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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第115話 勝負、あり。



「始めェェェッ!!!!」


──ダァンッ!!!!


床を裂くような踏み込み。

開始と同時に、有元大毅が前へ出る。


「っ……!!」


朔也は即座に反応した。

だが。


──パァンッ!!


重い。

竹刀越しに伝わる圧力が、まるで違った。

ただ強いんじゃない。

攻めが止まらない。

一歩、下がれば。

その分だけ、更に深く間合いへ踏み込まれる。


──ダンッ!!


「メェェェェンッ!!」


真正面から振り下ろされる面。

朔也は咄嗟に受け流す。

だが、その瞬間にはもう次。


「ドォォォォッ!!」


低い咆哮と共に、胴。


──スパァァンッ!!


防ぐ。

捌く。

逃がす。

それでも。

攻め返せない。


(……っ!!)


朔也の奥歯が、ぎり……っと軋んだ。


速い。

いや。

速いだけじゃない。

攻めの“圧”が異常だった。

間合いを支配されている。


有元は、一本を取った事で更に勢いを増していた。

呼吸ひとつ乱れないまま、獲物を追い詰めるみたいに攻め続けてくる。


──ダンッ!!


「コテェェェェェッ!!」


また来る。

朔也は受ける。

捌く。

下がる。

だが。

攻めが、出ない。


「……っ」

 

待機場所で蒼太が、小さく息を呑んだ。


(技が出ねぇ……)


竹刀を握る手へ、じわりと力が入る。


(攻めねぇと……朔也……!)


有元は、完全に流れを掴んでいる。

このまま押し切られれば。

二本目を奪われる。


そうなれば──終わる。


観客席でも。


「……っ……」


咲が、手すりを握り締める。

雫は、呼吸すら忘れたみたいに試合場を見つめていた。

陽向の瞳が揺れる。


(……朔也…………っ)


朔也がまるで手も足も出ない状況だという事は、剣道初心者である陽向にでもわかった。


控え部員達も、拳をぎゅっと握りしめ、誰一人騒がない。


(マズイ……!)


聖陵国際側全体の空気が、そう叫んでいた。

有元の攻撃は止まらない。


──パァンッ!!


激しい鍔迫り合い。

押し込まれる。

床を滑る足が、わずかに後ろへずれる。


(……クソっ……!!なんなんだよこいつ…っ!!)


朔也の呼吸が乱れる。

重い。

押し切られる。


(まずい……このままじゃ………!)


その瞬間だった。


 

ふいに。


 

