8話 新魔王には渋すぎた
ふう。
何となくだが、俺は自分を理解し始めていた。
やはり特筆すべきは、様々なスキルを習得できる焚き火だな。
なぜか俺が起こした火に何かをくべると、燃やした物にちなんだスキルを習得できるらしい。
とはいえ大層なスキルではなく全て地味な効果だ。
しかし、間違いなくこの旅を快適にしている。
一番最初に習得した【魔神の陽炎】は、冷え込む夜でもぬくぬく過ごせていい。見た目は凶悪だが、周囲の温度を2~3度上げられるのは地味に助かる。
まあ、幼女も【猫丘】もこれを発動すると心配そうな顔をするから、ちょっと使いづらいが……暖炉の薪を節約できるから、誰も文句は言ってこない。
他にも【猫丘きのこ里】で習得したのは、【猫ぱんち】というスキルだ。
これは爪を鋭くさせるもので、枯れ枝を削ったりと、地味に薪を整えるのに重宝している。他にも【猫目】など、暗がりでもほんの少し視界がクリアに見える、いわゆる夜目が効く状態になる。
あの里は遥か昔、地竜が生息していたようだが人間の英雄が狩り始めたことで絶滅の憂き目にあったらしい。
そこで地竜は人間と上手く共生している猫と契りを結び、新たな種族【猫丘】が生まれるようになったとか。
あいにくと竜系統のスキルを習得できなかったのは残念だが、確実に強くなっている実感はある。
目覚めた頃より、魔力もほんの少しだけ上がったように思う。
体感でMP0からMP3ぐらいの誤差だが地味に嬉しい。
まあ、身近にすさまじい魔力の持ち主がいるとちょっと悲しくもなるが。
幼女はおそらくMP999ぐらいある。
それほどまでに俺と幼女では隔絶した差があると肌で感じている。また【猫丘】もMP2000ぐらいある化け物だ。
いっつも大人しいけど。
今となっては、そんな心強い旅の護衛がいるのはありがたい話だ。
どうやらこいつらも、俺の王都行きについてくるらしい。
「ぱぁぱ。本当に出発するの?」
「あぁ————痛みの根源を、排除しなければな——」
虫歯は早めの治療がいい。
そんな風に決意しながら、傍にいた幼女をなで——
俺たちは王都へ出発した。
◇
「シブさあああああん! 達者でなあああ!」
「また必ず! 元気な顔を見せてくれよおお!」
「シブさん! これ持ってってくれ。役立つかわかんねえが、うちの家宝だ!」
「うちからも日持ちのいい食糧を! どうか受け取ってくれ!」
「ルナちゃんも元気でなあ」
「ふっ————みな、大袈裟だな」
「…………」
私たちを見送ってくれる、【猫丘きのこ里】の人々を無言で眺める。
つい衝動的に殺意が沸いてきて、みんなから視線を切る。
————私は『一切を滅ぼせ』と言われながら育ってきた。
やらなければ、やられると。
もしできないのならば、その痛みを身体に刻むと教育されてきた。
それが魔王の娘である、私。
ルナ・ブラッディドール・エンパイアの人生だった。
言われたことをできなければ、魔王に極大魔法で削られる日々。
何度も、何度も、何度も。
おかげで強くはなれた。でも、常に魔王は私の限界の先を求め続けた。
だからやっぱり、無限に続く痛みを刻まれた。
もうこんな一生は嫌だと。
だから何もかもを投げ出して、今まで習得した全てを駆使して、あの巨大な牢獄から抜け出した。
それからの記憶は朧げで、あまり覚えてはいない。
道行く人間には『魔王』だと難癖をつけられ襲われる。同胞である魔族の追手にも容赦なく攻撃される。
どうして私だけがこんな仕打ちに合うのかな。
ただ、当てもなく彷徨って、この世の全てが憎いとすら思った。
そして気付けば、かつて絵本で読んだ魔神様が封じられている神殿跡地に辿り着いていた。
魔神様なら、魔族も人族も全て滅ぼしてくれる。
私の嫌いな世界を滅茶苦茶に壊してくれるって。
そんな破壊は、私の予想とは違う形で叶ってしまった。
あの日。
魔神様が封じられているはずの器にすぎない男は——運悪く、勇者と対峙した私を見て——
『やめておけ————(神殿が崩れて俺が死ぬ)』
私に暴力が振るわれるのを、物凄い気迫で制止していた。
その瞬間から、私の何かが壊されてしまった。
何も、誰も、私を守ってはくれなかった。
でもその男だけは違った。
勇者一行に臆することなく、ただ私のためだけに、何の見返りもなく。
出会ったばかりの私のために身体を張ってくれた。
手を差し伸べてくれた。
それは、福音だった。
ずっと求めていたものに触れられたと、そんな気がした。
だから私はその日から、男をぱぁぱと呼ぶことにした。
