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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第118話 負けさせられた、一流の侍


「勝者!!聖陵国際高校ッ!!!!」


ドッッッッッッッ────────!!!!!!


体育館が、割れんばかりの歓声へ包まれる。


「うおおおおおおおおおおっっっ!!!!」


「津堅ァァァァァ!!!!」


「聖陵初のベスト8だァァァァァ!!!!」


「やべぇぇぇぇぇ!!!!」


咲は手すりに掴まりながら崩れるように泣いていた。


「……蒼太ぁ…っ……うぁーん……」


陽向はそんな咲の肩を組みながら、拳を上げていた。


「いえーーーー!!!!蒼太最強ーーーーっ!!!」


「…凄い…っ本当に……凄いです…津堅先輩……っ!」


雫も瞳に涙を浮かべ、感動に胸を振るわせていた。


観客席が揺れる。

絶叫、拍手、悲鳴みたいな熱狂。




その全てが、まるで遠かった。




有元大毅は、試合場の中央で静かに立ち尽くしていた。

汗が、顎先からぽたりと落ちる。

荒い呼吸。

握った竹刀だけが、僅かに震えていた。




(……格が……………違う…………。)




わかっていた。


津堅蒼太から勝ちを奪う事が、どれほど困難な事か。


勝敗を大将戦へ持ち込めば終わる。

代表戦になれば、なおさら厳しい。

そんな事は最初から理解していた。


だからこそ。

確実に。

絶対に。


トーナメントの“勝ち”だけを取りに行った。


皇辰学園の歴史を守るために。

伝統を守るために。

最も勝率の高い道を選ぶために。


オーダーを変えた。


津堅蒼太という無敗の怪物を避け。

副将戦で勝負を決める。

それが最善手だった。

実際、その考えは間違っていなかったはずだ。

聖陵国際は、これまで何度もベスト16で止まってきた。

津堅蒼太は脅威だった。

だが、それ以外は違う。

そう思っていた。

シナリオは完璧だった。

何が間違っていた。

どこで狂った。


面の奥で、有元は静かに目を閉じる。


そして。

脳裏へ浮かんだのは───


副将戦。


汗だくになりながら。

何度叩き潰しても。

何度押し込んでも。

それでも前へ出続けたあの執念。



(……黒川……朔也…………つ…)



