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41.変える場所

オルセンは、倒れた銀狼を一度だけ見下ろした。


「……このままにはできん」


視線を森の奥へ向ける。


「荷車を取ってくる。ここで待ってろ」


オルセンの足音が、森の奥へ消えていく。


残ったのは――

倒れ伏した、銀色の塊と、

風に揺れる木々の音だけだった。


(……よくやったな、俺)


自分を認めるなんて、

前ならきっと、できなかった。


けれど――

今日は、そのまま置いておけた。


昼の光が、木々の間をゆっくりと移ろう。


影が、少しだけ位置を変える。


風が吹き、土埃が、足元で静まった。


どれくらい、そうしていたのかは分からない。


そのとき、

木と木が擦れる、低い音だった。


がた、がた。


一定の間隔で、

ゆっくりと近づいてくる。


朔は、顔を上げた。


森の奥。

木々の間から、荷車の影が見える。


引いているのは――

オルセンだった。


軋む音とともに、荷車が姿を現す。


その横に、もう一人。


白いローブが揺れていた。


リーストだ。


オルセンは、

銀狼の手前で足を止める。


荷車の取っ手から手を離し、

一度だけ、銀狼を見る。


それから、

朔のほうへ視線を投げた。


「……待たせたな」


朔は小さく首を振った。


リーストは、

そのまま一歩前に出る。


倒れ伏す銀色を前に、

言葉もなく、

しばらく視線を落としていた。


それから、

静かに息を吐く。


「……銀狼ですか」


声は低く、

森に溶けるようだった。


厚手の布を取り出しながら、

続ける。


「よく、無事で戻れましたね」


感嘆とも、

安堵ともつかない響き。


布を広げる手を止めず、

銀の毛並みに視線を落としたまま、

言葉を重ねる。


「村の近くで、

いくつか気になる報告が上がっていました」


「だからこそ、

あなたに依頼をした訳ですが……」


言葉が、わずかに揺れた。


「“青”は、覚悟していました」


布が、銀の輪郭を隠していく。


「ですが――

まさか、“銀”だとは」


それ以上、言葉は続かなかった。


オルセンが、布を整えながら言う。


「見せるもんじゃない。

村まで、このまま運ぶ」


リーストは、静かに頷いた。


「ええ。

……不安を広げる必要はありませんから」


荷車の上で、銀色は完全に覆われる。


朔は、その様子を少し離れた場所から見ていた。


――終わった。


そう思って、

ようやく肩の力が抜ける。


布を被せ終えると、

リーストは荷車の脇に立ち、

小さな革袋を取り出した。


口を解くと、

中で硬貨が、かすかに触れ合う音がする。


「こちらは、教会からの報酬です」


そう言って、

オルセンに手渡した。


朔は、そのやり取りを見て、

わずかに眉を動かした。


その視線に気づいたのか、

リーストがこちらを見る。


「……不思議そうですね」


穏やかな声。


朔が顔を上げるより先に、

リーストは続けた。


「教会は、

祈る場所である前に――」


言葉を選ぶように、

一度だけ視線を伏せてから、


「この村で生きる人たちの安全を守る役目も、負っています」


昼の光の中で、

その声は静かだった。


「魔物の兆しがあれば、報告を集め、対応できる者に依頼する」


視線が、布のかかった荷車へ向く。


「今回は、その一つです」


朔は、何も言わずに聞いていた。


リーストは柔らかく微笑む。


「恐れる理由を増やさないためにも」


「見える前に終わらせます」


それだけ言って、言葉を切った。


オルセンは、短く息を吐いた。


「……だから、俺が呼ばれた」


袋の口を指で押さえ、

重さを確かめるように一度だけ振る。


「サク」


金貨を一枚取り出し、朔の前へ差し出した。


朔は、一瞬だけ迷ってから、首を振りかけた。


「……あの時、

お前が時間を繋いでくれんかったら、あの一撃は届かん」


低い声。


「正当な分だ。受け取れ」


朔は、しばらくその金貨を見ていたが、

やがて、静かに手を伸ばした。


指先に、冷たい重みが乗る。


「……それでいい。

今日は疲れただろう。先に戻って休め」


そう言ってから、

リーストのほうを見る。


「俺は、こいつと話がある」


朔は、それ以上何も言わず、

荷車から視線を外した。


背を向け、森の出口へ歩き出す。


枝を踏む音だけが続く。


呼吸が、少しずつ整っていく。


(……もうすぐだ)


足が自然と速くなる。


やがて、

木々が途切れ――

光が、前に見えた。


森を抜けたところで、

視線が上がる。


同じ瞬間、

向こうでも――

人影が、立ち止まった。


距離を挟んで、目が合う。


春先の木々のような色が、

光の中で揺れていた。


胸の奥がほどけていく。


(……帰ってきた)

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


次回は明日の夜に更新予定です。

よければまた、続きを読みに来ていただけると嬉しいです。

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