正と善②
「見事…だ」
そう言ったラルドの腹部に視線を向ける。
出血量がかなり多い、そう長くはもたないだろう。
いつの間にか、背後から莉愛が近づいてくる。
あの『天聖』というスキルを使用した影響か、白くなっていた莉愛の髪色は、すっかり元の黒色に戻っていた。
髪色の変化や先程の力に興味はあるが、今はラルドの方が優先だ。
「勝負…ついたんですね」
「あぁ。莉愛、さっきの力で出血を止めたりできるか?」
莉愛はラルドの深く切り裂かれた胴へ視線を向け、静かに首を横に振る。
「…無理です。私の力じゃ、この人は救えない」
静かにラルドを見下ろす。
「ふっ、なぜそんな顔をする…。私は貴様に負けた…。貴様の善が証明されたなら…負けた私は悪なのだろう?」
「そう、だな…。聞きたい事がある。いいよな?」
「もちろんだ。そのための戦いでもあったんだろう?私の事は気にするな、この程度の傷なら、1時間は平気で喋れる」
ラルドの強がりは素直に冗談として受け取れないから困る。
本当に1時間ぐらい持ちそうだし、この状態から復活なんて可能性すら無いとはいえない。
「どのみち時間がない。手早くいくぞ。この世界が終わる、お前はそう言った。その根拠はなんだ?」
「すまないが…その質問は答えるべきじゃない。貴様のためにもな」
「俺のため?本気か?」
「…」
睨むがラルドは口を開こうとはしない。
体の一部分にほんの少しだが、痛みを感じ始める。
くそっ…時間さえあれば…。
「わかった、質問を変える。時間的にもこれが最後だ。昔、お前を追い詰めた女性の話を聞かせてくれ」
俺のその質問にラルドは目を丸くする。
「…貴様はそれを選ぶのか?他に聞くべきこと…いや、無粋だったな。その質問に答えよう……彼女の名は、東雲優凪。『英雄』を背負った人間だ」
その言葉には、不思議な重さがあった。
「名前は知らないなんて言ってたのにな」
「すまない、それは嘘だ。元々、彼女の話を貴様にするつもりはなかったからな。だが、貴様は思っていた以上に…彼女に似ている」
似ている。
彼のその言葉に、心が締め付けられた。
「私に敗北を刻んだ彼女の存在を忘れることは絶対にない…」
ラルドが呼吸を整える間に思考する。
母さんは知っていたのか…『追憶ノ双生』もラルドのことも…。
だったら、尚更理解できない。
なぜ、母さんはこのゲートを…ラルドにトドメを刺さずに放置したのか…。
それに、このゲートはなぜ十数年間消えずに残っているんだ。
疑問は徐々に大きくなっていくが、時間はゆっくりと思考する時間を与えてはくれない。
「私はこの戦いに満足したぞ…東雲凪。あの『英雄』が最後まで見せることのなかったその力を、ようやく見ることができた…。やはり、今日まで待っていてよかった」
ラルドは俺の顔をじっと見てくる。
「貴様はすべてを知ることはできない。正確に言えば、この場で知るべきじゃない」
彼の発言は、まるで俺がこの後も生き続けるみたいな言い方だった。
何を根拠にそう思っているのか理解不能だ。
「少し寄ってくれ」
「なんでだ?」
「いいから寄れ…、もう時間が無いんだろう?」
「……」
死にゆく俺たちのみの会話が何になるのか。
そんなことを思いつつ、ラルドの顔付近で膝をついたと同時――
「っ!!」
彼は俺の胸倉をつかんで引き寄せる。
「聞け…。東雲優凪の死には、確かに獄炎龍は関係している。だが、真実は貴様が予想するよりもずっと深く…重い。英雄の弟子…龍を追え。その先に、お前の知りたい答えのすべてがある」
「あ…は?…ちょっと待て、真実ってなんだ?それも言うべきじゃないことなのか?」
「そうだ…。これは、その力を継いだ貴様だけの物語…ぐ…。だから、自分の目で…真実を見る事に意味がある…。伝えるべきことはそれだけだ…。最後に、天宮莉愛を傍に…」
胸倉を掴まれていた手は、そっと地面に落ちた。
正直なところ無理矢理にでも聞きたい。
だが、ここでそれをしてはいけない。
ラルドは最後まで騎士だった。
なら、仮にも『英雄』を名乗った俺は、恥じない行動をとるべきだ。
「……莉愛、こっちに来てくれ」
「…はい」
