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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第三章〜高3編〜【最終章】  作者: 波方 真季


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第107話 生徒会長って、どんな人?


その日の夜。


陽向は、自室のベッドへ仰向けに倒れ込んだまま、ぼんやりと天井を見つめていた。

部屋の電気は消してある。

カーテンの隙間から差し込む街灯の薄い光だけが、天井へ淡く滲んでいた。


静かだ。

なのに、胸の奥だけが、全然静かじゃない。


布団へ沈み込んだまま、陽向は小さく息を吐く。

けれど次の瞬間——


不意に、耳の奥で朔也の声が蘇った。




(世界一可愛い、俺の彼女なんで。)




ドキッ───


「〜〜〜〜〜っっっ!!!!」


陽向は、勢いよくガバッ!!と飛び起きた。

そのまま、手近にあった枕を掴み。


「ドキッてなんじゃーーーーーーいっっっ!!!!」


ボフッ!!!!!!


全力で壁へ投げつける。

跳ね返った枕が、ベッドの端からぽてっと床へ落ちた。


「はぁ…っ……はぁ…っ……はぁ……」


乱れた呼吸。

熱い。

耳まで熱い。


ありえない。

なぜだ。

不覚にも。

よりによって。

いくらなんでも。


朔也なんかに……………。




(なぜだーーーーーーーーーーっ!!!)




陽向は、頭を抱えて再びベッドへ突っ伏した。

顔をシーツへ埋める。


あんなの。

ただ、その場の勢いだ。

りことなぎさへイラついて。

朔也が、咄嗟についた“嘘”。


たかが、それだけ。

それなのに。


なんで、あんなに心臓が跳ねたのか。

なんで、抱き寄せられた瞬間、息が止まりそうになったのか。


自分で、自分が信じられなかった。


「…………末期だ……。」


ぽつり、と。

絶望みたいな声が漏れる。


これまで、俊ちゃんと過ごした一年間。


優しく抱き締められるたび。

頭を撫でられるたび。

穏やかな声で名前を呼ばれるたび。

胸がきゅうっと苦しくなって。

幸せで。

泣きたくなるくらい、ときめいて。


そんな毎日を、ずっと繰り返してきた。


だからきっと——




完全に、ロスだ。




「……私、よっぽど寂しいんだろうな……」


陽向は、ぼんやり呟く。


きっと今なら。

全世界の男子にドキドキする自信がある。




あの、朔也なんかにそうなるくらいなんだから。




陽向は、再びベッドへ仰向けになった。

スプリングが小さく軋む。


天井を見上げる。

暗い部屋。

静かな夜。


その静けさの中で、胸の奥が、きゅう……っと痛くなった。


「俊ちゃん…………」


空気へ、小さな声が溶ける。


胸板も。

体温も。

頭を撫でる大きな手も。


朔也の腕が。

俊輔のものへ上書きされる。


柔軟剤の匂いが。

俊輔の穏やかな香りへ溶けていく。



寂しい。



その気持ちだけが、静かな夜の中で、どうしようもなく浮かび上がってくる。


「……会いたいな……………」


ぽつりと零れたその声は。


まるで、行き場を失くした恋心の残響みたいに、静かな天井へ消えていった。




────────。




そして——


今日は遂に訪れた。

総選挙を勝ち抜いた、新役員達が初めて正式参加する、今年度最初の役員会議の日。


窓の外では、六月の柔らかな午後の陽射しが、校舎のガラスへ淡く反射している。

昼間まで降っていた雨のせいか、湿った風が少しだけ窓の隙間から入り込み、カーテンをゆるやかに揺らしていた。


先輩役員達が自然体で座っているのとは対照的に、新役員達はどこか背筋が硬かった。


雫も、その一人だった。


(うぅぅぅぅ…………緊張するぅ…………)


