百年の壁
第一部 創造された世界
科学が高度に発展した未来。意識科学の研究者ユウは、繰り返し見る奇妙な夢をきっかけに、人類の歴史に隠された謎へと近づいていく。
人間とは何か。意識とは何か。そして、創造主とは何者なのか。
科学と哲学が交差するSFミステリー。
人間は、なぜ死ぬのだろう。
ユウは、その問いに何度も向き合ってきた。
生命活動が停止するから。
身体の機能を維持できなくなるから。
意識を支える神経系が、正常に働かなくなるから。
どれも、科学的には正しい説明だった。
しかし、それらは死に至る過程を説明しているだけで、なぜその過程を避けられないのかという問いには、十分に答えていなかった。
医学は進歩した。
多くの感染症が克服され、損傷した器官の修復も可能になった。
かつて人々を苦しめていた病気の多くは、今では治療できる。
それでも、人間は死ぬ。
およそ百年。
それが、現在の人間に与えられた時間だった。
*
「九十八歳ですか」
カイが言った。
ユウは端末に表示された資料を見つめていた。
《被験者番号:C-1047》
《年齢:98歳》
《研究参加期間:31年》
《主要観察項目:長期記憶保持、自己認識、神経活動の安定性》
「長いですね」
カイが続けた。
「三十一年間も研究に協力してくれていたんですね」
「そうだね」
ユウは静かに答えた。
被験者の名前は、エルナ。
長年、意識科学研究所の研究に協力してきた女性だった。
ユウが研究所に入った頃には、すでに研究対象者として登録されていた。
彼女は、記憶の維持や自己認識に関する研究に積極的だった。
毎年の検査を欠かさず、研究者たちの質問にも丁寧に答えてくれた。
そして、いつも最後に同じことを尋ねた。
『私の記憶は、まだ私のものですか?』
ユウは、その質問をよく覚えていた。
「今日、面談があるんですよね」
カイが言った。
「ああ」
「僕も同席していいですか?」
「もちろん」
ユウは端末を閉じた。
「ただ、今日は通常の検査とは少し違う」
「どういうことです?」
「研究への参加を終了したいそうだ」
カイは驚いた。
「どうして?」
「本人から直接聞こう」
*
エルナは、研究所の面談室で待っていた。
白い髪を短く整え、淡い青色の服を着ている。
背筋はまっすぐだった。
九十八歳という年齢を感じさせないほど、姿勢がよかった。
「お久しぶりです、エルナさん」
ユウが声をかけると、彼女は微笑んだ。
「ユウ先生。お元気そうね」
「先生はやめてください。僕は医師ではありませんから」
「何度言われても、ついね」
エルナは楽しそうに笑った。
カイが挨拶すると、彼女は丁寧に会釈した。
「若い方が増えたのね」
「カイです。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
三人は席に着いた。
ユウは、面談記録を開いた。
「研究参加の終了を希望されていると伺いました」
「ええ」
「理由をお聞きしても?」
エルナは窓の外を見た。
「もう、十分かなと思って」
「十分?」
「三十一年も協力したんですもの。そろそろ、残りの時間を自分のために使いたくなったの」
ユウは頷いた。
「もちろん、そのお気持ちは尊重します」
「ありがとう」
エルナは微笑んだ。
「それにね、最近、少しずつ忘れることが増えてきたの」
ユウは端末に目を落とした。
直近の検査では、記憶の統合に関わる神経活動の低下が確認されていた。
年齢を考えれば、珍しいことではなかった。
「検査結果にも、変化が見られています」
「そうでしょうね」
エルナは落ち着いていた。
「昨日、昔の友人の名前が思い出せなかったの」
「そうでしたか」
「顔は覚えているのよ。一緒に旅行したことも、喧嘩したことも」
彼女は小さく笑った。
「でも、名前だけが出てこない」
ユウは黙って聞いていた。
「不思議ね。あんなに長い時間を一緒に過ごしたのに」
エルナは、自分の手を見つめた。
「私の中から、少しずつ何かが消えていくみたい」
カイが静かに尋ねた。
「怖くありませんか?」
エルナは顔を上げた。
「怖いわよ」
その答えは、あまりにも自然だった。
「でもね、怖いからって、どうにかなるものでもないでしょう?」
彼女は微笑んだ。
「だから、忘れてしまう前に、会いたい人に会っておこうと思ったの」
ユウは頷いた。
「いいと思います」
