↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の記憶  作者: ケンジ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/22

百年の壁

第一部 創造された世界

科学が高度に発展した未来。意識科学の研究者ユウは、繰り返し見る奇妙な夢をきっかけに、人類の歴史に隠された謎へと近づいていく。


人間とは何か。意識とは何か。そして、創造主とは何者なのか。


科学と哲学が交差するSFミステリー。

人間は、なぜ死ぬのだろう。


ユウは、その問いに何度も向き合ってきた。


生命活動が停止するから。


身体の機能を維持できなくなるから。


意識を支える神経系が、正常に働かなくなるから。


どれも、科学的には正しい説明だった。


しかし、それらは死に至る過程を説明しているだけで、なぜその過程を避けられないのかという問いには、十分に答えていなかった。


医学は進歩した。


多くの感染症が克服され、損傷した器官の修復も可能になった。


かつて人々を苦しめていた病気の多くは、今では治療できる。


それでも、人間は死ぬ。


およそ百年。


それが、現在の人間に与えられた時間だった。


*


「九十八歳ですか」


カイが言った。


ユウは端末に表示された資料を見つめていた。


《被験者番号:C-1047》


《年齢:98歳》


《研究参加期間:31年》


《主要観察項目:長期記憶保持、自己認識、神経活動の安定性》


「長いですね」


カイが続けた。


「三十一年間も研究に協力してくれていたんですね」


「そうだね」


ユウは静かに答えた。


被験者の名前は、エルナ。


長年、意識科学研究所の研究に協力してきた女性だった。


ユウが研究所に入った頃には、すでに研究対象者として登録されていた。


彼女は、記憶の維持や自己認識に関する研究に積極的だった。


毎年の検査を欠かさず、研究者たちの質問にも丁寧に答えてくれた。


そして、いつも最後に同じことを尋ねた。


『私の記憶は、まだ私のものですか?』


ユウは、その質問をよく覚えていた。


「今日、面談があるんですよね」


カイが言った。


「ああ」


「僕も同席していいですか?」


「もちろん」


ユウは端末を閉じた。


「ただ、今日は通常の検査とは少し違う」


「どういうことです?」


「研究への参加を終了したいそうだ」


カイは驚いた。


「どうして?」


「本人から直接聞こう」


*


エルナは、研究所の面談室で待っていた。


白い髪を短く整え、淡い青色の服を着ている。


背筋はまっすぐだった。


九十八歳という年齢を感じさせないほど、姿勢がよかった。


「お久しぶりです、エルナさん」


ユウが声をかけると、彼女は微笑んだ。


「ユウ先生。お元気そうね」


「先生はやめてください。僕は医師ではありませんから」


「何度言われても、ついね」


エルナは楽しそうに笑った。


カイが挨拶すると、彼女は丁寧に会釈した。


「若い方が増えたのね」


「カイです。よろしくお願いします」


「こちらこそ」


三人は席に着いた。


ユウは、面談記録を開いた。


「研究参加の終了を希望されていると伺いました」


「ええ」


「理由をお聞きしても?」


エルナは窓の外を見た。


「もう、十分かなと思って」


「十分?」


「三十一年も協力したんですもの。そろそろ、残りの時間を自分のために使いたくなったの」


ユウは頷いた。


「もちろん、そのお気持ちは尊重します」


「ありがとう」


エルナは微笑んだ。


「それにね、最近、少しずつ忘れることが増えてきたの」


ユウは端末に目を落とした。


直近の検査では、記憶の統合に関わる神経活動の低下が確認されていた。


年齢を考えれば、珍しいことではなかった。


「検査結果にも、変化が見られています」


「そうでしょうね」


エルナは落ち着いていた。


「昨日、昔の友人の名前が思い出せなかったの」


「そうでしたか」


「顔は覚えているのよ。一緒に旅行したことも、喧嘩したことも」


彼女は小さく笑った。


「でも、名前だけが出てこない」


ユウは黙って聞いていた。


「不思議ね。あんなに長い時間を一緒に過ごしたのに」


エルナは、自分の手を見つめた。


「私の中から、少しずつ何かが消えていくみたい」


カイが静かに尋ねた。


「怖くありませんか?」


エルナは顔を上げた。


「怖いわよ」


その答えは、あまりにも自然だった。


「でもね、怖いからって、どうにかなるものでもないでしょう?」


