第63幕・隙
マワリの頭には、ある疑問が浮かんでいた。
(この子供は、本当に偽の魔王を討伐したのか?)
目下、息を切らして土に寝転ぶ少年の姿がそう思わせていた。
(剣の振り方も、握り方もなっていない…。アレフと違い、コイツの持ち武器は剣だった筈。)
剣…というか、デカいバターナイフに見えるが、それは今はどうでもいい。
マワリはそう考え、その思考を頭から弾き出した。
(勇者を名乗っていると聞いたが…これでは素人も同然だ。)
弱い。
この1日、マワリがヨシヒコに対して抱いた感想はそれだった。
(…いや、余念だな。コイツの弱さは、"コイツ自身"が一番理解している。だから俺の元に、教えを乞いに来たんだ。)
マワリの頭には、暗闇に包まれた路地が浮かんでいた。
(それにあの夜…コイツは自分の身を顧みず、暴漢2人に立ち向かった――その"意志の強さ"は確かだ。)
傷付き、血を流しながらも、暴漢に手を伸ばすヨシヒコの姿を、マワリは鮮明に思い出す。
(ならば俺は…弱さを変えたいという熱意も、無謀ながら力を尽くす覚悟も、徒労で終わらせはしない。…それが、今の俺が背負うべき責任だ。)
弱い。
だが、強さを内包している。
その内包した強さが、何をもたらすのかは分からない。
それでも、マワリは確信した。
この特訓は、決して無駄にはならないと。
・ ・ ・
…強くなる為なら、どんな事でもする覚悟だった。
でも今は…その覚悟に迷いが生じている。
"どんな事でもする覚悟"…それをモノにするのは、"どんな事でも出来る"強い人間だ。
なのに僕は――あまりにも弱い。
地面に大の字になって、赤い空を仰いだまま、僕は考えている。
「あ〜っ…駄目だ…これじゃ、強くなる前に死ぬぅ〜っ…」
真横ではアレフさんが、譫言のように弱音を吐いていた。
その声色には、まるで生気が込もっていない。
視界の外のアレフさんがどんな顔色をしているのか、容易に想像がついた。
「立て。それとも、真夜中まで戦い続ける気か?」
…………
マワリさんの呼び掛けを受けてなお、僕達はただ沈黙する事しか出来ない。
最早、立ち上がる気力さえも――
「"強くなりたい"。そう願っていたのは、お前達だった筈だろう?」
「無理…ですよ…。だって貴方…強過ぎるんですから…。」
アレフさんが呻くように言った。
「この村を襲った魔王軍幹部"四大魔人"…俺は奴等に敗れた。その俺に手も足も出ないようでは、魔王を倒すなど夢物語だ。」
「…分から…ないんです。」
「ヨシヒコ君…?」
僕は、いつの間にか――
「分からないんです…!このまま強さを追い求める事が、正しいのかどうか…!僕は…」
空に手を伸ばして、言葉を口走っていた。
「悔しい…手が届かない事が、悔しいんです…!"僕には無理だった"って、そう思えてくるんです…!」
「…お前達の考えは良く分かった。」
マワリさんは僕達に背を向け、木刀を地面に放り投げた。
…怒っているのだろうか。
それとも失望したのだろうか。
マワリさんがどんな顔をしているのか、僕には見えない。
ただ、無力感がぶり返すのみだった。
「お前達は誤解している。格上と渡り合う強さは…決してお前達の手が届かないものではない。」
…その時、マワリさんが呟いた。
僕達は身体を起こし、マワリさんの背に目線を向ける。
「…どういう事です?」
アレフさんが尋ねる。
「努力に近道は無い。力の差を短期間で埋めるのは、確かに不可能だ。だが――」
マワリさんは振り向いて、僕達の方を見た。
「一瞬だけでも、追いつく術がある。それが"隙を見つける事"だ。」
「…いや、そんな正解発表みたいに言われても…。見つけれるもんならとうに見つけてますよ…!」
アレフさんが顔いっぱいに不満を浮かべて反論した。
実際そうだ。
今日一日、数え切れない程に戦ってきたが、マワリさんが隙を見せた事なんて無かった。
或いは、見つける間も無かったと言うべきか…。
「物事には順序があるんだ…魚を知らない人間を漁に行かせたりはしないぞ、俺は。」
「…遠回しに、僕達をとんでもない素人だと言ってます?」
「いや、直球で言ったつもりだが…不機嫌そうに睨むな、アレフ。」
「…で、本題に戻って貰えます?」
「話を脱線させたお前が言うか…。」
「"脱線させた"って…あんな毒のある言い方されちゃ黙ってられないですよ…!その辺――」
ああ、また始まった…。
何処か大人げないマワリさん、さっきまで満身創痍だったのに、口論になった途端饒舌になるアレフさん。
彼等のくだらない論争を、ただボーッと見つめるこの時間が…何故か懐かしく思えた。
(「通谷!準備室の換気扇は切れって言ったでしょ!"大量に加湿器を並べて室内に雨を降らせる実験"が台無しじゃないのよ!」)
(「俺じゃないっすよ!換気扇のスイッチには指一本触れてないし…てか、そんな事してもカビ生えるだけじゃ…」)
(「やってみるまで分からないじゃない!」)
…帰りたい…元の世界に…。
To Be Continued




