夢の続き
――東雲凪視点――
目の前に広がる花畑、その中心にある大きな木へと視線を向ける。
そこには、俺と同じぐらいの年齢の女の子が木を背もたれに座り、遠くの景色を眺めていた。
「莉愛…」
母さんの話じゃ、今日は白井さんも紗優さんも家にいないらしいから、多分間違いない。
足早に近づいて声をかけてみた。
「ここで、何をしているんだ?」
「?」
莉愛はこちらを振り向く。
最初は少し驚いていたが、すぐに表情は柔らかくなり、俺の質問に答えた。
「自分を探していたんです」
「自分を?どういうこと?」
「説明するのが難しいですね…」
莉愛は考える素振りを見せた後、自信なさげに言った。
「私は自分がよくわからないんです。こんな話をしても信じてくれるかわかりませんが、実は私の中にはもう一人、女の子がいるんですよ」
「え?」
「多重人格というものです」
多重人格…、言っている意味は分かるが、どういうことかわからない。
そんな矛盾を抱えつつ、難しい事を言うんだなと思った。
「へぇ、すごい事になっているんだな」
「……」
「……」
俺を見つめる莉愛の目には、警戒の色が見えた。
「もしかして信じてるんですか?」
「え?嘘なのか?」
「え…、いや、嘘じゃないです。…不気味だと思いませんか?」
「不気味?なんで?」
「いや、だって私の言っていることって、現実的に考えればありえない話なんですよ」
「確かにありえないような話だ。でも、君は現実的に考えてありえないと認識ができている。それに、嘘つきはそんな悲しそうな顔をしない」
そう言われ顔を背ける莉愛だが、すでに俺は彼女の悲しそうな顔をしっかりと記憶しているから、意味はない。
「ポーカーフェイスかもしれませんよ?」
多分、母さんなら…英雄ならこう言うはず。
そう考えたときには、すでに口が自然と動いていた。
「正直なとこ、騙されてもいいと思ったんだ。君の悲しそうな顔が笑顔に変わってくれるなら」
「えっ?……」
莉愛は唖然とした表情で俺の顔を見つめてくる。
そしてしばらくすると、莉愛は笑いながら遠くを眺めた。
「なんかあなた見た目よりずっと大人っぽいですね」
「そういう君だって、すごく年上の人っぽい」
そんな事を言い合って、自然と二人で笑った。
「自己紹介をしないとね」
「あぁ、そうだった。俺だけ知ってるのもあれだし…」
「……そっか。いや、私から自己紹介するね。私は天宮結乃」
「結乃?莉愛じゃなくて?」
聞いていた話と違った。
確か母さんは天宮本家に遊びに来る前に、莉愛ちゃんの名前は間違えないようにね、と言っていたはず…。
これもさっき言った多重人格というやつだろうか…。
「うん…、私は結乃だよ」
「そっか。俺は東雲凪」
「凪君ね。よし、じゃあ遊ぼう」
半ば強引に結乃に手を引っ張られ、立ち上がる。
「遊ぶって?」
「良い遊び場があるんだ」
そう言って結乃について行った先には、ゲームセンターがあった。
「子供だけで大丈夫なのか?」
「ここは大丈夫なんだ。店長さんと仲いいし、変な人はいないよ」
なら大丈夫なのか?
疑問に思いつつも、結乃と共にゲームセンターの中へ入った。
「んー、なんかいいのないかな」
そう言ってクレーンゲームが並ぶコーナーを歩き回る。
そして、キャラメルベージュ色の毛並みをした、小さいクマの人形の前で立ち止まる。
「あ、これ新しいやつだ」
そう言って結乃は即座に100円を投入し、クレーンゲームを始めた。
景品を見た感じ、500円程度で取れるだろうな…なんて思ってみていると、いつの間にか800円目を消費していた。
「……結乃?」
「きょ、今日は運が悪いんだよ」
このままじゃ1000円超えそうだな…。
そう思い、ポケットから財布を取りだした。
「俺に100円分、挑戦させてくれないか?」
「え?別にいいけど…大丈夫?」
「あぁ、こういうの意外と得意だったりするんだ」
結果、呆気なくクマの人形は確保できた。
「わぁ…す、すごい……」
これに関しては結乃が下手すぎる、と心の中で呟きつつ彼女へ人形を差し出した。
「はい」
「…いいの?」
「結乃のために取ったんだ」
「……ありがとう」
結乃は嬉しそうにクマの人形を受け取った。
「じゃあ、帰るか…」
「え?もう?」
「もうっていうか、夕方には母さんと帰らないといけないからな」
「…一か所だけ寄り道していい?」
「良いよ」
結乃の言う行きたい場所、それは最初の花畑だった。
中心にある木の傍で、花畑全体を見渡す。
「何か忘れ物でもあったのか?」
「いや、そういうわけじゃないの…」
爽やかな風が吹き、結乃は心地よさそうな表情で全身に風を浴びる。
その姿に思わず見とれてしまった。
「……」
「凪君?」
「ん?あ、あぁ。なんだ?」
「凪君はさ、きっと良い人なんだろうね」
突然、変な事を言いだした。
良い人…か。
自分じゃ思ったこともない。
「そんな風に見えた?」
「そうだね。良い人に見えたよ。だからきっと、変な事に首を突っ込みがちなタイプだよね」
「どうしたんだ?突然…」
そう訊くと彼女はどこか寂しそうな表情で、空を見上げた。
「また、一緒にゲームセンター行きたいね」
「え?あぁ、そうだな」
「今度はさ、ごはんとかも一緒に食べて、服とかアクセサリーとか…。凪君はアニメ見る?」
「まあ、優とたまに見るな」
「だったら、アニメのグッズとかも買いたいね。で、夜になったらこの花畑に来て景色を楽しむの」
おかしい…。
楽しい未来の話をしているんじゃないのか…。
そう思ってしまうほどに、結乃の顔は徐々に悲しみに歪んでいく。
「知ってた?この花畑、夜になったら昼とは全く違う景色になるんだよ」
「なぁ…結乃」
「…凪君、目を瞑ってくれる」
そう言われて、結乃の横顔を見る。
そして、察した。
彼女が空を見上げていた理由を。
「わかった」
だから、黙って目を瞑る。
すると、足音が徐々に近づいてきた。
「っ!」
気づいた時には抱きしめられていた。
温かく…ほんのわずかに震えが伝わってくる。
「消えたくない……」
「え?」
その言葉に思わず目を開いてしまった。
「っ!目空けちゃダメって言ったのに」
大粒の涙を流しながら彼女は俺の顔を見つめて怒る。
「ご、ごめん。その…結乃。消えるって――」
「――ほら…、だからやらなきゃいけないことなんだ…」
「?」
「凪君、また会おうね」
「え?何――」
何かが抜け落ちるような感覚と共に、意識が朦朧とする。
必死に耐えようとするが、呆気なく意識を手放してしまう。
すると、視点が変わり、目の前には意識を失った俺を抱きしめる結乃が映っていた。
これは…追憶の旅以来の感覚だ。
結乃は意識のない状態の俺をそっと木を背もたれに座らせて、手に輝く結晶を握る。
「凪君は知らずにいてよ。私も莉愛の事も…」
そう彼女の懇願するような声と共に、周囲の空間が徐々のボヤけていく。
夢から覚める…。
そう直感すると同時に、世界が暗転した。