彼女は微笑んだ。


「だから、忘れてしまう前に、会いたい人に会っておこうと思ったの」


ユウは頷いた。


「いいと思います」


「でしょう?」


エルナは、少しだけ表情を曇らせた。


「ただ、一つだけ気になることがあるの」


「何でしょう」


「私がすべてを忘れたら、私はまだ私なのかしら」


ユウは、すぐには答えられなかった。


それは、意識科学の根本に関わる問いだった。


記憶。


人格。


自己認識。


それらが変化しても、同じ人間であり続けることはできるのか。


「……難しい問題ですね」


ユウが答えると、エルナは笑った。


「研究者なのに?」


「研究者だからこそ、簡単には答えられません」


「そう」


エルナは満足そうに頷いた。


「それなら、安心したわ」


「安心?」


「あなたたちが、まだ考えてくれているってことだから」


ユウは彼女を見つめた。


エルナは続けた。


「いつか、誰かが答えを見つけるのでしょうね」


「そう願っています」


「その頃には、私はいないでしょうけど」


彼女は、まるで天気の話をするように言った。


ユウは何も言えなかった。


*


面談が終わったあと、カイはしばらく黙っていた。


研究室に戻る途中、ようやく口を開いた。


「……すごい人ですね」


「そうだね」


「僕だったら、あんなに落ち着いていられないと思います」


「僕もだよ」


カイは驚いたようにユウを見た。


「ユウさんでも?」


「当然だろう」


ユウは苦笑した。


「死ぬのは怖いよ」


「でも、意識の研究をしているじゃないですか」


「研究しているから、怖くなくなるわけじゃない」


カイは少し考えた。


「そうですよね」


二人は廊下を歩いた。


しばらくして、カイが言った。


「エルナさんの記憶を保存することはできないんですか?」


「記録としてなら、できる」


「それを使って、人格を再現することも?」


「ある程度は可能だろうね」


「じゃあ、それで……」


カイは言葉を止めた。


ユウは静かに答えた。


「再現された人格が、エルナさん本人なのかどうかは分からない」


カイは黙った。


「同じ記憶を持っていて、同じように話す存在を作れたとしても、それが同じ意識を持つとは限らない」


「……そうですね」


「僕たちは、記憶の仕組みをかなり理解している。でも、意識そのものについては、まだ分からないことが多い」


カイは小さく頷いた。


「百年の壁、ですね」


ユウは足を止めた。


「百年の壁?」


「最近、医学研究院でそう呼ばれているそうです」


「初めて聞いたな」


「身体の維持技術は進歩しているのに、神経系の長期安定性だけが、どうしても限界を超えられない」


カイは続けた。


「平均寿命は延びても、百歳を大きく超えて生きる人はほとんどいない。だから、百年の壁」


ユウは考え込んだ。


百年。


長いようで、短い時間だった。


*


その日の午後。


ユウは、過去の寿命に関する研究資料を調べていた。


現在の人間の寿命は、おおむね百年前後に集中している。


もちろん個人差はある。


若くして亡くなる人もいれば、百歳を超えて生きる人もいる。


しかし、長寿記録を調べても、極端に長く生きた例はほとんど見つからなかった。


「……不思議だな」


ユウは呟いた。


身体の修復技術は、長い時間をかけて進歩してきた。


それなのに、寿命の上限は大きく変わっていない。


古代の人類は、さまざまな病気によって命を落としていた。


医療技術が発達していなかった時代には、平均寿命も短かった。


しかし、古い記録の中には、百歳を超えて生きた人間の例もあった。


もちろん、記録の正確性には疑問が残る。


それでも、ユウには一つの疑問が生まれていた。


現在の人間は、古代の人間よりもはるかに高度な医療技術を持っている。


それなのに、なぜ寿命の上限は大きく変わらないのだろう。


ユウは、研究資料を並べた。


神経活動の低下。


記憶統合機能の衰え。


自己認識の不安定化。


どれも、高齢期に見られる現象だった。


しかし、原因については、複数の仮説が存在していた。


神経組織の長期的な劣化。


情報処理の蓄積による負荷。


修復機構の限界。


いずれも、一定の説明力を持っている。


だが、決定的ではなかった。


ユウは、ある研究報告に目を留めた。


《高齢期における神経活動の変化は、個体間で比較的類似した傾向を示す》


ユウは眉をひそめた。


類似した傾向。


それ自体は、不思議なことではない。


同じ種の生物であれば、老化の過程にも共通点がある。


