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かつて存在した英雄たちへ ―継がれた意思の行方―  作者: Oとうふ
3章 笑顔でいられるように

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守るために

――東雲凪視点――



 意識空間から出た直後、目の前には柱があり、刀を突き刺していた。

 

「戻った…」


 すぐに刀を柱から引き抜き、背後を振り向く。

 

「帰ってきたか」


 ラルドは剣を鞘から抜いていなかった。

 いくらでも俺を殺す隙があったはずなのに。

 というか――


「まるで俺の意識がここに無かったみたいな言い方だな」

「魂が柱に吸い込まれ、消えたからな」


 俺の質問にラルドは平然と答えた。

 

「魂?まさか見えるとでも言うのか?」

「もちろん。貴様にそんなウソをついて私にメリットはないだろう?さて…無駄話はここまでだ。死ぬ気で来い」


 ラルドが剣を抜いた瞬間、彼から溢れ出る気迫のようなものに圧され、息苦しさを覚えると同時に、周囲の大気が重くなったと錯覚した。

 

「ふぅ…」


 冷静さと集中力を保つため、深く深呼吸をし、一歩…また一歩と、ラルドに近づく。

 

「……」

「……」

 

 無言でラルドと睨みあう。

 瞬き一つすることにすら恐怖を覚えるこの状況に、鼓動は早まり、冷や汗が頬を伝った。

 

(本気のこいつ、マジでヤバいな)


 覚悟はしていたつもりだったが、実際に対峙するとやはり無謀に思えてしまうほどの力量差を痛感する。

 だが、ここで引けば今までと一緒だ。

 刀を握っていない方の手で、自分の頬を強く叩く。


「……覚悟なら決めただろ、大馬鹿」


 血の味と頬の痛みによって恐怖を紛らわせ、ラルドとの距離を詰める。

 もうすぐ刀の間合いに入るというのに、ラルドは構えすらしない。

 無防備な状態からでも、お前程度簡単に倒せるぞ、という意思表示のつもりだろうか。

 ラルドに向け、刀を突き出す。


「やはり…」


 突き出す最中、切先で円を描く。

 彩霞流『幻失秘刀』、予測困難な突き技なら、今のラルドに掠る可能性はあると考えた。

 が――


「そんな小細工を見破れないと思ったか?」


 最小限の動作で回避された。

 その直後、ラルドの振るう剣が俺の首を捉える。


「っ!」


 咄嗟にバックステップをする。


「危な…」


 回避できたことに安堵していると、首に痛みを感じた。

 

「…?」


 反射的に痛みを感じた部分を触った俺の手には赤黒い液体が付着している。

 これは…俺の血か……。

 

「避けたろ…今……」


 気づけなかったということは、俺の動体視力ですら追えない速度が出ていたってことになるぞ…。


「もし、今のが貴様の全力なら次で首を落とす」


 これまでの人生で多く経験したモンスターとの戦い、莉愛たちと共に倒したイビルジラーフよりももっと、明確で濃厚な死の匂いがする。

 ただ睨まれているだけというのに、首元の浅い切り傷がうずく。


「…ふぅ……」


 深く呼吸をすることで集中しようとするが、前に踏み出した瞬間、自分の首が落ちるイメージが嫌というほど脳裏にチラつく。

 それだけで、鼓動は早くなり、関節が硬直すると錯覚してしまう。

 どうすれば…勝てる?

 自問をするが答えなんて出てこない。

 俺の中にラルドに勝てるほどの力が――

 

『凪、覚えておいて。もし、格上の相手と戦う時。その戦いで絶対に負けられない時、東雲一刀流《私が今まで教えたこと》を思い出して』


 突如、母さんとの昔のやり取りを思い出した。

 母さんから教えてもらったこと…か。

 いっぱいある…数えきれないほど多くを教えてもらったし、与えてもらった。


「こんな時までも…か」


 目を見開き、刀を握り直す。

 不思議と先程まで感じていた恐怖も緊張感もどこかへ消えている。


『そして、強い意志を持つの。そうすれば、力が導いてくれる』


 母さんは意志という言葉をよく使っていたな…。

 ラルドに勝ちたい…じゃない。

 そうだ…これは初めから、莉愛を…大切な友人を守るための戦いなんだ。

 全身に風を纏う。

 きっとこの力の中で母さんの意志が…いや、これまでの継承者が俺の選択を見ている。

 なら――


「行動で見せるしかないよな」


 強く踏み出したその瞬間、ラルドも同時に踏み込む。


(東雲一刀流『行雲流水』)


 奇抜かつ柔軟な刀の軌道で、ラルドの剣を弾く。


「マシにはなったな。だが…」


 ラルドはそう言うと、弾かれた剣を即座に俺に向かって振り下ろす。


「終わりだ」

「舐めんな」


 再びラルドの剣を迎え撃つ。

 ここまでの攻防で力は互角か、ラルドがやや上というのは把握している。

 だからこそ、ラルドは鍔迫り合い、もしくは受け止めてからの反撃とでも想定しているはず。


「っ!」


 ラルドの振り下ろす力を利用し、刀で受け流す。

 受け流されるのは予想外だったのか、少しだけ目を見開いていた。

 この瞬間に、刀で斬ろうとしてもおそらくラルドが立て直す方が速い。

 ならば、答えは一つだけだ。

 

「その余裕、ぶっ壊す」


 左足での回し蹴りが、がら空きになっていたラルドの胴体に直撃する。


「くっ!」


 直撃はしたものの、あまりダメージは入っていないようにみえる。


「その年にしては良い腕をしているな」


 即座に距離をとるが、読まれていたらしい。

 俺が後退するのと同じように、ラルドは前進してきた。

 そして繰り出される連撃を、再び『行雲流水』で受け止める。

 防御するにしても、負担が大きすぎる。

 十数回もの斬撃を受け止めると、ラルドの動きが止まる。

 不思議に思いつつも後退し、ようやく距離をとれた。


「はぁ…くそ…」


 必死に息を整える。

 今のうちに回復を…そう思っていると、ラルドが話しかけてくる。


「形を持たぬ剣技の特性を最大限に活かし、最短距離で私の剣を迎え撃つ…。言うは易しというものだな…。それを成しえる貴様の努力を認めよう、故に――」


 ラルドは胸の前で剣を両手で握り、切っ先を空へと向けた。

 

「ここからは一人の剣士として向き合わせてもらう」

「っ!」


 息が整ったとほぼ同時にラルドは急接近し剣を振るい、それをギリギリで回避する。

 速度は俺より速くても、予測してしまえば回避はできる。

 そう思った直後――


「は?」


 ラルドの剣は途中で方向を変え、頬を掠めた。

 その瞬間悟った。


(これまずいやつだ)


 再び剣は方向を変える。

 間違いない、これは完全に『行雲流水』だ。

 あの一瞬で再現したのか。

 必死にラルドの剣を迎え撃つが、基礎的な身体能力の差ですべては捌ききれなかった。


「ぐ…」


 肩から脇腹へと、深く切り裂かれた。


「くそっ…」


 その場に膝をつき、傷口に触れる。

 手には大量の血が付着しており、それを見て痛みが徐々に鋭くなった。

 周囲の音は遠のき、自分の荒い息がうるさいほどに聞こえ、全身から熱が引いていく感覚がする。

 

「誇れ、貴様は私に認められたのだから」


 霞む視界の中でラルドの剣が首元に迫る。

 

「…ただ、貴様は英雄になるには程遠いな」

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