「でしょう?」
エルナは、少しだけ表情を曇らせた。
「ただ、一つだけ気になることがあるの」
「何でしょう」
「私がすべてを忘れたら、私はまだ私なのかしら」
ユウは、すぐには答えられなかった。
それは、意識科学の根本に関わる問いだった。
記憶。
人格。
自己認識。
それらが変化しても、同じ人間であり続けることはできるのか。
「……難しい問題ですね」
ユウが答えると、エルナは笑った。
「研究者なのに?」
「研究者だからこそ、簡単には答えられません」
「そう」
エルナは満足そうに頷いた。
「それなら、安心したわ」
「安心?」
「あなたたちが、まだ考えてくれているってことだから」
ユウは彼女を見つめた。
エルナは続けた。
「いつか、誰かが答えを見つけるのでしょうね」
「そう願っています」
「その頃には、私はいないでしょうけど」
彼女は、まるで天気の話をするように言った。
ユウは何も言えなかった。
*
面談が終わったあと、カイはしばらく黙っていた。
研究室に戻る途中、ようやく口を開いた。
「……すごい人ですね」
「そうだね」
「僕だったら、あんなに落ち着いていられないと思います」
「僕もだよ」
カイは驚いたようにユウを見た。
「ユウさんでも?」
「当然だろう」
ユウは苦笑した。
「死ぬのは怖いよ」
「でも、意識の研究をしているじゃないですか」
「研究しているから、怖くなくなるわけじゃない」
カイは少し考えた。
「そうですよね」
二人は廊下を歩いた。
しばらくして、カイが言った。
「エルナさんの記憶を保存することはできないんですか?」
「記録としてなら、できる」
「それを使って、人格を再現することも?」
「ある程度は可能だろうね」
「じゃあ、それで……」
カイは言葉を止めた。
ユウは静かに答えた。
「再現された人格が、エルナさん本人なのかどうかは分からない」
カイは黙った。
「同じ記憶を持っていて、同じように話す存在を作れたとしても、それが同じ意識を持つとは限らない」
「……そうですね」
「僕たちは、記憶の仕組みをかなり理解している。でも、意識そのものについては、まだ分からないことが多い」
カイは小さく頷いた。
「百年の壁、ですね」
ユウは足を止めた。
「百年の壁?」
「最近、医学研究院でそう呼ばれているそうです」
「初めて聞いたな」
「身体の維持技術は進歩しているのに、神経系の長期安定性だけが、どうしても限界を超えられない」
カイは続けた。
「平均寿命は延びても、百歳を大きく超えて生きる人はほとんどいない。だから、百年の壁」
ユウは考え込んだ。
百年。
長いようで、短い時間だった。
*
その日の午後。
ユウは、過去の寿命に関する研究資料を調べていた。
現在の人間の寿命は、おおむね百年前後に集中している。
もちろん個人差はある。
若くして亡くなる人もいれば、百歳を超えて生きる人もいる。
しかし、長寿記録を調べても、極端に長く生きた例はほとんど見つからなかった。
「……不思議だな」
ユウは呟いた。
身体の修復技術は、長い時間をかけて進歩してきた。
それなのに、寿命の上限は大きく変わっていない。
古代の人類は、さまざまな病気によって命を落としていた。
医療技術が発達していなかった時代には、平均寿命も短かった。
しかし、古い記録の中には、百歳を超えて生きた人間の例もあった。
もちろん、記録の正確性には疑問が残る。
それでも、ユウには一つの疑問が生まれていた。
現在の人間は、古代の人間よりもはるかに高度な医療技術を持っている。
それなのに、なぜ寿命の上限は大きく変わらないのだろう。
ユウは、研究資料を並べた。
神経活動の低下。
記憶統合機能の衰え。
自己認識の不安定化。
どれも、高齢期に見られる現象だった。
しかし、原因については、複数の仮説が存在していた。
神経組織の長期的な劣化。
情報処理の蓄積による負荷。
修復機構の限界。
いずれも、一定の説明力を持っている。
だが、決定的ではなかった。
ユウは、ある研究報告に目を留めた。
《高齢期における神経活動の変化は、個体間で比較的類似した傾向を示す》
ユウは眉をひそめた。
類似した傾向。
それ自体は、不思議なことではない。
同じ種の生物であれば、老化の過程にも共通点がある。
しかし、現在の人間は、身体の状態を長期間維持できる。
生活環境も、病歴も、治療歴も異なる。
