正と善
俺とラルドは同時に地を蹴った。
一瞬で加速し、瞬きする間にラルドの間合いに入った。
「『閃斬神威』」
(東雲一刀流『行雲流水』)
閃斬神威はもう何度も見てきたし、痛い目も見てきた。
だから――
「っ!」
初撃で俺もラルドも確信した。
((互角か))
あまりの勢いに、ぶつかった刀身から火花が散った。
それでも、止まらない。
「フッ!」
「はっ!」
何度も龍剣と刀がぶつかり合う。
そのたびに周囲に風圧が発生し、火花が散った。
すべてが全力、すべてが命に届く攻撃だ。
互角の剣戟の中、ラルドの呼吸が変わったような気がした。
咄嗟に風を刀身に纏う。
「『迅閃・双月』」
二連撃の技に切り替えてきた。
でも、すでに読んだ手だ。
(彩霞流『霧散万霞』)
ラルドの刀を完全にいなした。
しかし、それすらも想定内だったのか、次の技を放とうとしている。
咄嗟に高く飛んだ。
「『迅閃・孤月』」
全方位対応の巨大な斬撃が発生する。
「莉愛っ!」
「一騎打ちなんだろう?外野に手は出したりしない」
莉愛の方へ視線を一瞬だけ向ける。
どうやらあの斬撃は莉愛に当たらないように調整されていたらしい。
まったく、本当に騎士道の塊だな。
地面に着地し、ラルドへ視線を向ける。
違和感を感じた。
普通、今ぐらいの隙があって見逃すものか?と。
「どうした?あの大技を使う気はないのか?」
「油断したお前を倒しても意味はない」
「そうかよ」
攻撃を仕掛けようとした瞬間だった。
「っ!?」
まるで瞬間移動したと錯覚するほど、素早い動きで俺との距離を詰めたラルドは技を放つ
「『迅閃・欠月』」
斜めに振り上げるだけの攻撃だった。
単純な動作だが、その速度はラルドの今まで放った技で最速だ。
その証拠に回避が間に合わず、肩を斬られた。
「反応したか…」
「そりゃなっ!」
ラルドの先程の瞬間移動をしたような動きは、剣術の基礎の上級『縮地』と酷似していた。
ならば、俺でもできる。
「む…」
「お返しだ」
『縮地』でラルドとの距離を詰め、極力自然に刀を振るう。
(東雲一刀流『山紫水明』)
わずかに彼の回避反応が遅れ、頬に切り傷を入れた。
やはりラルドは殺意…というより意識に異常なほど敏感だ。
(まだまだ!)
頭、腕、足、胴と順番に狙いを定めて刀を振るう。
予想通り、全て的確に防御された。
これまでの圧倒的な経験からもたらされたものか、或いは魂を見るという力の副産物といったところか。
というより…
「お得意の魔力の斬撃はどうした?」
「……」
ラルドの視線が鋭くなった。
どうやら俺のもう一つの予測は当たったらしい。
「あの『画竜点睛』って技、相当消耗するらしいな」
「……正解だ。ただ、お前にあの技を再び放つ必要があるのか?」
再びラルドは同じ動作で距離を詰めてきた。
「『迅閃・欠月』」
「必要があるみたいだぞ?」
ラルドの龍剣をタイミングよく弾く。
もうラルドの放つ技のほぼ全ては見切れる。
だから――
「俺を殺すなら、あの大技打つしかないってことだな」
一度、俺たちは後退し距離を取る。
「その力の代償は、貴様が思っているよりもずっと重い。今は天宮莉愛によって苦痛が軽減していたとしても、この戦いが終われば、ほぼ確実にお前は死ぬ。なぜここまで粘る?自分の才を信じたいのか?もしそうなら言っておこう、お前に才は無いと」
「は?突然何を言い出すのかと思えば…知ってるよ。知っているから、俺はここにいる」
ラルドは自身の手に持つ龍剣へ視線を落としながら語る。
「貴様の剣から読み取れるのは異常…狂気ともいえる努力。…その根底にあるのは、英雄への憧れでも…誰かを守ろうとする心でもない。心の奥底に沈めている激しい憎悪だ」
刀を握る力が強くなった。
多分、この世界でここまで俺の核心を突く存在はいないだろう。
ラルドは俺を見抜いているんだ。
「憎悪に振り回される者は凡人だ。ただ、貴様は凡人にはなりえない。なぜなら、その憎悪を過度に制御している。それは、ある意味では『天才』にもなり、『愚者』にもなる」
「この戦いにそれは関係ない。まだ話し足りないのか?」
俺の発言にラルドは口角を上げた。
「そうだな。ただ、一つ聞きたかった」
「何を?」
