き出しの執念みたいに、竹刀を振り続けていた。


あの時。

いつもみたいに軽口を叩いて近づけなかった。

声を掛ける事すら躊躇うくらい。

朔也の全身から、“絶対勝つ”という気迫が滲み出ていたから。



陽向の胸が、ぎゅっと締め付けられる。



有元へ喰らいついていった姿。

蒼太の肩で泣きながら、悔しそうだった顔。

先ほど電車の中で、魂が抜けたように窓の外を眺める横顔。



全部が、胸の奥で重なった。



──キッ……



気づけば、陽向は思わずブレーキを握っていた。

タイヤが擦れる音が、静かな夜道へ響く。


──キッ……


少し後ろを走っていた朔也も、陽向を追い越しかけたところで咄嗟にブレーキを踏んだ。


「……なに?」


低く気怠そうな声。

その声にも、疲労が滲んでいる。


陽向は答えないまま自転車を降りた。

カタン、とスタンドが音を立てる。

そのまま、公園の駐輪スペースへ向かって自転車を押しながら歩き出す。


「ちょっと、話そう。」


振り返らないまま落とされた声に、朔也が眉を寄せる。


「……は?」


間の抜けた声。

陽向は、公園の奥へ視線を向けた。

そこにはあの日、朔也が一人で竹刀を振っていた場所がある。

街灯の下。

ベンチの横。

アスファルトが少し擦れて白くなっている場所。


陽向は、そのすぐ傍のベンチを指差した。


「あそこ座って」


「……っち……なんだよ」


朔也は小さく舌打ちをした。

面倒くさそうに、誤魔化すみたいに。

けれど結局、陽向の隣へ自転車を止める。

長い脚をだるそうに動かしながら、ゆっくりベンチへ向かっていった。


その背中を見つめながら。

陽向は、そっと朔也の自転車の竹刀袋から、竹刀を抜く。


カシュ、と鍔が小さく鳴った。


「はぁ〜…よっこらしょ」


朔也は気怠そうに息を吐きながら、ゆっくりベンチへ腰を下ろす。

肩を落としたまま、だるそうに顔を上げた──


その瞬間。



「メーーーーーーーーンッッッ!!!!」



バシィッッッ!!!!


竹刀を抱えて走ってきた陽向のジャンピング面が朔也の頭頂部に炸裂した。


「いってッッッッ!!!!!」


ガンッ、と頭頂部へ直撃した衝撃に両手で頭を抑え、涙目になりながら陽向を睨みつけた。


「いきなりなにすんだよっ!!!」


朔也が慌てて竹刀を取り返そうと手を伸ばした、その瞬間だった。




「……かっこよかった!!!!」




街灯の下。

陽向は両手で竹刀を握りしめたまま、肩で息をしていた。


「……っ!?」


朔也の動きが、止まる。

思考が、一瞬追いつかなかった。


陽向は竹刀を握った、そのまま言葉を続ける。


「2回戦でなんで大将だったのかわかんなかったけど!体育館入った瞬間に、朔也が試合場の真ん中に立ってて…歓声浴びてるのが、かっこよかった!」


真っ直ぐだった。


誤魔化しも。

茶化しも。

ふざけた色も、一切なく。

陽向は、まっすぐ朔也を見つめながら言った。


「3回戦、相手を即効で瞬殺して、朔也が2本取って勝ったのが、かっこよかった!」


「…………。」


朔也は、動けなかった。

金縛りみたいに。

ただ固まって、陽向の声だけを聞いていた。


「副将戦、相手あんなにめちゃくちゃ強かったじゃん!あんなの、剣道わかんない私でも、ガチやべぇってわかったよ!?しょーがないじゃん!!あいつらがダッサい事してきやがって!!」


