第66幕・夜を裂く炎
…テントの中、小さなランタンを取り囲む僕達。
放たれる光は微々たるものだが、この狭いテントにとっては十分な明るさだ。
「へえ〜!つまりヨシヒコ君は、この世界の人間じゃなかったのかい?」
「にわかには信じ難いが…あの日、リカブ・インも同じ事を言っていた。あの男も君も、無意味な嘘を吐くとは思えない。信じよう。」
僕はこの時初めて、自分が異世界人である事を明かした。
てっきり、既に伝えたものだと思い込んでいたが…。
マワリさん、そしてアレフさんと出会ってから3日…やっと腰を据えて話す場が出来た。
問題が解決した訳ではないが、僕達は束の間の安らぎを得たのだ。
「元居た世界はどんな感じだった――いや、これじゃ答えづらいか…。この世界に来て驚いた事は何だった?」
少し興奮した様子で、アレフさんは僕に問いかける。
「色々ありますけど…やっぱり一番は魔法ですね。僕の居た世界では、フィクションの中の存在でしかありませんでしたからね…。」
「魔法が無い世界か…。僕からすれば、まるで想像が…」
…想像がつかない、か。
確かにこの世界の人々にとって、魔法の存在は当たり前のもの。
水や空気の無い世界で暮らす自分を想像出来ないのと同じような――
「…つくな…普通に。」
…え?
予想外の返答に、僕の思考回路はフリーズする。
再び頭が回り始めて真っ先に分かったのは、先程の思考が全て無駄だったという事だ。
僕の戸惑いを悟ったのか、アレフさんは気まずそうに話し始める。
「いや…ほらね?魔法ってのは、全ての人にとって関係があるものじゃないんだ。実際、僕もマワリさんも魔法が使えないからね。」
…そう言えばそうだ。
今日の特訓を見る限りでは、アレフさんは魔法を使っている様子は無かった。
恐ろしく強いマワリさんでさえもだ。
「こういう、魔法が使えない人の事を何て言ったっけ…無法者?」
「"非術師"だ。アウトローみたいに言うな…。」
「魔法が使えるかどうかは、生まれ持った素質に左右される事が多くてね…。非術師のまま一生を終える人が殆どなんだ。ぶっちゃけ、無くても困らないというか…」
「俺も魔法を習得しようと努力した時期があったが…素質に恵まれなかったようだ。」
沈んだ声で呟くマワリさんの姿が、とても珍しく思えた。
既に強い彼にも、自分の強さについて思い悩む事があるのだろうか…?
「そういうものなんですね…。てっきり、呪文さえ知ってれば誰でも使えるのかと…。」
「まさか!それじゃあお年寄りから子供まで、誰でも危険な魔法が使えてしまうじゃないか!」
「誰でも力を使える世界が実在するとすれば、それは既に焼け野原になっているだろうな。」
「そ、そうですよね…アハハ…。」
…凄い勢いで否定されてしまった。
無限回廊でそれっぽい呪文を叫んでいた頃の自分が馬鹿みたいだ。
1週間前の自分の行いに羞恥心を覚えつつ、僕は作り笑いでそれを誤魔化した。
「で…でも、魔法が使えなくても"関係ない"とは限らなくないですか?生活の為に魔導兵器とか使ったり――」
「とんでもない!あんな高い物…」
「俺の年収でも買えるか分からない代物だぞ…。」
「そんなに…?」
…またもや食い気味に否定されてしまった。
昨日の変身レンジも警察署内の共用備品だったし、個人で魔導兵器を所有しているパターンの方が珍しいのか…。
「だからこそ驚いたな。君がリカブの家からコレを持ち出して来た時は…。」
マワリさんが指差す先にあるのは、リカブさんの家にあった"魔導給湯器"だ。
…40話以上も前に初出してから一切言及されていないので、存在を忘れていた人も多いだろう。
今日の夕飯はカップ麺。
しかし昨日の変身レンジ事件で、コンロもヤカンも何もかも消えてしまった。
災害時に贅沢は言えない――熱湯の調達は諦めて、冷たいカップ麺を食す他無いと考えていたその時、僕は魔導給湯器の存在を思い出したという訳だ。
「やはり妙だ…。平時ならば、戦士の仕事は引ったくりや万引きなどの軽犯罪を取り締まる程度で、給料は決して高くない。副業を加味したとしても、リカブにこれを購入する財力があったとは考えにくい…。」