しかし、現在の人間は、身体の状態を長期間維持できる。


生活環境も、病歴も、治療歴も異なる。


それでも、神経機能の低下は、多くの人に共通して現れる。


ユウは、その報告を保存した。


そして、セインにメッセージを送った。


《古代の人類の寿命について、信頼できる記録はありますか?》


返信は、しばらくして届いた。


《あります。ただし、年代や年齢の記録には不確かな部分も多いです》


ユウは続けた。


《現在の人間と比較したいのですが》


今度は、すぐに返信があった。


《興味深いですね。明日、歴史研究院に来られますか?》


ユウは予定を確認した。


《午後なら可能です》


《では、お待ちしています》


ユウは端末を閉じた。


最近、セインと話す機会が増えていた。


専門分野は違う。


しかし、彼と話していると、自分が当たり前だと思っていたことを、別の角度から見直すことができた。


それが、心地よかった。


*


翌日。


歴史研究院の研究室で、セインは古い資料を広げていた。


「お待ちしていました」


「ありがとうございます」


ユウが席に着くと、セインは複数の文献を表示した。


「古代人類の寿命に関する記録です」


画面には、さまざまな時代の人々の名前と年齢が並んでいた。


「古い記録では、年齢の数え方が地域によって異なります」


セインが説明した。


「そのため、現在の年齢に換算すると誤差が生じる場合があります」


「なるほど」


「それに、長寿を象徴的に表現した記録もあります」


「実際より長く生きたことにされている?」


「そういう可能性もあります」


ユウは頷いた。


「では、比較には注意が必要ですね」


「ええ」


セインは資料を切り替えた。


「ただ、比較的信頼性の高い医療記録も残っています」


そこには、古代の患者の年齢や治療内容が記されていた。


ユウは、しばらく資料を読み進めた。


「……やはり、百歳を超えた例はありますね」


「ええ」


「医療技術が現在ほど発達していなかったのに」


「ただし、例外的な長寿だった可能性があります」


「もちろんです」


ユウは資料を見つめた。


「でも、興味深いですね」


「何がです?」


「現在の人間は、身体の機能を長期間維持できます」


「ええ」


「それでも、寿命はおよそ百年で頭打ちになる」


セインは黙って聞いていた。


「古代の人間も、まれに百歳を超えていた。つまり、寿命の上限だけを見ると、医学の進歩ほど大きな差がない」


「確かに」


「なぜなんでしょう」


セインは少し考えた。


「ユウさんは、どう考えていますか?」


「神経系に、まだ解明されていない制約があるのかもしれません」


「制約?」


「身体を修復できても、意識を支える機能には限界がある。そういう可能性です」


セインは頷いた。


「なるほど」


しばらく沈黙が続いた。


やがて、セインが言った。


「ユウさん」


「はい」


「あなたは、永遠に生きたいと思いますか?」


ユウは驚いた。


「永遠に?」


「ええ」


「……考えたことはありますが」


「答えは?」


ユウは少し考えた。


「分かりません」


セインは微笑んだ。


「そうですか」


「セインさんは?」


セインは窓の外を見た。


「昔は、そう思っていました」


「昔は?」


「ええ」


ユウは、セインの横顔を見つめた。


その表情には、これまで見たことのない静けさがあった。


「今は違うんですか?」


セインは、少しだけ笑った。


「永遠に生きたいというより、終わってほしくない時間があったんです」


ユウは何も言わなかった。


セインは、それ以上説明しなかった。


ユウも、尋ねなかった。


ただ、その言葉が妙に心に残った。


*


研究院を出る頃には、空が赤く染まり始めていた。


ユウとセインは、建物の前を並んで歩いた。


「今日はありがとうございました」


ユウが言うと、セインは首を振った。


「こちらこそ。古い資料を、現在の科学と比較するのは面白いですね」


「僕もそう思います」


「ところで、ユウさん」


「はい」


「ご家族はいらっしゃるんですか?」


「妻と娘がいます」


「娘さんは、おいくつです?」


「七歳です」


「それは、かわいい盛りですね」


ユウは笑った。


「毎日、質問攻めですよ」


「いいことです」


セインは微笑んだ。


「子どもは、大人が当たり前だと思っていることを、平気で疑いますから」


「本当にそうですね」


ユウは、朝のリナとの会話を思い出した。


昔の人と今の人って、同じ人間なんだよね?


