第71.5幕・窮屈
暖色の電灯が光る窮屈な居間へ、私は足を踏み入れた。
別に変わった事じゃない。
雨の日も、風の日も、夕方になればここに戻ってくるものだ。
…でも今日は、いつもと違う空気を感じる。
玄関の靴が、普段より一つ多かった。
たったそれだけの事で、ここまで違和感を覚えてしまうのが、何処か不思議でならない。
「――お帰り、オリちゃん。」
食卓の椅子に腰掛けたまま、お婆ちゃんは私に言った。
「…ただいま、お婆ちゃん。」
「源の奴、書斎に籠っとるよ。」
「知ってる。…ありがとう。」
私はスクールバッグを背中から下ろし、そっと床に置いた。
汗ばんだ背中に不快感を覚えながら、残暑で火照った身体を手で仰ぐ。
「…明日にはここを発つ、とも言っとったよ。」
「誰が?」
「源がよ。」
お婆ちゃんの言葉を耳にした途端、私の手は無意識の内に止まっていた。
「発つ…って、えっ…?でも、まだ――」
「ああ、戻ってきてからまだ1週間も経たない内に南米へ戻ると言うんだよ!半年間も連絡すら寄越さなかった癖して…!」
お婆ちゃんは声を荒げ、怒りを露わにした。私を出迎えてくれた人とは、まるで別人であるかのようだ。
…でも今は、そんな事はどうでも良い。
「全く、あの根無し草と来たら…居なくなった女なんかより、残された娘の為に出来る事があるだろうに…!オリちゃん、アンタの口からもガツンと言ってやりな!」
お婆ちゃんは、震える指で部屋の外を指した。
「…分かった。」
私は、言われるがままに居間を出た。
蛍光灯がチカチカと点滅する中、肩がぶつかりそうな程に狭い廊下を進んでいく。
それから間も無くして、扉の前に辿り着いた。
「帰ったよ――」
握りしめた手の甲で、扉を軽くノックする。
「――ただいま、お父さん。」
To Be Continued




