9話 この世界は優しくない
正直に言おう。
俺は慄いていた。
だってまさかの幼女が、わざわざ迎えに来た父親を……ワンパンで血だまりに変えてしまったからだ。
しかも頭だけ残った父親の残骸を、淡々と空間魔法っぽいところに放りなげたのも戦慄だった。
「即位の証に、首だけは保存」
もうね、人って動揺しすぎると唖然を通り越して無になるんだね。
恐怖を拒否するっていうのかな、とにかく俺は微動だにできなかった。
とはいえ身体は正直なのか、幼女に抱き着かれたときは、恐怖心がすごすぎて全身の震えが止まなかった。
「ルナ様、ご立派でございます」
「我らを率いるにふさわしいお力でございます」
そして父親の部下っぽい魔族二人が、幼女に恭しく頭を下げたのを見るに……幼女ってば、いいとこのお嬢さんらしい。
というか当主を殺してご立派とか、どんだけ狂った家系なのだろう。
今更ながら幼女とあまり関わりたくないって気持ちが芽生えてしまう。
「私のことは放っておいて」
「御意に」
「しかし、みなにはなんと申せばよろしいでしょうか」
「しばらく大人しくしてて」
「御意に」
「かしこまりました。それでは相続のお話になりますが————」
怖すぎて事情なんて聞けなすぎた。
もしかして遺産相続とか、そういう関係で身内と揉めてたっぽい?
「ふぅ————部外者は外すとしよう」
あまり家族の事情に聞き耳を立てるのは悪いと思い、なるべく離れるようにした……というか一刻も早く幼女と距離を置きたかったので好都合だった。
それから二人の部下が去ったあと、俺は恐る恐る聞いてみる。
「——いいのか、父親とあのような別れかたで」
「あんなのは父親じゃない。ぱぁぱはぱぁぱだけ」
予想以上に辛辣な返答だ。
これは、これ以上踏み込んではいけない気がした。
幼女の逆鱗に触れ、俺まで血だまりにされたらたまったもんじゃない。
しかし先ほど父と名乗った魔族は……もしかして幼女とは血が繋がってなく、後見人とかか?
それで本当の両親が残してくれた遺産を虎視眈々と狙っていた外道とか?
だとしたら、あのような扱いにも頷ける。
いや、まあ出会い頭にワンパンはどうかと思うが……幼女の表情を見るに、相当な鬱憤が溜まっていたのだろう。
俺はせめて、その怒りの矛先が俺に向かわないよう努めよう。
とはいえ、無闇やたらにあのような暴力を振るわれては叶わない。
特に王都であんな力を行使されたら、大騒ぎになってしまう。
そこで俺は、どうにか説教臭くならないよう考えながら口を開く。
「幼女よ————このハチミツは好きか?」
「ん。甘くて好き」
「では、仮にこのハチミツをくれたホネットじいさんが、嫌なことをしてきたとしよう。幼女はどうする?」
「滅ぼす」
「…………ふっ。ホネットじいさんを滅ぼしたら、ハチミツはどうなる?」
「んん……もしかして、もうハチミツ、食べれない……?」
「————そうだ。このハチミツが俺たちの食卓に並ぶことはない」
よし、いい感じだ。
あとは無闇に暴力を、俺や俺や俺や俺や俺や俺や他人に向けないよう促そう。
「そしてそれ以上に悲しいのは————俺たちに『蜂蜜をあげたい』と、ホネットじいさんの優しい気持ちに二度と触れられないことだ」
「悲しい————」
「そうだ。力は、時に奪ってしまうものだ。この俺ですらも、な」
「はい、ぱぁぱ。ぱぁぱがいなくなるのは嫌」
ほっ。
どうにか言いたいことはわかってくれたようで一安心だ。
少しだけ、身体の震えが収まった。
◇
「今夜も冷えるな……少し温もろうか」
そう言って、ぱぁぱは暴走しそうな魔神のオーラを辺り一帯に漏らしてしまう。
やっぱり何度見てもその禍々しい光景は、およそ人や魔族が御し切れるものではないと痛感させられるほどに巨大。
それでもぱぁぱは焚火の炎を静かに見つめながら寝転がる。
何でもないかのように振る舞うぱぁぱは……見ていて痛ましかった。
ニャヒーモスもぱぁぱが心配なのか、小さくなってそっと寄り添っている。
ぱぁぱ曰く、『もう王都から近いので、ニャヒーモスの巨体を見た人間たちが驚いてしまうだろう』って、ニャヒーモスは魔法で普通の猫サイズに縮まっている。
……他人の心配より、自分の心配をしてほしい。
そんな風に思いながら、私もぱぁぱの背にくっついて寝転ぶ。
「歯がッ……!」
ハガッ!?