あの質問も、リナにとっては何気ないものだったのだろう。


しかし、ユウの中には、今も残っていた。


「セインさんは?」


ユウが尋ねた。


「ご家族は?」


セインは、少しだけ歩く速度を落とした。


「……以前は、いました」


ユウは言葉を失った。


セインは、すぐに穏やかな表情に戻った。


「妻がいたんです」


「そうだったんですね」


「ええ」


しばらく沈黙が続いた。


ユウは、それ以上尋ねなかった。


セインも、何も言わなかった。


二人は、研究院の入口まで歩いた。


別れ際、セインが言った。


「ユウさん」


「はい」


「今度、娘さんのお話を聞かせてください」


ユウは頷いた。


「もちろんです」


セインは微笑んだ。


「楽しみにしています」


*


その夜。


ユウは、リナの寝室にいた。


リナは布団に入り、眠そうに目をこすっていた。


「お父さん」


「何?」


「人間って、何歳まで生きるの?」


ユウは少し驚いた。


「どうして?」


「学校で、昔の人の寿命を勉強したんだ」


「そうか」


「今の人は、百歳くらいまで生きるんでしょ?」


「そうだね」


「じゃあ、お父さんは、あと何年?」


ユウは思わず笑った。


「急に難しい計算をするね」


「だって、気になるもん」


ユウは少し考えた。


「僕は三十八歳だから……六十年くらいかな」


リナは指を折って数え始めた。


しかし、途中で諦めた。


「六十年って、長い?」


「長いと思うよ」


「じゃあ、私がおばあちゃんになっても、お父さんはいる?」


ユウは答えようとした。


しかし、言葉が出なかった。


リナは七歳。


六十年後には、六十七歳になる。


その頃、自分は九十八歳だ。


生きている可能性はある。


しかし、確かなことは言えなかった。


「……できるだけ、長く一緒にいたいな」


ユウは静かに答えた。


リナは少し考えた。


「じゃあ、約束ね」


「何を?」


「長く一緒にいること」


ユウは微笑んだ。


「うん。約束」


リナは満足そうに頷いた。


「おやすみ、お父さん」


「おやすみ」


ユウは、娘の額にそっと手を置いた。


温かかった。


その温かさが、なぜか胸に残った。


*


寝室に戻ると、ミナが本を読んでいた。


「リナ、寝た?」


「うん」


ユウは隣に腰を下ろした。


「今日、変なことを聞かれたよ」


「何?」


「あと何年生きられるのかって」


ミナは本を閉じた。


「学校で寿命の勉強をしてたからね」


「そうみたい」


ユウは天井を見つめた。


「百年って、長いと思う?」


ミナは少し考えた。


「どうだろう」


「僕たちは、まだ半分も生きていない」


「そうね」


「でも、残りの時間が決まっていると思うと、短く感じる」


ミナは、ユウの手を取った。


「そんなこと考えてたの?」


「最近、研究で高齢の人と話す機会があってね」


「そう」


「自分の記憶が少しずつ失われていくって、どんな気持ちなんだろう」


ミナは黙って聞いていた。


「もし僕が、君のこともリナのことも忘れてしまったら……」


ユウは言葉を止めた。


ミナは、しばらく考えていた。


そして、静かに言った。


「そのときは、私が覚えてるわ」


ユウはミナを見た。


「……え?」


「あなたが忘れても、私が覚えてる」


ミナは微笑んだ。


「リナも覚えてる。あなたがどんな人だったか、何をしてきたか、ちゃんと覚えてる」


ユウは黙った。


