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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第108話 行くぜっ!聖陵国際生徒会!


そして。


しばらくして顧問の餅田先生が到着すると、今年度最初の正式な役員会議が始まった。


ついさっきまで、生徒会室を巻き込んだ大惨事が起きていたとは思えないほど。

役員達は、まるで何事も無かったかのように席へ着き。

机の上へ資料を綺麗に揃え。

背筋を伸ばし。

一瞬で空気を切り替えていた。


新役員達は、その切り替えの鮮やかさに圧倒されていた。


(……すごい……。)


雫は、思わず小さく息を呑む。

まるでこの人達は、何度もこういう“トラブル”を乗り越えてきたかのように。

そんな積み重ねが、この空気には滲んでいた。



その中で──







チーーーーーーーーーン。







一人だけ。


完全に、魂が抜け落ちていた。




陽向は、椅子へ座ったまま、ぽー…っと天井の一点を見つめていた。

心ここにあらず。

というより、もはや精神が現実逃避していた。

脳内では、さっきの光景が何度も何度もリフレインしている。


──新人ちゃん達、緊張してるだろうな。


だから少しでも空気を柔らかくしたくて。

カフェテリアへ寄って。

コーヒーとオレンジジュースを買って。

「初日だから歓迎感あった方がいいよね!」なんて、ちょっと張り切って。

相田桜子まで付き合わせて。


なのに。


その結果。


「………………。」


陽向は、魂が抜けた顔のまま、ぼんやり天井を見つめる。


(…………死にたい。)


せっかく。

せっかく、“頼れる生徒会長っぽい空気”で新人ちゃん達を迎えたかったのに。


ブチギレていた横溝琉嘉。


(“新人のために”とか言って開始5分前に生徒会室を事故現場にしてんじゃねぇーーー!!!) 


(す、すいませーーーん!!!!)


(余計な事すんな!!動くな!喋るな!息すんなっっっ!!)




生徒会長として………あまりにも終わっている。




陽向は心の中で絶望する。


最近は、もうちょっとちゃんとしてる。

いや、ちゃんとしてない時も多いけど。

でも今日のは特別運が悪かったというか。

なんかこう。

色々タイミングが悪くて。


初日から、生徒会長としての威厳が完全に死んだ。


「…しの。……おい、星野。」


顧問の声が、生徒会室へ落ちる。

しかし陽向は反応しない。


完全に、自責と羞恥の深海へ沈んでいた。


「………………。」


その瞬間。


「おい!!ポンコツっ!!」


ゴッ!!


横溝琉嘉の肘鉄が、脇腹へ綺麗に炸裂した。


「ぃだぁっ!!」


陽向が、ビクゥッ!!と飛び跳ねる。


「会議始まってんだよ!いつまで現実逃避してんの!」


「っあ……!」


陽向は、ようやく我に返ったみたいに顔を上げた。

そんな陽向を見ながら、顧問は疲れたように眉間を押さえる。


「ほら、自己紹介。まずは生徒会長から。」


「あっ!はい!!」


ガタッ!!


陽向は、必要以上に勢いよく立ち上がった。

パイプ椅子が大きな音を立て、生徒会室へ響く。

新役員達の肩が、びくっと揺れる。


「えっと!!」


陽向は慌てて姿勢を正す。

さっきまで魂が抜けていたせいで、完全にタイミングを見失っていた。


「3年4組、生徒会長やらせて貰ってます、星野陽向です!────」


勢いよく名乗りを上げたその声が、生徒会室へ明るく響く。


雫は、陽向の自己紹介を聞きながら、そっと視線を横へ滑らせる。

壁へ貼られた、あの張り紙。

達筆すぎるその文字が、妙に存在感を放っていた。


(“信用するな”って………そっち……?)


嵐のように現れて。

みんなを巻き込んで大騒ぎ。

挙句に副会長から“ポンコツ”と罵られて。

それとは対照的に、先輩役員達はあまりにも慣れた動きで処理をする。


まるで、“日常”みたいに。


これまでの生徒会長のイメージと、あまりにも掛け離れている。


もっとこう——

堂々としていて。

眩しくて。

学校の中心に立つ、“特別な人”という感じだった。


校内を歩けば誰かが名前を呼ぶ。

笑い声の中心にいて。

みんなに囲まれて。

まるで太陽みたいに、人を惹きつける人。


“星野陽向”という存在は、もっと完璧で。

もっと近寄りがたくて。

もっと隙のない人なのだと思っていた。


雫は、ちらりと陽向を見る。


(………黒川先輩の……彼女………)


そして胸の奥で小さく思う。


怖い人、という感じではない。

むしろ逆だ。

放っておくと危なっかしくて。

見ている側がハラハラしてしまう。

なのに。

その場にいる全員が、当たり前みたいにこの人を支えている。


胸の奥で、言葉が小さく揺れる。


生徒会長って。


黒川先輩の彼女って。




(もしかして結構……ヤバイ人……?) 