静かに、奥歯が軋む。

大将戦で津堅に二本取られる事も。

代表戦になれば津堅が一本奪う事も。

想定出来ていた。


だが。

ただ一つだけ。

想定出来なかったのが。




あの一本。




一流の皇辰学園主将である、この俺から。

黒川朔也が、もぎ取った一本。


あの瞬間だった。

完璧だったはずの計算が全て狂わされた。


津堅へ繋がった一本。

代表戦へ繋がった一本。


あの一本で。




皇辰学園の勝利は、崩された。




津堅蒼太に負けた。

それは実質。



黒川朔也に、“負けさせられた”んだ。




「整列ッ!!!」


審判の鋭い号令が、熱狂する体育館へ響き渡る。


ハッと。

有元は顔を上げた。

歓声が残る試合場。

その中央へ。


聖陵国際と皇辰学園。

両校のレギュラーメンバーが、静かに歩み出していく。

副将同士だった二人は、再び向かい合った。


黒川朔也。

有元大毅。


勝てなかった。

負けさせられた。


両者互いへ、その無念の大きな喪失感を抱えたまま。


「礼ッッッ!!!!」


無表情で、礼を交わした。


やがて礼を終えた選手達は、それぞれの控えスペースへ戻っていく。

聖陵国際高校、控えスペース。


蒼太は面を外し、大きく息を吐いた。

額に張り付いた前髪をかき上げながら、朔也へ視線を向ける。


蒼太の顔を見たその瞬間。


じわ…っと、朔也の瞳に涙が滲んだ。


「泣いてんのか?」


「…っ泣いてねぇよ」


掠れた声だった。

強がっているのは誰が見ても明らかだった。

蒼太は責める事も茶化す事もせず、ただ穏やかに笑う。




「泣いてくれよ。お前の為に頑張ったんだから。」




「………っ」


その瞬間だった。


張り詰めていた何かが、ぷつりと切れた。


堪えていた涙が、溢れる。

ぽろり、と。

一粒。

そして、もう一粒。


朔也は慌てて涙を拭う。


負けた悔しさも。

届かなかった苦しさも。

全部、自分の中へ押し込めるつもりだった。


けれど。

蒼太のその一言だけで。


全部、崩れてしまった。


蒼太は、泣き崩れる朔也の肩を組んだ。

ただ、黙って。


その肩を、静かに摩った。



───ありがとう。



伝えきれないその想いだけが、朔也の胸に溢れていた。


観客席も、その光景を見ていた。


「あらら…朔也泣いちゃった」


咲は止まらない涙を拭いながら、鼻を啜って笑った。


「嬉しいですよね。津堅先輩が仇を取ってくれて」


雫は手すりに肘をつきながら頬を抑えて、「泣いてる黒川先輩もかっこいー♡」と小さくこぼした。


「………………。」


陽向は、静かにその光景を見つめていた。

脳裏へ浮かぶのは、あの日の夕焼け。


(必ずベスト8決定戦まで勝ち進んで、その副将戦で… ……俺、絶対勝つから!)