膝の上へ揃えた手を、そっと握りしめる。

制服のスカート越しに感じるパイプ椅子の冷たさ。

自分の心臓の音ばかりが、やけに大きく聞こえた。


向かい側では、新役員の生徒が、必要以上に何度もノートの位置を整えている。

隣の生徒も、さっきからずっとシャーペンをカチカチ鳴らしていた。


みんな緊張している。

“生徒会役員”。

その肩書きの重さを、今さらみたいに実感している。

そんな中。


新役員達の視線は、ある一点へ何度も吸い寄せられていた。


生徒会室の壁。

歴代文化祭写真や行事ポスターの間へ、何故か当然のように貼られている、一枚の紙。


『星野陽向を信用するな!星野陽向に気をつけろ!』


あまりにも強烈な文言。

しかも、やけに達筆。

明らかに“ネタ”っぽいのに。

なのに、生徒会室の誰も、それを剥がそうとしていない。


むしろ——


歴代の伝統みたいな顔で、堂々と掲げられている。


(……ネタじゃなくて……結構ガチなのかな…)


雫は、チラ……チラ……と視線を向ける。


けれど気になるとは言えない。


だって。

現役役員達は誰も突っ込まないし。

新役員達もみんな、“気になるけど触れていいかわからない”みたいな顔をしていた。


妙な沈黙。


“星野陽向”と言えば——


言わずと知れた、聖陵国際高校の生徒会長だ。


全校集会では壇上の中心に立ち。

校内を歩けば、あちこちから名前を呼ばれ。

誰より騒がしくて。

誰より目立っていて。


まるで、学校という世界そのものの“中心”にいるみたいな人。


そして——……


 


雫の脳裏へ、選挙期間中の朝の光景がふっと蘇った。




────────。




五月の朝。


まだ少しだけ肌寒さの残る空気の中、学校の正門前には、選挙活動を行う立候補者達の声が飛び交っていた。


「おはようございまーす!」


「小野雫に、みなさんの清き一票をよろしくお願いしまーす!」


「あなたの推しにして下さーい!」


「ちょ、ちょっとまどか…!推しってなに…っ!」


隣で元気いっぱいに叫ぶ推薦責任者の友達へ、雫は真っ赤になりながら抗議する。


朝日を受けた校門前は、キラキラ眩しかった。


登校してくる生徒達。

笑い声。

自転車を押す音。

グラウンドから聞こえる運動部の朝練の声。


その中で、雫は必死だった。


配っていたチラシを、ぎゅっと握り直したその瞬間だった。


「…………っ!」


雫の心臓は飛び跳ねる。


(…黒川先輩……だ………)


視界の先。


制服を少し着崩した姿。

無造作な黒髪。

片手をポケットへ突っ込んだまま歩く、どこかだるそうな雰囲気。


初めて出会った、あの日。


柔道部の男子達の輪へ無造作に割って入り「散れ。」

と低い声を落とした時と同じ空気。


胸の奥が、きゅうっと熱くなる。


(……今日も……かっこいいなぁ〜………)


雫は、思わず見つめてしまう。


しかし。

その隣には。


(…え……………)


雫の呼吸が、止まった。


黒川先輩の隣。


明るい笑顔を弾けさせながら、楽しそうに何かを話している。

ころころ変わる表情。

屈託のない笑い声。

距離が、近い。

あまりにも自然に。

まるで、“隣にいる事が当たり前”みたいな空気で並んで歩いている。


肩がぶつかるくらい近い距離感。


黒川先輩も、その女子生徒へ向ける空気だけは、どこか無防備だった。


あれは──


雫の視線が、ゆっくりその女子生徒の顔を捉える。

朝日を浴びた横顔。

見覚えがあった。



星野…生徒会長………?



その瞬間だった。

雫の脳裏へ、あの時聞いた、蒼太と朔也の会話が蘇る。


(んな事言って。大好きなくせによ)


(うるせぇな!今関係ねぇだろ!) 