ぱぁぱはすごい。
言葉は少ないけれど、いつも行動で示してくれる。
まず、ぱぁぱの灯す火は特別だと気付いた。
初日の朝、私はぱぁぱの祝福を受けて【変身魔法Lv1】を一瞬で習得してしまった。
それから何度も何度もぱぁぱとの焚き火を過ごして、あらゆる魔法を習得した。
「ふっ————適当に肩の力を抜くのも大切さ」
ぱぁぱは何も考えていないようで、その思考は海より深い。
焚き火に捧げるのは、その辺に落ちているような猫じゃらしであっても、実はそれがひどく厳選された物だと私だけが知っている。
だって【猫丘きのこ里】で習得した、【竜血魔法Lv5】は竜の血を自身に巡らせ、あらゆるパワーを増幅させるからすごい。
他にも【竜猫魔法Lv7】なんて、私が【猫丘】に変身できちゃう優れもの。
あとは【地竜の轟きLv5】や【地竜の鎧Lv3】なんかもある。
ぱぁぱと出会ってから、私は数倍の強さを得た。
多分、ぱぁぱは……その土地の記憶を炎にくべて喰らう者。
魔王城の文献に残されていた——夜を照らし、人々を導く【焚き人】の末裔なんだと思う。中でも最強格と謳われた、【領域喰らい】かなって。
だから魔神を自分の中に封じても耐えられてる。
その力はぱぁぱの偉大さと優しさに満ちていて、周囲にも分け与えられる。一番近くにいる私がいつも受けているのは、恩恵で奇跡だった。
そんなぱぁぱが【猫丘きのこ里】を出発するとき、私を見て言った。
「あぁ————痛みの根源を、排除しなければな——」
私は気付いてしまった。
ぱぁぱは決して癒されない古傷を、だしにしているだけだって。
魔神の呪いや魔力は、生半可なものじゃない。
だから王都にいったところで、ぱぁぱの古傷は治せない。じゃあ、ぱぁぱはどうして王都に向かうのか。
多分、ぱぁぱは……私の痛みを、解消するために、王都を目指してる。
ぱぁぱは時々、私が里の人と関わらないようにするのを心配していた。
今だって里の人は信用なんてできない。
いつ手のひらを返して、私やぱぁぱを襲ってくるかわからないから。
やられる前に、やってしまわないと……そんな考えが胸中に何度も浮かんだ。
ぱぁぱや私たちに親切にしてくれる人を見て。
別れを惜しむ彼らを見て。
私はこんなにも善良な人たちを殺そうと考える。そんな自分が気持ち悪くて、嫌悪して、許せなかった。
でも、どうにもできない。
今まで刻み込まれた不信感は、どんなに良くされたって簡単には拭えなかった。
むしろ優しくされればされるほど、何か裏があるんじゃないかと、疑心が深くなっていく。
そんな私の心を見透かすように、痛みを知っているかのように。
ぱぁぱは何も言ってこなかった。ただ、静かに寄り添ってくれた。
王都に行くことが……どうして私の不信を、痛みを癒すのに繋がるのかは見当もつかない。
でもぱぁぱは昨夜も確かに、『このざわつきの原因を早めに取り除いておきたい』と言った。
私はその発言の意味を正確に理解している。
王都で私たちの存在がざわめかれ、指名手配されていると。
人間たちの魔の手が迫っていると。
その原因を、ぱぁぱは根本的に解決しようとしているんだと思う。
きっと私のために。
平和で居心地のいいここを捨ててまで、私の安全を選んでくれた。
私への愛を選んでくれた。
ぱぁぱの心は里への愛に溢れているのに。
柔らかな風に、優しく揺れる緑。
食の恵みをもたらす森や草原、小川のせせらぎ。
夜を飾る鈴虫の音や、静かに爆ぜる焚き火の歌。
それら全てを捨てて、王都へ向かうぱぁぱの覚悟に胸を打たれた。
正直、目的地が王都っていうのは危険だなって思う。
でも逆にすごい。
相手の裏を突く、誰も思いつかない奇抜なアイディアだとも考えられる。
誰も信じられない、ちんけな私だけれど————
ぱぁぱだけは信じられる。
◇
夜になった。
今日はわりと温かいので、ぱぁぱは【猫丘ニャヒーモス】のきのこ尻尾から出て焚き火をしようと言い出す。
私はもちろん、ぱぁぱが作る温かさに静かに触れる。
「ふう……ちょっと肌寒いか。ならば————」
ぱぁぱからは、天を突くほどの禍々しいオーラが発生する。
そんな魔神の確かな鼓動は……何度見ても心臓に悪い。
目にするだけで体温が上がり、じんわりと嫌な汗も出る。
「にゃふむ、にゃひにゃにょっひらら…… (気付いているかにゃ。最近、こ奴の魔力がわずかにゃが、上昇しているにゃ)」
「にゃっむ。にゃむーん (うん。抑えきれてないのかも)」
ぱぁぱの様子を怪訝に思ったのか、【猫丘ニャヒーモス】が話しかけてくる。