脳裏へ、放課後の道場裏が浮かんだ。




───────。




「…はぁ…太刀筋が……変わったな、朔也。」


大会前。

毎日のように蒼太と打ち合った。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


灼熱の太陽の下。

誰もいない広場。

汗で濡れたTシャツ。

剥けた手の皮。


肩で息をしながら、それでも竹刀だけは握り続ける。

蒼太は、構えたまま小さく笑った。


「よっぽど……勝ちてぇんだな。」


朔也は、汗を拭う事もなく鼻で笑う。


「まぁね。俺には“空気脱出告白大作戦”を果たさないといけない使命があるからな。」


「はは。陽向の心に一本入れようってか。」


蒼太の口元が、少しだけ緩む。

朔也は、竹刀を肩へ担ぎながら腰を伸ばした。


「そ。空気でしかない今の俺が渾身の一本打撃したところで、かわされるどころか、え?今打ちました?状態なんだよ」


「確かにな。空気じゃなくて“男”だってところを植え付けねぇと…今じゃ話しになんねぇな。」


蒼太は、静かに頷く。

その言葉に、朔也は小さく目を伏せた。


「俺は……」


そして。

ぽつり、と。

胸の奥に沈め続けてきた本音を吐き出すみたいに呟く。


「ずっと逃げてきたからな。陽向の前で“男”になる事。」


熱風が、道場裏を吹き抜ける。

遠くで、蝉が鳴いていた。


「ずっとひなは殻に閉じ籠ってて、恋愛なんか異世界でしかなくて、あいつが誰かを好きになる事なんて到底ありえなくて。」


「…………。」


蒼太は、何も言わない。

ただ静かに、朔也の言葉を聞いていた。


「本当は…どんなに大切でも、こいつは恋愛なんか絶対無理なんだって、どっかでずっと諦めてた。ガキの頃から、無意識に。」


朔也は、ぎり……っと竹刀を握り締めた。


「その絶対的で鋼鉄みたいな強固な殻を、藤崎俊輔がぶち破りやがった…!」


朔也の目が、鋭く細まる。


「あいつがひなの世界を変えた。」


悔しかった。

腹が立った。

どうしようもないくらい。


「俺はそれを目の当たりにして……何も出来なかった。苦しくても、腹が立っても、結局ただ、眺めてる事しか出来なかった。」


熱気だけが、じわりと肌へまとわりつく。


やがて。

朔也は、ゆっくりと竹刀を構えた。


「あいつは変わった。自分の殻を脱ぎ捨てて、新しい自分に変わったんだ。」


両手で強く握り締めた剣先が、真っ直ぐ蒼太へ向けられる。


「……今度は自分が変わる番って事だな。」


蒼太が、静かに口を開いた。


「俺は…これまでひなと過ごしてきた十八年間と、決別する。」


朔也の瞳が、真っ直ぐ前を向いた。


「聖陵が越えられなかったベスト8の決定戦で、ひなに副将戦で勝つところを見せつけて、あいつの中で俺は“幼馴染み”から“男”になる。」


その声には、迷いがなかった。

蒼太は、ふっと笑う。

そして、自分も静かに竹刀を構えた。


「いい心意気だな。その熱意があればベスト8でお前は負けねぇよ。」


「絶対勝つ。勝ってひなに告白する!」


蒼太の目が、静かに細まる。

そして低く、けれど力強く言う。


「上等だ。お前なら出来る。」


次の瞬間。

朔也が、地面を蹴った。


「お願いしますっ!!!!」


──ダァンッッッ!!!!



何百回。

何千回。


竹刀を振った。

勝つために。



変わるために。



(中学ん時は常に彼女いたしさー。なんなら小学校の時からいたじゃん?あっちに乗り換えてこっちに乗り換えて、元カノ10人以上軽く居るっしょ?)


女なんて。

自分のステータスで。

自分を男として満たすための存在でしかなくて。


本気で恋をするなんて、くだらないと思ってた。



──でも。


 

もっと深い場所から。

別の記憶が、浮かび上がる。


小学生の頃。

教室の隅。

笑われていた陽向。


泣きそうなのに、無理して笑ってた横顔。


中学の頃。

陰口。

悪意。

孤立。


それでもひなは、俺の前では笑っていた。

なのに。



自分は、何も出来なかった。


 

ただ隣で見てるだけだった。

守れなかった。

助けられなかった。


 

そして、高校。


 

藤崎俊輔。


ひなが、あいつを好きだったニ年間。


苦しくて。

悔しくて。

どうしようもなかった。

なのに。


結局、自分はまた。


 


何も出来なかった。




───ダンッ!!



(………………また……かよ……っ)



ギリギリギリ……ッ───!!


鍔迫り合いの中。

朔也の奥歯が、軋む。


あいつは変わった。


自分の力で、歯を食いしばって、諦めずに、立ち上がって。


カースト下剋上を成し遂げた。


なのに。

俺は。


また。


また何も出来ねぇまま終わんのか。


負けて。

届かなくて。

諦めて。


そんな俺が。

あいつを振り向かせるなんて。

あいつの隣に立つなんて。


そんな自分のままで───


 






終わってたまるか。






 


(ここで…っ勝たなきゃ……!)


 


ギリギリギリ……ッ!!


有元の圧力が、更に増す。

押し切られる。

崩される。

視界が揺れる。




(ここで……変わらなきゃ……!!)




その時。

観客席では、陽向が祈るように両手を握り締めていた。


こんなに必死な朔也を見たことがない。


圧倒的な力の差に押し潰されそうになりながら。

一本取られてしまっても泥臭く、尚諦めない。

その熱気と、一生懸命さと、気迫が、こちらまで伝わってくる。


竹刀が軋むほどの鍔迫り合い。

相手の圧力に押し退けられ、ジリジリと後退している。


(…朔也……っ)


もう、見ていられなくて、息が詰まりそうだった。


「…く………っ」


(…だ……め………っだ………っ)


朔也が、今にも押し切られそうになった────



その瞬間。


 




「……朔也………っ!!!!!」


 




観客席。

陽向の声。


 


ほんの一瞬。


朔也の目が、揺れた。




(……ひ……な………っ……)

 



次の瞬間───変わった。


 


「っ!?」


有元の瞳が、見開かれる。

さっきまで押され続けていた朔也の身体から、空気が変わった。


鍔迫り合い。

押し込まれていたはずの身体が、ふっと消える。


スッ───


有元の圧力を、真正面から受けなかった。


流した。

捻った。

崩した。


「……っ!?」


有元の重心が、一瞬浮く。

その、刹那。


──ダァァァンッ!!!!