目の前の光景と、その言葉が、頭の中でゆっくり繋がっていく。


黒川先輩の彼女って、もしかして。


胸の奥が、ひやりと冷える。

さっきまで熱かった場所へ、静かに雨水が流れ込むみたいに。





星野生徒会長だったの…………?





生徒会長。

人気者。

学校中の中心にいる人。

誰とでも笑って話せて。

みんなに囲まれて。

太陽みたいに眩しい人。

そんな人が、黒川先輩の隣にいる。


雫は、そっと視線を落とした。




そんな凄い人が、彼女だなんて。


勝てるわけないよ。




自分なんかじゃ。

黒川先輩の隣に並ぶには、あまりにも相手が凄すぎる。


(さすが……黒川先輩だな…………)


胸が、少しだけ痛い。

でも不思議と、“納得”してしまう気持ちもあった。


だって。

黒川先輩は、あまりにも格好良くて。

優しくて。

頼れて。

真っ直ぐで。


そんな人の隣にいるのが、生徒会長みたいな“特別な人”なのは、どこか自然に思えた。


その時。


「小野さん!頑張ってねー!」


通り過ぎる生徒が笑いかけてくれる。

雫は、ハッと顔を上げた。


「あっ、雫たんだ!」


「雫たーん!絶対投票するからねー!」


「は、はいっ!ありがとうございます……!」


慌てて頭を下げる。

そして。

もう一度だけ、遠くを見る。


アプローチ広場の向こう。

黒川先輩と、星野生徒会長。

二人はもう、生徒達の流れへ紛れるように校舎へ向かって歩いていた。


(…………もしも……)


雫は、小さく胸の奥で思う。


黒川先輩の彼女が生徒会長なら。


もし、自分が生徒会役員になれたなら。


生徒会長の近くにいれば。

黒川先輩と、少しだけ関わる機会が持てるかもしれない。


でも。


(………ちょっと…………生徒会長と気まずいかも…………)


そもそも私、只のファンだし。


仲良くなりたいなんて。

近づきたいなんて。

そんなの、おこがましい。


遠くから見ているだけでいい。


憧れるだけでいい。


それだけで、十分だから。


 

雫は、胸の奥の小さな痛みを隠すみたいに、ぎゅっとチラシを握り直した。




────────。




役員会議開始前の生徒会室。


雫は再び、張り紙に視線を投げた。

じわじわと、気になってくる。


(…………。)


気になる。

ものすごく、気になる。

なのに。

誰も突っ込まない。

先輩役員達は普通にしてるし、新役員達も“見えてるけど見えてないふり”をしている。


その空気が、逆に怖かった。


(……“気をつけろ”って………なにに…?)


星野生徒会長って…

あー見えて、実は怖い人なのかな…

全校生徒の前では、明るく笑ってるように装っていて、実は役員達の前では独裁者…?


じわ……っと、嫌な想像が膨らんでいく。


機嫌を損なわせないように気をつけろ…?

張り紙にしてるくらいだから…


星野生徒会長に気をつけないと……殺される…?


(ひぇっ……)


雫の肩が、小動物のようにぶるっと小さく震えた。


(え、でも……“信用するな”って……なに……?)


雫の脳内で、どんどん意味不明な妄想が加速していく。

自分で考えておきながら、自分で怖くなった。

じわじわ不安が広がっていく。

膝の上で握った手へ、汗が滲んでいた。


(どうしよう……)


