↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の記憶  作者: ケンジ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/22

完全な生命

第一部 創造された世界

科学が高度に発展した未来。意識科学の研究者ユウは、繰り返し見る奇妙な夢をきっかけに、人類の歴史に隠された謎へと近づいていく。


人間とは何か。意識とは何か。そして、創造主とは何者なのか。


科学と哲学が交差するSFミステリー。

「お父さん、人間って昔はどうやって生まれてたの?」


朝食の席で、リナが尋ねた。


ユウは手にしていた栄養カプセルを口に入れかけたまま、動きを止めた。


「どうしたの、急に」


「今日、学校で生命の歴史を勉強するんだって」


リナは机の上に学習端末を置いた。


画面には、さまざまな時代の人間の姿が並んでいた。


古い衣服をまとった人々。


病院の寝台に横たわる女性。


そして、透明な人工子宮の中で眠る胎児。


「昔は、お母さんのお腹の中で赤ちゃんが育ってたんだよね?」


「そうだよ」


「本当に?」


「本当に」


リナは不思議そうに首をかしげた。


「どうやって?」


ユウは少し考えた。


「昔の人間には、自然に子どもを産む仕組みがあったんだ」


「今はないの?」


「今の人間は、人工子宮を使うことを前提にした身体になっているからね」


「どうして?」


「安全だからだよ。昔は出産で命を落とす人もいたんだ」


リナは目を丸くした。


「赤ちゃんも?」


「そうだね。赤ちゃんが亡くなることもあった」


「怖いね」


「うん」


ミナが食卓にやってきた。


「でも、昔のお母さんたちは、みんなそうして子どもを産んでいたのよ」


「ミナも?」


「私は違うわよ」


ミナは笑った。


「リナは人工子宮で育ったでしょ?」


「うん!」


リナは嬉しそうに頷いた。


「私、覚えてるよ!」


ユウは笑った。


「生まれる前のことを?」


「違うよ! 写真!」


ミナが端末を操作すると、家族の記録が表示された。


透明な容器の中で、小さな赤ん坊が眠っている。


リナだった。


まだ身体は小さく、目も閉じていた。


「これ、私?」


「そうよ」


ミナが答えた。


「毎日、会いに行ってたんだから」


「お父さんも?」


「もちろん」


ユウは頷いた。


「仕事が終わったら、必ず会いに行ってた」


「何してたの?」


「話しかけてたよ」


「聞こえてた?」


「分からないな」


リナは笑った。


「また分からない!」


ミナも笑った。


「お父さんは、研究者なのに分からないことが多いのね」


「研究者だからこそ、分からないことが多いんだよ」


ユウがそう言うと、リナは少し考えた。


「じゃあ、私も研究者になろうかな」


「いいと思うよ」


「でも、分からないことばっかりなのは嫌だな」


三人は笑った。


ユウは、画面の中の小さなリナを見つめた。


人工子宮の中で眠っていた娘。


あの頃、ユウは毎日、成長記録を確認していた。


指が動いた。


目を開けた。


小さな身体が少しずつ大きくなった。


その一つ一つが、かけがえのない出来事だった。


科学技術によって管理された誕生であっても、そこに感じた喜びは、少しも小さくならなかった。


*


意識科学研究所では、朝から定例会議が行われていた。


議題は、神経機能の長期維持に関する研究だった。


「現在の治療技術では、身体の大部分を長期間維持することが可能です」


研究員が説明した。


「しかし、神経系の一部については、依然として機能低下を完全に防ぐことができていません」


表示面には、年齢別の神経機能の変化が示されていた。


若年期には安定している数値が、高齢期に入ると少しずつ低下していく。


「特に問題なのは、記憶の統合に関わる領域です」


ユウは資料を見つめた。


「原因は?」


「複数の仮説があります。ただ、どれも決定的ではありません」


「修復技術の限界ですか?」


「それも一因と考えられています」


別の研究員が発言した。


「身体のほかの組織では、同様の問題はほとんど発生していません」


会議室に短い沈黙が流れた。


ユウは、表示面に並んだ数値を見つめた。


身体の機能は維持できる。


しかし、意識を支える神経系は、長い時間の中で少しずつ衰えていく。


それは、長年にわたって研究されてきた問題だった。


「結局、意識の仕組みが完全には分かっていないことが、最大の障害ですね」


ユウが言った。


研究員たちは頷いた。


「そうですね」


「記憶を保存することと、本人の意識を維持することは同じではありませんから」


