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かつて存在した英雄たちへ ―継がれた意思の行方―  作者: Oとうふ
3章 笑顔でいられるように

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私が望んだその世界②

 気づけば白一色の不思議な空間にいた。

 

「ここは…」

 

 声を発した瞬間、隣に現れたのは結乃だった。


「ここは、追憶ノ双生の意識空間です。何度も言いますが、凪君はこの空間に10分も存在できないでしょう。元の場所に戻れば、柱に刀を突きさした直後から、あなたの時間は動き出す」

「マジか」

「絶望するにはまだ早いです。先程、紗優のスキル『衰憐華すいれんか』の影響をラルドは受けました。衰憐華は効果対象に身体能力や、魔力量などの一時的に減少させます」


 紗優はそんな強力なスキルを持っていたのか。

 ただ…そんな弱体化効果があったとしても――


「勝てる気があんましないのは気のせいか」 

「いえ、気のせいではないでしょうね。現状、勝率は軽く1桁でしょう」

「うわ…」

「ですから、紗優は神葬光の登場に希望を見出していたんでしょうね。結局、このゲートに入れるのは東雲君だけとわかり、その希望は絶たれましたが」

「う……」


 もう、あなたに勝ち目なんてありません、と言われているのと変わらない気がする。

 弱気になっちゃいけないのは理解しているが、聞けば聞くほど、自信なんて――


「というのは、ラルドが万全の状態だった場合の話です」

「ん?」

「このゲートは数年間、残り続けていますよね」


 結乃の言葉を聞いて、ある会話を思い出す。


「『追憶ノ双生』は莉愛と結乃、そしてラルドの強い思いが形成しているって言ってたな。ということは、ラルドは力を使ってこの空間……いや、このゲートを維持しているのか」

「はい。元が強いラルドですが、数年間も『追憶ノ双生』の存在を維持しているなら、力は最低でも3、4割は削れているはずです」

「そうか。だったら…」

「勝率はギリギリ1桁ですね」

「いや、かわんないな」

「1%と9%ぐらいの差ですよ。かなり大きいです」

「そう…なのか」

 

 最早バケモノという言葉すら、過小評価な気がしてきた。


「さて…莉愛、聞いているんでしょう?最後の話し合いに私と凪君がきました」


 結乃がそう言うと、何もなかったはずの場所に人が現れた。

 

「……」

 

 結乃と同じ見た目だが、目の色だけが違った。

 蒼い瞳…莉愛だ。


「もう二度と会わないと思っていました」


 初めて莉愛と話した時と同等…あるいはそれ以上に感情が感じ取れず、冷たい声だった。


「なんで来たんですか?東雲君だけには、来てほしくなかった。これは誰かに強制されていることじゃありません。私自身が望んだことなんです」


 そう言い放つ莉愛に、結乃は一歩前に出て言い返す。


「じゃあ、私がその行動を望んでいなかったらどうします?」


 莉愛の目的は、体を結乃に返すというものだった。

 体を返す相手である結乃が、その行動を望んでいない場合、莉愛はどう答えるんだ…。


「じゃあ、私に今以上に苦しめと言っているのですか?ふざけないでください。私は誰かに貰った命で生きたくない。私は私でいたい……。これ以上、誰も傷つけたくないんです」


 莉愛の無表情は徐々に壊れ、瞳は揺れ、声は若干震えていた。

 幼少の頃のトラウマは根深く残るものだ。

 そのトラウマに、優しすぎる莉愛の性格が合わさってしまえば…今の彼女のような思考になってもおかしくはない。

 莉愛はずっと考え、悩み、苦しんでいた。

 俺と同じ、いや…それ以上に。


「なあ」

「何ですか?」


 俺は莉愛に寄り添うことはできない。 

 ここで慰めの言葉なんて、逆効果にしかならないことも理解している。

 だから、俺が言えるのは――


「莉愛って意外と馬鹿だな」

「……はい?」


 莉愛の抑え込んでる()()を吐き出すための言葉だ。

 

「自分が消えれば問題ないし、誰も傷つかない。結乃に体を戻して、ハッピーエンドってか?面白くない。クソつまんねー物語の完成だ。…はぁ、呆れた」


 本当の自分を隠すため、そして他人を気遣うために意識していた言葉選びも、何もかも知ったことじゃない。

 今だけは、本当の俺でいないと、莉愛には届かない。

 いや…届かなくていい。

 

「な、なにを……」


 追い詰められた人間は、周囲が見えなくなる。

 どんな天才も例外じゃない。

 こればかりは、慣れるしかないと思う。

 俺も過去、今の莉愛のように周囲が見えなくなって、取り返しのつかない事態の一歩手前までいった。

 一歩手前で済んだのは、止めてくれる人がいたからだ。

 今の莉愛を止めることができる人物は、ここにいる。

 

「本当に誰も傷つかないのか?クラスで友達になった長石や高山、藤本はどうだ?優や豪造さん、三春さん、結乃、そして紗優。今まで出会った奴らの顔を思い浮かべながら、誰も傷つかないって胸を張って言えるのか?」


 一瞬、莉愛の体が揺れた。


「言えます」


 やはり頑固だ。

 知っているくせに…。


「今の莉愛には、わからずやって言葉がお似合いだな」

「なっ!?」

「知ってたか?莉愛のために優が俺に手を貸してくれたこと」

「そんなこ――」


 莉愛が何か反論しようとしているが、無視して言葉を続けた。


「知ってたか?紗優が必死に莉愛を救う方法を考えていたことを」

「うるさいですっ!なにを――」


 止まらない。

 どれだけ莉愛が否定しても、嫌がっていたとしても。

 彼女を大切に思っている人たちの思いを知らずに、突っ走るわからずやのままでいてほしくない。


「知ってたか?莉愛が消えたら、俺が傷つくことを」

「そ――」

「本当は知っているんだろ?とっくの昔に気づけていたんだろ?でも、その事実から逃げ続けていた。俺は莉愛を心の強い子だと思っていたが、訂正しておく。莉愛は偽りの強さを見せて生きる、心の弱い女の子だった。結乃、戻してくれ」


 結乃は少し驚いた顔で聞いてくる。


「良いんですか?私から何も聞けてないと思いますが?」

「良いよ。今はここにいたくない。再確認なんだけど、ラルドを倒せばどうなる?」

「このゲートは消え、ラルドと私の存在は消えます。もちろん、莉愛の目的は果たされなくなります」

「そっか、じゃあ問題ないな」


 今の自分の取っている行動が正しいか、正しくないかで言えば、確実に正しくないだろうな。

 結乃は小さいゲートのようなものを作りだした。


「凪君、ルートは作りました。これに触れれば現実に戻れます」


 まだ結乃に訊くべきこと、俺が知るべきことは多くあると思う。

 一時の感情で聞かない選択をした俺は、莉愛以上に馬鹿だ。


「待ってください。東雲――」

「――初めて知ったよ。俺と莉愛は偽りの自分を生きていた似た者同士だったってな。だから…俺のこの怒りはきっと、同族嫌悪ってやつだ」

「っ!?」


 莉愛は言葉を失っていた。

 そんな彼女の表情を見ないように、ゲートへ向かう。

 まったく…よく言えたものだ。

 本当に嫌いなら、こんな場所まで来るはずも、息苦しいほど心臓が締め付けられるはずがない。

 この空間から立ち去る前に、結乃だけに聞こえる声量で言った。


「莉愛を頼む」

「はい」


 今の莉愛を止めるべきは、俺じゃなく、天宮結乃…彼女が適任だ。

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