俺は少し左側にずれ、莉愛の場所を作る。
「天宮莉愛…。姫様の魂を持つ者よ。もしも、姫に会ったら伝えて欲しい。『私は、騎士である前に姫の…いや、孫娘の成長を見守るただの祖父として生きたかったと』」
その言葉に、莉愛は目を大きく見開く。
そして、言葉の意味を追求することなく「わかりました」と、静かに言った。
「…天宮莉愛、どうやら『龍剣』はこの物語の結末を見届けたいらしい」
ラルドは『龍剣』を手に取り、莉愛へ差し出す。
「でも…これはあなたの……」
「姫や王…いや、家族を守るために取った剣。最早、私にその剣は必要ない。だから、姫…ユーリが守ろうとしたあなたが持つべきだ」
莉愛は差し出された『龍剣』を数秒の間見つめた後、手に取った。
「…大切に使わせてもらいます」
その様子を見たラルドは静かに笑い、瞼を閉じた。
「東雲君…行きましょう」
莉愛はそっと立ち上がり、ラルドに背を向け歩き出す。
先程まで聞こえていた、ラルドの苦しそうな呼吸音もすっかりなくなっている。
俺はその場でラルドに向かって頭を下げた。
彼の世界の騎士道なんて知らないし、礼儀正しい作法なんて身に着けた覚えもない。
でも、この瞬間だけはラルドに対して、敬意を払おうと決意した。
数秒間頭を下げた後、莉愛に追いつくために彼に背を向けた。
最後に見た『異国の英雄』は、どこか満足したような表情で眠っていた。
『追憶ノ双生』の空に徐々にヒビが入っていく。
すぐに走し出し、莉愛に追いつく。
「莉愛、入口はどっちの方角かわかるか?」
足が地面に着くたびに蓄積される痛みを堪えつつ、莉愛に聞く。
「東雲君、そのことですが…私は結乃を迎え…に……」
「どうした、り…あ」
驚愕の表情をしていた莉愛の視線を追う。
視線の先はこの空間の中心部である柱であり、その柱の前に少女が佇んでいた。
その姿は莉愛や紗優と酷似しているが唯一違う部分がある。
それは赤色の瞳だった。
俺は…俺たちはその少女を知っている。
心臓が強く鼓動し、思考がその少女のことで埋め尽くされ、気づけば足が動いていた。
「結乃!早く逃げ――」
「――近づかないで!!」
同時に駆け出していた俺と莉愛に、結乃は叫んだ。
「こっちに来ちゃダメ。この柱には皆の魂が眠っているの…。ラルドが作ったこの空間が壊れれば、私たちの魂はあるべき場所、あるべき時間に戻る。だから、あなたたちは来ないで」
莉愛の顔が歪む。
彼女もきっと色々な葛藤をして、苦しんで、決断した末にこの場に立っている。
結乃に対しての想いは尋常じゃないだろう。
俺だって結乃と莉愛、両方を救う方法があるなら死んでもそちらを選ぶ。
でも、そんな方法はもう存在しない。
「……東雲君?」
前に踏み出そうとしていた莉愛の前を塞ぐように立った。
そして、結乃の顔を見つめる。
「結乃…。俺は、莉愛を選んだ」
彼女は俺の言葉を聞いて、小さく笑う。
「知っているよ。私も莉愛を選んだ。だから、凪君は何も背負わなくていい」
「結乃」
「ん?」
莉愛が結乃の話に割って入る。
「ラルドの最後の言葉です。あなたの騎士である前に、孫娘の成長を見守るただの祖父でありたかった、と」
「それも知ってるよ。ラルドって隠し事下手だから。天国でもしも会ったら、最初からあなたの事をおじいちゃんと思って接していたから、変わりないよって伝えないとね」
結乃の見せる笑顔は、どこかわざとらしさを感じた。
「……これは私からの質問です。貴方は以前、私に似せた口調を癖と言いましたね」
その話題になった途端、結乃の肩がほんの少しだけ震えた。
「…いいよ、莉愛。それ以上は言わなくても分かる。莉愛にはここに来るまでに、たくさん嘘をついてしまった。言いたいこと、聞きたいこといっぱいあるよね…」
結乃の頬に涙が流れる。
「前にも言ったけど、あなたの半分は私。だから、あなたはもう答えを知っているはず」
「っ!?いいんですか…それで。あなたは…満足ですか?」
涙をぬぐった彼女は、笑顔を向けてくる。
今度はわざとらしさを感じない、本心からの笑顔だ。
直後、周囲の景色が歪む。
現実に戻される、そう直感した。
それは莉愛も同じだったのだろう。