床を爆ぜさせる踏み込み。

朔也の身体が、閃光みたいに潜り込む。


振り抜かれた竹刀が、捻り上げるような軌道で跳ね上がった。



──パァァァンッッッ!!!!


「メェェェェェェンッ!!!!」



轟音。


(な……っ)


間一髪。

一瞬で、有元が受け止めた。


速い。

わからなかった。

さっきまでと、まるで動きが違う。


早く勝負をつけないと────絶対にまずい。


有元の本能が、警戒を鳴らした。


──ダァァンッ!!!!


再び、有元が踏み込む。


誰もが、次の瞬間。

有元の二本目が決まると思った。


だが。


「……っ!!」


朔也の身体が、沈む。

真正面から受けない。

逃げない。

捌く。


──パァンッ!!!!


「メェェェェェンッ!!!!」


有元が打った竹刀が噛み合った、その刹那。

朔也の剣先が、有元の竹刀を絡め取るように滑った。


「なっ──!?」


有元の目が、見開かれる。

次の瞬間。


朔也の身体が、半歩。

相手の死角側へ滑り込んだ。


そして。


 


──パァンッッッ!!!!


「──メェェェェェンッ!!!!」



 




裏から、面を打ち抜いた。




 


「っ!!??」


 


観客席が、凍る。

遅れて。




白旗。

赤旗。

白旗。


 




「面ありィィィィッ!!!!」


 




ドッッッッ!!!!!!


体育館が、爆発した。


 


「返し裏面っっっ!!!」


蒼太が、思わず叫ぶ。

他の部員達も沸き上がった。


「返し面を裏から抜きやがった……!!」


「うそだろ!?!?」


「今の角度で入んのかよ!!」


「見えなかった!!」


「有元の攻め利用したぞ黒川!!」


 

歓声。

絶叫。

地鳴りみたいな拍手。



観客席の陽向が、目を見開いたまま固まっていた。


 


「……っ……」


 


胸が、熱い。


呼吸が、苦しい。


今の一瞬。

何が起きたかなんて、全部はわからない。


でも。


ただ、死ぬほど。


「…朔也……すごい…朔也………」


陽向の口からは、ただその名前が溢れる。





胸が………キュンと締め付けられる。






涙が一筋─────こぼれ落ちた。





本当に。


どうしようもないほど。





かっこよかった。


 





試合場中央。

朔也は、静かに残心を取りながら呼吸を吐く。

汗が、顎先から落ちる。


面の奥。

黒い瞳だけが、真っ直ぐ観客席を見上げた。


陽向は、朔也がこちらを向くと────。


「………!」

 

親指を上げて真っ直ぐ前に突き出して。


最高の笑顔で、グッドサインをした。



(最っ高…!!)