ユウは考え込んだ。


記憶を複製した存在は、本人なのだろうか。


仮に、ある人間の記憶を完全に再現できたとしても、それは同じ意識を持つことになるのだろうか。


この問題には、いまだに答えがなかった。


*


昼過ぎ。


ユウはセインから届いたメッセージを開いた。


《先日お話しした古い文献について、少し興味深い記述が見つかりました》


ユウは返信した。


《どのような内容ですか?》


しばらくして、セインから資料が送られてきた。


古い医療記録の断片だった。


そこには、現在ではほとんど使われていない身体構造の名称が並んでいた。


ユウは画面を拡大した。


《自然妊娠》


《胎盤》


《臍帯》


《分娩》


どれも、歴史資料では知られている言葉だった。


しかし、その横に記されていた図解が気になった。


古い人間の身体を描いたものだった。


「……ずいぶん違うな」


ユウは呟いた。


現在の人間にも、古い身体構造に由来すると考えられている部分は残っている。


しかし、図解に描かれた身体は、現代の標準的な解剖図とは異なっていた。


特に、生殖に関わる器官の構造が大きく違う。


ユウはセインに連絡した。


「資料、見ました」


『どう思います?』


「興味深いですね。ただ、古い医療図解には誤りも多いでしょう」


『そのとおりです』


「これだけでは、何とも言えません」


『私も同じ考えです』


セインは少し間を置いた。


『ただ、同じ構造を描いた資料が、複数の地域で発見されています』


「同じ時代のものですか?」


『年代は確定できていません。ですが、異なる系統の文献である可能性が高い』


ユウは画面を見つめた。


「それなら、当時の身体構造をある程度正確に描いていた可能性がありますね」


『ええ』


「でも、それほど不思議なことではないでしょう。人間の身体は長い時間をかけて変化してきたんですから」


『そうですね』


セインは静かに答えた。


『私も、そう教わりました』


ユウは、その言い方が少し気になった。


「何か疑問が?」


『疑問というほどではありません。ただ、古い時代の医療技術について調べていると、記録のつながりが途切れる部分があるんです』


「大断絶ですか?」


『ええ』


大断絶。


古代から現代へと続く歴史の中で、記録の連続性が大きく失われた時期を指す言葉だった。


その年代も原因も、確定していない。


戦争。


大規模災害。


情報保存技術の変化。


さまざまな説が唱えられていた。


しかし、どれも決定的な証拠を欠いていた。


『身体の変化についても、途中の記録が十分に残っていません』


セインが続けた。


「つまり、変化の過程が分からない?」


『そういうことです』


ユウは頷いた。


「確かに、興味深いですね」


『ただし、資料が失われたからといって、歴史そのものが存在しなかったことにはなりません』


「もちろんです」


『そこは区別しておきたい』


ユウは笑った。


「セインさんらしいですね」


『どういう意味です?』


「慎重だということです」


セインも小さく笑った。


『歴史研究者にとっては、褒め言葉ですよ』


*


その日の夕方。


ユウは、古い医療記録を調べていた。


自然出産。


人工子宮。


生殖機能の変化。


現在の医療では、人工子宮による出生が標準となっている。


それは、長い医療技術の発展によって実現したものだと説明されていた。


しかし、古い資料を調べるほど、ユウは一つの疑問を抱くようになった。


人間の身体は、どのような過程で現在の形になったのだろう。


自然に子どもを産んでいた人類が、人工子宮を利用するようになった。


それ自体は理解できる。


だが、現在の人間は、人工子宮の利用を前提とした身体構造を持っている。


その変化が、いつ、どのように起きたのか。


歴史資料には、明確な説明がなかった。


ユウは、現代の解剖学資料を開いた。


そこには、人体の構造が詳細に示されていた。


循環系。


神経系。


消化に関わる器官。


生殖に関わる器官。


それぞれの機能は、現代の科学によって十分に理解されている。


しかし、古代の人体と比較すると、いくつかの違いがあった。


ユウは、資料を並べて表示した。


古代の身体。


現代の身体。


似ている。


だが、同じではない。


「……当然か」


ユウは呟いた。


身体の構造は、長い時間の中で変化する。


医療技術による改良も加わっている。


何も不思議なことではない。


そう考え、資料を閉じようとした。


そのとき、ある記述が目に留まった。


《現代型生殖補助機構の成立過程については、歴史資料の不足により詳細不明》


ユウは手を止めた。


詳細不明。


