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かつて存在した英雄たちへ ―継がれた意思の行方―  作者: Oとうふ
3章 笑顔でいられるように

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私の英雄

 風が吹き、花びらが夕焼け空に舞う。

 結乃は涙を拭い、目元が赤くなった顔で俺を見つめる。


「もうすぐこの世界とはお別れですね。封印が解除された直後、あなたの意識は現実へ戻るでしょう」

「俺の封印が…。まだ何も聞けてない」

「そうですね。時間――」

「こんな時に悪いが、その喋り方って莉愛の真似なんだろ?もうバレてるんだし、元に戻してもいいんじゃないか?」


 結乃の見開かれた目は俺を見つめる。


「確かに、莉愛よりは少し砕けた喋り方だけど、正直、そこまで変わりませんよ。私、こう見えて姫ですから」

「…え?」

「言ってませんでしたっけ?私は前世の記憶を持った、あなたたちの言うところの転生者です」

「…」


 正直なところ、転生者の件については薄々勘づいてはいた。

 ラルドという騎士がラギリア帝国や、異国の英雄なんて言葉を使っていた時点で、可能性は考えていたが、いざ正面から言われると動揺するものだ。

 結乃の言葉でこれまでの情報の点と線が繋がっていく感覚がした。


「ラルドの言う姫は莉愛じゃなく、結乃だったってことはわかった。もう一つの疑問だった、昔の莉愛の話じゃ、ラルドと初対面のはずの莉愛がラルドの名前を呼んでたことだったんだが…。その様子じゃ、記憶も共有されていたのか?」


 結乃は少し驚いた様子を見せる。


「驚きました…。ちゃんと情報を整理できてたんですね」

「そりゃ、ずっと前から考えていたからな。今回のこれは答え合わせみたいなものだったんだ」

「そうですか。…時間がないので話を戻します。東雲君、ラルドに勝ちたいなら、莉愛を救いたいなら、今から言う2つの事を必ず実行してください」


 真剣な表情をした結乃の、力強い視線を受けゆっくりと頷く。


「1つは、紗優に会って下さい」

「紗優?なんでだ?」


 紗優は俺をこの場所に行かせないように妨害していたはずだ。

 会えば最悪、戦闘にすらなる可能性がある相手だぞ?


「東雲君はおかしいと思いませんでしたか?紗優が本気であなたの足止めをするなら、少なくとも沢田先生の『転移』という移動手段を潰していたはずです」


 確かにそうだ。

 あの紗優がそんなミスをするとは考えにくい。

 

「天宮本家の前に転移した瞬間にも、お父さんとお兄さんに待ち伏せされてたでしょう?」

「見てた?」

「いえ、見てませんよ。ただ、私が紗優の立場でも、同じことをしました」


 まったく、この姉妹たちはどこまで俺を驚かせれば気が済むんだ。

 それは置いといて、あれが全部計画だったのなら、俺が天宮本家へ紗優達より早くつくことは、前提だったということになる。

 

「紗優は莉愛の状況をいち早く察知し、行動をしていました。莉愛を救うために。それはあなたも理解しているでしょう?」

「ああ」

「紗優は見てわかる通り、完璧主義です。成功確率の低い計画は絶対に立てない」


 成功率が低い計画…か。

 それって、もしかして……


「気づきましたか?紗優はおそらく賭けたんでしょうね。あなたがこの地に自分たちより早く到着していること。豪造《お父さん》や櫻《兄さん》を納得させることに」


 完璧主義者に賭けをさせるほど、追い詰められていたということか…。

 でも、なんとなくだけど察しはつく。

 偶然、神葬光や優がここまでついてきてくれなかったら、きっと豪造さんと櫻に手間取る、もしくは負けていた。

 だから、紗優が見ていたのはきっと戦闘能力なんてものじゃない。

 状況を変える力だ。

 そう考えれば、確かにある程度の納得はいく。


「……で、紗優に会って何をすれば?」

「全部話し終わった後、刀を渡すので、紗優に『この刀に起動点をつけて』と言ってください」

「きどう…てん?」

「そのうちわかります。もう一つは、その刀をラルドのいる『双生ノ追憶』、その中心にある太い柱に突き刺してください。一瞬でいいです」

「……莉愛を救えるんだな?」

「はい」

「わかった。…それで結乃、これでお別れなんて言わないよな?」


 結乃は表情を変えずに言った。

 