まるで、そう言ってるみたいだった。




皇辰学園側は、完全に凍りついていた。


「……聖陵の副将ごときが……部長から一本……?」


「そんな事、ありえんのかよ……!」


「あの有元部長が取られるとか……何がどうなってんだよ……」


動揺を隠せない声が、あちこちで漏れる。


皇辰学園。

高校剣道界の古豪。

その中でも、有元大毅は“絶対的エース”だった。


誰よりも強く。

誰よりも勝つ。

そんな存在。


その有元から、一本を奪った。

しかも相手は、“大将ですらない”。


聖陵国際高校、副将──黒川朔也。


ざわめいているのは、皇辰側だけじゃなかった。

二階観客席でも、どよめきが広がっていく。


「皇辰最強の主将が……」


「え、今まじで取られたの?」


「“絶対的エース”有元だろ……?どうしちゃったんだよ……」


他校の剣道部らしき男子生徒達が、信じられないものを見るように試合場を見下ろしている。


その会話が。

朔也の一本へ完全に心を撃ち抜かれていた雫の耳へ、すう……っと冷たく差し込んだ。


「……どういう事ですか?」


思わず、振り向く。

そして、そのまま数歩。

他校生達の方へ歩み寄った。


「しぃちゃんっ!」


陽向が慌てて呼び止める。

けれど雫は、振り返らない。

まっすぐ他校生達を見つめたまま、静かに問いかける。


「この副将戦って……“皇辰最強”の“絶対的エース”が戦ってるんですか?」


その瞬間。

陽向と咲が、同時に目を丸くした。


「え、そうなの?」


「ガチ……?」


問いかけられた男子生徒は、一瞬だけ驚いた顔をしたあと、小さく頷く。


「そうですよ。」


そして、試合場へ視線を向けながら続けた。


「多分、大将で当たる相手が“津堅蒼太”だから…皇辰は大将戦を捨てたんじゃないかな。」


その言葉に。

陽向と咲の表情が、僅かに強張る。


「……っ……!」


雫が、小さく息を呑む。


つまり。

皇辰学園は、“津堅蒼太には勝てない”と判断した。

だから、その前で終わらせるために。

最強のエースを、副将戦へ下げた。

そして今。

その“絶対的エース”と、朔也が真正面から戦っている。


雫は、ぎゅっと胸元で手を握ったあと、ぺこりと頭を下げた。


「……そうですか……ありがとうございます。」


丁寧に礼を言ってから、静かに陽向と咲の元へ戻る。

体育館の熱気が、じっとりと肌へ張り付いていた。


「……蒼太って、あんな強い学校からも恐れられてるんだね……」


陽向が、ぽつりと呟く。

その声には、どこか驚きが滲んでいた。

すると咲が、むっと眉を寄せる。


「だからって蒼太から逃げるとか、根性なさすぎ!」


「……でも……」


雫が、小さく視線を落とした。


「その“逃げた相手”は……今、黒川先輩と戦ってる本人って事ですよね……?」


その言葉に。

陽向の胸が、どくりと大きく脈打つ。


「……は……うざ……。」


試合場中央。

汗を滲ませながら、有元と向かい合う朔也。


さっきの一本。

あれだけ会場を揺らしたのに。

それでも、まだ相手は“皇辰最強”の絶対的エース。


「…格下を潰しにきた……ってこと…?」


陽向は、ぎゅっと手すりを握り締めた。


「そんなの…」


そして。


 


「絶対……負けないで欲しいわ。」


 


真っ直ぐ落ちたその声は、強く、熱を帯びていた。




「始めッッ!!!!」


審判の鋭い号令が、張り詰めた試合場へ叩き落とされた瞬間───


──ダァァンッ!!!!


両者が、同時に床を爆ぜさせた。


第四回戦。

東京都ベスト8決定戦。

聖陵国際高校 vs 皇辰学園高校。


途中対戦結果は───


 

先鋒 × 0-2

次鋒 ◯ 1-0

中堅 △ 0-0

副将 ──現在試合中。


 

現時点での取得本数差は、皇辰学園が一本リード。


そして今。

副将戦は、一本ずつ取り合った状態で振り出しへ戻されていた。


つまり。


このまま試合終了となれば。

次の大将戦で、津堅蒼太が二本勝ちした時点で、聖陵国際高校の逆転勝利が決まる。


だからこそ。

皇辰学園は、ここで最低でもあと一本が必要だった。


有元が一本取れば、取得本数差は再び二本差。

そうなれば、次の大将戦で二本負けしても引き分けへ持ち込める。

もしも一本負けで耐え切れば、皇辰学園の勝利。


──たった一本。


けれど、その一本で。

ベスト8へ進む確率は、天と地ほど変わる。


(あと一本……!!)


有元の瞳が、獲物を狩る獣みたいに細まる。


ここで終わるわけにはいかない。


津堅蒼太へ勝敗を持ち込めば、不利になる。

だからこそ。

ここで決める。

ここで叩き潰す。

その執念が、剣先から剥き出しになっている。


皇辰学園絶対的エース。

本来“大将”へ座るはずだった男。

その全身から、凄まじい気迫が溢れていた。


──ダンッ!!


低空から鋭く跳ね上がる小手。

朔也は、反射で竹刀を返す。


──パァンッ!!!!


