10話 王都でも渋すぎた
王都、物価たけえ……。
その辺の露店で売ってる肉串で銀貨3枚って、ぼったくりにもほどがある。
しかし、どの商品やサービスを見ても銀貨5枚だの銀貨7枚だのと、どうにもこうにも物価が高すぎて笑えなかった。
日本のイメージで言うと、カップ麺一個買うのに1000円ぐらいのレベルだ。
「————世界は、優しくない……」
そんな風にぼやいてみても仕方がないので、俺はひとまずホネットじいさんの伝手を頼りにしようと思う。
ホネットじいさんから譲ってもらった、立派な蜂が装飾された短剣を懐から取り出す。
これを出して安くて美味いメシ屋、それと宿屋も紹介してもらおう。
そして本命の歯医者についても聞き出せたらいいな。
「ふっ、噂と喧噪が円舞曲を奏でる場————冒険者ギルドで軽く踊るか——」
そうして道行く人々に冒険者ギルドの所在地を聞き歩いていると、目的地に数十分で到着した。
どうでもいいが、道を尋ねるたびにギョッとされるのは何なんだろうな。
まあ深く考えてもしかたない。
いざ、冒険者ギルドの門戸を叩こうとして——
ふと、扉に張り出された紙が目に入ってくる。
そこには巨大な剣を担いだ渋めの中年が描かれていて、その横には立派な双角の生えた幼女が佇んでいる。
なになに……この者、『東争の勇者』を殺害した大罪人。魔神の可能性あり。討伐賞金は金貨3000枚か。
どことなく俺や幼女に似ているが、勇者なんぞを殺した覚えはない。
俺たちには関係ないが、金貨3000枚の報酬は美味しいな。もし見つけたら幼女に魔法をぶっ放してもらおう。
っと、王都に入って長く歩いていたから尿意が近いな。
冒険者ギルドにはお得な観光スポットを聞くついでに、手洗い場も貸してもらうか。
「さて————手洗い歓迎を期待しよう——」
「ぱぁぱ……すごい、胆力……」
なぜか幼女はピリピリした空気を纏い出す。
まあ、子供にとって荒くれどもが集まる冒険者ギルドは確かに刺激が強い。
しかし、ルナよ。
父親っぽい人との再会開幕で殺しにかかったルナの方が、よっぽどクレイジーで刺激が強かったぞ。
なんて内心でぼやきつつ、いざ冒険者ギルドにイン。
ふむ。
内装はゲーム内でもよく見かけた一般的な冒険者ギルドに近い。
しかしどことなく古めかしいというか、ゲームではもっと綺麗なイメージだった気もする。
ともかく俺はズンズンとカウンターまで歩を進める。
その際、やはり冒険者たちの洗礼というか、鋭い視線をこちらに向けてくる者が多々いた。
端っこの方でたむろしている連中なんか、ザワザワヒソヒソと言葉を交わしている。
大方、『大層な剣を担いだ新人がやってきたな』とか『あんなの本当に振れんのか?』とか『子連れとは冒険者もなめられたもんだぜ』なんて囁き合っているのだろう。
ご指摘通り、背中の大剣を扱える自信はないし、冒険者になりにきたわけでもないので、冷やかしと捉えられても仕方ない。
ゲームでの冒険者NPCはなぜか喧嘩っぱやい者が多かったので、ここはなるべく穏便に事を進めよう。
「おい、あいつ……まさか……」
「勇者殺し……!?」
「いや、でも連れてる娘が魔族じゃないのぞ」
「本当に勇者殺しだったら、冒険者が集う敵陣の最中をあんな堂々と歩けるもんか?」
「だ、だよな」
「それにしたって尋常じゃなく渋いな」
「ありゃあ……かなりの歴戦と見た」
きっと煩わしいヒソヒソ話も、こちらが気さくに声をかければ有益な情報源に変わる。
まずはカウンターでホネットじいさんからもらった短剣を見せ、ギルドと繋がりがあると示した後で彼らにも一声かけてみるか。
「そ、そんな……! あんまりです!」
「うるせえってんだよ! これに懲りたら、小娘ごときが冒険者ギルドで営業かけてくんじゃねえ!」
「それは、あたすが懸命に鍛えた一振りなんだす!」
「だーかーらぁー、Cランクの実力派冒険者の俺らがぁ、使ってやるって言ってんだろ? お前んとこの鍛冶工房の宣伝にもなるし、ありがたい話だろうが!」
「それなら、せめてお代をッ」
「っせえんだよ! 小娘が鍛えた剣なんざすぐポッキリいくだろうが。さっさと失せねえと、お前の首もポッキリいくぜえ?」
カウンターのすぐ横ではいかつい冒険者が3と、小柄な少女が言い合いになっていた。
あの娘は……【岩飾りの娘】か。
身長はおよそ130cmほどで幼女とさほど変わらない。しかし、岩や鉱石の加工技術に長けた種族で、生涯ずっと幼い見た目なのが特徴だ。
ゲームでは合法ロリとまで囁かれていたが、あいにくと俺にそういう趣味はないので【岩飾りの娘】には詳しくない。
そんな俺でも、彼女が冒険者にカツアゲされているとだけはわかった。
まあ関係ないので放っておこ————
うん?