「…柱に刀を刺したら、話す場を作ります」

「できるのか?」

「もちろんです。『追憶ノ双生』はラルドと私、そして莉愛の強い思いが形成しているのですから。ただ、あなたがその空間にいられる時間は長くないかと」


 あの『ゲート』の仕組みについてもっと聞きたいが、後でだな。


「結乃は……」


 聞こうとして、途中でやめた。

 多分、俺が聞こうとしたことを結乃も察したのだろう。

 どこか悲しそうに俯いた。

 

「今更、聞くことじゃなかったよな」

「…すいません、気を使わせちゃって」


 この言葉は、俺…そして結乃の覚悟を揺らがすものになってしまう。

 

「東雲君、この刀を持って先程言った2つのことを実行してください」


 結乃は、いつの間にか握っていた『万象龍の刀』を手渡してくる。


「ここって、一応精神世界みたいな扱いだよな?」

「…あなたには知る資格がある。私のいたラギリア帝国では、言い伝えがあるんです。『龍の因子は、所有者の魂に宿る』。この刀、龍の体の一部、それも核に近い部位で作られていますね。だから、この刀には龍の因子…正確に言えば『万象龍の因子』が存在し、それはあなたの魂と繋がっています。だからこそ、意識空間にも存在できるんです」

「せっかくの説明悪いが、頭が限界に近い」

「…そうですよね。なので、龍の因子については、田中勇人さんにお聞きください。彼は龍の因子に一番詳しいでしょうから」

「あぁ、機会があれば聞いとく」

「はい」


 結乃が返事をするのとほぼ同時、彼女と俺の持つ刀が薄く光を放った。


「は?何をしているんだ?」

「刀と同化しようと思いまして」

「ちょっと待――」

「――待っていいんですか?」


 わかっている。

 時間がないことぐらい…。

 でも、理由を聞かずにはいられなかった。

 

「はぁ…東雲君らしいです。いいですか?私は莉愛の中に存在している意識そのものです。実体のない私が現実へ行くには、こうするしか方法がありません。以上です」


 俺が口を開くより先に、結乃と刀の光が強くなる。

 その光は以前より莉愛が使っていた『合成』の時の発光と同じだ。

 気づいたときには、結乃の体が刀に吸い込まれていった。

 

〈現実へ戻っても会話はできますが、最低限にしてください。喋るのにも力を使うので。もし、力が無くなれば私はそのまま消滅して、存在が消えます。それは莉愛の救出が不可能になるのと同義です〉


 頭の中に、直接声が聞こえてくる。

 継承の間での初代とのやり取りと似た感覚だ。

 

「わかった」


 周囲を見る。

 花畑の外側から徐々に、光に包まれながらゆっくりと消えている。

 

「この世界ともお別れか」

〈そうですね。まああくまで意識空間のようなものですが〉


 刀を握り占め、木の根元へ視線を向ける。

 そこには、最初にはなかったはずの師匠の墓があった。


「母さん、行ってきます」


 墓に背を向け、この世界を消していく光の方へ歩く。


〈凪君はどうして進めるんですか?あなたなら理解しているはずです。この先の戦いの結末に、あなたはいない可能性が高い〉

 

 急に名前で呼ばれて驚くが、表情に出さず冷静に答える。


「結乃の言う通り、俺が生き残る可能性は低いだろうな。あんなバケモノ騎士と戦うんだ。覚悟はしている」


〈覚悟…ですか。大体の人の言う覚悟は口だけで、なかなかできないものですよ。あなたはとても強いですね〉


「強くなるしかなかったからな。自慢できるようなものじゃない」


 言い切った俺に、結乃は少しの間をおいて訊いてきた。


〈強くなるしかなかったと、あなたは言いました。それは、優凪さんの死に関係がありますか?〉


 彼女としても踏み込んだ質問である事は理解していたんだろう。


「そうだな。でも、今の俺を動かしているのはその強さじゃない。恩返しってのもなんか違うな。簡単に言えば、莉愛に…そして結乃、二人に笑っていてほしい。その思いだけが動かしてくれてるんだと思う」

〈……とことん英雄症候群ですね〉

「残念ながら、英雄になる資格はないけどな」

 

 眼前に迫った光に足を踏み入れるその瞬間、結乃の声が微かに聞こえた。


「いいえ。あなたはもう…私の『英雄』になりましたよ」


 視界全体が白に染まり、体の感覚がなくなった。

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