「コテェェェェェッ!!!!」


紙一重。

会場から、息を呑む音が漏れた。


速い。

攻防が、一瞬すぎる。

視線で追えない。

気づけば次の打ち込みが始まっている。


激しくぶつかる熱と熱。


まるで、極限まで研ぎ澄まされた刃同士がぶつかり合っていた。


「はぁ……っ……!」


朔也の呼吸が熱を帯びる。


掌が焼けるように痛い。

足は重い。

肺が悲鳴を上げている。


それでも。

退けなかった。


今日まで積み上げてきた。


何百本。

何千本。


勝つためだけに、竹刀を振り続けた。


全部。

全部、今日のためだった。


(あと一本……っ!!)


あと一本で。

絶対、この戦いに勝って。


──パァンッ!!!!


再び激突する竹刀。

押し合う。

削り合う。

互いの息がぶつかる距離。


有元の圧力が、凄まじい。

一瞬でも気を抜けば。

その瞬間、斬り伏せられる。





本当はきっと。

ずっと、大切だった。



ガキの頃から一緒にいて。

いつも側にいたのに。


無理だってわかってたから、カッコつけて。

本当の気持ちから目を逸らしたくて。

女に逃げて。


無力な自分から目を背けるための逃避だった。



本当に大切なあいつが傷ついている時。

俺は何もできなかった。





──ダンッ!!


真正面から振り下ろされる面。


──パァァンッ!!!!


「メェェェェェンッ!!!!」


朔也が、咄嗟に受ける。

だが、有元は止まらない。

低い咆哮。

間髪入れず飛んでくる胴。


──パァンッ!!


「ドォォォォォッ!!!!」


防ぐ。

捌く。

逃がす。


(取らせるかよ……っ!!)


朔也の瞳が、鋭く燃え上がる。


ここで終わったら。

また届かない。

また“眺めているだけ”で終わる。


そんなの、嫌だった。


ひなが変わった。

何度傷ついても。

何度笑われても。

それでも、自分の足で立ち上がった。



だったら。

自分も変わらなきゃいけない。



「……っらぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


朔也が、一気に踏み込む。


──ダァァンッ!!!!


床が爆ぜる。

有元の目が、鋭く細まった。


来る。

そう感じた瞬間。


朔也の竹刀が、真正面から振り抜かれる。


──パァァンッ!!!!


「メェェェェェンッ!!!!」


有元が受け止める。

だが、その瞬間にはもう次。

朔也は止まらない。


「ドォォォォッ!!!!」


低い咆哮。

踏み込み。

連撃。


有元が後ろへ下がる。

初めてだった。


この試合で。

皇辰の絶対的エースが。

初めて、“押された”。


「っ……!」


観客席の空気が、変わる。


ざわっ───……!!


どよめきが広がった。

聖陵国際の副将が。

黒川朔也が。

皇辰最強へ、真正面から喰らいついている。


喰らいつくだけじゃない。

押し返している。


「朔也……っ!!」


蒼太が、思わず拳を握る。

咲は、祈るみたいに手すりを握り締めていた。

雫は、息を止めたまま試合場を見つめている。


陽向は。


胸の奥をぎゅっと掴まれたまま、ただ真っ直ぐ朔也を見つめていた。


汗だくで。

ボロボロで。

苦しそうなのに。


それでも前へ出る。

絶対に諦めない。


その姿が。


どうしようもなく───


胸を締め付けた。


「……っ……」


トクン。


胸が、大きく鳴る。


トクン。


トクン。


トクン。




この気持ちは………なんだろう。




俊ちゃんの時とは違う、胸の高鳴り。


苦しくて。

息も出来なくて。

魂の底から燃え上がるような。



経験したことのない、知らない感情。



試合場中央。


(あと一本……!!)


──ダァァンッ!!!!


床が、悲鳴みたいな音を立てる。


「メェェェェェンッ!!!!」


朔也の咆哮が、体育館を震わせた。


有元が受ける。

だが、押される。


──パァァンッ!!!!


竹刀同士が激突し、火花が散りそうなほど軋む。

観客席が、どよめく。


ざわっ───……!!


皇辰学園絶対的エース。

今まで一歩も退かなかった有元大毅が。


「うおっ……!!」


「聖陵の副将、押してる!!」


「マジかよ……!!」


体育館全体の空気が、一気に変わる。

朔也は止まらない。


──ダンッ!!