陽向の声が、どんどん熱を帯びていく。


「それでもさ!!押されても弾かれても、絶対に諦めないで何回も、ド根性バチバチ出しまくって!!」


体育館の空気。

押し潰されそうな圧。

歓声すら消えた副将戦。


その中で。


「必死で食らいついてく朔也が、かっこよかった!!」


朔也の胸の奥で、何かがじわじわ熱を持っていく。


「圧倒的な有元から、朔也が一本取った瞬間。」


陽向は、竹刀をぎゅっと握り締めた。


「ガチで死ぬほどかっこよかった!!!!」


「…………っ……」


ドクン、と。


胸の奥が、大きく脈打った。

熱い。

苦しい。

堪えようとするみたいに、朔也の喉が小さく上下する。


陽向は、少しだけ笑った。


「朔也の剣道してる姿、これまでまともに見た事なかったけど。」


夜風が、公園を吹き抜ける。

陽向の前髪が、ふわりと揺れた。


「剣道部の活動日じゃない時に道場裏で蒼太と打ち合ってる姿見かけた時も、レオの散歩してる時に、朔也が大会前に、ここで1人で練習してるところ通りかかった時も。」


街灯に照らされたアスファルト。汗だくの背中。

何度も何度も竹刀を振っていた姿。

あの時の気迫を、陽向は今でも忘れられない。


「全部全部…!」


陽向は、真っ直ぐに叫んだ。





「朔也がめちゃくちゃクソほどかっこよかったっっっ!!!!!」





その強い瞳が。


夜の公園の街灯より、何より。


眩しかった。


朔也は、言葉を失ったまま。

胸の奥へ押し込めていた悔しさが。

負けた痛みが。

届かなかった苦しさが。


ぐちゃぐちゃに混ざりながら、熱く溢れ返って溶けていく。


ふいに。

脳裏へ、あの日の道場裏が浮かぶ。

汗だくになりながら、蒼太と竹刀を交えていた放課後。


(はは。陽向の心に一本入れようってか。)


蒼太の笑い混じりの声。

あの時は、冗談みたいに聞こえた。


けれど。


朔也は、思わず前屈みになって俯いた。

ベンチへ座ったまま、肘を膝へ乗せる。

視界には、公園の地面。


口元が勝手に緩みそうになる。

顔が熱い。

鼓動がうるさい。


これは─────


胸の奥が、じわりと痺れた。




一本、取れたんじゃねぇか?




負けたはずなのに。悔しくて仕方なかったはずなのに。


今だけは。

そんな事どうでもよくなるくらい、嬉しかった。


ニヤけそうになる口元を隠すみたいに、朔也は小さく息を吐く。

それでも抑えきれない笑みを滲ませたまま、ゆっくり顔を上げた。


「それって……」


朔也は緩んだ表情を誤魔化すように、口角を上げたまま、言った。


「俺に惚れたって事?」


「………っ!?!?」


一瞬で、陽向の顔がボッと赤くなる。


「そんなわけないだろーーー!!!」


ブンッ!!と勢いよく竹刀が振り下ろされた。


──バシィッ!!


勢いよく振り下ろした竹刀は、咄嗟に朔也の腕に止められる。


「いって!!」


反射的に受け止めた朔也は、腕の痛みに思わず顔をしかめた。


「ガードすんなっ!!!」


顔を真っ赤にしたまま、悔しそうに竹刀を構え直す陽向。

その表情が、可愛くてたまらない。

朔也は、堪えきれないみたいに笑った。


「なに?俺がかっこ良すぎてお前惚れちゃったの?」


「誰がお前みたいな女たらしーーー!!!」


バシッ!!バシバシッ!!


