24. 足音の側
パキッ
乾いた音が、森に広がる。
朔は気にすることなく、足を急がせた。
(最初が肝心だ)
踏み込むたび、落ち葉が沈む。
湿った土が、足裏に返る。
(……まだだよな)
鬼たちが動き出すには、
もう少し時間がある。
だからこそ、
今のうちに、場所を選ぶ。
木と木の間。
根が露出した斜面。
倒木の影。
走れるか。
隠れられるか。
音を殺せるか。
ひとつずつ、頭の中で確かめていく。
同時に、
足元にも目を落とす。
淡い紫が、影の中に紛れていた。
近づかなければ、
草だと思って通り過ぎてしまいそうな色だ。
『記録照合中』
(……っ、びっくりした)
「一致率、六八パーセント。
秋口に採取されていた止血系統」
(……助かるけど。
タイミング、考えてくれ)
朔は歩みを止め、
ゆっくりと腰を落とす。
指先で、茎を探る。
引き抜く前に、周囲を見る。
根元を押さえ、
土ごと、そっと引く。
草は、あっさり抜けた。
思ったよりも、静かに。
袋に入れる前に、
一瞬、耳を澄ます。
まだ、来ない。
(……一つ)
袋の中に、重さが加わる。
――いける。
朔は、低い草の生えた場所で足を止めた。
身をかがめると、
草の匂いが、すぐ近くに来る。
(二つ目。良いペースだ)
視線の高さを落とす。
草越しに見えるのは、幹と影だけだ。
そのまま、身を潜める。
――がさ。
遠くで、枝が踏まれる音。
朔は、呼吸を浅くした。
『警告です。
こちらへ向かう足音が、複数あります』
(……来たか)
「こっち行ってみる?」
「いや、まだ早いって!」
足音が重なる。
想定より、詰めてきている。
足音は、止まる。
また、動く。
間隔が、揃っていない。
子どもたちだ。
静かに歩く訓練なんて、していない。
だからこそ。
(……読めないな)
草の隙間から、
影がひとつ、ふたつと通り過ぎる。
『視認距離、約一・五メートルです。
次に踏み込まれれば――見えます』
すぐそこだ。
朔は、身じろぎひとつせず、
ただ、影が遠ざかるのを待った。
……行った。
足を踏み出そうと力を入れる。
――がさ。
足音が、止まる。
「……っ」
声が、低く漏れる。
「なあ、今の音」
「気のせいじゃね?」
別の影が、少しだけ動く。
「風だって。ほら、枝」
「……だよな」
誰かが、小さく笑った。
やがて、
気配が遠のく。
だが、すぐには動けなかった。
呼吸を整え、
耳を澄ませる。
――いない。
身を低くしながら、
歩き出す。
『……対象、検出しました。
形状が一致しています』
淡々とした声が耳元で聞こえ、
朔は、視線を落とす。
草の影に、
妙に低く伏せた葉があった。
(あれか)
『踏圧に弱いので、注意が必要』
……なるほど。
(踏み込めば痕が残る。)
――それなら
(止まらずに、取ればいい)
朔は、進路をわずかにずらした。
足音が、近い。
笑い声が混じる。
すぐ後ろだ。
「……っ」
朔は、歩幅を落とさない。
視線だけを、地面に滑らせる。
(踏み込むな。体重を乗せるな)
次の一歩だ。
足裏が、土を掠める。
指先だけが、伸びる。
(――今)
茎に触れた瞬間、
背後で声が弾けた。
「いた?」
「いや、違うか!」
心臓が、一拍だけ跳ねる。
構わず、引く。
止まらない。
腰も落とさない。
指先に、軽い抵抗。
だが、あっけなく抜けた。
『採取確認』
(よし)
袋に放り込む余裕はない。
握ったまま、走る。
背後で、
葉が踏み荒らされる音。
走る。
落ち葉を蹴らないよう、
足裏で、地面を選ぶ。
数歩先の木に、
手をかける。
(――上だ)
幹を抱き、
枝へ。
一気に、体を引き上げる。
葉が、揺れる。
だが、音は高い。
下の気配とは、混じらない。
枝の上から、
森を見下ろす。
子どもたちが、散っている。
笑い声。
足音。
(……思ったより、固まってるな)
「ルク。見える範囲で何人いる?」
『視認可能範囲、六名。
二時方向に四名、まとまって移動中。
残り二名は、散開しています』
鬼は、朔を探している。
だからこそ――
『現在位置から、人の密度が最も低いのは、
九時方向です』
(助かる)
朔は、枝を伝い、
静かに移動した。
降りようと、
足を枝に掛けた。
「おーい!
そっち行った?」
真下から、声がした。
(――え?)
『その個体は、“見える範囲”には、
含まれていません』
(そりゃそうだよな……!)
「と……灯台下暗し……」
⸻
ゴールの方向も近い。
袋の重みが、肩に伝わる。
数は足りている。
(あと、少しだけ)
茂みの陰から辺りを見渡す。
そのまま視線を滑らせる。
草の切れ目に、
ふと、顔が見えた。
「――っ」
反射的に、動きを止める。
(こっちから見えるってことは)
(……あっちからも、見える)
朔は、身を引いた。
息を殺す。
子どもは、気づかず、
別の方向へ走っていった。
(……危ね)
ゴールに近づくにつれて、
人の密度もあきらかに増えている。
声が重なり、
足音が交差する。
(……そろそろ、潮時か)
だが――
目の前に、
見覚えのある形があった。
薬草だ。
(……一つだけ)
朔は、手を伸ばした。
その瞬間。
――がさっ。
草をかき分ける音。
『接近――』
その先が、言葉にならなかった。
赤い髪が、飛び出した。
「見つけた!!」
アクトが、
満面の笑みで立っていた。
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