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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第110話 絶賛、非リア記録更新中


そして。


陽向は。


早速。





「ねえ!」





ドンッ!!


テーブルへ勢いよく両手をつき、ぐいっと身を乗り出す。


放課後のディンバードーナツ。

ガラス張りの店内には、夕暮れ前の柔らかな西日が差し込んでいた。


その賑やかな空間のど真ん中で。


陽向は、獲物を追い詰める肉食獣みたいな勢いで、真正面の朔也を見据えていた。





「朔也って彼女いるの!?」





さり気なく、とか。

自然な流れで、とか。

オブラートに、とか。


そういう概念は、陽向の辞書には存在しなかった。


聞きたい事は聞く。

知りたければ今聞く。


それが星野陽向だった。


「はっ!?」


朔也の声が、盛大に裏返る。

手にしていたアイスコーヒーのストローが、ガチッと歯へぶつかった。


何の前触れもなく。

あまりにも唐突に。

しかも真正面から投げ込まれた爆弾。


朔也の心臓は、一瞬で跳ね上がる。


「な、なんだよ……いきなり……」


視線が泳ぐ。

落ち着かないみたいにストローを指で弄る。

けれど陽向は逃がさない。


「いるの?いないの?」


じーーーっ。


まるで尋問官みたいに、真っ直ぐな目が向けられる。

その視線には、変な計算も照れ隠しもない。



だからこそ、破壊力がえげつない。



ドクン。


ドクン。


ドクン。


朔也の鼓動が、どんどん速くなる。


(待て待て待て待て。)


脳内が騒がしい。


なんでそんな事を聞く。

なんでそんな真っ直ぐ見る。

なんで距離が近い。


ついこの前まで、“朔也=空気”くらいの雑な扱いだっただろお前。


なのに最近、全部おかしい。


雨上がりの日。

繋いだ手。

真っ赤な顔。

潤んだ目。

「ありがとう」って掠れた声。


あの瞬間から、何かが完全に狂い始めている。


そして今。

真正面から、“彼女いるの?”って。

こんなの、期待するなって方が無理だった。


「……い……っ、いねぇよ……」


どうにか絞り出した声は、情けないくらい掠れていた。


言った瞬間、自分でもわかる。

耳まで熱い。


すると。


次の瞬間。




「ほんと!? だよね!よかったー!」




陽向が、ぱぁっ……と顔を輝かせた。


屈託なく。

嬉しそうに。

安心したみたいに。



笑った。



「………っ!!???」


朔也の思考が、一瞬で停止する。


店内の音が遠のいた。

周囲の学生達の笑い声も。

レジの電子音も。

BGMも。


全部、消える。


(…な……っ……なんだよこいつ……っ!!!)


そんな。

いくらなんでも。

急展開にも程がある。


確かに、あの日。

陽向が初めて自分を“異性”として意識した瞬間を、朔也は確信した。


あの照れた顔。

繋がれた手。

熱を持った視線。

全部、見逃していない。


でも。

だからって。

こんなに急に。

こんなにあっさり。


ここまで露骨になるものなのか!?


(“よかったー!”ってなんだ……っ!!!)


なんでそんな嬉しそうなんだ。


それもう、ほぼ告白だろおおぉぉぉーーーーーーーー


朔也の脳内で、何かが盛大に弾け飛ぶ。




リンゴーン……


リンゴーン……


リンゴーン……


脳内へ、荘厳な教会の鐘が鳴り響いていた。


ステンドグラス。

純白のバージンロード。

タキシード姿の自分。

ウェディングドレス姿の────


陽向。





(早くね!?!?)


理性が必死にツッコミを入れる。


けれど感情は、もう止まらない。

幼馴染みという名の“絶対に恋愛へ発展しない枠”に閉じ込められていたはずの自分が。


今。

確実に。

ロックオンされている。


朔也は、必死に口元を引き締めた。

気を抜けば、今すぐニヤける。


仕方ねぇな。

どこまでも、可愛いやつだな。


つ、付き合って………やろうじゃないか。


「ゴホン…えー……よかった……ってお前……」


どうにか平静を装いながら一度咳払いをして低く返す。


「それは….ひなは………つまり……」


バクン。


バクン。


バクン。


朔也の心拍数は、完全に限界を突破した。


その瞬間。





「小野雫ちゃんっているじゃん?さっきの子。」





陽向は、きょとんと首を傾げた。


「は?」


想定外過ぎる会話の方向に、思わず間抜けな声が出た。

陽向は、そんな朔也の反応にも気づかないまま、無邪気に続ける。


「朔也とLINE繋ぎたいんだって!共有していい?」


「………………………。」


脳が、完全にフリーズ。


朔也の脳内では今、高速で情報処理が行われていた。


…………。


………………。


………………………。


陽向の言葉の意味を、整理する。


カチ。


データ修正のアップデートが完了する音がした。


その直後。




ゴンッッッ!!!!!!