それでも、神経機能の低下は、多くの人に共通して現れる。
ユウは、その報告を保存した。
そして、セインにメッセージを送った。
《古代の人類の寿命について、信頼できる記録はありますか?》
返信は、しばらくして届いた。
《あります。ただし、年代や年齢の記録には不確かな部分も多いです》
ユウは続けた。
《現在の人間と比較したいのですが》
今度は、すぐに返信があった。
《興味深いですね。明日、歴史研究院に来られますか?》
ユウは予定を確認した。
《午後なら可能です》
《では、お待ちしています》
ユウは端末を閉じた。
最近、セインと話す機会が増えていた。
専門分野は違う。
しかし、彼と話していると、自分が当たり前だと思っていたことを、別の角度から見直すことができた。
それが、心地よかった。
*
翌日。
歴史研究院の研究室で、セインは古い資料を広げていた。
「お待ちしていました」
「ありがとうございます」
ユウが席に着くと、セインは複数の文献を表示した。
「古代人類の寿命に関する記録です」
画面には、さまざまな時代の人々の名前と年齢が並んでいた。
「古い記録では、年齢の数え方が地域によって異なります」
セインが説明した。
「そのため、現在の年齢に換算すると誤差が生じる場合があります」
「なるほど」
「それに、長寿を象徴的に表現した記録もあります」
「実際より長く生きたことにされている?」
「そういう可能性もあります」
ユウは頷いた。
「では、比較には注意が必要ですね」
「ええ」
セインは資料を切り替えた。
「ただ、比較的信頼性の高い医療記録も残っています」
そこには、古代の患者の年齢や治療内容が記されていた。
ユウは、しばらく資料を読み進めた。
「……やはり、百歳を超えた例はありますね」
「ええ」
「医療技術が現在ほど発達していなかったのに」
「ただし、例外的な長寿だった可能性があります」
「もちろんです」
ユウは資料を見つめた。
「でも、興味深いですね」
「何がです?」
「現在の人間は、身体の機能を長期間維持できます」
「ええ」
「それでも、寿命はおよそ百年で頭打ちになる」
セインは黙って聞いていた。
「古代の人間も、まれに百歳を超えていた。つまり、寿命の上限だけを見ると、医学の進歩ほど大きな差がない」
「確かに」
「なぜなんでしょう」
セインは少し考えた。
「ユウさんは、どう考えていますか?」
「神経系に、まだ解明されていない制約があるのかもしれません」
「制約?」
「身体を修復できても、意識を支える機能には限界がある。そういう可能性です」
セインは頷いた。
「なるほど」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、セインが言った。
「ユウさん」
「はい」
「あなたは、永遠に生きたいと思いますか?」
ユウは驚いた。
「永遠に?」
「ええ」
「……考えたことはありますが」
「答えは?」
ユウは少し考えた。
「分かりません」
セインは微笑んだ。
「そうですか」
「セインさんは?」
セインは窓の外を見た。
「昔は、そう思っていました」
「昔は?」
「ええ」
ユウは、セインの横顔を見つめた。
その表情には、これまで見たことのない静けさがあった。
「今は違うんですか?」
セインは、少しだけ笑った。
「永遠に生きたいというより、終わってほしくない時間があったんです」
ユウは何も言わなかった。
セインは、それ以上説明しなかった。
ユウも、尋ねなかった。
ただ、その言葉が妙に心に残った。
*
研究院を出る頃には、空が赤く染まり始めていた。
ユウとセインは、建物の前を並んで歩いた。
「今日はありがとうございました」
ユウが言うと、セインは首を振った。
「こちらこそ。古い資料を、現在の科学と比較するのは面白いですね」
「僕もそう思います」
「ところで、ユウさん」
「はい」
「ご家族はいらっしゃるんですか?」
「妻と娘がいます」
「娘さんは、おいくつです?」
「七歳です」
「それは、かわいい盛りですね」
ユウは笑った。
「毎日、質問攻めですよ」
「いいことです」
セインは微笑んだ。
「子どもは、大人が当たり前だと思っていることを、平気で疑いますから」
「本当にそうですね」
ユウは、朝のリナとの会話を思い出した。
昔の人と今の人って、同じ人間なんだよね?
