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26. 想定外の連続

どうしてか分からない。

ただ、笑いがこぼれた。


自分が知っていたつもりだった、

鬼ごっことは、まるで違った。


(……全力、だったな)


走り終えたあとも、

胸の奥が、まだ熱を持っていた。


息が、少し荒い。

脚が、重い。


でも、

それすらも嫌な感じじゃない。


――そんな風に考える自分も。


(……見てるか。)


こんなぼくをどう思う。


「……ふっ」


誰かが、堪えきれずに息を詰まらせる。


「ごめん」

「いや、違う、違うんだけど」


視線が、朔の顔のあたりで、行き場を失った。


「……何?」


朔が聞くと、

今度は、別の方向から小さく笑いが漏れる。


「取れてない」

「そこ」


指で、自分の頬を示される。


朔は、袖で顔を拭った。


――べた。


「……あ」


それを見て、

今度こそ、はっきり笑い声が広がった。


「ほら」

「全然取れてない」


「さっきから、ずっとそのまま」


朔は、もう一度拭って、

今度はちゃんと取れたのを確かめる。


「……言えよ」


今度は、さっきより少し大きな笑いが起きた。


「……ごめんね」


少し離れたところから、

ナディアが小さく言った。


朔は、一瞬だけ目を向けて、首を振る。


「そういう遊びだし」

「……謝られると、なんか逆に来る」


「そうそう!」

「全力で楽しまないと!」


間を置かず、

別の声が割り込む。


「それよりさ!」

「サクに当てたの、すげぇよ!」


「ほんとそれ!」

「避けるの、うますぎな!」


口々に声が飛び、

空気が一気に賑やかになる。


その中で、

一歩遅れて、セイが口を開いた。


「……ぼくなんて」

「投げたの、取られたよ」


一瞬、静かになる。


「え?」

「取られた?」


セイは、少し困ったように続けた。


「そのまま、走っていった。

あの球……囮にしたでしょ」


「あー!」

「だからか!」


「匂いはするのに、いなかった!」

「おかしいと思ったんだよ!」


一斉に納得の声が上がる。


「ずるい!」

「いや、頭いい!」


そんなやり取りの輪に、

勢いよく割り込む声がした。


「今回は負けだ!!」


アクトだった。


胸を張って、

悔しそうでもあり、楽しそうでもある顔で言う。


「……でもな。

次は、絶対負けねぇ!」


指を突きつけて、

にっと笑う。


「またやろうぜ!」


その瞬間。


「えぇ……」


朔は、思わず声を漏らした。


「ちょっと、勘弁してくれ」


そう言いながらも、

口元は、わずかに緩んでいた。


少し離れたところで、

腕を組んで様子を見ていたオルセンが、ゆっくりと歩み寄ってきた。


騒ぎは、自然と静まる。


「……サク。

よくここまで誰にも当てられずに来れたな。」


それだけ言って、

まず朔の肩にかかった袋を見る。


重みと、口の縛り具合だけを確かめてから、短く頷いた。


「だが」


オルセンは、続ける。


「最後まで気を抜くな」

「終わったと思ったときが、一番危ない」


「……はーい」


少し間の抜けた返事が出た。


それを聞いて、

周りの子どもたちが、くすっと笑う。


「……鬼の勝ちだ。

よって、袋は全て鬼のものだ」


その言葉を合図に、

森が、また一斉に騒がしくなった。


オルセンは、その様子を一度だけ見回してから言った。


「薬は、あとでまとめて作る。

……出来たら、サクに運ばせる」


「……俺?」

朔は、肩の袋を掛け直してから言った。


「りょうかい」


「俺は、このまま見回りに出る」


そう言ってから、

視線が、朔に向いた。


「――ここは、任せた」


朔は、一瞬だけ驚いたように目を瞬かせてから、


「……うん。任せて」


と、今度は少しだけ真面目に答えた。


オルセンは頷き、

すぐに踵を返す。


「……あと、片付けも頼む」


オルセンは足を止めずに、背中越しにそう言った。


「余った泥玉は、

リーストに渡しておいたらいい。

……ナディア」


呼ばれて、ナディアが顔を上げる。


「後で、リーストに診てもらえ」


「うん」


「サクと一緒に行け」


オルセンはそれ以上何も言わず、

森の奥へと歩いていった。


その背中を見送りながら、

朔は袋の重みを、もう一度だけ肩で確かめた。



子どもたちを連れて、

朔とナディアは教会へ向かった。


森を抜け、村の中を通る間も、

子どもたちはまださっきの話をしている。


「次は、もっと散って探そうぜ」

「泥玉、追加で作ろう」


そんな声を背中で聞きながら、

朔は袋を肩にかけ直した。


教会の扉は、すでに開いていた。


中に入ると、

外とは少しだけ違う空気が広がる。


ひんやりとして、

音が、奥へと吸い込まれていく。

 

受付の脇を抜け、本堂に入ると、

光の質が、少しだけ変わった。


朔は、自然と視線を上げる。


――ステンドグラスだ。


高い位置に並ぶガラスが、

昼の光を受けて、床に淡い色を落としている。


月を思わせる円。

巡る線。

重なり合う光の層。


意匠はどれも洗練されていて、

ただの飾りには見えなかった。


(……きれいだな)


そう思った、次の瞬間。


胸の奥で、何かが引っかかる。


――ガラス。


各家庭の窓には、

もう当たり前のように透明なガラスが入っている。


紙もある。

絵本もある。

子どもたちが持っているノートは、

決して粗悪なものじゃなかった。


それなのに――


竈門で火を起こし、

井戸から水を汲み、

生活の多くは、手作業のままだ。


(……ちぐはぐだ)


耳元で、ルクの声がした。


『この世界では、

文明レベルと生活レベルが一致していません』


朔は、視線をステンドグラスに戻す。


『技術は存在しています。

ただし、その使われ方は限定的です』


(……限定的)