先ほど脳内で鳴り響いていたあの荘厳な教会の特大鐘が、支柱ごと崩壊しながら真上から脳天へ落下した。


ガラガラガラッ!!!!


純白のバージンロードが地割れを起こして崩落していく。

ステンドグラスは粉々に砕け散り。

祝福の鐘は断末魔みたいな音を立てながら横転した。




──完。




脳内結婚式、開幕からわずか十数秒で閉幕。




朔也の肩が、ぷるぷる震え始める。


「…んな…っ….もん……っ」


低く漏れた声は、もはや怒りなのか悲しみなのか、自分でもわからなかった。


そして。




「勝手にしやがれーーーーーーーー!!!!!!」




大、爆、発。


「いちいち聞いてくんじゃねぇよっ!!クソが!!」


叫びながら、朔也は顔を背けた。


もう無理だった。


傷ついたとか。

恥ずかしいとか。

期待してたとか。


そんな情けない感情を誤魔化すので、精一杯だった。


陽向はというと。


そんな朔也の絶叫を真正面から浴びながらも、まるで春の突風でも受け流すみたいに、あっけらかんとしていた。

ストローでアイスティーをくるくる混ぜながら、軽い調子で言う。


「一応聞いてみただけだよっ!」


カラン、カラン。

氷がグラスの中で軽やかに鳴る。


「朔也からLINEしてあげてよ?しぃちゃん、緊張で自分から送れないだろうから」


その声は、どこまでも善意だった。


悪意ゼロ。

下心ゼロ。

駆け引きゼロ。


その無垢さが、逆に朔也の急所へ深々と刺さる。


「………………。」


朔也は、ゆっくり俯いた。


あの日。

雨上がりの帰り道。

濡れたアスファルト。

夕焼け色の空。

繋いだ手の熱。


あの瞬間だけは。

確かに、自分達の間で何かが変わった気がしていた。

幼馴染みじゃなく。

ただの腐れ縁でもなく。


もう少しだけ、特別な何かへ近づけた気がしていたのに。


なのに今、目の前のこいつは。


(…まじで………こいつ…………)



わっかんねええぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



机に突っ伏し、心の中で大号泣。

あれが、全てが夢か幻だったかのように思えた。


そんな中。


店内へ流れる軽快なBGMの隙間みたいに、陽向がぽつりと呟いた。


「そー言えば……」


陽向が、ふと思い出したみたいに首を傾げた。

本当に何の気なしに問いを投げる。


「なんで彼女いないの?」


「は?」


朔也は、一瞬言葉を失った。


質問の、意味がわからない。


いや。

意味はわかる。

わかるけど、“なんで今それを聞くんだ”の方がわからない。


「中学ん時は常に彼女いたしさー。なんなら小学校の時からいたじゃん?あっちに乗り換えてこっちに乗り換えて、元カノ10人以上軽く居るっしょ?」


陽向はいつものように、マイペースに喋り続ける。


「なのに、高一の秋くらいだっけ?朱里ちゃんと別れてから、それっきりじゃない?」


その言葉に。

朔也のこめかみが、ぴくりと引き攣った。


「………く……っ」


奥歯を、強く噛み締める。

視線を逸らすみたいに、アイスコーヒーへ手を伸ばした。

けれどストローを咥えても、全然味なんてしない。


……そりゃ、そうだ。


これまでずっと、放っておいても勝手に女が寄ってきた。

告白された回数なんて、いちいち覚えていない。

別に自慢したいわけじゃない。

ただ事実として、困った事はなかった。

欲しいと思えば手に入ったし、その気になれば誰とでも付き合えた。


狙った女を落とせなかった事なんて、一度もない。


むしろ、わざわざ自分から狙いに行かなくても、向こうから勝手に狙いにきたくらいだった。


なのに。


(……なんで……)