それ自体は珍しい表現ではなかった。


古代の歴史には、分からないことが多い。


しかし、身体の構造に関わる重大な変化について、詳しい記録が残されていない。


そのことが、妙に気になった。


*


帰宅すると、ミナが台所に立っていた。


珍しく、調理をしている。


「おかえり」


「ただいま。何を作ってるの?」


「リナの宿題に付き合ってるの」


ユウは台所を覗き込んだ。


食材がいくつか並んでいた。


野菜。


穀物。


そして、香りの強い調味料。


「昔の食事を再現する課題なんだって」


ミナが言った。


「なるほど」


「でも、思ったより大変ね」


ユウは笑った。


「昔の人は毎日やってたらしいからね」


「信じられないわ」


ミナは鍋をかき混ぜた。


「栄養カプセルなら、数秒で終わるのに」


「それだけ、食事が生活の大きな部分を占めていたんだろうね」


「お父さん!」


リナが走ってきた。


「今日は昔の人のご飯を食べるんだよ!」


「楽しみだね」


「でもね、ちょっと変な匂いがする」


ミナが振り返った。


「変な匂いって言わないの」


「だって!」


三人は笑った。


しばらくして、料理が完成した。


温かい穀物料理と、野菜を煮込んだものだった。


リナは慎重に一口食べた。


「……おいしい!」


ミナは安心したように笑った。


「よかった」


ユウも口に運んだ。


香りが広がる。


栄養カプセルでは得られない感覚だった。


「確かに、おいしいね」


「でしょ!」


リナは得意げだった。


「昔の人は、毎日こんなの食べてたんだよね?」


「そうだよ」


「いいなあ」


ミナは笑った。


「毎日作るのは大変よ」


「じゃあ、お父さんが作ればいいじゃん」


ユウはむせそうになった。


「僕が?」


「うん!」


ミナが楽しそうに笑った。


「いい考えね」


「……考えておくよ」


リナは満足そうに頷いた。


その夜、三人はいつもより長い時間、食卓を囲んだ。


食事の準備に時間がかかり、後片づけも必要だった。


それでも、ユウは悪くないと思った。


効率だけでは測れない価値がある。


そんな当たり前のことを、久しぶりに感じていた。


*


食事のあと、ユウはリナの宿題を手伝っていた。


学習端末には、古代の生活に関する問題が並んでいた。


《昔の人間が、現在の人間と大きく異なっていた点を三つ挙げなさい》


リナは指を折りながら答えた。


「一つ目、食べ物を作ってた!」


「うん」


「二つ目、赤ちゃんがお母さんのお腹で育ってた!」


「そうだね」


「三つ目……」


リナは考え込んだ。


「何だろう」


ユウは画面を見た。


そこには、古い人間の生活が紹介されていた。


病気。


怪我。


寿命。


そして、身体の構造。


「昔は、病気を治すのが難しかったんだよ」


ユウが言った。


「今は治せるの?」


「多くの病気はね」


「じゃあ、今の人間の方がすごいね!」


リナは嬉しそうに言った。


ユウは少し考えた。


「そうとも限らないよ」


「どうして?」


「昔の人たちは、今みたいな技術がなくても生きていたんだ」


「でも、病気になったら大変だったんでしょ?」


「そうだね」


「じゃあ、今の方がいいじゃん」


ユウは笑った。


「確かに、そういう考え方もあるね」


リナは端末に答えを書き込んだ。


そして、ふと顔を上げた。


「お父さん」


「何?」


「昔の人と今の人って、同じ人間なんだよね?」


ユウは頷いた。


「もちろん」


「でも、こんなに違うんだね」


ユウは、画面に表示された古代の人間の姿を見た。


そこには、幼い子どもを抱いた女性が描かれていた。


その隣には、現在の人間の身体構造が示されていた。


二つの姿は、よく似ていた。


しかし、身体の内部には、さまざまな違いがあった。


「……そうだね」


ユウは静かに答えた。


「ずいぶん変わったんだね」


*


翌日。


ユウは研究所で、カイに声をかけた。


「少し調べたいことがあるんだ」


「今度は何です?」


「人間の身体の変化について」


カイは目を丸くした。


「また専門外ですか?」


「そうなるね」


「ユウさん、最近ずいぶん研究範囲が広がってますね」


「自分でもそう思うよ」


ユウは端末を操作した。


「古代の人間と現代の人間を比較した研究って、どれくらいある?」


「かなりあると思いますよ」


「身体構造の変化を、連続的に追ったものは?」


カイは少し考えた。


「それは……どうでしょう」


「調べてみたいんだ」


「何か理由が?」


ユウは、昨日のリナとの会話を思い出した。


昔の人と今の人って、同じ人間なんだよね?


