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かつて存在した英雄たちへ ―継がれた意思の行方―  作者: Oとうふ
3章 笑顔でいられるように

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記憶の断片は集う

――天宮莉愛視点――



「ここ…は……」


 次に目を開けたとき、私の目の前には人気が一切なく、モンスターたちが徘徊する街が広がっていた。


「東雲君の過去の記憶の中です」


 背後から結乃の声が聞こえ、振り向いた。

 東雲君の過去の記憶…。


「私…それか結乃の記憶を他者に見せるなら多少察することはできます…。ですが、なぜあなたが東雲君の記憶を他者に見せるなんてできるんですか?」


 問いかけると、結乃はそっと人差し指を唇に当てながら答える。


「凪君には秘密ですよ。実は、私の意識の一部を凪君に『合成』しました」

「なっ!?」

「安心してください。『合成』した私の意識はわずかなものなので、そのうち消滅します」


 その言葉を聞いて、静かな怒りが湧いた。


「結乃、私のように他人に魂なんて合成したら――」

「――大丈夫です。私とあなたはレアケースなので。それに、私は()()()()()『合成』を理解しています。……今はそんな話より、記憶を見ることに集中してください」


 結乃の発言に多少引っかかりを覚えたが、今は追求せず彼女の視線を追うようにして背後へ視線をむける。

 そこには、5,6歳前後の容姿をした子供がいた。

 着ている服はボロボロで、モンスターか何かの返り血で汚れている。

 見たこともない子供のはずなのに、不思議と誰か分かった。

 

「…東雲、君」

「正解です。彼は幼い頃の凪君です」


 言葉が出なかった。

 纏う雰囲気も、表情も…すべてが私の知る東雲君とは別物に見えた。

 

「本当に…東雲君ですか?」

「はい。間違いないですよ」

「彼は一体何を――」


〈〈ギィィィ!〉〉


 背後から、小鬼ゴブリンの声が聞こえた。

 反射的に身構える。


「大丈夫ですよ。ここは記憶の世界。あなたと私は何者にも認識されず、そして触れられない」


 構えをやめ、静かにゴブリンを見る。

 ゴブリンの数は3匹、視線は私たちの背後にいる東雲君へ向けられている。

 東雲君のハイライトの消えた瞳が、ゴブリンたちを捉えた瞬間、両者は動きだす。

 

〈〈ギィィ!〉〉


 ゴブリンたちは、それぞれ包丁や剣を握ったまま走る。

 それに対して東雲君は素手だ。

 

「この時、優凪さんが東雲君を助けたんですか?」

「見ていればわかりますよ」


 いくら東雲君だとしてもあの年齢で複数のモンスターに勝てるとは思えない。

 魔法使いの子供が複数モンスターを相手に勝ったなんて噂はあるけど、東雲君は『祝福』の代償で、魔法なんて使えない。

 思考していると、何かが猛スピードで横を通り抜けた。


「…え?」


 その何かは東雲君だった。

 彼は勢いを落とすことなく、2体のゴブリンの頭を掴み地面に叩きつける。

 ゴブリン2体の頭はトマトのように潰れた。

 東雲君はそれでも止まらない。

 すぐさま血まみれの拳で、最後の1体の腹部を打ち抜いた。

 その光景を見ていた私は、思わず声を漏らす。

 

「……異常…です」

 

 強さはもちろんだが、本当に恐ろしいのはそこじゃない。


「…はぁ」


 東雲君は空を見上げ、息を吐いた。

 その顔には表情と呼べるものはなく、彼の虚ろな目に恐怖すら感じた。

 