陽向は完全にヤケクソみたいに竹刀を振り回す。


「あんなのただの剣道マジックだーーー!!!」


「いってーな!!素人が力任せに竹刀を振んなっ!!」


朔也は肩や腕で上手く竹刀を受けながら、陽向の竹刀をひょいっと奪い取る。

そしてすぐさま立ち上がり、からかうみたいに竹刀を肩へ担いだ。


「ごめんなさいっ!!」


陽向が、ピューッと勢いよく駆け出した。


「待てコラ!!」


朔也も咄嗟に駆け出した。


夜の公園へ二人の声が響く。

街灯に照らされた園内を、陽向が笑いながら逃げる。

その背中を、竹刀を持った朔也が追いかける。


「ひなァ!!打たせろゴラァ!!」


「いやーー!!ごめんなさーーーい!!!」


笑い声が、夜風へ弾けた。


ブランコが揺れる。

木々がざわめく。

六月の夜の匂いが、肺いっぱいへ広がる。


負けた悔しさも。

届かなかった苦しさも。


さっきまで胸を押し潰していた重苦しい空気は、嘘みたいに軽かった。


そして。

笑いながら走っていた陽向の背中を見つめたまま、朔也はふと足を止めた。


「……はぁ……………なあ、…おい!!」


少し前を走っていた陽向へ向かって、大きな声を張り上げた。


数メートル先で、陽向が振り返る。

逃げる体勢のまま。

まだ少し警戒したように。

けれど、その表情には笑いの余韻が残っていた。


二人の間に、少しだけ距離が空いている。


「……はぁ…………はぁ……」


朔也は、ゆっくりと竹刀を下ろした。


そして。


ぶっきらぼうに、真っ直ぐぶつけた。





「花火大会、行こうか!」





「…………え?」


陽向の目が、ぱちりと瞬いた。


朔也は、誤魔化すみたいに竹刀を地面へ突き立てて、その柄へ両手を乗せた。


「今年はお前もぼっちだし!」


わざと偉そうに顎を上げて言う、照れ隠し。


「一緒に行く相手いなくて可哀想だから、仕方なく俺が一緒に行ってやるよ!」


精一杯の強がりだった。


本当は、胸の奥では心臓がうるさいくらい暴れている。


「…はぁ………はぁ………」


陽向は、少し沈黙した。

ただ静かに、朔也を見つめている。


朔也の脳裏には、もう勝手に未来が浮かんでいた。


“頼んでません”

“間に合ってます”

“あんたとなんか行くわけないじゃん”


せいぜいどうせ、そんな感じだろう。


そう思った、その瞬間。




「……うんっ!」




陽向が、ぱぁっと笑った。


夜の公園の街灯なんかより、ずっと眩しい。

夏の始まりみたいな、満開の笑顔。

その笑顔を見た瞬間。




朔也の胸が、ドクン───と大きく鳴った。




花火大会より先に。

胸の奥で何かが打ち上がったみたいだった。


陽向は、そんな朔也の反応なんて気づいていないみたいに、いたずらっぽく笑う。


「2年連続ぼっちの、可哀想な朔也くんのために。」


からかうような声音。 

けれど、その頬はどこか嬉しそうで。

陽向は、そのままゆっくり朔也の元へ歩み寄ってくる。


「仕方なく!私が一緒に行ってやるか!」


バシッ!!


「隙あり!」


朔也の声をと同時に、乾いた音が夜の公園へ響いた。

陽向は両手で頭を押さえながら、竹刀で頭頂部を打ち抜いた朔也を睨みつける。


「いったいなぁー!もー!!」


騒ぐ陽向を背中へ流しながら、朔也はそのままクルッと踵を返す。

その後ろを、陽向がついていく。


「ところでさー。」


後ろから追いついてきた陽向が、自転車の横へ並ぶ。


「なんで今年の剣道大会はそんなに気合い入れてたの?」


ギクッと。

朔也の肩がわかりやすく跳ねた。

街灯の下。

陽向は不思議そうに首を傾げている。


「これまでそんなガチ勢じゃなかったくせに、なんかあったの?」


カシュ、と小さく音を立てながら、朔也は竹刀を籠の竹刀袋へ収める。


「まぁ…勝たなきゃいけねぇ…理由があったんだよ…」


「なにそれ。なんの理由?」


陽向がすぐに食いつく。


「成し遂げたい事……てきな?」


「だから、それがなにかを聞いてんの!」


グイグイ来る陽向に、朔也は思わず顔をしかめた。


「言わねーよ!負けたんだから!」


朔也は自転車のハンドルへ手を掛けながら、ぶっきらぼうに言い放った。


「えー?蒼太は朔也のお陰でチームが勝ち抜いたって言ってたんだから、もうそこは勝ちで良くない?」


陽向は、自転車へ跨りながら不満そうに唇を尖らせる。


「良くねーよ!ベスト8の副将戦が絶対条件だったんだから!」


「言え!!」


「やだねー」


そして朔也は、そのまま勢いよくペダルを踏み込む。

ガタンッ、とタイヤが小さく跳ねた。


夜の住宅街へ、二人の声が響く。


街灯が流れる。

夜風が頬を撫でる。

長い影が、並んで伸びていく。


絶対条件は、成し遂げられなかったはずなのに。

胸の奥だけは、不思議なくらい満たされていた。


この剣道大会で。

確かに二人の何かを変えられたという手応えだけは。


確実に実感出来たから。



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