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36.錯誤の朔後

気がつくと、辺りはすっかり暗くなっていた。


昼の名残はもうなく、

足元の土も、昼間より少し冷たく感じる。


(……こんな時間か)


空気を吸い込んでから、

朔はゆっくりと息を吐いた。


思っていた以上に、時間を使っていたらしい。


「……結構、やったな」


感覚を確かめ、

距離を変え、

狙いをずらし、

失敗して、やり直す。


分かったことは、少なくなかった。


まず、連続で使用できるかを調べてみた。


連続使用は可能だった。


だが、

同時には、できないことも分かった。


片手ずつ、順番に。

間を詰めすぎると、反応が鈍る。


足でも、反応はあった。


けれど――


「……形には、ならないか」


頭や背中は、

そもそも反応すらしなかった。


指輪をつけていない手からでも出せたが、

反応速度は、つけている手の方が明らかに速かった。


「……二秒くらい、違う気がする」


『体感ではなく、実測でもそれくらいです』


ルクの存在が大きかった。


距離や時間の計測。

これらの検証は、

一人ではできないことだった。


まず、出せる範囲。


自分を中心にして、

およそ半径十メートルほど。


ただし、離れれば離れるほど、

狙いを定めるのは難しくなる。


「……遠いと、やっぱズレるな」


『視覚情報と感覚入力の乖離が原因です』


「つまり?」


『慣れです』


即答だった。


(まぁ……そうだよな)


そして、回数制限。

十回ほど続けたところで、

反応が、ぱたりと止まったのだ。


そこで、ルクに時間を任せて待った。


何もせず、ただ待つ。


『回復を確認しました』


そう告げられたのは、

十分が経った頃だった。


ふと、視線が上を向いた。


夜空には、

すっかり見慣れた二つの月が浮かんでいる。


一つは、やや大きく、

淡い光をたたえながらゆっくりと巡る月――マデナ。


もう一つは、

それよりも小さく、銀色に近い光を放つ月――アーク。


「……あと少しで満月だな」


マデナは、満ちつつあった。

丸みを帯びた光が、夜を押し広げるように広がっている。


思わず呟いた言葉に、


『正確には、あと三日で満月です』


耳元で、淡々とした声で返ってくる。


朔は小さく笑った。


「きた頃にも、似たような会話したな。

……もうすぐ一か月か」


この世界に来たばかりの夜。

月を見上げて、

時間のズレを指摘されて。


『冗談ではなく、事実です。あと三日で――』


「知ってる」


言葉を重ねる前に、遮る。


「……さて、そろそろ戻ろう」


夜風が、肌を撫でた。


家に戻ると、灯りが一つ、ついていた。


扉を開けた瞬間、

ふわりと、あたたかい空気が流れ込んでくる。


「おかえり」


ナディアの声だった。


部屋の奥から顔を出して、

いつものように、柔らかく笑う。


「ただいま」


靴を脱ぎながら答えると、

ナディアは、そのまま朔の方を見ていた。


じっと、少しだけ長く。


「……どうしたの?」


そう聞く前に、ナディアの方から口を開いた。


「良いこと、あった?」


少し考えてから、答えた。


「どうだろうね?」


「なにそれ」


ナディアは、口元を押さえて、くすっと笑う。


「でも」


一歩、近づいてきて、言う。


「良い顔してる」


朔は、思わず瞬きをした。


ナディアの視線から、

ほんの少しだけ目を逸らす。


「……そうかな」


自分の頬に触れてみても、

特別な感覚はない。


けれど――


(最初から、無理だって

決めつけてただけだったのかもな)


そのとき。


「戻ったか」


居間の方から、声がかかった。


顔を上げると、

オルセンが、部屋の入口に立っていた。


「見てやる。庭へ来い」


朔は、思わず外を見る。


もう、空は暗い。


「……暗いけど、いいの?」


少しだけ、ためらって聞く。


間を置いて、

短く返事が返ってきた。


「……あぁ」


それから、続けて。


「猶予が、なくなってきた」


その言葉に、胸がわずかに揺れた。


(……猶予?)


理由を聞く前に、

足はもう、外へ向かっていた。


朔は一度だけ、

指輪の感触を確かめるように指を握り――


何も言わず、

その背中を追った。


庭に出るなり、オルセンが言った。


「……さて」


低く、落ち着いた声だった。


「何を掴んだのか、見せてみろ」



……どれくらいの時間が経ったのか。


オルセンは、ゆっくりと一歩、距離を取った。


「悪くない」


短く、はっきりとした声だった。


「……中々に、面白い使い方だ」


オルセンは、庭の奥――

村への出入り口の方へ、

一度だけ視線を向ける。


「……ルミナのすぐそばでな」


静かに、言葉を継ぐ。


「魔物の痕跡が見つかっている」


朔の背筋が、わずかに引き締まる。


「ここまで近いのは、通常じゃ考えられん。

村に被害が出るのは時間の問題だ。

……討伐に出る」


オルセンは、朔を見る。


選択を委ねる目のような気がした。


「ついてくるか?」


夜の庭に、

その一言が、静かに落ちた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


次回は月曜日21時更新予定です。

引き続き、見守っていただけると嬉しいです。

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