でも、その“ヤバさ”は。

雫が想像していたような恐ろしい意味では、もう無かった。




そして、今年度の新体制となった生徒会役員全員の自己紹介は終わった。



会長:(継)星野ほしの 陽向ひなた3年※女子


副会長:(継)横溝よこみぞ 琉嘉るか3年※男子

    (継)阿久津あくつ 孝明たかあき2年※男子


書記:(新)坂牧さかまき かなめ2年※男子

   (新)小野おの しずく1年※女子


会計:(継)相田あいだ 桜子さくらこ3年※女子

   (新)工藤くどう 篤史あつし1年※男子


広報:(継)加賀かが 優音ゆのん2年※女子

   (新)斎藤さいとう 良輝よしてる1年※男子




自己紹介から始まった今年度最初の正式な役員会議は、驚くほど滞りなく進んでいった。

役員達は自然に役割をこなし。

必要な確認を取り。

議題を整理し。

時には短く意見を交わしながら、淀みなく会議を進行していく。


「では次に…今年は創立50周年記念の年なので、学校としても何か特別な企画を実施したいと考えている。そこで今日は、記念事業について生徒会として意見を出してもらいたい」


顧問の言葉に、生徒会室の空気が少しだけ変わった。


創立五十周年。

ただの行事運営ではなく、学校の歴史に残る節目。


「50周年かぁー!」


真っ先に反応したのは陽向だった。

それを他所に、阿久津孝明は顧問に視線を投げる。


「生徒向けの企画ってことですか?」


「そうだ。まだ何も決まっていない。文化祭や体育祭も含めて、何か良い案があれば遠慮なく出してほしい」


その言葉を聞いた陽向の目は、ますます輝いていた。


「やばー!!なんかめっちゃ盛り上がるような、ちょー楽しいことしたくない!?」


陽向を横目に、相田桜子がくすりと笑って手元の資料を持ち上げた。


「過去に意見箱とかアンケートで出てたやつもアリなんですか?」


「もちろんだ。実現できるかは別として、まずは案を出すところからだな」


「ドーンと、なんか文化祭終わった後にでっかい花火とか打ち上げちゃおうよっ!!」


「星野は一回ちょっと黙れる?」


ついに横溝琉嘉から制止が入った。


その姿は、まるで長年噛み合い続けてきた歯車みたいだった。


そして、会議終了後。

それまで張り詰めていた生徒会室の空気が、ふっとほどける。


「げ!ディンバーの“はちみつレモンドーナツ”今日で終わりじゃん!明日から新作の限定に変わっちゃう!」


真っ先に騒ぎ始めたのは、もちろん陽向だった。

さっきまで真面目な顔で議事進行していた人間と同一人物とは思えないテンションで、スマホ画面を見ながら大騒ぎしている。


すると、横溝琉嘉が呆れたように口を開く。


「散々食ってたじゃねーかよ」


「今回の限定めっちゃうまかったんだよねー!でも明日からのラムネなんとかもうまそうなんだよなぁ」


「あー青いやつ?あれ見た目マズそうじゃないすか?」


自然な流れで、阿久津孝明まで会話へ混ざる。


「今日最後にはちみつレモン買いに行って、明日ラムネなんとか買いに行こう!」


「そんなに毎日ドーナツ食べてよく太りませんね」


加賀優音も、くすっと笑いながら口を挟んだ。


「たまに走ってるよ!」


「陽向ちゃん、家の隣に専属のダイエットトレーナーが住んでるんだもんね。」


そして相田桜子も、会話に参加しに来た。

そして、再び横溝琉嘉が茶化す。


「そこまでして食いたいのかよ」


「脳みそ使ったら糖分必要なの!」


「星野先輩の場合、糖分摂取量に対して脳の回転効率が悪すぎるんですよ。」


「おいそれ悪口なーーー!!」


阿久津孝明の鋭い指摘に陽向の叫びが飛ぶと、生徒会室にどっと笑い声が広がった。


その空気を、雫はぽかんと見つめていた。


陽向が何か言えば、自然と誰かが返す。

一人が笑えば、周りもつられるように笑う。

まるで重力みたいに、陽向という会話の中心へ人が引き寄せられていく。


しかも驚くべき事に——

後輩達まで、普通に生徒会長を弄っていた。


それなのに、誰もピリつかない。

空気が変に凍る事もない。


生徒会って。


もっと、厳しくて。

もっと、堅くて。

もっと、静かな場所だと思っていた。

生徒会役員なんて、秩序や上下関係へ“きっちりしている人達”の集まりだと思っていた。


なのに、この場所は違う。


「さこちゃーん!帰りディンバー寄ってこーよ!」


「ごめん。私このあと晴翔くんと会うんだ」


「えー。琉嘉は甘いもん食べないしー、優音ちゃんダイエット中だもんね?孝明行こうー!」


「俺、今から梨愛とメシ食いに行くからパス。」


「えっ!橘先輩と会うの!ズルイ!!私も会いたい!!」


「絶、対、来んな。」

 

