7話 女伯爵には渋すぎた
【猫丘きのこ里】の夜もまた快適だ。
我が屋は暖炉付きでぬくぬくと温かい。
そして外気温がゆるやかな夜は、外に出て星々を眺めて過ごす。
「————今夜も焚き火を囲んで一杯するか」
「はい、ぱぁぱ」
ホネットじいさんからいただいたハチミツをミルクに溶かし、ほんの少しだけ温める。ホットミルクを口にすれば、全身にじんわり優しさが満ちていく。
揺れる炎を静かに眺めながら、甘いミルクを堪能するのは最高だ。
その場で両手を広げ、寝そべるのもいい。【猫丘】のふわふわ草は肌触りも寝心地も抜群である。
「あら? 焚き火ですの?」
不意に下の方から聞き覚えのある声が聞こえたので、そちらに目を向けると貴族っ娘がうちの【猫丘】を登ってきていた。
「夜分遅くに失礼いたしますわ」
「あぁ——構わない」
「本当はもっと足繁く通いたいところなのですが……公務もありまして。それに今は王都の情勢が不安定なのです」
「————無理はしなくていい」
お貴族様に気を遣われるのはこちらとしても気疲れしてしまう。
できれば無理して、ここまで来なくてもいいのだが……そんな本音をオブラートに包んで夜風に乗せる。
「まあ、お優しいのですわね」
焚き火の炎に照らされて、貴族っ娘の両頬がほんのりと染まる。
少し肌寒いかもしれないと思い、俺は無言でハチミツミルクを分けた。
それを嬉しそうに飲むものだから不思議だ。
普段はもっと上等なものを飲んでいるだろうに。
「……不思議ですわ」
「だろうな」
貴族っ娘は俺をジッと見つめ、『とぼけないでくださいませ』と呟く。
何もとぼけたつもりはないし、なるべく貴族っ娘と関わりたくない俺は、黙って星空を見上げた。
「どうして貴方は……出会ったばかりのわたくしたちに、こんなにも良くしてくださるのかしら(勇者殺しの罪も、わたくしの復讐も、全てを背負ってくださいました)」
別段、何もした覚えはない。
むしろ【猫丘きのこ里】の人々には世話になりっぱなしだし……あっ、そういうことっすか。
いつまで自分の領地でニートの穀潰しやってんねんって話ですか。
出会ったばかりのわたくしや領民がこんなに良くしてあげてるのに、お前は何もしないのか? って、遠回しに詰めてくる女とか、やっぱり貴族は性格に難があるな。
「————感謝しかない」
とはいえ、面倒をみてもらったのは事実。
だから素直にお礼だけは述べておく。
「……感謝されるなら、自分の身に何が起ころうと厭わない……なんてご立派なのでしょう……」
いや、待て待てマテ茶。
どうして俺が感謝されるなら何でもする、みたいな話になっている?
もしかしてアレか。
この里のみんなに感謝した分、それ相応の働きをしろってか? 貴族特有の遠回しでお上品な交渉術ってやつなのか?