「ちょっと気になってね」


カイは端末を操作した。


「医学研究院の資料が使えるはずです」


「ありがとう」


「ただし、閲覧制限がある資料もありますよ」


「なぜ?」


「古い医療記録には、個人情報や未確認の研究結果が含まれていることがありますから」


「なるほど」


カイは検索結果を表示した。


複数の研究資料が並んでいた。


ユウは、その中の一つを開いた。


《古代人類と現代人類の身体構造比較》


研究内容は、一般的なものだった。


古代の身体。


現代の身体。


その違いを、医学的に説明している。


ユウは、資料を読み進めた。


しかし、途中で手が止まった。


ある項目に、短い注記があった。


《現代型人体への移行過程については、十分な連続資料が存在しない》


ユウは、画面を見つめた。


昨日見た資料にも、似た記述があった。


偶然ではない。


複数の研究で、同じ問題が指摘されている。


ユウは、カイに尋ねた。


「これ、どう思う?」


カイは画面を覗き込んだ。


「資料が不足しているんですね」


「うん」


「大断絶の影響でしょう」


「そうだろうね」


「何か問題が?」


ユウは少し考えた。


「問題というほどじゃない。ただ……」


「ただ?」


「僕たちは、古代の人間から今の人間へと変化してきたと教わっている」


「そうですね」


「でも、その過程を示す資料が十分に残っていない」


カイは頷いた。


「歴史研究では、よくあることじゃないですか?」


「そうだね」


ユウは画面を閉じた。


「たぶん、そうなんだろう」


しかし、心のどこかに、小さな疑問が残っていた。


*


その夜。


ユウはセインに連絡した。


「少し、相談したいことがあります」


『何でしょう』


「古代人類と現代人類の身体構造についてです」


『また専門分野が広がりましたね』


ユウは笑った。


「カイにも同じことを言われました」


『それで?』


「身体構造の変化を示す連続的な資料が、十分に残っていないようなんです」


『ええ。そうですね』


「セインさんは、どう考えていますか?」


しばらく沈黙があった。


やがて、セインが答えた。


『私は、二つの可能性を考えています』


「二つ?」


『一つは、単純に記録が失われたということです』


「もう一つは?」


『変化の過程そのものが、私たちの想像とは違っていた可能性です』


ユウは黙った。


「……どういう意味ですか?」


『分かりません』


セインは静かに答えた。


『だから、調べているんです』


ユウは思わず笑った。


「また、それですか」


『何か問題でも?』


「いいえ。むしろ、安心しました」


『安心?』


「セインさんも、分からないことが多いんだなと思って」


セインは小さく笑った。


『研究者ですからね』


二人は、しばらく笑った。


そして、セインが言った。


『ユウさん』


「はい」


『もしよければ、今度一緒に調べませんか?』


「何をです?」


『大断絶以前の医療記録です』


ユウは少し考えた。


「古い資料が残っているんですか?」


『断片的ですが、あります』


「どこに?」


『歴史研究院の保存庫です』


ユウは頷いた。


「ぜひ、お願いします」


『では、日程を調整しましょう』


通信が切れた。


ユウは、端末を閉じた。


窓の外では、夜の都市が静かに光っていた。


人々は、いつもどおりの生活を送っている。


仕事をし、家族と過ごし、眠りにつく。


その営みは、遠い昔から続いてきたものだと、誰もが信じていた。


ユウも、そう信じていた。


ただ、今は少しだけ違っていた。


自分たちが知っている歴史は、本当にすべて正しいのだろうか。


ユウは、机の上に置かれた家族写真を見た。


ミナとリナが笑っている。


自分も、その隣で笑っていた。


ユウは写真を手に取った。


そして、小さく呟いた。


「……僕たちは、どこから来たんだろう」


答える者はいなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。