朔也は、じわじわ込み上げる苛立ちを押し殺す。


なんで今。

こんな事になっている。


なんで、よりによって。


胎児の頃から幼馴染み歴十八年。

ずっと隣にいたこの女ひとりに。

ここまで振り回されなきゃいけない。

彼女いない歴は、着々と更新中で。

しかも原因は、間違いなく目の前のこいつ。

それにも関わらず、こうして本人はまるで無自覚。

なんで、こんなやつのせいで。

この俺が、非リアの記録更新を続けていかなきゃなんねぇんだ。


そして。

そんな朔也の内心なんて、露ほども知らないまま。



陽向は、トドメを刺した。





「急にモテなくなった?」





その瞬間。


ブチッ。


頭のどこかで、なにかが切れた。


ドンッッッ!!!!


朔也の拳が、勢いよくテーブルへ叩きつけられる。





「俺は今でも爆モテだーーーーーっっっ!!!!」





店内へ、朔也の怒声が響き渡った。


「あっそ。」


朔也の絶叫なんて、陽向にとっては日常の効果音くらいの扱いだった。

まるで気にする素ぶりもなく、スマホを操作し始める。


そして。


「はい。今しぃちゃんのLINE送ったから、なんかスタンプかひと言入れてあげてっ!」


陽向が、ぱっと顔を上げる。



そうやって笑って。


無防備で。

楽しそうで。

機嫌が良さそうで。



とことん、罪深い。



朔也は、深く長く息を吐きながら。


「はいはい……」


観念したみたいにスマホを手に取る。

陽向からの通知を開き。


”黒川です”


短く打ち込んで、“よろしく”のスタンプを送信した。



────────。



生徒会室で陽向から、過去の議事録を受け取ったあと。

雫は、帰路の電車に揺られていた。


座席へ腰掛けた雫は、膝の上へスクールバックを抱えたまま、ぼんやりスマホを見つめていた。


その時。


──ポン。


静かな通知音が、小さく鳴る。


そして。



届いた通知を開いた、その瞬間。




「…………っ!?」




心臓が、一瞬止まった。

視界が、固まる。


(……ひぇっ……!!)


そこに表示されていたのは。





──黒川です


その短い文字と。


“よろしく”のスタンプ。





たったそれだけなのに。


ドクンッ!!と心臓が大きく跳ねた。


(く……くくく、黒川先輩……!!??)


慌ててスマホを胸元へ引き寄せる。

誰かに見られたわけでもないのに、反射的に画面を隠してしまった。


頬が、一気に熱を持つ。

耳まで熱い。

指先が震える。

胸の奥で、なにかが暴れているみたいだった。


(え、待って……待って待って待って……)


頭の中が、全然追いつかない。


だって。

生徒会長にLINEを繋いでもらえた、という事は。


その瞬間。

脳内へ、あの言葉が鮮明によみがえる。


(そこも含めて、聞いておくね!)


雫の呼吸が、止まった。

鏡を見なくても、自分の顔が真っ赤なのがわかる。


「…え……」


喉が、小さく震える。




結局。

彼女、いなかったってこと……?




その事実が、じわじわ頭の中へ広がっていく。


どうせ無理だと思ってた。

自分なんかが、繋がるなんて。

あの黒川先輩が。

彼女がいないはずないと、思っていた。


なのに今。


スマホの画面には、

黒川朔也から届いたメッセージが表示されている。

現実感が、なかった。


「……ど……どうしよう…………」


思いもよらない突然の出来事に、戸惑ってしまう。


窓の外では、斜めに傾いた太陽が少しずつ夕焼けに変わり始めていた。

車内アナウンスが流れる。

制服姿の学生達が、次々と駅で降りていく。


その日常の中で。


雫の世界だけが、まるで別物みたいに色を変えていた。




見てるだけでいいと思ってた。


叶うはずないと思ってた。


憧れてるだけで、それで充分幸せだった。


それなのに。




震える指先で、そっとトーク画面へ触れる。

そこにあるのは、

たった一言のメッセージ。

でも雫にとっては、それだけで充分すぎるくらい特別だった。


そして。


胸の奥で、

今まで閉じ込めていた感情が、ゆっくり形になっていく。




「……好きになっても……いいって……事……?」




小さく零れた独り言は、走行音へかき消されて、自分の耳にしか届かない。


けれど、その瞬間。


胸の奥で、なにかが確かに動き出していた。


雫は、スマホを握る手の震えがおさまらないまま。


トーク画面に表示された“黒川です”の文字を、何度も、何度も見つめ続けていた。



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