あの質問も、リナにとっては何気ないものだったのだろう。
しかし、ユウの中には、今も残っていた。
「セインさんは?」
ユウが尋ねた。
「ご家族は?」
セインは、少しだけ歩く速度を落とした。
「……以前は、いました」
ユウは言葉を失った。
セインは、すぐに穏やかな表情に戻った。
「妻がいたんです」
「そうだったんですね」
「ええ」
しばらく沈黙が続いた。
ユウは、それ以上尋ねなかった。
セインも、何も言わなかった。
二人は、研究院の入口まで歩いた。
別れ際、セインが言った。
「ユウさん」
「はい」
「今度、娘さんのお話を聞かせてください」
ユウは頷いた。
「もちろんです」
セインは微笑んだ。
「楽しみにしています」
*
その夜。
ユウは、リナの寝室にいた。
リナは布団に入り、眠そうに目をこすっていた。
「お父さん」
「何?」
「人間って、何歳まで生きるの?」
ユウは少し驚いた。
「どうして?」
「学校で、昔の人の寿命を勉強したんだ」
「そうか」
「今の人は、百歳くらいまで生きるんでしょ?」
「そうだね」
「じゃあ、お父さんは、あと何年?」
ユウは思わず笑った。
「急に難しい計算をするね」
「だって、気になるもん」
ユウは少し考えた。
「僕は三十八歳だから……六十年くらいかな」
リナは指を折って数え始めた。
しかし、途中で諦めた。
「六十年って、長い?」
「長いと思うよ」
「じゃあ、私がおばあちゃんになっても、お父さんはいる?」
ユウは答えようとした。
しかし、言葉が出なかった。
リナは七歳。
六十年後には、六十七歳になる。
その頃、自分は九十八歳だ。
生きている可能性はある。
しかし、確かなことは言えなかった。
「……できるだけ、長く一緒にいたいな」
ユウは静かに答えた。
リナは少し考えた。
「じゃあ、約束ね」
「何を?」
「長く一緒にいること」
ユウは微笑んだ。
「うん。約束」
リナは満足そうに頷いた。
「おやすみ、お父さん」
「おやすみ」
ユウは、娘の額にそっと手を置いた。
温かかった。
その温かさが、なぜか胸に残った。
*
寝室に戻ると、ミナが本を読んでいた。
「リナ、寝た?」
「うん」
ユウは隣に腰を下ろした。
「今日、変なことを聞かれたよ」
「何?」
「あと何年生きられるのかって」
ミナは本を閉じた。
「学校で寿命の勉強をしてたからね」
「そうみたい」
ユウは天井を見つめた。
「百年って、長いと思う?」
ミナは少し考えた。
「どうだろう」
「僕たちは、まだ半分も生きていない」
「そうね」
「でも、残りの時間が決まっていると思うと、短く感じる」
ミナは、ユウの手を取った。
「そんなこと考えてたの?」
「最近、研究で高齢の人と話す機会があってね」
「そう」
「自分の記憶が少しずつ失われていくって、どんな気持ちなんだろう」
ミナは黙って聞いていた。
「もし僕が、君のこともリナのことも忘れてしまったら……」
ユウは言葉を止めた。
ミナは、しばらく考えていた。
そして、静かに言った。
「そのときは、私が覚えてるわ」
ユウはミナを見た。
「……え?」
「あなたが忘れても、私が覚えてる」
ミナは微笑んだ。
「リナも覚えてる。あなたがどんな人だったか、何をしてきたか、ちゃんと覚えてる」
ユウは黙った。