咄嗟に俺の体を避けて、結乃の元へ走ろうとしていた。
「待っ――」
「――大丈夫…きっと、また話せるから」
気づけば俺たちはゲートから出されていた。
あまりにも呆気がない。
現実というより、夢…悪夢を見ているようなやるせなさが残る。
「…結乃、これが最後なのか…」
「っ!?莉愛!!東雲君!!」
呆然と縮小していくゲートを見ていた俺たちを呼ぶ声がした。
振り返ると、所々泥で汚れている紗優がいた。
「紗優か」
「お嬢様っ!下がってください!花田さんの拘束が破られました。私の攻撃も…効果、が…。結乃様」
どこからか飛ばされ、俺たちの傍に着地したのは白井だった。
彼女は紗優に報告がてら、視線を俺から莉愛に向け、目を見開いたまま固まる。
「白井さん、私は結乃じゃありません。莉愛です」
莉愛のその声には、以前にはなかった力強さ…自信のようなものを感じた。
「えっ、あ…」
白井はすぐに紗優へ視線を送る。
「大丈夫ですよ」
「わかりました…。莉愛様も紗優様を連れて本家へ向かってください」
彼女の様子から、焦っているのが十分に伝わってくる。
現実の方でも何かが起きて…。
その時、以前紗優が言っていたゲート同士の衝突の話を思い出した。
「…まさか」
「そうです。以前話したゲートの衝突が起きました。東雲君がゲートに入ったすぐあとです」
〈ガァァ!!〉
ここから少し離れた場所から、モンスターの鳴き声が聞こえてきた。
「白井、私がもう一度スキルを使います」
「っ!?それはいけません。次は魔力の過剰使用になります」
「そうですね。でも、私の力が無ければ、花田さんやあなたが沼の捕食者と正面から戦うことはできないでしょう?」
直後、木々を大量の泥が呑み込む。
「何だ…」
〈ガァァァァァ!!〉
「くそっ!」
周囲の木を足場に、巨大な鰐に攻撃を仕掛けている男の姿が視界に入る。
「あれは、花田さんか」
以前、莉愛とこの地に来た時に会った花屋の店長だ。
よく見ると片腕が無くなっている。
「すぐに加勢っ!!」
まっすぐ走ったはずなのに、気づけば地面に倒れていた。
「あ…がぁ……」
全身にまともに力が入らず、心臓に鋭い痛みが走る。
「しっ!東雲君!!しっかりしてください、まだ私たちは結乃とちゃんとしたお別れができてない!」
やっぱり見違えるほど、莉愛は精神的に強くなった。
いや、強くなったじゃなくて強さの性質が変わった。
今までみたいに、無感情という全てを受け入れない強さじゃない。
受け入れつつも前に進もうとする強さへと。
「わかっ…てる。はぁ…はぁ…莉愛、まずはあのモンスターを…」
明滅する視界の中、息切れしつつも言葉を吐き出し、俺は手を伸ばす。
もう一度…力は入らずとも風の斬撃は放てるはず…。
どのみち死ぬなら、後悔しない選択をする。
(二人ともごめん…。どうやらお別れの場に、俺は立ち会えそうにない)
力が徐々に手に集まり、風の斬撃を形成しようとした瞬間――
「――君は休みな」
突如、視界の大半が女性の背中で埋まる。
視線を上げ横顔を確認するが、見覚えのない人だった。
藍色のショートヘアが特徴的で、右手には狙撃銃のようなものを持っている。
「あんたら3人、その場を動かないでね。動いたら、最悪死んじゃうかもよ。ふぅ……花田!自力で避けてね!」
大きく息を吸った後、女性は大声でそう叫んだ。
「はぁ!?って、お前まさか――」
遠くで花田さんの声が聞こえたと同時に、女性は狙撃銃を巨大な鰐に向ける。
「さて、十分に溜めてきたんだから。派手に消し飛んじゃいな!『100%』」
女性が引き金を引いた瞬間、光に包まれた弾丸が物凄い速度で巨大な鰐に向かって飛び、頭を消し飛ばした。
遅れて衝撃波と発砲音が周囲に響き渡る。
「なっ…」
薄く弾道が残るなか、周囲の木々も地面も抉れ、その先には頭部のない鰐の死体と血だまりができていた
『祝福』のおかげで常人よりも動体視力の良い俺でも、目で追うのが精一杯だった。
この人は何者…
そこまで考えた時点で、俺の意識は闇へと沈んでいく。
どうやら限界みたいだ。
「し…め君!」
ぼんやりと莉愛の叫び声が聞こえる中、意識を完全に手放した。