「……初めてこの記憶を見た時、私もあなたと同じ感想でした。彼は、この地で生き残るために、モンスターを狩り続けていた」

「なぜ…ですか?」

「わかりません。この地に来る前の彼の記憶はありませんので」


 場面が変わる。

 今度は薄暗い路地裏だ。

 東雲君は弱々しく呼吸をしつつ、包丁を握ったまま壁にもたれかかっていた。

 そこに現れたのは長い黒髪に、見ていてどこか安心するような紫紺の瞳をした女性だった。


「東雲優凪さん…」


 突如として二人に襲い掛かるモンスター。

 しかし、優凪さんが一瞬で切り裂いた。

 その光景を見て驚いている東雲君へ、優凪さんは「私の家族にならない?」と言いながら、手を差し伸べていた。


「これが、彼の…東雲君の原点ということですか…」

「そうですね」


 結乃の言葉と同時に、私たちのいるこの空間が次々と変化していく。

 最初は優凪さんと東雲君、優さんの3人が食事をしている場面。

 次は剣術の練習をしている3人の姿で、その次は楽し気に話ながら、外出している場面。

 変化していく場面は、平和な日常を送る東雲家の様子を私に見せつけているみたいだ。

 

「楽しそうですね」


 無意識に漏れたその言葉で、私は理解した。

 彼はこの日常を失ったのだと。

 いや…私の認識している以上に、彼にとってはかけがえのない大切なものだったんだ。

 だとするなら…私は…

 

「ただの悲劇のヒロインを演じたがってた…最低な女…ですね」

「そうですね」


 結乃は特に表情を変えることなく返事をすると、場面は今までとは違い、暗い雰囲気に包まれた。


「…優さん」


 暗い部屋の中で泣いている優さんと、その横で表情一つ変えず固まる東雲君。

 彼らの目の前にあるテレビの画面には、大きく『獄炎龍討伐失敗』の文字があり、死亡者一覧の部分に東雲優凪の名があった。


「ここは優凪さんが亡くなった後です」

「……」

 

 目を凝らしているうちに場面は動き出す。

 優さんは部屋から出ていき、東雲君は優凪さんに貰ったと言っていた、万象龍の刀を握って立っていた。

 映し出された記憶では、彼の後ろ姿が見えるだけで、表情までは見えない。

 でも、立ち姿から強い怒り、憎しみが感じ取れた。

 さらに、次の場面では――


「え……」


 場所が大きく変化していた。

 周囲は焦げたような跡が所々に残った建築物が多く、そのほとんどが崩壊している。 

 人の住んでいる気配は全くない。

 目の前には東雲君と、彼を囲むように立っている複数のハンターらしき人たちの姿がある。

 

 周囲を観察していると、東雲君が動き出す。

 一人の男性の背後まで素早く跳躍し、刀で斬りつけた。


「し、ののめ君」


 男性を斬りつけ、周囲に血が散っていくその瞬間にみた東雲君の顔は、まるで鬼のようだった。

 続いて、魔法の詠唱をしていた中年ハンターに東雲君は石を投げ、尻餅をつかせる。

 その隙に距離を縮めようと走りだした東雲君に、大盾を構えたハンターが突進した。

 彼は素手で大盾ごと殴り、ハンターの体は宙に投げ飛ばされた。


「……」


 地面に落ち気絶するハンターと、大きく凹んだ盾を見て状況を理解した。

 下手すれば今の東雲君よりも強く見える。

 周囲のハンターたちがさらに一歩後退した頃、突然東雲君は涙を流し、自分の心臓に刀を刺そうとしていた。

 なぜそんな行動に出たのか、疑問と共に昔、スタンピードの件が起きる前に亜優さんに聞いた話を思い出した。


『凪君は、あの日の事を戒めにして、過去を…優凪さんや優との思い出から目を背け続けているの』


 咄嗟に足が動き、東雲君に向かって走る。

 過去の記憶の世界で何をしても変わらないことは理解している。

 それでも、動かずにはいられなかった。


「東雲君!」


 彼へ向かい手を伸ばす。

 そんな私よりも速く、囲んでいたハンターの一人が東雲君の傍まで駆け寄った。

 

「ごめんね、凪君」


 駆け寄った女性には見覚えがあった。


「亜優さん…」


 亜優さんが東雲君に対して最初に放った言葉は、謝罪だった。

 片手は東雲君の刀を強く握りしめ、血を流しており、もう片方の手は東雲君を抱きしめる。

 痛いはずなのに、亜優さんの刀を握る手の力は徐々に弱くなるどころか、強くなっているように見えた。

 