せっかく総選挙に当選したのに。

ずっと憧れていた生徒会役員になれたのに。



初日で……もう帰りたい。



その瞬間。



ガラッ——



生徒会室の扉が開いた。


空気が、ピタリと止まる。

新役員達が、一斉に入口を見る。

雫も、ビクッと肩を揺らしながら顔を上げた。



「ちーっす!」



勢いよく響いた声と同時に現れたのは。


肩からスクールバッグ。

片手にパソコン。

もう片手に、蓋付きカップのドリンクを乗せたトレー。

両手が塞がっているせいで、扉を足で押し開ける——



なんともお行儀の悪い、生徒会長。



「カフェテリア寄ってて遅くなったー!もっちーまだ来てない?」


悪びれる様子もなく、陽向はそのまま部屋へ入ってくる。

その後ろから、同じようにドリンクの乗ったトレーを持った相田桜子が続いた。


「いやー新人ちゃんがさ!今日から来ると思って。初日だから緊張してんだろうなーと思ったから、リラックス出来るようにカフェテリアでみんなにコーヒーとオレンジジュース買ってきたんだけど!」


陽向は入室早々、怒涛のマシンガントークを炸裂させる。

さっきまで部屋の中には、新役員を迎える前の、どこかそわそわした静けさがあった。

そこへ、まるで静かな水面に、勢いよく石を投げ込まれたみたいに。

生徒会室全体が、陽向の声と動きに巻き込まれていく。


「優音ちゃんコーヒー飲めなかったよね?新人ちゃんで他にコーヒー飲めない子いるかな?最初コーラにしようかと思ったんだけど、ワンチャン炭酸苦手な子いたら詰むやん!ってなったからオレンジジュースにしたんだよね。オレンジジュースも飲めないって子は流石にいないよね?」


言葉が止まらない。

思いついたことを、そのまま口に出しているみたいな勢い。


陽向が騒がしく喋り倒している傍らで、相田桜子はもう慣れた様子だった。

“いつもの事。”のような気にしない素ぶりで、何でもないように自分のトレーから役員達へドリンクを配り始める。


その時だった。


「そんでさー!聞いてよ!カフェテリア行ったらめっちゃウケんのがさー!」


陽向はなおも喋り続けながら、夢中でよそ見をしたまま一歩踏み出した。


次の瞬間。


ガッ!!


足先が、机の横に出ていたパイプ椅子の脚に引っかかった。


「……っ!」


陽向の身体が、ぐらりと前へ傾く。

片手にはパソコン。

もう片手には、ドリンクの乗ったトレー。


一瞬だけ、生徒会室の時間が止まった。 


そして——





ガシャーーーーーーー!!!!





机の上に、ぶち撒けた。


派手な音が、部屋中に響き渡る。


蓋付きカップが倒れ、机の上を転がる。

紙資料の端へ、じわりと液体が広がっていく。

オレンジジュースの甘い匂いと、コーヒーの苦い香りが、最悪の形で混ざり合った。


「ギャーーーーー!!!!」


陽向の悲鳴が、生徒会室へ盛大に響き渡る。


「パソコン!パソコンだけ先に避けて!!」


「キャー!資料がー!」


「コピー控え、予備あります!」


「ぞうきんとモップ持ってくる!」


ほんの数分前まで。

“今日から新体制”というその空気に、どこか新役員たちの静かな緊張が漂っていたはずの生徒会室は——


一瞬で騒然とした。


陽向は半泣きでトレーを抱えたまま、その場でオロオロしている。

そんな“元凶”とは対照的に。


役員達は、一切無駄のない動きで、それぞれ即座に行動を開始していた。


指示なんて、誰も出していない。

それでも全員が、“今、自分が何をすべきか”を自然に理解して動いていた。

普通なら、もっと混乱する。

誰かが固まって。

誰かが「どうしよう」と叫んで終わる。

でも、この生徒会は違う。

“星野陽向がやらかす”事を前提として、一年間鍛え上げられてきた組織だった。

まるで何度も何度も、同じ災害を乗り越えてきた精鋭部隊みたいに。


(((………………。)))


固まるしかない、新役員達。

その光景は、ある意味で異様だった。


そして。




「星野ーーーーーーーーっっっ!!!!!!!!」


 


三年生副会長、横溝琉嘉の怒号が炸裂した。



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