希望の原点
――記憶の結晶――
闇が覆う空間。
そこに二つの光があった。
二つの光は眩しいぐらいに輝いている。
対して、自分が放つ光は今にも消えそうなほど弱々しい。
「…さ…の……り…」
どこからかは分からないが、誰かの声がこの空間に響いた。
その声は温かく感じると同時に、悲しそうにも聞こえた。
『あーあー、テステス…』
ふと、光の一つから声が聞こえた。
『誰かいませんか?……魔法…いや、魔道具のせいかな?はぁ…、せっかく今日は魔物討伐の実習だったのに…。こんなところいたら、授業出れない…』
何かを探すような動きをしている光に、もう一つの光が近づく。
『ん?誰かいるの?』
近づいていた光と、私の存在に気づいたようだ。
この時、私たち3人はお互いをはっきりと認識した。
よく喋る光は、いつも色々な話をしてくれた。
もちろん最初は言語なんて理解していなかった。
しかし、この不思議な空間は彼女の話に合わせ変化し、視覚的に物語を体験することができた。
だから、物と知識が結び付き、私たちは自然と言葉を覚えた。
ただ、言葉を覚えても、私ともう一つの光は声を出すことができない。
でも、色々な話をしてくれる光がいたから、そこまで気にすることはなかった。
ある時、ハッキリと誰かの声が響く。
「紗優、結乃、莉愛…どうか無事に……」
紗優と言った時、一つの光が強く揺らぐ。
結乃の時は、いつも喋っている光が強く揺らいだ。
そして、莉愛…。
その声に強く反応したのは私だった。
「……で……おそら……、無……」
その後も話し声は聞こえ続けた。
私と『紗優』に反応した光は、『結乃』と呼ばれた光を見守る。
この場で唯一彼女だけが、薄っすらと聞こえるこの言葉を理解している、そう感じ取っていたからだ。
『……』
声が聞こえなくなると、『結乃』は私に近づく。
『そういうことだったのね…。今、全部思い出すなんて…。莉愛、少し私と二人で話しましょう』
その瞬間、周囲の景色が変化した。
「ここ…は……え?」
「喋れるようになったね」
「ゆ…の?」
いつもの暗い空間では、『結乃』以外だれも言葉を発することができなったのに、今はなぜか喋ることができる。
ただ、姿に変化はなく、お互い光のままだ。
「今までいろいろな話をしてきたおかげかな?…会話ができるなら、スムーズにいくからラッキーだね。じゃあ、最後の話をしよう」
「さい…ごの…はなし?」
「そう。異世界のとある国のお姫様の話よ」
周囲を確認するが、『紗優』がいない。
「紗優はいないよ。言ったでしょ、二人で話しましょうって」
『結乃』がそう言った直後、空間は豪華な一室に変化した。
そこには、赤子を抱いている女の人と、それを見守る男性と、鎧で身を包んだ騎士がいる。
「あの女性に抱かれている子の名前は、ユーリ・ラギリア。ラギリア帝国の王族に生まれた彼女は、とても元気な女の子だったわ」
『結乃』の言葉で場面が変わる。
その中でユーリは、母親に似た真っ白な白髪に、父親似の深紅の瞳をした少女に成長していた。
場面は次々に変化していき、母親らしき人物と楽しそうに会話をしている様子や、騎士と共に剣を振るっている様子など…彼女の成長の過程を見ていく。
「彼女は生まれも、交友関係も全部、誰もが羨む人生だった」
「…?」
彼女の言葉は、他人事のようには感じられなかった。
というかまるで……
その考えを口にしようとした瞬間――
「まるで自分のことみたい、でしょ?」
「え…なんで?」
どうして私の考えていることが分かったんだろう。
疑問に思っていると、『結乃』は喋り出す。
「表情も仕草も見えないけど、なんとなくあなたの事が分かる。長い時間、一緒にいたからかな」
空間がまた変化する。
ユーリと同じ年齢ぐらいの子供たちが、椅子に座り、机の上で何か作業をしている。
「ここは…」
「学園ね。ここで、私たちは剣術や魔法を学んでいたの」
子供たちの服装に注目すると、ユーリ含めほぼ全員が同じか似た服を着ている。
「がく…えん」
鐘の音と同時に、大人の人が前に立ち、「授業はここまで」と短く言った直後、子供たちが一斉に動き出した。
近くの子と楽しそうに話したり、まだ作業を続けている子もいたり。
「この日、私たちはいつも通りの日常を送っていたの」
「これが、にちじょう?…たのしそう」
こんな多くの人と話したり、同じ事をしたり。
そんな経験は私にはない。
だから、羨ましいと思った。
「学園って嫌いな人もいるんだよ」
「そうなの?」
「まあ、私が学園が好きな理由は、友達と話したりできるからかな。授業は本当に面倒なんだよ。あ、でも剣術とか魔法の授業なら楽しいよ。…楽しかったんだ」
次の瞬間、何かが爆発したような音が聞こえた。
それと同時に、私たちが見ていた学園が崩壊し、炎に包まれた。