「にゃひにゃひーむ、にゃひりらあむ (何でもにゃいフリをしてるけど、確実に魔神の封印が解け始めてるにゃあ)」
「にゃひ……にゃひにゃひにゃむにゃひいにゃっむ(確かに……前は何にも感じなかったのに、ぱぁぱの魔力が少しずつ漏れ出てる)」
「おいおい————俺だけ仲間外れは悲しいな」
「ぱぁぱのこと、心配してる」
「ふっ————確かに早くどうにかしたいな (虫歯を)」
相変わらずぱぁぱは何でもないかのように、魔神の意思に抗い続けていた。
それがどれだけ辛いことなのか、私には想像もつかない。
「気分転換に、そうだな……試しに闇の深淵でも覗いてみるか (猫目を発動)」
私もニャヒーモスもその発言に驚愕してしまう。
魔神から漏れ出る闇をさらに直視しようなんて……いや、でもぱぁぱなら、もしかしたら……。
そんな淡い期待を胸に、ぱぁぱをそっと見守っていると。
「おぉ——見える、見えるぞ————ほう、闇を覗く時、闇もまたこちらを見ていると……」
不意にぱぁぱは天を仰いで不穏な台詞を吐く。
私も釣られて上空を見れば————
「ようやく探しあてたぞ、我が娘よ」
そこには私と同じ双角を持ち、荘厳な両翼をはためかせる魔王がいた。
彼の背後には将軍級の魔族が二人もいる。
突然の絶望に、私はパニックに陥りそうになる。
何度も何度も何度も、痛みを刻まれた記憶が私を支配しようとしていた。
「ほう、幼女の父か————まあ、俺は何もしてないがな (誘拐犯とかじゃないっす)」
「何もしてない、だと!? よくまあ、そのような禍々しいオーラをまとっておきながら……ふん、人間風情が大層なものを背負っているようだな」
「ん? あぁ————これがなかなか心地よくてな」
「なっ……!? それを、心地良い、だと……!?」
「どうだ————お前もこちら側に来てみるか? (ひとまず焚き火を囲って話し合いとかどうですかね。不穏すぎる空気はやめましょうよ)」
「魔王様、挑発に乗らぬようお願いいたします」
「おそらく、アレは魔神の気配でございます」
「まっ……魔神、か……? いや、確かに言われてみれば……」
「相手の射程範囲に引きずりこまれたら一環の終わりでございます」
「ですが妙ですね。一切の敵意も魔力も向けられておりません」
「もしや、『こちら側に来てみるか?』とは……この我に、魔神を御し切るほどの存在にならぬかと、勧誘しておるのか……? それとも試しておるのか? クハハハハッ、面白い!」
「楽しそうで何よりだ————幼女よ、迎えてやれ」
「……ぱぁぱ、ほんき……?」
「ふっ————やる前に諦めてはいけない (誤解を解くために仲裁を頼む。俺は誘拐犯じゃないと)」
ぱぁぱは……私に魔王を迎え撃てと、そう言うの?
諦めるなと、私ならできると。
惨めにも全身が強張った私を見て、そんな風に信じてくれるの?
その途端、私の全身に力がみなぎる。
魔王に対する恐怖も、今までの痛みも、全てを力に変えて————
ぱぁぱの言葉だけに集中して、魔王を見上げる。
「面白い、面白いぞ、人間! 我は第五代、西日の魔————」
魔王が盛大な名乗りを上げる瞬間。
「【地竜の轟き】——」
「むぉうっ!?」
まずは地竜の咆哮で魔王をひるませ、一瞬だけでも魔力の制御をかき乱す。
さらに私は【地竜の鎧】で、頑強な地竜の表皮を全身に纏った。
「【竜血】——【竜猫】」
私は竜血を自身にめぐらし、大幅に身体能力と魔力を強化させる。さらに【猫丘】に変身し、圧倒的な質量で魔王の身体を殴り飛ばす。
「——ぷぎゃっ」
魔王の身体は、水袋が破裂するみたいに飛び散った。
あっけなく。
本当にあっけなく、私の恐怖は消え去ってしまった。
「まっ、魔王さまあああああああああああああああああ!?」
「い、一撃でっ!? そ、そんな馬鹿なッ!?」
「ひ、姫はそこまでご成長なされたの、ですか……!?」
「新魔王様のご誕生だ……」
今宵。
私の痛みで彩られた過去が潰えた。
ぱぁぱのおかげで……私の痛みがまた一つ、消えたんだ。
「ふぅ————騒々しいな (……もっと穏便で平和的にしようよぉ、怖すぎぃ)」
ぱぁぱはいつも通り、何一つ驚いてなかった。
まるで私が魔王に勝てるのは当然だと、微塵も疑わずに信じてくれてた。
それが何もよりも嬉しくて、私はついつい———
抱き着いてしまった。
「ふっ————想像以上だ——(圧力も殺意もやばすぎぃ)」
ぱぁぱは全身をブルブルと震わせながら、私の魔王殺しに感動してくれた。