「あ…ぁぁ…なんで」


 亜優さんの存在に気づいた東雲君の声は震えていた。


「亜優さんについては知ってますよね?」

「…はい。優凪さんが亡くなってから、東雲君と優さんの親代わりをしている人でしょう。……大切な人を傷つけた過去の戒め、ですか」


 優凪さんの死だけでも、かなり精神が削られていたはずだ。

 それに追い討ちをかけるように大切な人を、優凪さんから継いだ大事な剣術《刀》で傷つけてしまった事実が加わればどうなるか。

 想像にかたくない。


「彼の暴走は、佐野亜優さんの手によって止められた。そして、その後の彼は…」


 結乃の言葉と共に、再び場面が切り替わる。

 目の前には、小さな男の子に手を伸ばす東雲君がいる。

 

「これは…」


 場所が変化し、男の子は女の子へと変わっていた。


「彼もまた優凪さんと同じように、孤児に手を差し伸べた」


 孤児…その言葉を聞いて、東雲君の血の繋がりがない家族の時雨君と舞花ちゃんがいる理由に納得がいった。

 記憶の旅は終わったのか、白一色の空間に戻った。


『母さん…【神継技かむつぎ】なんて、俺には重すぎたよ……。でも、きっと次の代の人は……』


 映像はどこにもない。

 でも、東雲君の静かで、覚悟の決まったような声がこの空間に響く。


「東雲……君……」

「神継技『風神』、それが彼が受け継いだ力の正体です。覚えていますか?彼が最初の魔法学の実習の際、詠唱を失敗しているのに魔法が発動していたこと」


 記憶を辿る。

 確かに彼は魔法の詠唱を間違えていたのに、発動していた。

 簡単な魔法の詠唱を、うちの学校に入学できるレベルの生徒が、間違えるはずがない。

 そんな思い込みのせいで、私を含めクラスメイトたちも意識していなかったんだ。


「覚えています」

「あれは、彼の持つ『風神』の力です。彼が優凪さんに託されたものの一つといったところでしょうね。どうです?凪君の過去と向き合って…何か言いたいこと、ありませんか?」


 ある…。

 私も東雲君も――


「自分を犠牲に何かを成そうとしていた」

「……そうですね。あなたたちは人生を他人に預ける選択をしたんです」


 そうだ、私は結乃に人生を託そうとしていた。


「凪君は、あなたを馬鹿だと言っていましたが、私から見ればどちらも馬鹿です。でも、少なくとも、今の凪君よりもあなたのほうが馬鹿です」

「馬鹿馬鹿って、何度言うんですか」

「なら、言葉を変えましょう。わからずやの莉愛」


 わからずや…

 東雲君も結乃も…私が何かおかしい事をしたと本気で思っているのだろうか…。

 だとするなら、わからずやは――


「…た、です」

「聞こえないよ」

「わからずやはあなたの方です!私を救う、その行為には価値がありません。あなたは私を理解してくれているんでしょう?だったら、私は悲劇のヒロインを気取っていた嫌な女だってことぐらい――」

「――いい加減にしろ!!」


 結乃の叫び声は、大地を震わせたと錯覚するほどに、私の耳に響いた。

 

「え?」


 彼女が叫んだのは理解していた。

 でも、感情が追い付かなかった。

 結乃に叫ばれるなんて思ってもいなかったし、第一わからなかった。

 どうして、あなたを救おうとする私を睨むのか…。


「私を生かす?最初に聞きましたよね?誰がそれを望んだんですか?」

「……それは…」


 急な大声と結乃の気迫のせいで、うまく口が動かない。

 言いたいこと、言い返す言葉を考え続けていたのに、全部真っ白になってしまっている。


「悲劇のヒロインを気取る嫌な女とでも言いたかったですか?それなら今更です。私も凪君もそれを承知の上で、あなたを救おうとしているんですから」

「な…んで」

「そういえば、最後の記憶のピースが埋まってないんでしたね」


 結乃が伸ばした手の先には、輝きを放つ結晶が現れた。


「記憶の()()()となり、()が集えば()()となる。そして()()が集えば――()()となる」


 結晶の放つ輝きは強さを増し、やがてこの空間のすべてを覆いつくした。

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