34.きっかけ
朔は、珍しくオルセンの部屋を訪ねていた。
壁際の棚から、小さな箱がいくつも引き出され、床に並べられている。
古い布に包まれたもの、革袋に入ったままのもの。
見慣れない道具ばかりだった。
オルセンは、しゃがみ込んだまま、その一つ一つを確かめている。
「どうした」
手を止めずに、オルセンが言った。
「……あのさ」
朔は、並べられた箱から視線を外し、オルセンの背中を見る。
「この前、聞いたんだけどさ。
もうすぐ、昇り火って祭りがあるんだろ?」
オルセンは、手にしていた革袋を戻しながら、短く答えた。
「あぁ。あるな」
それから一つ、別の箱を開けつつ続ける。
「ナディアと一緒に、
祈りの木を採ってきてくれたと聞いた。
……助かった」
「うん」
朔は小さく頷く。
「それは……まぁ、良いんだけどさ。
楽しかったし」
「そうか」
オルセンは、ほんの一瞬だけ手を止めた。
「楽しかったのか」
その一言に、朔は少しだけ言葉に詰まる。
「……そうじゃなくて」
慌てて、言い直す。
「聞きたいのは、昇り火って、どんな服でもいいのかなって。
俺のところだとさ、祭りのときに着る服が決まってたりして」
少し間を置いて、付け足す。
「こういうこと、聞けるの……オルセンくらいだし」
オルセンは、鼻で小さく息を吐いた。
「服は、わりと何でもいい。
ここに来たときの服でもいいし、貸してやってるやつでもな」
そう言ってから、棚の奥に手を伸ばす。
「それよりも、大事なのは巡りを繋げることだ」
朔は、首を傾げた。
「……繋げる?」
箱を引き抜いたまま、オルセンは答えた。
「あぁ。感謝とともに願いを月に届け、決意を見守ってもらう。」
箱を開き、中身を確かめながら続ける。
「そうして、次の昇り火まで巡らせる。」
朔は、その言い方に少しだけ目を瞬かせた。
「巡らせる……?」
「そうだ」
一拍、間が空いた。
「お世話になっている人に、贈り物を渡して、巡りを繋げる場合もあるな」
朔は、何となく視線を落とした。
(……贈り物)
その沈黙を気に留めた様子もなく、オルセンは箱の中身を見て――
「……あぁ」
低く、短く呟いた。
しゃがんだまま、手を止める。
「……これだ」
オルセンが取り出したのは、飾り気のない指輪だった。
「……?」
朔が声を出すより早く、オルセンはそれを軽く放った。
「受け取れ」
咄嗟に、朔は両手で受け止める。
「なにこれ」
指輪を見下ろしながら、戸惑いを隠せずに言う。
オルセンは、また棚に視線を戻しながら答えた。
「俺からの……贈り物だ」
朔は思わず、オルセンの顔を見る。
「え――」
「言っておくが」
オルセンは、先回りするように言った。
「俺には、何もいらんぞ」
そして、ようやく立ち上がる。
「それよりも」
オルセンは部屋の扉に顎を向けた。
「庭へ出てこい」
オルセンは、杖を手に取ってから外へ出た。
庭に出ると、影は短く、空はまだ明るかった。
風に揺れた木々の葉が、かすかに音を立てる。
オルセンは少し先まで歩き、立ち止まった。
「生き延びるために、大事なことは何だった?」
不意に投げられた問いに、朔は一瞬だけ考える。
「……どんな状況でも、諦めないこと」
少し間を置いて、続けた。
「動き続けること。考え続けること」
オルセンは、短く頷いた。
「そうだ。それが、生き延びるための力だ」
土を踏みしめながら、ゆっくり言葉を継ぐ。
「出会ったころはな。
お前は、人との関わりを避けているように見えた」
朔は何も言わず、聞いていた。
「それも、選択だ。悪くはない」
一度、視線を外す。
「だから俺は、一人でも生き延びる力だけを教えた。
生き抜くための術をな」
再び、朔を見る。
「……だが、最近は違う」
朔の胸が、わずかにざわつく。
「手を伸ばそうとしている。
他人に、だ」
オルセンは静かに続けた。
「他人に手を伸ばすなら、諦めないだけでは足りん」
「状況を変える――
その、きっかけがいる」
朔は、無意識に手の中の指輪を見た。
「……これ?」
オルセンは、頷いた。
「つけてみろ」
朔は、言われたまま指に通した。
――その瞬間。
音が、引いた。
(……っ)
心臓の音だけが、やけに近くに聞こえる。
「……」
言葉が出ない朔を見て、オルセンが言う。
「感じるか」
朔は、ゆっくり頷いた。
「……うん」
言葉を探しながら、続ける。
「世界と……繋がった、みたいな」
言い終わったあと、自分でも少し可笑しくなる。
「世界と接続、か」
オルセンは、少しだけ眉を動かす。
「面白い例えだな」
風が頬を撫でるように吹いた。
草が揺れ、木の葉が擦れる。
オルセンは、その音を聞くように、視線を外す。
「それが、魔力だ」
(……これが、
……魔力?)
オルセンは続ける。
「その指輪は魔道具だ。
遺跡でたまに見つかる。」
少し間を置いて、言葉を足す。
「……それを付けると、
適性のない属性の魔法でも使える」
(もしかして……?)
「そう、魔力のない人間でもな」
そう言ってから、オルセンは朔を見た。
「……そんな人間は、聞いたこともないがな」
朔は、何も言えなかった。
「使えるのは、せいぜい日常の範囲だ。
そのくせ、回数に制限がある」
「何のためのものかは……正直、よく分からん」
風の音が遠くなり、
木々の擦れる音だけが、やけに遅れて届く。
「だが」
オルセンは、明るさの残る庭を一度だけ見渡した。
「小さなものでも、きっかけにはなる」
そして、はっきりと言った。
「……使いこなしてみろ」
それだけ言うとオルセンは、
杖を片手に木戸へ向かった。
朔は、指輪を見つめたまま、静かに息を吸った。
(……きっかけ、か)
言葉が途切れた庭に、
葉擦れの音だけが残った。
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次回は金曜日21時10分に更新予定です。
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