23. 狙われる側
「先に遊ぶんじゃありません」
澄んだ声が本堂に広がった。
ざわついていた空気が、
一瞬で、すっと引く。
走り出しかけていた子どもたちが、
ぴたりと足を止めた。
「順番があります。
まずは、話を聞く時間です」
教会の奥から、
落ち着いた足音が近づいてくる。
「何をするのも、
授業が終わってからですよ」
白い衣をまとった司祭が姿を現す。
胸元には、小さな月の紋章が下がっていた。
光を受けて、
淡い灰色の髪が、わずかに銀色に見えた。
「――と言いたいところですが」
口元だけが、わずかに緩んだ。
「今日は、
オルセンさんに授業をしてもらいましょうね」
司祭の言葉が終わるより早く、
子どもたちの間から声が上がった。
「リースト先生!」
「今日はなにするの?」
「遊ぶって言った!」
声の中に、聞き覚えのある声が混じった。
「ほんと? なあ、セイ!」
「……アクト、落ち着いて」
口々に飛ぶ声に、
司祭は困ったように、けれど楽しそうに目を細めた。
笑みに合わせて、
目尻の皺が、柔らかく刻まれる。
「はいはい。
ちゃんと聞いてますよ」
そう言って、軽く手を上げる。
「まずは、ご挨拶ですね」
視線が、朔に向いた。
「初めまして。
リースト・ファスパーといいます」
一歩だけ前に出て、穏やかに頭を下げる。
「この村のテアラン教会を
預かっている司祭です」
「……あとね」
ナディアが、少しだけ照れたように言う。
「教えてもくれるよ」
「私も、ここで勉強してたし」
「そうそう!」
「先生なんだぜ!」
「字とか計算とか!」
子どもたちが口々に言う。
「……それと」
今度は、別の子が声を上げた。
「お医者さんでもあるんだよ」
「怪我したら、先生のとこ!」
「熱出たときもな!」
子どもたちが、得意げにうなずく。
朔は一瞬、言葉を探してから、
同じように頭を下げた。
「……朔です」
少しだけ間を置いて、続ける。
「しばらく、
ここでお世話になってます」
それだけ言うと、
リーストはにこりと笑った。
「ええ。
こちらこそ、よろしく」
そう言ってから、オルセンの方を見る。
「では――
今日の授業、お願いしますね」
⸻
森は、昼前の光に満ちていた。
高い枝の間から差し込む日差しが、
地面の落ち葉をまだらに照らしている。
少し奥へ入っただけで、
教会の気配はすっかり消えていた。
子どもたちは、木の根や岩のそばに集まっていた。
そんな中で、
白いローブの司祭は、少し離れた場所に立っていた。
リースト・ファスパーは、
森全体に視線を巡らせた。
「――よく聞きなさい」
澄んだ声が、森に通った。
ざわついていた空気が、
自然と、静まっていく。
「今から行うことは、授業です」
子どもたちの視線が、司祭に集まる。
「まずは話を聞くこと。
これが最初の約束です。良いですか?」
「「はーい!」」
子どもたちの元気な返事が森にこだました。
そう言ってから、
司祭はオルセンの方を見る。
「お願いします」
オルセンが、前に出た。
子どもたちに視線を走らせてから、
淡々と言った。
「今日は、森で薬草を集める。
自分たちが使う分だ」
「ただ拾うだけじゃ、遊びにならん」
子どもたちは顔を見合わせて、
それから、ぽつぽつと頷いた。
「だから鬼ごっこにする」
一拍遅れて――
「やった!」
「鬼ごっこ!」
声が弾けた。
一瞬、朔の方に目を向けると、
そのまま続ける。
「サク以外、全員が鬼だ」
(待て……全員、鬼?)
視線が、自然とオルセンに向く。
逃げ場はない。
手加減も、ない。
(……本気の鬼ごっこ)
不思議と、
嫌な感じがなかった。
泥玉を手で転がしながら、
オルセンは続ける。
「鬼は、泥玉を当てていい。
当たったら、サクの薬草は――
全部、鬼のものだ」
視線が、朔に向く。
「全員、薬草を集めながら進む。
鬼は、全員で大きい袋をいっぱいにする。
サクは、こっちを一人で一袋だ」
大きさの違う袋を手に取りながら言う。
「これは、肩から下げられる。
口を縛るだけだ。使い方は分かるな?」
オルセンは、子どもたちを見回した。
「わかる!」
「そんなの簡単だぜ」
子どもたちは次々と答える。
「……先に、この袋をいっぱいにして戻った方の勝ちだ」
オルセンは続ける。
「泥玉には、
臭い液が入っている」
今度は、はっきりと笑い声が上がった。
「当てられると、
その瞬間に居場所が分かる」
オルセンは、それ以上は言わなかった。
リーストは、
その説明を、黙って聞いていた。
一度だけ、小さく頷く。
「……よろしいでしょう」
それだけ言って、
司祭はゆっくりと踵を返す。
「では、私は教会に戻ります」
白いローブが、
木々の間へと遠ざかっていく。
足音が消えたあと、
森には、子どもたちの息遣いだけが残った。
オルセンが、籠の横で言う。
「――泥玉を取りに来い。
一人、一つだ」
その一言で、
子どもたちが一斉に動いた。
泥玉の入った籠の周りに、
子どもたちが集まった。
「なあ、もう一個取っていい?」
「だめだって! 一人一個だろ!」
「大事に使えってことだろ」
籠の前で、子どもたちが言い合う。
そのとき――
「うわっ」
誰かの手から、
泥玉がひとつ、地面に落ちた。
ぱき、と小さな音。
次の瞬間、
「……っ、くっさ!」
思わず叫んだ声に、
周りの子どもたちが一斉に振り向く。
割れた泥玉の中から、
鼻を突く匂いが、ふわりと広がった。
「なにこれ!」
「割れたら匂うんだって」
笑い声が、あちこちで弾ける。
朔は、その様子を少し離れたところから見ていた。
鞄の紐を指で直し、揺れない位置に寄せる。
(ふーん……)
匂いは、割れたときだけ。
触っているだけなら、大丈夫なのか。
ひとたび割れたら、
周りが一斉に振り向くほどの
匂いが充満する。
(当てられるだけが問題じゃない)
地面に落ちて割れれば、
それだけで場所が知られる。
匂いは、嘘をつかない。
それなら――
「なあ!」
赤い髪が、木漏れ日の中で跳ねる。
「おもしろそうじゃん!」
にやっと、悪戯っぽく笑う。
「朔、勝負だ!」
泥玉を一つ、軽く放ってみせる。
「めちゃくちゃ当てるからな。
覚悟しとけよ!」
周りの子どもたちが、どっと笑う。
(……俺を探す気満々だな)
その前提が、
いちばんの武器になる。
木々の隙間で、光が揺れた。
足音と笑い声が、ばらけて広がっていく。
朝の訓練がなかった理由。
全員が鬼という条件。
割れた泥玉の匂い。
これは――
遊びの顔をした、訓練だ。
朔は、袋の重さを確かめるように肩を動かした。
(……やるか)
次の瞬間、
足が、森の中へ踏み出していた。
ここまで読んでいただき、
本当にありがとうございます!
今回は続きの都合で、
明日の21時10分に更新予定です。
よろしければ、
続きも読んでいただけると嬉しいです。




