私が望んだその世界③
――天宮莉愛視点――
東雲君がこの意識空間から立ち去って、結乃と二人きりになる。
「莉愛」
結乃の優しい声が聞こえてくる。
しかし、私は結乃に反応するほどの余裕がなかった。
『同族嫌悪だ』
東雲君の声が耳に残って、消えてくれない。
私の選んだこの選択で、東雲君が怒ることは予想はできていた。
でも、彼の怒りの籠った言葉を生きて聞くことはもうない。
そう思っていたのに、現実は違った。
東雲凪はここに来てしまった。
そして、彼の言葉は私の胸の中を痛みと苦しみで満たす。
「覚悟はしていたんですけどね……」
気づけば、声に出していた。
「そうですか?私の目には、助けを待つお姫様に見えましたよ」
「そう…かもしれません」
「……驚きました。まさか素直に認めるとは思わなかったので」
驚く結乃の目を見つめ、ゆっくりと口を動かす。
「結乃、あなたなら東雲君をこの空間から出せますよね?」
「しませんよ。そんなこと」
予想通りの即答だった。
「私は、東雲君が死ぬところなんて見たくありません」
「でしょうね。だから、ここに来る直前に、家族に伝えたんでしょう。東雲凪を近づけさせないでって」
「っ!?」
思わず、心臓が強く鼓動した。
「家族以外知ら……そうでした。あなたは私の中にいるんですから、知ってて当然です。東雲君にそのことを話しましたか?」
「話していませんよ。ただ思考の誘導はしたので、紗優の戦略のうちとして認識はしているかもしれません」
「そうですか」
「もし話していたら、凪君…今よりも怒っていますよ」
頭の中で、さっきよりも怒る東雲君を想像する。
「それは、少し怖いですね…」
……嘘だ。
怖いんじゃない、辛くて…苦しいんだ。
彼に突き放されるのが…。
会話が途切れ、静寂がこの空間を支配した。
結乃と見つめあった後、彼女にしっかりと伝わるようにはっきりと言った。
「……私は、莉愛《私》が消えた世界を望んでいます。結乃が自由に生きて、お父様やお母様も、私の事で悩んだり苦しんだりする必要がない」
「お父さんやお母さんは、あなたの事――」
私だって、言われっぱなしで終わる気なんてない。
何か言いかけている結乃を無視して言葉を続けた。
「あなたが私の中にいたのなら知っているでしょう?お母様の罪悪感も、お父様の苦労も…私のこの気持ちも全部!」
言葉にしていくうちに熱くなりすぎてしまった。
一度、深く息を吸い込んで吐き、冷静さを取り戻す。
「だから、私が消えれば――」
「ふふっ」
突然、結乃が笑いだした。
なぜか理由がわからず、私は喋ろうとしていた内容も忘れ、ただただ結乃を見ていた。
「やっぱり凪君の言う通り、『わからずや』ですね」
「あなたもですか…」
「凪君はここに来るまでに、あなたの過去の記憶を見ました」
「だから何です?」
東雲君には過去のことは話してある。
だから隠す必要のある記憶なんてない。
彼が向き合ったからなんだ。
そん、な……向き合う?
「ちょっと待ってください。どうやって過去の記憶を?」
「秘密です。それより、言われなかったですか?『向き合う時間です』と」
その言葉に心当たりがあった。
「…柊……詩奈さん」
「方法は知りませんが、彼女はあなたと私のこと、大方理解しているように見えました。だから、彼女の言う『向き合う時間』というのはおそらく――」
言われるまでもない。
この流れならきっと……
「結乃と向き合う、ということでしょう?」
「はい?」
私の答えに、結乃は首をかしげていた。
何か間違ったことを言っただろうか?
「おかしいですね。私の知っている莉愛は、数年もの間、私のために行動をしてくれていたんじゃないんですか?」
「それは……」
「ずっと見てきましたよ。私のフリをしていたのは、莉愛が消えた後でも、自然に天宮結乃《私》が過ごせるようにするための配慮ですよね。もちろん、それ以外の理由も把握していますよ」
「……」
黙ったままの私を見た結乃は、優しく微笑んだ。
「ちゃんと私と向き合ってくれているじゃないですか」
「だったら…」
「先程も言いましたが、凪君はあなたの記憶を見てきました」
「……」
「次はあなたが、彼と……東雲凪と向き合うべきじゃないですか?」
視界が揺らぐ。
いや、視界じゃない。
この空間そのものが揺らいでいる。
「すみませんが、拒否する選択肢は、あなたにありません」
真剣な表情をした結乃の声は、明らかな怒気を孕んでいた。
「わた…し、は……」
突然、意識が朦朧としてきた。
私は意識を手放さないように耐えようとするも、限界はあっという間にきた。
「ゆ、の……」
意識は闇の中へと沈んでいった。