崩壊した建物の下敷きになっている人、炎に身を焼かれ苦しんでいる人。
その他にも、負傷した子供たちの苦し気な声が聞こえ続けていた。
地獄のような光景だ。
「なにが……」
結乃を見て言葉を失った。
先程まで私と同じような光だったのに、今は人に…いや、『結乃』が見せていた物語のユーリになっていた。
「ゆー…り」
「えぇ」
「あなたは、しんだ?」
「そうね」
光じゃなくなったから、『結乃』の表情がはっきりと見える。
燃え盛る炎や、苦しみながら燃える人たちを見つめ、顔を苦しそうに歪ませた。
「すごく…かなしい?」
私の言葉を聞いた『結乃』は自嘲気味に言う。
「まあ、多少悲しさはあるよ。自分の生まれ育った国、友達、これからの人生…。全部壊されたんだからね。でも、どちらかと言えば、悲しいより悔しいが勝ってる。せめて一撃、与えれたらってね」
そう言った結乃は、学園の遥か上空へ視線を向ける。
私もつられて見る。
そこには――
「どら…ごん」
炎を纏った巨大な龍がいた。
体よりも巨大な羽根を動かし、上空に留まっている。
「私と二人で話す前、声が聞こえたでしょ?何て言ってたか聞き取れた?」
「ききとれ、なかった」
「そう…。私は嘘とか苦手だから、ここでハッキリ言うわ」
結乃の力強い視線が私を捉えた。
「あなたは、消える」
特に驚いたりはしなかった。
今の私にとって、消えることは怖い事じゃない。
失うものは無いのだから当然だ。
「まあ、驚いたりしないよね」
結乃は少し笑いながら言った。
「わたしは、ゆののはなしをきくだけで、たのしい。きえてもこうかいはないよ?」
「私の話を聞くのが楽しい…か、嬉しいこと言ってくれるね。でもね、私はあなたと紗優には人生を楽しんでもらいたいと思っているの」
「じん、せい?」
「そう、人生。今は魂だけの存在だから、まだ莉愛たちの人生は始まってない。これから莉愛は、人として生まれて、いろんな事を経験していくの。楽しいとか、悲しいとか、たくさん。口じゃ全部説明することなんてできないぐらいだよ」
そう語る結乃に疑問を投げかける。
「でも、わたし…きえるんでしょ」
「普通ならね」
結乃の纏う雰囲気が変わったように感じた。
彼女は私へ歩み寄る。
「あなたは消えるべき存在じゃない。どちらかと言えば、消えるべきは私だよ」
「どうして?」
「だって、私はもう人生を歩んだから」
「でも、ゆのくやしそうだった」
「そうだね。でも、それを含めて人生だと思うよ」
「それでも…」
「莉愛は優しい子だね。…そんなあなただから、人生を歩んでほしい。そう思えたの」
私に『結乃』が触れた瞬間、何かが抜け落ちるような感覚がした。
「――え?…あれ…」
気づけば変な空間にいた。
目の前には知らない女の人がいる。
なんだろう、初対面のはずなのに、何度も会っているような感覚がある。
そんな事を考えていると、目の前の女の人が口を開いた。
「どんな物語も例外なく動く。幸せは永遠には続かない。あなたの人生《物語》は、ここから始まるの」
何を言っているのか理解ができない。
ここはどこで、彼女は誰なんだろうという疑問が思考を独占する。
「少し言い方がキツかったかもね。でも、莉愛の進む先に多くの困難が待っているのは間違いないよ」
女の人はゆっくりと私に近づき、光である私を優しく抱き込む。
「もし、私を思い出してしまったら、自分を責めないで。て言っても、思い出しちゃったらあなたは自分を責めるよね。だってとても優しい子だもん。だから、今から言う言葉は、魂に刻むわ。大事な時に、思い出せるように……」
そう言った彼女は、深く呼吸をする。
そして、囁くように言った。
「忘れないで、これは私の意思なの」
最後に見えたのは、光り輝きつつ、消えていく結乃の姿だった。
――――
「っ!」
気づけば元の白一色の空間へ戻ってきていた。
正面には結乃…いや……
「ユーリさん」
「結乃で良いよ。せっかく忘れさせたのに、まさか私の手で全部思い出せることになるなんてね」
彼女の口調は今までとは違い、記憶の中で見たユーリのものになっていた。
「口調が変わって驚いたでしょ。私も癖が抜けなくてね。でも、莉愛だってそんな硬い喋り方しなくていいんじゃない?」
「……私は別に、これが普通です…」
これは本心で、喋り方なんて意識したことがない。
「ふぅん…。ま、それは良いとして、聞きたい事あるんじゃない?」
最初に目についたのは、彼女の手の平の上にある、弱々しい光を放つ結晶だった。
「その結晶は、もしかしてあなたが忘れさせた記憶ですか?」
「そうだよ」
記憶を操作するスキルなのだろうか。
だとすれば――
「多分勘違いをしていると思うけど、記憶の操作はスキルじゃない。魔法だよ」
「…魔法?」