「ドォォォォォッ!!!!」


低い咆哮。

踏み込み。

連撃。

逃がさない。

今まで積み上げてきた全部を、叩きつけるみたいに。

有元の間合いを、強引に食い破っていく。

有元の眉が、僅かに歪む。


(……こいつ……っ!!)


重い。

さっきまでとは、まるで別人だった。

技術じゃない。

気迫が。

執念が。

竹刀越しに、狂気みたいに食らいついてくる。


──パァンッ!!


再び激突する剣先。


朔也が押し込む。

削る。

前へ出る。


その姿に。

待機スペースで、蒼太がぎゅっと拳を握った。


(……いける……っ!!)


観客席。

控えスペース。

他校の剣道部員達。

誰もが息を呑みながら、試合場中央を見つめている。


流れが、変わった。

そう感じた。

体育館全体が、じわじわと。



“黒川朔也が勝つ”


その空気へと、塗り替わっていく。



呼吸が焼ける。


それでも。

勝つ。


絶対に。

この戦いに勝って。


全部、伝える。


言えなかった想いも。

十八年間、積み上げてきた時間も。


全部。





この一本へ、叩き込む───。





──ダァァァァンッ!!!!


朔也が、踏み込んだ。

床が爆ぜる。


「メェェェェェェンッ!!!!」


渾身。

魂ごと叩き込むみたいな一撃。

真正面から。

有元の面へ向かって、振り抜かれる。


誰もが。

決まった、と。

そう思った。




──その瞬間だった。







──ズバァァァンッ!!!!






炸裂音。


体育館が、一瞬───無音になる。


 


「……っ」


 


誰も、動けなかった。

何が起きたのか。

理解が追いつかない。


ただ。

試合場中央で。


朔也の身体が、僅かに前へ流れた。


その沈黙を最初に破ったのは─────




「……くそ……っ」




蒼太の、掠れた声だった。


次の瞬間。


白旗。

赤旗。

そして、僅かに遅れて…


赤旗。


一斉に、上がる。


「胴ありィィィィッ!!!!」


そして。


「勝負ありィィィィィッ!!!!」


ドッッッッッ───!!!!


皇辰学園の応援席が、爆発した。


「うおおおおおおおっ!!!!」


「有元ォォォォォォ!!!!」


「っしゃああああああ!!!!」


歓声。

絶叫。

地鳴りみたいな拍手。


その中心で。

朔也は、静かに立ち尽くしている。


蒼太には、全てが見えていた。


「返し…胴…っ」


蒼太は奥歯を噛み締めた。

先ほどの光景が蘇る。


朔也の面を捌いた。

いや。

ただ避けたんじゃない。

有元は、朔也の竹刀を“擦らせた”。


真正面から受けず。

剣先へほんの僅かに角度をつけ、面金を滑らせる事で、打突の軌道を殺した。


そして。

その流れのまま。


 

クルリ───……。


 

有元の身体が、斜めへ流れた。

まるで水みたいに。

鍔元を外しながら、半身へ捌き。

沈み込むように腰を落とした。

次の瞬間。



返し胴。



だが、ただの返し胴じゃない。

面へ飛び込んできた勢いを利用し。

擦らせた竹刀を、巻き込むように外側へ流し。

死角へ潜り込むように身体を斜めへ捌きながら。


朔也の右胴を、下から抉り上げるみたいに斬り抜いた。


あまりにも鮮やかだった。


まるで。

“打たせてから獲る”事まで、最初から完成されていたみたいに。


「なんつー…怪物だよ………」


その実力を目の当たりにした蒼太は、普段の朔也の実力で、有元から一本を取った事が奇跡のように思えた。


面の奥。

呼吸だけが、荒い。


(……負け……た……?)


じわり、と。

遅れて現実が胸へ沈んでいく。


あと一本だった。

届きかけていた。

変われると思った。

勝てると思った。


なのに。


「……っ……」


握った竹刀が、微かに震える。


試合場の向こう。

有元大毅が、静かに残心を取りながらこちらを見据えていた。

その姿は、まるで巨大な壁だった。


観客席。

陽向は、息を止めたまま立ち尽くしていた。


さっきまで。

絶対、勝つと思った。


朔也が。

あのまま全部ひっくり返して。

本当に、勝ってしまうんじゃないかって。


そう、思ったのに。


「……朔…也……っ」


小さく零れた声が。

歓声へ、飲み込まれて消えた。



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