彼女たちが揉めているすぐ向こうに、お手洗いのドアがあると気付く。
ううーん。尿意の限界が近いのは確かだ。
しかし、彼女たちが言い合う間を通り抜けてトイレを目指すのは、果たして穏便だろうか。
いやしかし、しかしだ。
ここでトイレを無理に我慢しながら、カウンターでお得観光スポットをあれこれ聞くのは集中できない。
ましてや情報収集の最中に、お漏らしなんてした日には大惨事だ。
よし、ここは穏便にトイレを済まそう。
そう決心した俺は、『剣を返すだ!』『しつこいぞゴラァ!』と怒鳴り合う両者の前に立つ。
すると彼女たちは俺の存在に気付き————
ビクゥッと全身を揺らした。
「勇者殺し——?」
「おいおい、嘘だろ……」
ああ、俺も思ったが指名手配書にちょっと似てるよね。
そんな誤解もしっかり解きつつ、トイレにダッシュできる方法はただ一つ。
「————間違いは誰にでもあるものだ」
俺は迫る尿意に挫けず、ただただ冷静にそう語り掛ける。
すると剣をカツアゲしていた冒険者たちがなぜかたじろぎ始めた。
「た、大罪人が説教とか……いい度胸してるじゃねえか」
「お、俺らは、間違ってねえ。この小娘がッ、こんな場所で武器の営業なんかするから!」
「そ、そうだ! 迷惑してる冒険者もいたんだぞ……!」
どうやら彼らは【岩飾りの娘】から剣を取り上げたのを、私が注意してると勘違いしたらしい。
ならばさらに誤解を解いておかねば。
私は親しみを込めて、リーダー格らしき青年の肩へポンっと右手を乗せる。
「————そう、見誤るなって。判断を急くのは良くないぞ」
「ひぐぅっ……べ、別に俺らは、あああんたとッ、事を構えたいわけじゃっ……」
「あ、あんたと……俺らじゃ、実力に雲泥の差があるのは……わかってる……」
「ほ、ほら……悪かったよ、小娘。けけけ剣は返す……」
わかったならいい。
ただ実力がどうのとか、剣を返す返さないのやり取りでもたついて欲しくない。
さすがに俺は、トイレのドアを塞いだままの彼らに焦燥を隠せなくなってきた。
「そろそろ我慢の限界だ、長くはもたない————」
「「「ひ、ひぃっ!?」」」
なぜか冒険者たちは血相を変えて、そそくさと飛び出して行った。
なんだか最初から最後までおかしな連中だったと思いつつ、俺は念願のトイレへ突き進む。
しかし、そんな極楽浄土を目の前にした矢先で————
「あの、ありがとうございますだ! お名前を聞いてもいいだすか?」
剣を返してもらった【岩飾りの娘】が、キラキラと瞳を輝かせながら呼び止めてきた。
「ふっ、名乗るほどの者ではない——」
そんな彼女に俺は一刻の猶予もままならなかったので、サッとその場を後にした。
「…………」
「……」
「……幼女よ、お外で待ってなさい」
「ぱぁぱがそう言うなら」
ふう。
本当に危機一髪だった。
俺はどうにかこの危機を乗り越え、心地よく自分を解放したのだった。




