誰そ彼時の夢④
俺の足は無意識に莉愛の元まで歩いていく。
「ここで、何をしているんだ?」
口が自然に言葉を紡ぐ。
まるで、俺の喋る内容が決められているかのように。
「?」
少女はこちらを振り向く。
最初は少し驚いていたが、すぐに表情は柔らかくなり、俺の質問に答えた。
「自分を探していたんです」
「自分を?どういうこと?」
「説明するのが難しいですね…」
莉愛は考える素振りを見せた後、自信なさげに言った。
「私は自分がよくわからないんです。こんな話をしても信じてくれるかわかりませんが、実は私の中にはもう一人、女の子がいるんですよ」
「え?」
「多重人格というものです」
知っている。
すでに未来の莉愛から、その原因も聞いているから。
しかし、この記憶の中の俺は何も知らない。
「へぇ、すごい事になっているんだな」
「……」
「……」
俺を見つめる莉愛の目には、警戒の色が見えた。
「もしかして信じてるんですか?」
「え?嘘なのか?」
「え…、いや、嘘じゃないです。…不気味だと思いませんか?」
「不気味?なんで?」
「いや、だって私の言っていることって、現実的に考えればありえない話なんですよ」
「確かにありえないような話だ。でも、君は現実的に考えてありえないと認識ができている。それに、嘘つきはそんな悲しそうな顔をしない」
「ポーカーフェイスかもしれませんよ?」
「正直なとこ、騙されてもいいと思ったんだ。君の悲しそうな顔が笑顔に変わってくれるなら」
過去の俺の口から放たれた、背中がかゆくなるような発言で精神的ダメージを食らう。
(良いこと言ってんじゃん…俺だけど…)
そんなことを思っていると、莉愛は笑いながら遠くを眺めた。
「なんかあなた見た目よりずっと大人っぽいですね」
「そういう君だって、すごく年上の人っぽい」
そう言って莉愛の横顔を見る。
彼女の表情には迷いが見て取れる。
まだ足りないんだ。
この記憶の俺の言葉は、彼女の心を動かすには値しなかった。
だったら――
(今の俺の出番だろ!)
自分の意思とは無関係に喋るときは感覚がないほど軽いくせに、今は真逆で唇が重い。
俺の意思の介入を防いでいるのだろう。
もちろん、意味のない行為なのかもしれない。
というか、その可能性のほうが高い。
ここはおそらく、俺の過去の記憶の中であり、目の前にいる莉愛の姿をした人も、空も、木も、花も全部が偽物なんだろう。
でも……それでも……変えたいと思う強い意志があれば、変わるものがきっとあるはずだ。
なぜなら――
(意思は力だ)
『意思は力だ』
気のせいかもしれないが、今の一瞬、母さんの声が重なって聞こえた気がした。
それと同時に、ほんの僅かに声が出た。
「…ぁ……」
いける。
そう確信したと同時――
「今まで誰にも話せなくて、辛かったよな」
「っ!?」
ようやく彼女に伝えることができた。
いきなりそんなことを言った俺に対し、不信感と怒りを覚えたのか、彼女は睨んでくる。
「あなたに何が――」
「――わかっている。莉愛の性格は理解しているからな」
「何を言っているのか、わかりません…」
妙に俺に気迫があったのか、彼女はたじろぐ。
それと同時に、周囲の空間が揺らいだように見えた。
「なあ…」
たった1か月ぐらいの付き合いだとしても、クラス対抗戦やスタンピード、なかなか濃いイベントを二人で乗り切ったんだ。
これで莉愛の性格を何も理解していないほうがおかしい。
もう、無知じゃない。
無関係じゃない。
俺は莉愛を知ってしまった。
「…やめてください…。私は…私…は……」
いや、知ってしまったものは、もう一つあった。
いいや…正しく言うならようやく気付けたことか…。
ずっと感じてた違和感だったのに、俺は肝心なところで鈍感らしい。
「気づくのが遅れてごめん。結乃、話してくれ」
目の前の少女の動きが止まる。
大きく見開かれた目から、涙が頬を伝い落ちる。
彼女は泣いていた。
「……なんで…そこまで気づいちゃうんですか…」
結乃を中心に周囲の空間に亀裂が入り、夕焼けに覆われた花畑で、元の姿に戻った俺たち二人は向かい合っていた。
「このまま……思い出す前に終わらせてほしかった」
潤んだ目から零れる涙を、夕焼けが照らす。
その光景は、俺の鼓動を少しだけ乱した。
そして、彼女の莉愛と瓜二つだった蒼い瞳が、紅く染まり始めたことに気づく。
本当に、誰そ彼時とは上手いことを言ったものだと実感した。
ここまで必死に頑張って、ようやく本当の顔が見えた。
「遅すぎだ…結乃」
天宮結乃は、静かに…そして悲しそうに俺を見つめていた。




