第69幕・地を駆ける恒星
「勝てそうかい?アミノ。」
ハルシアンは、アミノの背に問いかけた。
「…仮に負けそうなら、助けてくれるんですか?」
「私も部下を見殺しにする程薄情じゃないさ。君が死にそうになったら手を貸すよ。」
「ハァ…敵のスピードは見ての通り。"死にそう"と認識してからでは手遅れでしょうね。」
「随分と後ろ向きな返答をするじゃないか。君は今、助けて欲しいのかい?…だとしたら少し残念だな。こうもあっさり音を上げられちゃ、私が与えた"特異魔導士"の名も廃る――」
「勘違いしないで下さい。…勝算はあります。貴女は後ろで、静かに見守ってくれれば良い。」
アミノは振り向かぬまま、毅然した態度で答えた。
「…そう。じゃ、精々死なないように頑張りなよ。私は言われた通りにしてるからさ。」
・ ・ ・
幾重にもなった足跡と焼け跡は、草原に円を描き出していた。
…さながら、巨大なコンパスを用いたかのように。
(…攻めて来ない?魔力が尽きたか…?)
コナードゥは、円の中心に立つアミノから目を離す事なく走り続けている。
(いや、ノゾキーマを瞬殺した相手だ…この程度で無力化したとは思えねえ…!まだだ…!)
「「「どうしたァ!諦めたか?それとも絶望したか!?そ・れ・と・も…もう魔力が尽きたとかじゃないだろうなァ〜?」」」
魔法の使用を誘う為の挑発。
それがコナードゥの策だった。
言葉、声色、ついでに変顔。
あらゆる手段を用いて、アミノの怒りを誘う。
変顔に関しては、ブレて目視不可能だが…。
コナードゥには、アミノの魔法を全て回避する自信があった。
されど、慢心はしていない。
(俺は速い。だが…決着を焦って自滅するような馬鹿じゃねえ…!あらゆる危険を想定し、最適解を導き出して慎重に事を進める…俺のスピードは、その為の道具に過ぎねえ!)
「「「ホォ〜ラ!ビビって手も足も出ないのか?この腰抜け魔導士が――」」」
――その直後。
「――はっ…火…!?」
コナードゥの目の前に、火柱が出現した。
足は止まらない。コナードゥは炎を避けるべく身を捩った。
「グアッ…熱ッ…!」
だが、躱し切る事は叶わない。
頭髪の先が外炎に触れ、煙を上げる。
「――それだけ足が速いと、急に止まるのも一苦労ね。小回りも効かないでしょう?」
アミノは、火柱の裏から飛び出した影を睨む。
(俺の進行ルートを予想して…読み撃ちしやがったのか…!)
驚嘆からか、炎の熱さからか、コナードゥの身体はよろめき、僅かに減速する。
「…成程ね。君は目を慣らしていた訳だ。」
「ええ。最初はどれが残像でどれが本体かも分からなかったけど…アナタが罵詈雑言ばっか吐いて攻めて来ない腰抜けだったお陰で、チャンスを見つけられたわ。」
アミノは、再び指を突き出した――
「――ありがとう、腰抜けさん。」
コナードゥの視界の先で、次から次へと炎が巻き上がる。
炎はコナードゥの進路を塞ぎ、加速を妨げていく。
(畜生ッ…!1度減速しちまった所為で…動きが読まれてやがる!再び加速するにしても…全速力出したら目の前の炎にダイブしてセルフ火葬だ!!!)
コナードゥの独壇場…それは、獣も人も駆け回るような、地平線の見える草原である。
まさに、先程までのこの地である。
だが、ここはもう草原ではない。
焦土に芽吹く火柱の密林だ。
炭の雨が降り、灰が霧のように舞い広がっている。
コナードゥは、必死に火柱を躱し続ける。
躱して、躱して、躱し続ける。
それでも目の前には、新たな火柱が現れる。
その足跡が描くのは、歪みきった曲線。
コナードゥは、一転して減速し始めていた。
(あのクソ女…俺が隙を見せた途端にバカスカ撃って来やがって…!持久戦はもう不可能だ…どう考えたって俺が先に死ぬ!!!)
「アイツ…スピードを維持出来なくなっているね。」
「ある程度目で追える速度まで落ちてきました。攻撃を続ければいずれは当たるでしょう。…もっとも、相手がそれを理解していなければの話ですが。」
(チッ…スピードが出せねえ!これ以上減速すれば、回避すらままならなくなっちまう!)
走り続けるコナードゥと炎の距離が、新たに火柱が現れるにつれ段々と近くなっていく。
コナードゥの表情からは余裕が消え、代わりに焦りが滲み出していた。
コナードゥは悟っていた。
この身が炎に呑まれるのも、時間の問題であると。
(ならば…ここで決着をつけてやる――)
――コナードゥは踵を返した。
その足は円を踏み外し、身はアミノの方へと向けられる。
(安全策は捨てた!残すは強硬策…防御する間も、反撃の隙も与えてやらねえ…!)
コナードゥは再び加速を始めた。
足跡をなぞるように砂塵が巻き上がり、摩擦で大地に火が灯る。
「――ここまで俺を追い詰めたのはお前が初めてだ、クソ魔導士!ほんの礼だ…見せてやる!俺の最高速度をなァ!!!」
コナードゥは大地を踏みしめ、アミノ目掛けて飛び出した。
砂も土も、残された草すらも、凄まじい脚力によって爆煙の如く打ち上げられる。
まるで、大地そのものが爆ぜたかのように。
「――"超音速…レッグミサイル"!!!」
煙を突き破り、コナードゥが現れた。
その身は大気との摩擦により発熱し、恒星の如し光を纏っている。
生物としての域を超越した、圧倒的な速度。
今やアミノが相対しているのはモンスターではない。
大地を走る恒星なのだ。
光の矢が眼前に迫り来る中――アミノは静かに目を閉じる。
「 ――今よ…"ペプシ"! 」
そしてアミノは、ある者の名を叫んだ。
…その直後だった。
地響きと共に、大地に亀裂が走ったのは――
To Be Continued