「記憶関連の魔法はこっちにはないから、知らなくて当然かな。本来は、術者が忘却させた記憶を結晶化して渡さないと、思い出すことなんてないんだけど、莉愛はなぜか、一部の記憶は思い出しかけていたね」
「……生まれる前の記憶…。でも…それでも分からなかったことがあります。どうやって消えかけのような私の魂を守れたんですか?」
記憶を見て、彼女が私を救ってくれた動機や、前世の彼女についてある程度理解した。
でも、方法が……。
『私はあなたより『合成』を理解しています』
脳裏で結乃の言葉が過る。
それと同時に、結乃が見せてくれた過去の記憶の一番最後を思い返す。
私の視点が消える前に見た光、見間違えじゃないのなら…
「『合成』は、私の力じゃなかった……。なら……」
あくまで推測だ。
でも、どこか確信している。
「……正解」
長い沈黙の後、ようやく開いた結乃の口から放たれた答えに、私は体の力が抜けていくのを感じた。
「元々『合成』は私、天宮結乃の力。あなたが使えた理由は、『合成』によって、私の魂と繋がっていたからよ」
彼女の説明を聞き、頭が真っ白になった。
だって、『合成』が私の力じゃないとするなら。
「私は……」
「勘違い、ってこと」
「っ!?」
他人から貰った命で生きるなんて、好きじゃない。
私はそう思って生きていた。
でも、それは嘘だ。
薄々気づいていることがあった。
『合成』という力。
お父様やお母様たちが隠してきた存在である天宮結乃。
私の中に結乃の魂がある理由。
そこから導きだした、私の答えは――
「私は…『合成』の力を使ってあなたを……」
「殺した。と思っていたんだね」
足の力が抜け、その場に座り込んだ。
「怖かった…だけ…。他人に貰った命、そう自分に言い聞かせて…。私は誰も殺してなんていないって。自分が生きるために、誰かの命を奪ったなんて認めたくなくて…」
言葉が、涙が止まらない。
そんな私を結乃は優しく抱きしめた。
「大丈夫だよ。全部知ってる。ずっと、傍にいたもん。誰よりも近くにね。でもね、泣く暇はないよ」
「え?」
「ほら、立って」
結乃が私の手を取り、立ち上がらせる。
「私は自分の意思で、あなたが生きる物語を選んだ。だから、後悔とか罪悪感とかあなたには必要ないよ。で、どう?あなたはまだ消えたいって、そう思う?」
「え?」
私はわからなくなってしまった。
今まで自分の意志を尊重なんてしてこなかった弊害だろうか。
「わからない?なら、あなたは生きて何がしたい?」
「生きて…したいこと……。東雲君の……あっ!今のは――」
「――いいじゃん。凪君がこの先どうなるか、そばで見ておきたいんでしょ?」
「っ!?」
「今のあなたは半分私なんだから、嘘は通用しない。これでわかったでしょ?あなたは莉愛として生きたいと思っている。だったら――」
結乃が私の後ろに移動し、背中を押してきた。
「結乃……。っ!?」
突然、私は光に包まれた。
「私は背中を押すだけだよ」
「なんでっ!私、まだあなたと…」
「思った以上に長話しすぎて時間がないの。だから、これだけ言うわ。あなたのもつ力は、どんな絶望的な状況でも希望の灯となれる。言わば希望の原点」
希望の原点?
全く話が見えない。
「わからない。どういうことなの?」
「莉愛の持つ本当のスキルの話」
「本当の…スキル…。私にあるの?」
「もちろん」
私自身、スキルの自覚はない。
スキルがあるなら、所有者に自覚がないわけがない。
生まれつきスキル保有者は、脳内でイメージが流れ自然とスキルの扱いを理解していくから。
でも、今はスキルの話以上に結乃に訊きたい事とか、伝えたい事が山ほどある。
あるのに、もう時間がない。
「凪君が助けてくれたように、莉愛も凪君を助けて。この状況で、それができるのはあなただけなの」
光の輝きは徐々に強くなる。
もうすぐ私は、この空間から追い出される。
そう察した。
だから、追い出される前に結乃に言いたい事があった。
「また話せる?」
私の言葉に少しの間をおいて、結乃は答えた。
「……もちろん、また話せるよ」
視界が光に覆われ、どこかに落下していく感覚に襲われる。
それと同時に、何かが抜けていく感じがした。
何かわからないけど、無性に寂しく感じる。
直後、あるイメージが頭の中に流れ込んできた。
「…これ、は…私の……」
「そう、それがあなたの力。名前を付けるなら、シンプルに――」
結乃の姿は見えず、声だけが聞こえた。
「――希望の原点――ってどう?」
自信満々な声で命名する結乃に、私は思わず微笑んだ。
「いい名付けですね」
『追憶ノ双生』に終止符を打つ。
そして、全部終わった後、結乃と話そう。
聞けなかった事とか何気ない話、向こうの世界の話、飽きるまで…いや、飽きても話す。
ようやく私は、彼女と…天宮結乃と本当の意味で向き合えた気がしたから。