「だから、全部なくなるわけじゃないと思うの」


ミナは続けた。


「あなたが忘れてしまっても、私たちが一緒に過ごした時間まで消えるわけじゃないでしょう?」


ユウは、ゆっくり頷いた。


「……そうだね」


ミナは笑った。


「それに、まだずいぶん先の話よ」


「そうだね」


「今からそんなに心配してたら、疲れちゃうわ」


ユウは笑った。


「確かに」


ミナは再び本を開いた。


ユウは、その横顔を見つめた。


自分が忘れても、誰かが覚えている。


それは、科学的な答えではなかった。


しかし、今のユウには、十分な答えのように思えた。


*


数日後。


ユウは、エルナから短いメッセージを受け取った。


《ユウ先生へ》


《長い間、本当にありがとうございました》


《研究所で過ごした時間は、私にとって大切な思い出です》


《これからは、家族や友人とゆっくり過ごそうと思います》


《最後に、一つだけお願いがあります》


ユウは、続きを読む。


《もし、いつか意識の謎が解けたら、私のことを思い出してください》


《私が生きていたことを、覚えていてください》


ユウは、しばらく画面を見つめていた。


そして、返信を書いた。


《もちろんです》


《エルナさんのことは、忘れません》


送信したあと、ユウは端末を閉じた。


窓の外では、いつもと変わらない都市の風景が広がっていた。


人々は、今日も生活している。


仕事をし、笑い、誰かを愛し、眠りにつく。


その一つ一つが、いつか終わる。


ユウは、ふと考えた。


人間の身体は、これほどまでに高度になった。


多くの病気を克服し、かつては不可能だったことを可能にしてきた。


それでも、百年という時間の壁を越えられない。


なぜなのだろう。


ユウは、机の上に置かれた研究資料を開いた。


そこには、高齢期の神経活動の変化を示す波形が並んでいた。


ユウは、その波形を見つめた。


そして、以前、自分の睡眠測定で記録された波形を思い出した。


一定の間隔で繰り返される、小さな振動。


ユウは、二つの記録を並べた。


一方は、睡眠中の神経活動。


もう一方は、高齢期の神経活動。


しばらく見比べた。


「……似ている?」


ユウは、波形を拡大した。


完全に同じではない。


周期も、振幅も異なる。


しかし、変化の仕方に、どこか共通する特徴があった。


ユウは、解析を開始した。


画面に数値が表示される。


相関係数。


周期成分。


同期の傾向。


結果は、統計的に有意とは言えなかった。


ユウは小さく息を吐いた。


「……気のせいか」


そう呟いて、画面を閉じようとした。


しかし、手が止まった。


もし、睡眠中の意識と、老化によって失われていく意識に、何か共通する仕組みがあるとしたら。


ユウは、その考えを記録した。


《仮説:睡眠時の意識変化と高齢期の神経機能低下に、共通する制御機構が存在する可能性》


そして、端末を閉じた。


まだ、何も分かっていない。


だが、調べる価値はある。


ユウは窓の外を見た。


夜の都市が、静かに光っていた。


遠くで、輸送機の光が流れていく。


ユウは、エルナの言葉を思い出した。


『私の記憶は、まだ私のものですか?』


そして、ミナの言葉を。


『あなたが忘れても、私が覚えてる』


ユウは、静かに目を閉じた。


人間は、なぜ百年しか生きられないのだろう。


その問いは、まだ答えのないまま、彼の中に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。