私はぱぁぱの苦悶の声を聞き、吐血してないかすぐに様子を見る。
ぱぁぱはうずくまりながら、懸命に魔神の破壊衝動を抑え込んでいるようで、眉間にシワを寄せながら目を瞑っていた。
「ふう……そうか……温まると、血のめぐりが良くなり、神経痛も敏感になる、のか……」
ぱぁぱの呟きに私は納得した。
確かに魔神の気配が色濃くなるとき、決まって周辺はほんの少しあったかくなる。
あったかいと魔神の力が強まるのかもしれない?
それでもぱぁぱは焚火を消しもしないし、離れようともしなかった。
それはきっと私が寒くないようにと、そんな優しさに溢れているぱぁぱが——
私はどうしようもなく大好きだった。
でもやっぱりこれ以上、ぱぁぱが苦しむ姿を見たくないから。
私はそっと風魔法で焚火を消しておいた。
明くる日。
私とぱぁぱとニャヒーモスは王都についた。
私が見てきた人間の街の中ではここが一番大きくて、数も多いと感じた。
「お、露天があるじゃないか。美味そうな串焼きも売ってるな。ルナ、食べたいか?」
「ぱぁぱが食べたいなら」
「そうかそうか。おやっさん、そこの肉串を二つ頼む」
「あいよ、銀貨3枚だ」
「なん……だと……」
ぱぁぱは途端に愕然とした。
人間の文化は良くわからないけど、どうやら肉串を食べるのにとても厳しい条件を突きつけられたみたい。
ぱぁぱは魔族領で湯水のようにたくさん取れる銀とか金のコインが入った袋を難しそうに眺め、決死の覚悟をするみたいに銀のコインを三枚、店主に渡す。
「————世界は、優しくない (物価が高すぎぃ……)」
ぽつりとぱぁぱがこぼした本音。
哀愁が漂う背中を見て、私はぱぁぱがこれまで歩んだ道を想像する。
きっと、とてつもなく辛かったんだろうな。
ぱぁぱは長い時間を、あの魔神が封印された神殿跡で過ごしてたんだと思う。神殿跡はすごく風化してたから、少なくとも数百年は……。
魔神に蝕まれぬよう、ひたすら一人で戦い続けてた。
それはきっと想像を絶するほどの孤独と、痛みの日々だったに違いにない。
ぱぁぱは自分が苦痛を味わったからこそ。
世界は優しくないと知っていたからこそ————そんな残酷な世界に抗うように、自分だけは優しくあろうとしているのかもしれない。
だから私に、手を差し伸べてくれた。
孤独を溶かしてくれた。
口数は少ないけれど、安心させてくれる。
ずっと傍にいるって。
今だって、ほら。
物凄い対価を払って手に入れた肉串を、私なんかに無償で渡してくれる。
ああ、世界がぱぁぱに優しくないなら。
何が何でも、私がぱぁぱに優しくする。
だって私はもう魔王だから。
魔界にいる全魔族を率いて、総力を挙げて、私はぱぁぱに尽くすと誓った。




