燃やす命があるのなら②
一呼吸の間を置き、再び攻防が始まる。
ラルドは素早く距離を詰めてきた。
剣を持つ手から技を予測する。
「ハッ!」
刀を持つ手を狙ってきたが、すでに予測済みだ。
刀を手放し、ラルドの剣を避ける。
「っ!?」
流石のラルドも俺が刀を手放すのは予想外だったらしい。
ジャンプし、空中で体を捻り繰り出す渾身の回し蹴りは、ラルドの頭部に直撃した。
「これしき…」
確実に入ったと思ったのだが、ラルドは左手で防御していた。
だが、それも想定内だ。
「らぁっ!!」
力を振り絞り、左手の防御を突破しようと試みる。
「くっ!」
勢いよくノックバックするラルドを確認し、落ちた刀を手に取り構える。
舞い上がった砂埃が晴れ、ラルドの姿がはっきりと見える。
左手の籠手がなくなり、赤黒くなった肌が露出していた。
「あれ、結構全力だったんだけど…」
「私は騎士だ。そして、帝国最強の称号をもらい受けた国の剣であり、盾でもある騎士だ。負けるなど、許されない…許されなかったんだっ!」
「は?」
一瞬にして身に覚えのない空間にいた。
豪華な装飾が至る所に施され、真っすぐと続く廊下には扉が幾つも並んでいる。
屋敷…か?
なんでこんな場所にいる?
浮かび上がる疑問を払いのけ、周囲の警戒を強める。
その時、微かに音が聞こえた。
なんの音か判別はできない。
でも、本能がここにいてはいけないと警鐘を鳴らしていた。
だから、本能に従って全力で走った。
直後――
「『閃斬神威』」
先程まで立っていた場所が、床から見事に切り刻まれる。
もしもあの場に立っていたら、全身バラバラになって終わりだっただろうな。
破壊によって開いた穴からラルドが現れる。
剣を振り切っているところを見るに、攻撃直後のようだ。
絶好の機会だと判断し、距離を縮めた。
いざ目の前にチャンスが生まれればそれに食いついてしまう。
人間というのは目の前のチャンスと、限定という言葉に弱い。
そう思い知らされた瞬間だった。
「っ!」
ラルドの目は俺を捉えていた。
確実に隙をつかれた側の目じゃないことを理解する。
「クソっ!!」
殺気のようなものは感じないし、本能も危険を察知しない。
でも、俺は自分の目と直感を信じることにした。
これがもしフェイクなら、俺の負けは濃厚になる。
だが、そんな心配はすぐに必要なくなった。
「グッ」
腹部を防御した刀に、ものすごい衝撃が走る。
ラルドは1ミリも動いていない。
だったらこれは何だ?
勢いに負け、吹き飛ばされる。
「見誤ったか?」
「何がだよっ!」
飛ばされる最中、体勢を立て直し、足元に風を集める。
そして、着地すると同時に風を暴発させ、高速でラルドの懐へ足を踏み入れた。
「っ!?」
(東雲一刀流『山紫水明』)
ようやく俺の刀はラルドに届いた。
彼の頬には切り傷があり、血が流れている。
「掠ったか…」
そう言いつつ、ラルドは床をすり抜けて消えた。
「は?何し――」
直後、俺は走り出す。
止まったら死ぬ、そんな気がしたからだ。
長い廊下を全力で走り抜ける。
しかし、どれだけ走っても廊下が続くばかり。
「なんなんだ、ここは」
「私の領域だ」
「ちっ!」
突然、斜め右前の扉が開いた。
刀を構えつつ、開いた扉を注意深く観察する。
そこでふと、疑問が生まれた。
攻撃を仕掛けるなら、扉をゆっくり開けるんじゃなくて、先ほどのように建造物ごと切り裂いて、奇襲をする方がよっぽど効果的だ。
それをしない理由はいくつかあるが、定番で考えれば――
「背後からだろっ!」
ほぼ勘で背後を向き、全力で刀を振るった。
「ふむ…」
刀はラルドの剣とぶつかり、甲高い音が響く。
「音を出した覚えないが…。魔力のない貴様は、探知魔法を使えないはず。なぜわかったんだ?」
「魔力が全てじゃないんだよ。それに、どうせ探知なんて使っても対策はしてあったんじゃないのか?」
「鋭いな。…五感の強化か…」
「ブツブツ言ってる余裕あるのか?」
素早くラルドへ一撃を放つ。
「それもそうだな」
ラルドはバックステップをし、距離を取ろうとする。
しかし、彼のすぐ後ろは壁だ。
また、嫌な予感がした。
「まさか…」
予感は的中した。
ラルドは壁をすり抜けるように消えていった。