「わたくしのために……もうっ、運命(の出会い)ですわっ!」
まずいな。
運命とか耳障りのいい言葉で誘導しようとしてやがる。
間違いなく、やばいバイトを斡旋する気だな。
俺がそんじょそこらの愚民だったら、大義がどうのって簡単に乗せられたろうが……ところがどっこい、俺は転生者だ。
貴族が民を操ろうとする魂胆なんて見え見えだ。
「とはいえ————少し、古傷がうずいてな——」
どうだ。
必殺、仮病作戦。
さすがに具合の悪い中年を酷使して、重大なクエストを任せようなんて思わないはず。
俺に任せたら失敗しちゃうぞオーラをたっぷり出しておこう。
「そっそれはっ……!」
貴族っ娘は思ったより、本気で心配してくれた。
そうなると、なんだか罪悪感がむくむくと芽生え——
いや、これは別に嘘ではない。
そういえば最近、奥歯が軽く痛むのだ。
おそらくハチミツを食べ過ぎたのか、虫歯ができていた。元からあったのかもしれないが、とにかく奥歯の虫歯がざわついている。
そして、この里に歯医者がいないのは聞き込み済みだ。
「王都は————優秀な医師が数多くいるのか?」
「はい。王国内では王都が一番栄えておりますので。人も多ければ、もちろん医者も多くいますわ」
「そうか————」
「……もしや、ルナさんが仰っていた魔神による傷が……」
「ぱぁぱ? 大丈夫?」
心配そうに俺を見つめる貴族っ娘と幼女。
俺は子供にまで心配をかけてしまったと小さく反省しながら、幼女を見返して安心させる。
「————大したことはない。ただ、このざわつきの原因を早めに取り除いておきたい」
「どうすればいい? 私にできること、ある?」
「わ、わたくしにも言ってくだされば何でもいたしますわ!」
「いや、いい————ただ、もうすぐ旅立たねば——」
遠回しに働けと言われたら、やはり居心地も悪くなる。
名残惜しいが、近いうちにこの里を出るしかない。
「この【猫丘きのこ里】を出るの?」
「あぁ——」
どのみち歯医者に看てもらうために、王都へ行こう。
◇
「東争の勇者パーティー諸君、よくぞ招集に応じてくれた」
厳めしい表情で3人の若者を迎え入れたのは、王国騎士団でも最強と謳われた男、ロリコーン・ユニコン騎士団長その人であった。
鍛え抜かれた筋骨隆々の肉体、そして全身甲冑を易々と着こなす力強さは、まさに王国の守護者と呼ばれるにふさわしい。
今は亡き勇者ウェイ・ヤリラーフィの剣術指南を行ったのも、彼の輝かしい功績の一つであった。
「あんたに呼ばれちゃな」
「勇者様の仇討ちとなれば当然です」
「まー義理よね、ギリ」
元勇者パーティーの武闘家ゴーリーはニカっと笑い、聖女ホーリーは祈るように瞳を閉じる。そして魔法使いのラブリーはやる気なさそうに応じた。
三者三様の反応にロリコーン騎士団長は鷹揚に頷く。
魔法使いラブリーの態度に思うところはあれど、この三人は間違いなく自分に次ぐ実力者であり、王都最高戦力の一角を担っている。
彼ら彼女らの実力を認めているからこそ、細かいことは気にしていなかった。
「聞いてはいると思うが、復活した魔神討伐隊を編成する」
「あんときは魔王との戦いで俺らも消耗してったからな。逃げるしかなかったが、今回は腕がなるっぜ」
「目覚めたばかりの魔神であれば、完全に力を取り戻したとは言い難いですものね」
「えーあの渋すぎるおじさまと戦うのかあ……」
「王都のS級冒険者3名に加え、A級冒険者16名、そして我々王国第一騎士団、及び第三騎士団と第五騎士団、王国魔導師団も魔神討伐隊に赴く」
「俺らと肩を並べるS級冒険者が3人も!? す、すげえ戦力じゃねえか。都市一つ、いや小国一つ滅ぼせるっぜ……」
「勇者様の穴埋めとしては妥当、いえ過剰戦力です。陛下も本気なのですね」
「ふーん、まっ、付き合ってあげるわよ。で、肝心の魔神さまの居場所はわかってるのかしら?」
「不明である。しかし古来より魔神の習性は変わらん。自身が祀られた神殿に帰ってくる、とな」
「となりゃあ、俺らが魔王と戦ったあの神殿跡地になるっぜ」
「犯人は必ず現場に戻ってくるのですね」
「そんな感じはしなかったけどぉまあいいわ」
「わかっていると思うが、この任務は早急にこなさねばならん! 王都を長く空けては、それこそ魔王軍につけ入る隙を与えかねん!」
ロリコーン騎士団長は檄を飛ばし、拳を強く振るった。
「明朝、出陣する! 各自、準備を怠らぬよう頼む!」