『現時点のデータでは、

意図的かどうかまでは断定できません』


そのとき。


「おかえりなさい」


穏やかな声が、奥から響いた。


受付の奥から、

足音が近づいてきた。


振り向くと、

淡い色の上着に身を包んだ司祭が立っていた。


朔が口を開くより先に、

リーストは状況を一度だけ見渡した。


子どもたち。

袋。

そして、ナディア。


「まずは……そうですね」


軽く手を叩く。


「ナディア。

こちらへ来てください」


「うん」


ナディアが近づくと、

リーストは穏やかに続けた。


「診察の間、

子どもたちは……」


そこで、朔を見る。


「サクさん。

少しのあいだ、見ていてもらえますか?」


「……俺?」


「ええ。

読み書きと、簡単な算数です。」


子どもたちが、一斉にこちらを見る。


「サクがやるの?」

「え、ほんと?」

「逃げる方が得意じゃなかった?」


「……余計なお世話だ」


そう言いながらも、

朔は頷いた。


「分かりました」


リーストは、満足そうに微笑む。


「では、お願いします」


ナディアは、

少しだけ振り返ってから、

診察室の方へ向かった。



朔は、机の上に木片を並べた。


八つでひとまとまり。

それを、いくつも。


「これ、いくつあると思う?」


子どもたちが顔を寄せる。


「……数える?」

「一こずつ?」


何人かが、指を伸ばしかける。


「うん。出来るけど」


朔は、少しだけ間を置いた。


「それ、最後までやるの大変じゃない?」


「……多い」

「途中で分からなくなりそう」


「だよな」


朔は、八つの木片を軽く指でまとめる。


「じゃあ、これを一つのまとまりって考える」

「この“八こ”が――」


机の上をなぞる。


「十四こ分、ある」


「えー……」


「じゃあ聞く」

「今の話、式にすると?」


少し沈黙。


「……八が、十四こ?」

「八、かける……十四?」


「うん」


朔は頷く。


「8×14」


式が、子どもたちの口から出る。


「じゃあ、計算してみよう」


ノートを開く音。


すぐに書き出す子もいれば、

筆が止まる子もいる。


「……むずい」

「十四って、ややこしい」


「そうなるよな」


朔は、続けた。


「じゃあ、ここまでが十」


木片の束を十列分、少しだけ前にずらす。


「で、残りはいくつ?」


「……四つ」


「うん」


朔は、その声を拾った。


じゃあ、前に集めたこれは――

八のまとまりが、いくつ分?」


少し考えてから、声が出る。


「……十こ分」


「うん。じゃあ、残ってるこっちは?」


「八のまとまりが、四こ分」


「そう」


そこで初めて、朔はノートを開いた。

筆を取る。


 8 が10こ

 8 が4こ


「これ、今どう書ける?」


子どもが口々に言う。


「八×十!」

「八×四!」


「そう」


その横に、ゆっくりと書く。


 8×10  8×4


「ここからは、いつもやってるやつだ」


朔がそう言うと、

すぐに声が返ってくる。


「八十!」

「三十二!」


「じゃあ、これをどうする?」