そこへ横溝琉嘉が、容赦なく追撃する。


「お前も加賀を見習って少しはダイエットしろよデブ」


「デブってねぇーわコラ!!」


再び、生徒会室へ笑い声が弾けた。


その光景は。

まるで家族みたいだった。


気を遣った空気じゃない。

無理して作った空気でもない。

長い時間を一緒に過ごしてきた人達だけが持っている、“自然な距離感”。

そして、その中心には。


やっぱり、星野陽向がいた。


生徒会室へ嵐みたいに入ってきたと思ったら。

自己紹介直前まで魂が抜けた顔で天井を見上げて。

横溝琉嘉に肘鉄を食らって復活したかと思えば、今度はみんなとドーナツの話で盛り上がっている。


感情の起伏が忙しすぎる。

まるで喜怒哀楽のジェットコースター。


騒がしくて。

落ち着きがなくて。

思いつきで動いて。

周囲を巻き込んで。


なのに。

気づけば、みんな笑っている。


まるで、この人がいるだけで、部屋の温度が少し上がるみたいに。


雫は、その光景を静かに見つめていた。


(……なんでだろう。)


胸の奥が、じんわり熱い。


すると突然。


「あっ!そーだ!」


突然、陽向がぱぁっと顔を上げる。

まるで今思いついた!と言わんばかりの勢いだった。

思いもよらず、その視線がこちらへ向く。


「新人ちゃん達に、生徒会長からドーナツ奢ってあげるよ!」


(…え………?)


雫はキョトンと目を瞬いた。


「え、まじすか!?」


「いいんですか!?」


隣では、新役員の男子達の声が一気に弾む。


「だってさっきジュースだめにしちゃったからさ、歓迎感出せなかったもん。」


そして、ニッコリと。




「だから、私から歓迎の意を込めて!みんなで買いに行こうっ!」




まるで雨雲を吹き飛ばす太陽みたいに、笑った。




「あざーっす!」


「生徒会長まじ神ー!」


「何個ですか!?」


「ばかたれ!1人1個だよ!!」


一気に盛り上がる新役員達。

その空気へ、すかさず横溝琉嘉が割って入る。


「お前ら騙されんなよ。自分が食いたいからって付き合わせてるだけだかんな。」


「そんなの奢りなんで全然付き合いますよ!」


すると今度は、阿久津孝明が呆れた顔で肩を竦めた。


「そーやって最初に餌付けされると、後でとんでもない仕事押し付けられるんだよ。」


「え!そーなんですか!」


加賀優音まで、ふふっと笑いながら続ける。


「迷惑料の先払い?みたいな感じかな!」


「なんか、怖いんですけど!!」


「まさか…さっきのやらかしも、デフォルトですか…?」


恐る恐る呟いた一年男子へ、相田桜子がにっこり微笑む。


「さっきのなんて序の口だよ♡」


「「「ええぇぇぇぇーーーっっっ!!!?」」」


生徒会室が、再びどっと笑いに包まれた。

今度は、新役員達も一緒だった。


「普通に善意だーーーーーっっっ!!!!」


そして、陽向は再び爆発している。

さっきまで緊張で強張っていた空気が、嘘みたいにほどけていく。

先輩と後輩。

学年も立場も関係なく、みんなが自然に笑っていた。


陽向を中心に、先輩役員と新役員の輪が広がっていく。

その光景を見た瞬間。

雫の胸の奥で、何かがふわりとほどけた。


(……なんか…………)


ここ、好きかもしれない。


そう思った、その時だった。


「小野さん!」


陽向が、くるりとこちらを振り返る。


夕陽を背負ったその笑顔は、まるで光そのものみたいだった。





「行こうっ!」





陽向は、雫に手を差し伸べながら。




(仲間に……したいな…!)




あの日───

総選挙で壇上に立っていた雫の姿を思い出していた。



その瞬間。

雫の胸が、じんわり熱くなった。


真っ直ぐ、こちらへ手が伸びてくる。


生徒会長。

学校の中心にいる人。

黒川先輩の、彼女。


最初は、遠い世界の人だと思っていた。


でも今は、違う。




この人はきっと───


誰かを置いていかない人なんだ。




雫は、小さく息を吸う。

そして自然と、口元が綻んだ。


「……はいっ!」


差し出されたその手を、雫もそっと握り返した。



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