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42.戦いより厄介なやつ

「身体が痛い……超痛い。

スーパー痛い。」


朔は語彙力を失っていた。


『筋肉痛です』


耳元に淡々とした声が落ちる。


「それは知ってる」


『正式名称は遅発性筋痛です』


「……聞いてねえ」


訓練でさえ、キツイと思っていた。


だけど、命の危険は流石に無かった。

限界を超えたと自分でも思う。


帰りたい場所があると、

ああなるらしい。


だから、こんなに痛い。


……そう思うと、この痛みさえ

なんだか笑えた。


(もう一つ大きな問題があるんだよな。)


――正直、戦いより厄介なやつが。


「……よし」


寝台から立ち上がると、居間へ向かった。


陽の光が高いところから差し込む。

居間は、穏やかな静けさに包まれていた。


(書くもの……

どっかにあったよな。)


棚の隅に、綴じられた紙が重ねて置かれている。その横に、筆。


(あぁ、これか。)


いつ見ても、

ノートがあるのに筆、って面白いよな。


所変われば品変わる、というけれど。

――あるいは、もっと作為的なものか。


小さく頭を振って、すぐに打ち消す。


こうやって考えることも、

(……逃げているだけだ。)


本当の問題は、

そんなところにはない。


視線を落とす。


目の前にあるのは、

少し不恰好な、小さな木。


削られた跡が残っていて、

飾り気もない。


それでも、

目を逸らせなかった。


(……)


小さく、息を吐く。


筆を手に取った。


木の表面に先端を置いて、手が止まる。


(……普通に字を書けるのも、よく分かんないんだよな。)


形を思い出すように、

ゆっくりと線を引く。


墨が、

木目に沿って滲んだ。


一文字ずつ、

確かめるように。


書いているうちに、

余計な考えは消えていった。


最後の一画を書き終えて、

筆を離す。


……こんなもんか。


不恰好な木に

不慣れな文字が並んでいた。


《逃げない。

 守れるように。

 町へ。》


朔は、しばらくそれを見つめていた。


(……次に会ったら、伝えよう。)


そのとき。


「……朔?」


背後から柔らかい声が落ちてきた。

声に、肩がびくりと跳ねる。


「疲れてたんだね。もうお昼だよ。」


振り返ると、

居間の入口にナディアが立っていた。


反射的に、手の中の木を背中へ回した。


「……どうしたの?」


ナディアは首を少し傾げて、そう言った。


なんてことはない。


(……俺も街に行く)


そう言うだけだ。


「お、お……」


言うと決めていたはずの言葉が、

喉の奥で、形にならない。


「お?」


ナディアは、

柔らかい声で、続きを促す。


「……お見舞い、行かない?

アクトの」


(……何言ってるんだ、俺は)


ナディアは、一瞬きょとんとしてから、

すぐに口元をゆるめた。


「もちろん!

私も、同じこと言おうと思ってたの」


ナディアは、

どこか嬉しそうに息を吐いて、


「私たち、気が合うね」


くすっと笑った。


ナディアの顔を見ると、

胸の奥が、妙にざわつく。


「……なんだ、これ」


『心拍数が……』


耳元で、淡々とした声。


「上昇しています、だろ?」

……知ってる。


ナディアは、そんなやり取りを知らないまま、

「じゃあ、準備しよっか」と言って踵を返した。


背中に隠したままの木が、

やけに重く感じられた。



外に出ると、

日差しが、少し傾き始めていた。


昨日の騒ぎが、

まだ身体の奥に残っている。


隣を歩くナディアは、

いつもと変わらない。


(それなのに……)


肩に触れるたび、

心臓を打つ音が、

やけに響いている気がした。


「朔って、

アクトの家、知ってるの?」


「この道を曲がったら、

すぐ分かるって前に言ってたけど……」


道を曲がった先で、

二人は同時に足を止めた。


それまで続いていた家並みとは、

明らかに違う空気を放つ屋敷があった。


道の先まで続く、

均一に積まれた背の高い石塀。


厚みのある木製で、

金具が黒光りしている門。


白に近い淡い石壁に、

稜線を感じられる深い色の屋根。 


「……」


言葉が出ない。


思わず、

視線だけで確認し合う。


「……この家、かな?」


「……多分。

っていうか、これしかないし」


思わず、

心の中で呟く。


(……アクト。

お前、金持ちだったんだな。)

読んでいただきありがとうございます。


明日の夜も更新予定です。

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