11話 転生者には渋すぎた
トイレから出るとなぜか幼女が憲兵隊に囲まれていた。
まさか魔法で器物破損とかしたんじゃないかと、一瞬だけ不安になったものの、憲兵隊の一人が叫んだ内容で事情は読めた。
「貴様らを勇者殺しの容疑で連行する!」
「——ほう、それはできるかな?」
勇者を殺した証拠もないのに冤罪をかけるなんて、王都の憲兵隊クオリティはかなり低いらしい。
俺が言にそう不満を伝えると、周囲にやたら緊張が走る。
「ぱぁぱ、殺る?」
「ふっ、それには及ばないさ」
なにせ誤解を解けばいいだけだからな。
それに幼女はやる気満々だが、彼女をこんなところで暴れさせては冒険者ギルドごと倒壊しかねない。そうなると俺まで死んでしまう。
絶対に戦わせてはいけないと胸に刻みつつ、俺は至って静かな口調で憲兵隊を諭す。
「————命が惜しければ、大人しくしていろ」
「クッ、魔神討伐で王都のS級冒険者たちが出払っていても! 我らは屈せぬぞ!」
「ふっ————それは俺たちに関係ない」
「なっ……S級冒険者がいてもいなくても、変わらない、だと……?」
「やれやれ、めんどうだな————これを見せれば通じるか?」
俺は色々と誤解を解くのが困難だと思い、ホネットじいさんから譲り受けた短剣を見せつける。
これが本当に冒険者ギルドにとって免罪符のような役割を持つのであれば、全ての誤解が解けるはずだ。
案の定、俺が短剣を周囲に見せつけると————
「嘘だろ……伝説の殺し屋『女王蜂の一刺し』の短剣だぞ……」
「SSS級冒険者を引退したとはいえ……あの『女王蜂の一刺し』をすでに屠ったのか……」
「そりゃあS級冒険者がタバになっても相手にならない、か」
やはり短剣の効力は絶大で、どよめきがあちらこちらで響き渡る。
あまりに多すぎて全部は聞き取れなかったが、ホネットじいさんはよほどの大物だったらしい。
「よよ、よ、よっ、よよよよ要件を言えっ」
憲兵隊の一人がガクブルと震えながら問いかけてくる。
まさか短剣を出しただけで犯罪者呼ばわりから一変して、こちらの願いを叶えてくれようなんて……ホネットじいさんには感謝しないとだ。
王都の名物でも持って帰ろう。
さて、俺の要件は決まっている。
まずは美味いメシ屋と——
「——貪り喰らいつける物、それに場を紹介してくれ」
「い、生贄、と……儀式場、か……」
どよめきが一層うるさくなって、いまいち憲兵隊の反応が聞き取れない。
しかし、周囲の反応から察するに憲兵隊が旅人の要求を聞いてくれるなんて滅多にないんだろう。
だからこそ、ここぞとばかりに俺は要求をどんどん重ねておく。
こういうのはきっと言ったもんがちだ。
ええと次に求めるのは、一度寝てしまったら、やみつきになる寝心地のいいベッドがある宿屋と——
「——永遠の眠りを所望する」
「ひぃっ……生贄は永遠に目覚めない、死ぬってことか……?」
何より腕の良い痛くない歯医者だな。
俺はニッコリと笑い、奥歯の小さな虫歯を指で差す。
そしてスっと首の前から胸へ、斜め下に腕を下ろしてから宣言する。
「————痛みすら覚えぬ、腕利きの専門家を頼む」
「首切り処刑人を……? なんて残酷な……自らの手は下さず、同胞である我々の手で、生贄を処断しろと……?」
「いや、しかしだ……これで魔神がしばらく大人しくなるなら、安い犠牲のはず」
「せめて哀れな生贄が苦しまぬよう、腕利きの者に任せよう」
「それなら『女王蜂一家』しかないな。よし、魔神の接待を一任してしまおう」
憲兵隊は一刻を争うように、慌ただしく密談をしている。
周囲もまた、その様子を固唾を呑んで見守るので、俺まで少し緊張してきた。
やっぱりホネットじいさんは、国賓とかそういうレベルの傑物だったのかもしれない。そう思うと、俺だってホネットじいさんの顔に泥を塗るような真似はしたくないので、できるだけ堂々とした佇まいを意識する。
「全て、そちらの要求を呑ませてもらおう! ただし、我らが陛下に貴殿のことは早急にお伝えさせていただく!」
「ほう————よろしく頼む」
やはりホネットじいさんは国賓レベルらしい。
俺はホネットじいさんの顔を立てるつもりで、陛下にもよろしく伝えてくれと頷いておく。
「よろしく、だと……?」
「なっ……なんて余裕なんだ……」
「人間の王族ごとき、どうとでもなると言うのか」
そうして俺は、なぜか顔面蒼白になった憲兵隊にオシャレなバーに案内された。
◇
あちきはジョージ。
そう、今はただの乙女なジョージよぉん☆
日本にいた頃は、ガラにもなく教師なんて職に就いてたけどぉん、今じゃこの『女王蜂一家』を営むバーの姉御なんて呼ばれてるわねぇん。
あちきがこの異世界、っていうか『クロ・クロ』に転生してからぁん、長い月日が経ったわ。
転生当初は四苦八苦したものね。
それでもあちきはマスターホネットと運命的な出会いを経て、随分と世話になったわあん。
彼が仕切ってた『女王蜂一家』に面倒を見てもらってぇん、暗殺術と格闘術を叩き込まれてぇん、彼が引退した後も恩義に報いるためにぃん、あちきはここにいるのぉん☆
ああ、久しぶりに彼に……マスターホネットに会いたいわぁん。
彼が夜な夜なステージに上がって、フリッフリの衣装で着飾る姿は未だに脳裏に焼き付いてるのぉん。もう、あちきの心は彼に囚われちゃったのかしらぁん☆
彼とのめくるめく輝かしい夜を夢想していると————
不意にバーの扉が叩かれて冷めたわ。殺すわよぉん?
「『女王蜂一家』はいますか!? こちら、憲兵隊であります!」
「あらぁあらぁん、どうしたの憲兵隊さん☆ まだ営業時間じゃないわよぉん♪」
「それが……かくかくしかじかでして、ひとまずはこちらの御方を接待いただければと……」
憲兵さんは信じられない内容を、あちきの耳元で囁いたわぁん。
つい雄々しい憲兵さんの吐息にゾクリとしちゃったけれど、その内容を聞き終わる頃には絶望だったわぁん……。
マスターホネットが殺された?
その仇を、この店で留めておいてくれって……。
嘘でしょ、マイハニー……嘘だと言ってよぉおおん!
だって、だって、この世界に飛ばされてッ! あちきの孤独を初めて癒してくれたマスターホネットが亡くなった、ですって!?
あちきはすぐさま憎き仇を睨み据える。
そこには————
「うっそぉん…………激シブだわぁん♡」
恋と憎悪と混沌と。
波乱の幕開けの、よ・か・ん、んんぼぉぁああああ……!