「どうなっているんだ…この空間…」
耳をすませ、目を閉じる。
あの戦法に対して、目に映る情報はあまり役に立たない。
だから、感覚を研ぎ澄ませ、確実に反撃できるようにする。
右の壁が破壊される音がした瞬間、その方向へ刀を振るう。
「なっ!?」
確かに壁は壊れていたが、そこに誰もいない。
脳裏に過るのは、先程ラルドが見せた不可視の攻撃手段。
咄嗟に体をひねる。
「ぐっ…」
横腹に鋭い痛みが走る。
「ずれたか」
ラルドは俺の横腹を貫く剣を引き抜き、血を払う。
「この程度じゃ、俺は――」
「止まらないだろうな」
「あ?」
足場の感覚が無くなったと思えば、俺は転んでいた。
「何が…!」
即座に状況を把握するため、周囲を見回す。
目の前にいたラルドは俺に背を向け、数歩前に踏み出した後、静かに跪いた。
その先には――
「結乃…」
彼女を見間違うはずがない。
虚ろな目をした結乃が、豪華な装飾が施された椅子に座っている。
彼女の左右にも同様に豪華な椅子があり、そこには男性と女性が腰かけている。
どちらの人物からも、生気を感じない。
これもまた、ラルドの作り出した幻覚、もしくは領域なのだろう。
結乃は以前、自身が元姫だと言っていた。
ならば、その親は王様と女王様となるはずだ。
そうなると、ラルドがこの状況で跪く理由に納得がいく。
ただ――
「状況が読めないな…」
いくら何でも、読めないにも限度がある。
なぜ俺を前にして、背を向ける余裕があるんだ。
刀を握る手に力を入れた瞬間、耳元で声がした。
『動くな、見届けろ』
「?」
初代の声だ。
「どういうこと?」
小さく訊いてみるが、声は聞こえなくなってしまった。
ラルドを見る。
完全に隙だらけだ。
どれだけ注意深く見ても、危険を感じない。
嘘を吐かれたか?と思ったが、この場面で嘘を吐くぐらいなら、俺を助けるようなことはしていないだろう。
ふと、視線を感じた。
「…っ!」
結乃の母親、女王は俺を見たまま1ミリも動いていない。
瞬きすらしないから、余計に恐怖を感じる。
ここがラルドの生み出した領域内部である限り、ロクなことはしないと簡単に予想できる。
そんなことを考えている間に、王は一振りの剣を手に持ったまま、ラルドの前まで移動した。
ラルドは丁寧にその剣を受け取る。
剣を渡し終えた王らしき男は、一直線に戻っていった。
おそらく彼に…いや、あそこにいる女性や結乃にも意識はない。
「まさか、この剣を握れる時がもう一度来るとは…。王よ、私の最後の使命、必ずや成し遂げてみせましょう」
ラルドが立ち上がると、結乃たちは消えていった。
ゆっくりと立ち上がる俺に、ラルドが手を伸ばしてきた。
攻撃かと思い身構えると、全身から痛みが消える。
「?」
「勘違いをするな。これはハンデだ。異国の少年よ」
「ハンデか。結構追い詰められていなかったか?」
「それは認めよう。私をこれほど追い詰めた人間は数少ない。まして、こちらの世界の人間ではな。どことなく、貴様は彼女に似ている」
ラルドの言葉に引っかかりを覚えた。
彼ほどの強者を追い詰める人間がいた。
それも女性。
心臓の鼓動が強くなる。
「彼女って誰だ?」
「……」
ラルドは俺を見つめたまま動かない。
何かを見定めているような視線だ。
「…あぁ、そういうことか」
「何一人で納得したような声を出しているんだ?」
「すまないな。名前は知らない。ただ、お前よりも遥かに強い人間だった」
「……そっか…」
刀を強く握りしめ、構えをとる。
「話は良いのか?」
「良いよ。とりあえずお前をぶっ倒して、その後話を聞くことにする」
「気づいているんだろう。お前のその力は、もうすぐ終わりだ」
「その前に倒せば問題ないだろ」
ラルドも鞘に納めたままの剣を、体の前に出した。
「『龍剣』よ、見定めよ」
『龍剣』と呼ばれた剣は光り輝き、鞘から刀身を少しだけ覗かせた。
「?」
俺の握る万象龍の刀が震えている…。
「資格あり…か」
ラルドはゆっくりと鞘から剣を引き抜いた。
『龍剣』の美しい刀身からは、何かオーラのようなものが出ている。
「では、始めよう。私と貴様の最後の戦いを」
龍剣を静かに構えるラルドを睨み、俺も刀を構え直す。