「足す!」

「合わせる!」


「何で合わせるの?」

朔は、答えを急がせずに続けた。


一瞬の間。

それから、いくつもの声が重なった。


「だって、同じ八の束だもん」

「分けただけだから!」


「そうだね」


朔は、二つの式の間に、足し合わせる印として線を入れた。


 8×10 + 8×4


子どもたちが、ノートを覗き込む。


「じゃあ、答えは?

合わせて……」


子どもたちが、顔を見合わせる。


「「……百十二!」」


声がそろった。


朔は、そこで筆を置いた。


「大きいままだと、分かんなくなるだろ。

分けて考えると、きっと見えてくる」


子どもが頷く。


「先生も言ってた!」

「分けると楽ってやつ」


朔は、木片を元の籠に戻す。


「――驚いた」


入口のほうから声がした。

振り向くと、ナディアが戻ってきていた。


「教えるの、上手だね」


不意にそう言われて、

朔は、少しだけ言葉に詰まる。


「……そうでもない」


視線を逸らして、

木片の籠を片づける。


そのやり取りを、

少し離れたところから見ていたリーストが、

穏やかに口を開いた。


「検査は終わりましたよ」


朔は、少し身を乗り出す。


「どうでしたか?」


「完全に回復しています」

「後遺症も、ありません」


その言葉に、

肩から、ふっと力が抜けた。


「……よかった」


朔が答えると、

リーストは小さく頷いた。


「そういえば、これ」


朔は、オルセンから任せられた袋を、

リーストに渡す。


「……なるほど」


リーストは、

朔が差し出した袋に目を落とす。


それから、朔の顔を見ると、

間を置いてから、穏やかに言う。


「防犯には、なりますね」


「……防犯?」


「ええ。

匂いで、すぐ分かりますから。

逃げられません。」


(……逃げられないように。

そういえば、あの日も似たようなのを見たな)


それ以上は、深く踏み込まなかった。


リーストは袋の口を結び直し、

その中から、一つだけ取り出す。


「では」


軽く差し出す。


「お一つ、どうぞ」


「……俺に?」


朔は、少しだけ戸惑った。


けれど――

断る理由も、思いつかなかった。


「……じゃあ」


受け取ったそれを、

そのまま、小さな鞄に、

放り込んだ。


そんなやりとりをしている間に、

子どもたちは、

いつの間にかノートを閉じ、

また次の遊びの相談を始めている。


その様子を眺めながら、

朔は、ふと自分の手を見る。


……薬作りに始まって

全力の鬼ごっこをして、

そして、子どもたちに算数を教える。


(……今日は、想定外の連続だな)


教会の中に、

午後の光が静かに満ちていく。


その光の中で、

朔は、ほんの少しだけ前を向いていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

少し予定を前倒しして更新しました。

本日21時10分にもう一話投稿します。

続きもぜひ読んでいただけると嬉しいです。


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