48.昇り火
ぱちり、と音がした。
誰かの祈り木が、
炎に投げ入れられたのだ。
火の粉が夜へ跳ね、
ざわめきが、ほんの一瞬だけ揺れる。
朔は、月から視線を落とした。
広場の中心では、
大きな焚き火を囲む輪ができている。
人々はそれぞれ、
細い木片を手にしていた。
「そろそろ、入れようか」
ナディアが言う。
その声は、
さっきまでと少しだけ違っていた。
二人は、人の輪へと近づく。
焚き火は思っていたより大きい。
円を描くように人が立ち、
それぞれが思い思いの場所から、
祈り木を炎へと投げ入れている。
順番はない。
静かに入れる者もいれば、
声に出して願いを告げる者もいる。
ぱちぱち、と木が爆ぜる。
火の熱が頬を打つ。
ナディアが小さく言う。
「思ってるだけでもいいけど、
ちゃんと声に出した方が、届きやすいって」
炎を見つめたまま、続ける。
「だから、わたしは言うようにしてるの」
朔の喉が、わずかに乾く。
ナディアは、
祈り木を胸の前で両手に挟み、
目を閉じた。
そして、はっきりと。
「街に行って、勉強する」
火へと、そっと投げ入れる。
木片は炎に飲まれ、
一瞬だけ明るく燃え上がった。
ナディアが振り向く。
いつものように笑っている。
けれど、
視線が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「……次、朔だよ」
静かな声だった。
朔は、手の中の祈り木を見る。
胸が、うるさい。
火の音が大きいのか、
自分の鼓動が大きいのか、
分からない。
喉がひりつく。
言わなければ。
今、言わなければ。
朔は、一歩前へ出た。
炎が近い。
熱い。
それでも、目を逸らさない。
「……街へ行く」
自分でも驚くほど、
声は、はっきりしていた。
ナディアが、目を見開く。
「え?」
祈り木は炎に飲まれる。
焚き火の音に紛れて、小さく弾けた。
ナディアが、まばたきをする。
「……え、今、なんて?」
朔は、息を吸う。
ここで黙ったら、
きっと、後悔する。
「ナディア。聞いてくれる?」
炎の輪から、
少しだけ離れる。
人のざわめきが、
背中側に遠ざかっていく。
広場の端に、
丸太を並べた簡素なベンチがあった。
二人は並んで腰を下ろす。
火は、まだ見える。
月も、同じ場所にある。
けれど、
人のざわめきは、少し遠い。
朔は、両手を握る。
指先が冷たい。
「俺も、街へ行こうと思う」
ナディアは、
何も言わない。
ただ、じっと聞いている。
「……俺さ」
うまく、言葉を選べない。
それでも、続ける。
「あんまり、人と関わるの得意じゃなくて」
苦笑する。
「今も、たぶんそんな変わってない」
火の音が、遠くで弾ける。
「でもさ。ナディアを見てると」
一度、隣を見る。
「つらいときでも、ちゃんと前向こうとしてて。
怖くても、ちゃんと頑張ろうとしてて」
胸の奥が、少しだけ熱い。
「それ見てたら、俺も逃げてばっかりじゃ駄目だなって思った」
風が、頬を撫でる。
「アクトやセイ、村の人たちとも関わってさ。
少しずつだけど……悪くないなって思えた」
視線を落とす。
「守れるようになりたいって、思った」
言ってしまった。
火の明かりが、
揺れる。
「だから、俺も街に行く」
沈黙。
ナディアの呼吸が、浅い。
「……うん」
小さな声。
その目が、
うるんでいるのに気づく。
朔の心臓が跳ねる。
「ご、ごめん」
慌てる。
「急に言われても困るよな。
びっくりするよな」
ナディアは、首を振る。
「ちがくて」
声が、少しだけ震える。
「もう……お別れだと思ってたから」
その言葉が、
胸に刺さる。
朔は、息を止めた。
「……あぁ」
まだ、焦っている。
「えっと、その」
鞄に手を入れる。
「あ、そうだ。これ」
小箱を取り出す。
ナディアが目を丸くする。
「え? それ……」
朔は、ゆっくりと蓋を開ける。
黒い石が、
月の光を受けて静かに輝く。
「昇り火の日って、
贈り物、するんだろ」
喉が乾く。
「だから……」
「いつも、ありがとう」
「これからも、よろしく」
ナディアの瞳が揺れる。
火と月が、その奥で溶け合う。
唇がわずかに震え、
言葉が出ない。
代わりに、
涙が一粒、落ちた。
「……ありがとう」
それだけを、やっと言う。
そして、鞄を探る。
「わたしからも、あるの」
差し出されたのは、
細い銀の輪。
朔は息を止める。
「これ……」
「うん。アースリング」
以前より、わずかに光を増している。
丁寧に磨かれているのが分かった。
その中央には、
小さな若葉色の石が嵌め込まれている。
火を受けると、
やわらかく、春の芽のように光った。
その細い銀の輪には、
さりげなく蔦の刻みが走っている。
ナディアは、
少しだけ照れたように言う。
「あのとき、朔に渡したいって思って。
だから、家庭教師も頑張ったの」
朔の胸の奥が、静かに熱を持つ。
「……ありがとう」
今度は、迷わず言えた。
火は変わらず燃えている。
月は、何も言わずに見下ろしている。
祈りは、もう空へ昇っていた。
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