茜色の空を背に、真っ直ぐこちらを見つめていた強い瞳。

夜遅くまで、誰もいない公園の隅で。

汗だくになりながら、何度も何度も竹刀を振っていたあの背中。


今、蒼太の肩に顔を伏せて涙を零している朔也の姿が、陽向の胸を締め付けた。


あの涙は、きっと勝利の喜びだけじゃない。


陽向は、そっと唇を噛む。




胸の奥が、少しだけ痛かった。




皇辰学園、控えスペース。


試合を終えた部員達が、静かに集まってくる。

面を外した有元の髪は汗で濡れていた。

まだ試合の熱気が身体の奥に残っている。


誰も口を開かない。

悔しさ。

喪失感。

言葉に出来ない感情だけが、その場に重く沈んでいた。


やがて有元は、静かに顔を上げる。


「……皇辰学園はベスト16に終わった。」


低い声だった。

けれど、その場にいた全員が自然と背筋を伸ばす。


「この経歴の傷。その敗因は、他でもなく俺にある。」


部員達の肩が小さく震えた。

有元は、真っ直ぐ前を見据えたまま続ける。


「副将戦で勝敗を決める事が絶対条件だった。副将戦で、黒川朔也に取られた、あの一本。」


空気が張り詰めた。

誰も顔を上げられない。


有元は、後輩達一人ひとりを見渡した。


「俺が皇辰の歴史に泥を塗ったあの瞬間を、脳裏に焼き付けろ。」


低く。

鋭く。


「絶対に忘れるな。」


その瞳には、敗北から目を逸らさない強さがあった。


「黒川朔也に取られたあの一本を胸に刻んで、その悔しさを抱えたまま竹刀を振れ。」


有元は言い切る。


「そして来年の都大会で、必ず全国大会への切符を掴め。」


沈黙。


その次の瞬間。


「……はい……っ」


掠れた返事が漏れる。


「すいません……っ、部長……っ」


涙を堪えきれない者もいた。

引退となる三年レギュラーも。

後輩部員達も。

全員が悔しさに顔を歪めていた。

有元は、小さく息を吐く。


「来年、必ず強くなれ。」


そして。

静かに言った。


「敗北の歴史を、お前達の功績で塗り替えろ。」


「「「はいッ!!!!」」」


その声は、敗者の声ではなかった。

次へ進む者達の声だった。


有元は、素早く踵を返す。




向かう先は、聖陵国際高校控えスペース。




勝利の余韻に包まれた場所。

その中で。

有元は、一人の男の前で立ち止まった。


「黒川朔也。」


「……!」


朔也が顔を上げる。

赤くなった目。

泣いた跡を隠し切れていない顔。

有元は、真っ直ぐその瞳を見据えた。


「お前が俺から取った一本が、聖陵国際を勝利へ導いた。」


静かな声だった。

けれど、一切の誤魔化しはなかった。


「副将戦に負けただろうが、その一本だけは、誇っていい。」


空気が止まった。

朔也の喉が、小さく震える。

そして。


「…………うるせぇ、馬鹿野郎。」


掠れた声で吐き捨てた。

その返事に。

有元は、フッ…と口元を緩めた。


踵を返す。


もう振り向かない。

敗北を言い訳にもしない。

悔しさから逃げもしない。


真っ直ぐ前だけを向いて歩いていく。


その背中は──まるで敗者には見えなかった。


ただ静かに。

ただ潔く。




侍のような背中だった。




聖陵国際剣道部は確かに一つ上の景色へ辿り着いた。


悲願の東京都ベスト8。

彼らは次の戦いへ進むも、その代償は決して小さくなかった。


副将戦で全てを出し尽くした朔也は、もう限界だった。


有元との死闘に注ぎ込んだ気力も、精神も、十八年間抱え続けてきた想いも。

あの副将戦へ、残らず置いてきてしまったようだった。


だからこそ蒼太は決断した。


これ以上、朔也へ敗北を背負わせないために。

そして何より。

陽向の前で、これ以上傷つく姿を見せないために。


ベスト4決定戦。

試合場に立ったのは、朔也ではなく控え選手だった。


その判断に、朔也は何も言わなかった。

もう戦えない事を、自分自身が一番よくわかっていた。

試合場へ向かう仲間達の背中を見送りながら、ただ静かに拳を握り締める。

その横顔には、不思議なほど穏やかな諦観が滲んでいた。


蒼太は最後まで主将として戦い続け、大将戦では強豪大将相手に勝利を掴み取る。

だが、それでも届かなかった。

あと一歩及ばず、聖陵国際高校はベスト4決定戦で敗退した。


三年生にとって最後の都大会。


聖陵国際剣道部は、学校史上初となるベスト8という結果を刻みながら、その幕を静かに閉じた。




────────。




体育館の正面玄関。

ガラス張りの自動ドアの前に、陽向達はいた。


六月の夕方。

西日に照らされたガラス壁が橙色に染まり、アスファルトの上には長い影が伸びていた。

玄関前には同じように選手を待つ保護者や友人達が集まっている。


その時。

ウィーン、と自動ドアが開いた。

防具袋を肩に掛けた剣道部員達が数人、ぞろぞろと姿を現す。

見覚えのあるジャージ。

聖陵国際の部員達だった。


「あ!お疲れ様です!」


「お疲れー!」


雫と咲の明るい声が飛ぶ。


その中心には蒼太がいた。

防具袋を肩に掛けたまま立ち止まった蒼太へ、咲が勢いよく飛びつく。


「ちょーかっこよかったー♡」


「お、おい咲…!」


抱きつかれた蒼太は少しだけ困ったように笑った。

照れ臭そうに頭を掻く姿に、周囲の部員たちからも笑いが漏れる。

その光景を見ながら、陽向も自然と頬を緩めた。

そして、視線をさらに奥へ向ける。


肩に防具袋。

左手には竹刀袋。

その姿を見つけた瞬間、陽向の足が自然に前へ出る。


朔也が顔を上げた。


目が合う。


陽向は立ち止まり、スッ…と両手を広げてた。


「………………ハグしたろか?」


咲の腕で迎えられた蒼太をなぞるように。

少しだけ顎を上げて。

少しだけ偉そうに。


笑った。


「…………っ」


朔也は、胸がぎゅっと締めつけられた。

押し込めたはずの感情が、一瞬で胸の奥から溢れそうになる。


その痛みを、誤魔化すように。

逃げるように。

強がるように。


朔也は、フイッと視線を逸らした。


そして。


そのまま陽向の隣りへ腕を伸ばして──



ぎゅ──っ



「お前の慰めなんか、いらねーよっ!」


朔也は雫を抱きしめた。


「…………っっっ!?!?!?」


突然抱き締められた雫は、完全に思考が停止した。


身体が硬直する。

目だけが大きく見開かれる。

なにが起きたのか。

理解が追いつかない。


「えっ!?ちょっ!?えっ!?!?」


顔を真っ赤にしながら大混乱する。


「可愛いくないやつ!」


と陽向が叫ぶ。

朔也は雫をパッと解放すると、そのまま陽向の頬をむにっとつねる。


「可愛くないのはお前の変顔だ!」


「お前の変顔も大概だ!」


「お前の変顔のせいで負けた!」


「先に中指立てたのはそっちだ!」


ぎゃあぎゃあ。

わあわあ。


さっきまで涙を流していた男とは思えないほど騒がしい。

いつもの二人だった。

そのやり取りを見ながら、蒼太は小さく笑う。

咲も吹き出した。

雫だけが、まだ顔を真っ赤にしたまま固まっていた。


「本当、うるせぇなお前ら……」


蒼太が呆れたように笑う。


「これ以上朔也の顔なんか見たくもないわ!」


「お前の面も金輪際勘弁だよ!」


蒼太はそんな二人に肩を竦めながら。


「じゃあお前ら飯行かねーの?」


その一言で。


「行く行くー!」


「行くに決まってんだろ!」


二人の声が綺麗に重なった。

思わず咲が吹き出す。

そして続けて言った。


「だってベスト8だよ!?聖陵史上初っしょ!?しかも今日引退なわけだし!!」


咲がパンッと両手を叩いた。


「高校最後の大会の、祝勝会しなきゃ!揉めてる場合じゃないから!」


「早く行かねーと。週末の飯時なんて席が──」


蒼太が言いかけたその時だった。


「部長ーーーー!!」


「今日で引退なんですから、写真撮りましょう!!」


「黒川先輩も!!」


「今日の副将戦マジで泣きました!!」


「先輩達帰らないでください!!」


「寧ろ引退しないでください!