…言われてみれば、確かに不自然だ。
リカブさんは、僕がこの世界で最初に出会った人物。だから僕は、彼の異常性を幾つも見逃していたのかもしれない。
当たり前のように魔法を使うし、魔導兵器だって家に置いてあるし…
…あんな大怪我しておきながら、何も言わず何処かへ行ってしまうし…。
「まあ、何だって良いじゃないですか。僕達が熱々のカップ麺にありつけるのも、この魔導給湯器のお陰なんですから!」
アレフさんはそう言うと、割り箸を胸元に掲げ、2つに割った。
「それもそうだな。3分経った頃だろうし、麺が伸びる前に食うとするか。」
「…2日連続で伸びたカップ麺は、少し辛いものがありますからね…。」
続けて僕達も、割り箸を手に取った。
パキッ、と乾いた音がテントの中に響く。
「あっ、変な割れ方しちゃった…。」
…割れ目は盛大に溝を逸れ、歪な線を描いていた。
「一応言うが、交換はしてやらないぞ。」
「…マワリさんの箸の方が悲惨な割れ方してません?」
彼の手元には、短い棒と長い棒が1本ずつあった。
それが既に箸としての機能を果たせない事は、誰の目にも明らかだった。
「えっ…?はッ…箸が…どうしてそんなッ…フフッ――」
僕の横では、アレフさんが必死に笑いを堪えている。
「アレフ、交換してくれ。」
「えっ!?」
「…冗談だ。」
僕は2人を横目に、カップ麺の蓋を剥がす。
白い湯気が、僕の顔を目掛けて立ち上ってきた。
・ ・ ・
「食い終わったゴミは、このビニール袋に放り込んでくれ。」
結んだ袋を解きながら、マワリさんは言った。
「いやあ、魔導兵器様々だなあ…。戦士さんが戻ってくるまでの間、この給湯器は有難く使わせて貰おうか。」
「アレフさん、さっきは"魔法は無くても困らない"って言ってましたよね…。」
「あくまで平時の話さ!今は電気とかも止まってるからね…。」
裏を返せば、災害でも起きない限り、生活の場に魔法は必須ではないのだろう。
事実、この世界には車もテレビも自動ドアもある。
僕が元いた世界と、限りなく近いレベルの科学技術が存在しているのだ。
イメージするならば、平成初期の日本が近いだろうか。
もっとも、僕が生まれたのは平成後期だから偏見でしかないが…スマホとか無さそうだし、そんなものだろう。
「あんな事は言ったけれど…魔法が無くなれば、大きく変わるものがあるだろうね。」
アレフさんは、何処か落ち着いた声色で呟く。
「…何ですか?」
僕には想像がつかない。
僕が思っていたより、僕はこの世界を知らなかったのだ。
今はただ、アレフさんの返答を待つばかりだ。
「戦争だよ。魔法抜きの戦争なんて、考えられない。」
「戦争…確かモンスターにも、強い魔法を使う奴が――」
…そこまで呟いた時、アレフさんは首を横に振った。
僕は口を閉じた。
「人間同士の、戦争だよ。」
…この世界に来てから、忘れていた。
閉じてしまった口が、開かない。
結局何処へ行ったって、戦争は――
「魔法は長らく戦争の道具だった。魔導兵器が"兵器"と呼ばれているのも、魔法技術の殆どが軍事転用されている事が由来している。魔術学会が生活への転用に向けて取り組まなければ、民衆は魔導兵器の存在を知る事も無かっただろうな。」
マワリさんは至って冷静に、アレフさんの言葉を補足した。
僕は何も言えずにいたが、心の内では憂いが根を伸ばしつつあった。
罪の無い人々が傷つくのを嫌って、勇者になった筈だった。
なのに結局、魔王なんか居なくても人間同士で傷つけ合うんだったら…
…僕の理想は、無謀なんじゃないか。
――その時だった。
微かに地面が震え、テントの外から中へ、夕焼けのような光が流れ込んで来た。
とうに日は沈んだ筈――
そう思った直後、空から弾けるような轟音が響いてきた。
「うわあッ!?何だ!?何の音だ!?」
アレフさんは慌ててテントから飛び出した。
僕は恐る恐る、開きっぱなしのテントの出入口から外を覗く。
「…なっ…何だアレは…!?」
見えたのは、この丘を埋め尽くす林の先、村の民家が途切れる境界の先で燃え上がる、雲すら貫く巨大な火柱だった。
To Be Continued