「だから、全部なくなるわけじゃないと思うの」
ミナは続けた。
「あなたが忘れてしまっても、私たちが一緒に過ごした時間まで消えるわけじゃないでしょう?」
ユウは、ゆっくり頷いた。
「……そうだね」
ミナは笑った。
「それに、まだずいぶん先の話よ」
「そうだね」
「今からそんなに心配してたら、疲れちゃうわ」
ユウは笑った。
「確かに」
ミナは再び本を開いた。
ユウは、その横顔を見つめた。
自分が忘れても、誰かが覚えている。
それは、科学的な答えではなかった。
しかし、今のユウには、十分な答えのように思えた。
*
数日後。
ユウは、エルナから短いメッセージを受け取った。
《ユウ先生へ》
《長い間、本当にありがとうございました》
《研究所で過ごした時間は、私にとって大切な思い出です》
《これからは、家族や友人とゆっくり過ごそうと思います》
《最後に、一つだけお願いがあります》
ユウは、続きを読む。
《もし、いつか意識の謎が解けたら、私のことを思い出してください》
《私が生きていたことを、覚えていてください》
ユウは、しばらく画面を見つめていた。
そして、返信を書いた。
《もちろんです》
《エルナさんのことは、忘れません》
送信したあと、ユウは端末を閉じた。
窓の外では、いつもと変わらない都市の風景が広がっていた。
人々は、今日も生活している。
仕事をし、笑い、誰かを愛し、眠りにつく。
その一つ一つが、いつか終わる。
ユウは、ふと考えた。
人間の身体は、これほどまでに高度になった。
多くの病気を克服し、かつては不可能だったことを可能にしてきた。
それでも、百年という時間の壁を越えられない。
なぜなのだろう。
ユウは、机の上に置かれた研究資料を開いた。
そこには、高齢期の神経活動の変化を示す波形が並んでいた。
ユウは、その波形を見つめた。
そして、以前、自分の睡眠測定で記録された波形を思い出した。
一定の間隔で繰り返される、小さな振動。
ユウは、二つの記録を並べた。
一方は、睡眠中の神経活動。
もう一方は、高齢期の神経活動。
しばらく見比べた。
「……似ている?」
ユウは、波形を拡大した。
完全に同じではない。
周期も、振幅も異なる。
しかし、変化の仕方に、どこか共通する特徴があった。
ユウは、解析を開始した。
画面に数値が表示される。
相関係数。
周期成分。
同期の傾向。
結果は、統計的に有意とは言えなかった。
ユウは小さく息を吐いた。
「……気のせいか」
そう呟いて、画面を閉じようとした。
しかし、手が止まった。
もし、睡眠中の意識と、老化によって失われていく意識に、何か共通する仕組みがあるとしたら。
ユウは、その考えを記録した。
《仮説:睡眠時の意識変化と高齢期の神経機能低下に、共通する制御機構が存在する可能性》
そして、端末を閉じた。
まだ、何も分かっていない。
だが、調べる価値はある。
ユウは窓の外を見た。
夜の都市が、静かに光っていた。
遠くで、輸送機の光が流れていく。
ユウは、エルナの言葉を思い出した。
『私の記憶は、まだ私のものですか?』
そして、ミナの言葉を。
『あなたが忘れても、私が覚えてる』
ユウは、静かに目を閉じた。
人間は、なぜ百年しか生きられないのだろう。
その問いは、まだ答えのないまま、彼の中に残っていた。