後輩達が一斉に駆け寄ってくる。

防具袋を抱えたまま。

目を赤くしたまま。

本気で寂しそうな顔をしながら。

そんな姿に、蒼太はふっと優しく笑った。


「はは、だな。いいよ」


蒼太と朔也は後輩達に囲まれ、次々と写真を撮られていく。


すると今度は。


「あ、いたいた!!」


明るい女子の声。

振り向けば、聖陵剣道部女子達がスマホを握りしめて駆け寄って来る。


「津堅先輩っ!!写真お願いします!!」


「黒川先輩も!!」


「今日で先輩達、引退なんで!!」


さらに。


「すみません!」


別方向から声が飛んだ。

見れば、他校の女子生徒達まで集まってきていた。


「皇辰戦見てました!」


「津堅先輩めちゃくちゃかっこよかったです!」


「写真いいですか!?」


「黒川先輩の裏面もヤバかったです!」


「副将戦めっちゃ泣きました!」


あっという間に人だかりが出来上がった。

まるで小さな撮影会だった。


「あー…」


咲が苦笑する。


「これはしばらく解放されなさそう」


「だね。」


陽向も肩を竦めた。

その時。


「おーい!」


人混みの向こうから蒼太が大きく手を振った。


「悪い!先に行って適当に店探しててくんない?」


「えー!」


陽向が不満そうな声を上げる。


「黙って席取っとけ!」


「うるせぇパーカ!」


相変わらずの応酬。

その様子に周囲が笑う。


「しゃーない。じゃあ行こっか」


「うん。」


咲と陽向が、夕焼け色の屋外へ向かって歩き出す。

その背中へ。


「今日はありがとうございました!」


弾むような声が飛んだ。

二人が振り返る。

そこには、背筋を伸ばした雫が立っていた。


「生徒会長も一ノ瀬先輩も、大変お世話になりました。」


そう言って、ぺこりと深く頭を下げる。

その瞬間だった。


「………っ!」


ピンッ!と、陽向の頭の中で何かが繋がった。


(そうだ………!)


会場へ向かう途中、雫と話していたことを思い出す。



(今度、ご飯とか誘ってみたらー?)


(いや!!無理ですよ!!絶対無理無理っ!!)


「えー?行けると思うけどなぁ……まずは3人で行く?)


(いいんですかっ!?)



あの時の、ぱっと明るくなった雫の顔。

陽向は、何の迷いもなく口を開いた。


「一緒に行かないの?」


雫は目を瞬かせた。


「……え……?」


思考が止まる。

まさかの予想外な言葉だった。


「でも……私、3年生じゃないのに………」


遠慮がちに呟く。

すると陽向は、隣の咲へ顔を向けた。


「えー?そんなの気にしなくていいよね、咲。」


「うん。全然いいっしょそんなの」


咲はあっさり頷く。

そして。


陽向は、玄関のガラス扉から差し込む夕陽よりも眩しい笑顔を浮かべた。




「さっき、約束したでしょ!」




雫は、小さく首を傾げる。


「…約束…………?」


陽向は、いたずらっぽく肩を竦めた。


「3人でご飯行こうって。人数増えちゃったけど、まーそこは良いっしょ?」


その言葉が胸へ落ちた瞬間。


「…………っ」


雫の胸に、じわっと何かが込み上げる。






どうして、この人は────────。


こんなにも温かくて、眩しいのだろう。






胸の奥が熱くなる。


泣きそうになる。


眩しくて、真っ直ぐ見られない。


陽向は笑った。

そして、当たり前みたいに手を差し出す。




「ね!だから、一緒に行こう!」




夕陽の光を受けたその手が、ひどく温かそうに見えた。


雫はぎゅっと唇を結ぶ。

溢れそうになる感情を堪えながら。


そっと、その手を取った。


「……っ、はい!」


返事と一緒に零れた笑顔は、自分でも驚くほど嬉しそうだった。






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