「お前は私を倒したとして、その先に何を見る?何を望む?隠した自分の感情に正直に生きるのか?それとも、かの『英雄』の後を追うか?」
どんな重い質問をするのか考えた自分が馬鹿らしい。
「少し前にも言ったよな?莉愛を消させないためって。それに追加しといてくれ。この先、莉愛が笑顔でいられるようにってな。これが、俺の戦う理由だ」
刀を構える。
おそらくこれがラストスパートだ。
「龍剣よ…我が力、全て食らうがいい」
龍剣の放つオーラのようなものが、ラルドの全身を包んだ。
「行くぞ…」
「……」
お互いが睨み合うこと数秒後、同時に動きだす。
「1つ…『閃斬神威』」
やはり、『画竜点睛』は全ての技の終着点となっている。
だから、あの大技はこの閃斬神威から迅閃を経ない限り、放たれることはない。
だったら好都合だ。
刀を強く握り、ラルドと同じ構えをする。
そして、放った技は『閃斬神威』。
「っ!?」
「気づいたか?真似事はお前だけの特権じゃない」
この体が覚えている数百もの型が繋がっていく。
そして、導き出された最適解は、技の練度を…完成度を時間を無視して引き上げる。
だからこそ、互角の剣戟となる。
「2つ……」
ラルドのもつ龍剣が光ると同時に距離を取る。
「……ぶっ壊れてるな」
龍剣の放つオーラは人型に変化した。
分身を現実で見ることになるとは思わなかった。
二人のラルドはこちらに向かって走ってくる。
これはマズい!
「『迅閃・欠月』」
ラルド本人の攻撃をギリギリで回避する。
直後――
「『迅閃・孤月』」
分身体のラルドは追撃のように技を放った。
死に物狂いで跳躍する。
(狂ってる!)
威力も本物と遜色がない。
これを二人で交互に放つなんて、そんなのクソゲーすぎる。
そこまで言って気づく、交互ならば本物のラルドは何をしている。
「っ!!」
「『迅閃・双月』」
足元に風の盾を出現させ、足場にする。
そして、『迅閃・双月』を模倣する。
「っ!これもか」
「真似事はお前が始めたんだからな!」
通常なら互角だが、今は足場が悪すぎる。
双月の初撃は相殺できたが、次は無理だ。
咄嗟に風の盾をもう一枚、足場にし体を捩じる。
(彩霞流『刻旋花』)
最後の攻撃をギリギリで相殺する。
「よくぞここまで耐えた。誇って死ぬがいい、小さき英雄よ!」
ラルドの分身体が霧散し、龍剣に吸収された。
そして、双生ノ追憶内部の空を貫くように神々しいまでの光を纏う巨大な刀身が現れた。
正真正銘、最後の一撃か。
「あぁ、誇るよ。ただ、ここじゃ死ねないな!…初代、使わせてくれるよな?」
『死ぬぞ?本当に』
体感時間がスローになり、声は以前よりもハッキリと聞こえる。
「あぁ、勝てればいい。莉愛が莉愛として…笑顔でいられる未来を掴み取る」
『……良いだろう。1回ぐらいは、予定外を挟まないとな』
一部引っかかりを覚える発言はあったが、体感時間がもとに戻ったため、思考を切り替える。
「最後にして最高…、我が人生の全てをかけた一撃。…正と善での一騎打ち、貴様はそう言ったな?では、見せてみろ。お前の正義が…善意が正しいという証明を!英雄の弟子、東雲凪!『画竜点睛』」
ゆっくりと光の刀身が振り下ろされる。
対抗するようにありったけの力と、風を刀身に集める。
俺にとっても人生最後で最高の一撃になりそうだ。
目前に迫った圧倒的力の塊に向かって――
「東雲一刀流…『雲外蒼天』!!」
一撃必殺の刀を振ると同時に、圧倒的な風圧を誇る斬撃を放つ。
規模も威力もイビルジラーフの時の数十倍はある。
二つの技が衝突し、空間が揺らぐほどの衝撃波が発生した。
衝撃波は地を揺らし、木々を呑み込みなぎ倒していく。
1秒が1分にも思える時間が過ぎ、静寂が訪れた。
「……」
ゆっくりと前へ進む。
その先には、胴を深々と切り裂かれ、血だまりを作っているラルドがいる。
「俺の勝ちだ。『異国の英雄』」
浅い呼吸を繰り返すラルドに、静かに言葉を放つ。
雲一つなくなった晴天の空は、俺の勝利を祝福してくれているようだった。
※縮地
剣術の基礎で最も難易度の高い技とされる。
予備動作を極限にまで削り、細かい緩急をつけることによって瞬間移動のように見せる技術




