6話 隣人には渋すぎた
この里の人々はよくしてくれる。
いや、何もしてない俺によくし過ぎている。
正直に言うと居心地が良すぎて、当初は数日だけ滞在する予定だったが、すでに2週間が経過しようとしていた。
まず幼女がテイムしている【猫丘】のきのこしっぽをくり抜いて、家にする作業だったが、これも里の人々が全面的に手伝ってくれた。
というか俺は内装の好みを言っただけで、人々が率先して工事してくれた。
きのこしっぽの質感は木とも石とも言い難く、きのこほど柔らかくもなくて丈夫だ。
特にお気に入りなのは、一階の床がふわふわ毛のままなので、最高級絨毯の上を過ごす感触で心地よい。
さらに床に落ちたゴミなどは【猫丘】の体皮が自動で吸収してくれるので、いつも室内は清潔感に満ちている。
また、食べ物などもなぜか近隣の【猫丘】に住んでいる人々が、無料でおすそ分けしてくれるのだ。
至れり尽くせりの住み心地である。
——そんな生活だが、辛いときもあった。
今日は推しのように、酒場で酒をくゆらしたくて頑張っていたが……どうにも酒が苦すぎて不味い。
推しのシブ・スギータは渋く味わっていたが、俺にはまだまだ無理そうだ。
そんな風に思っていると、追い打ちをかけるように数人の男たちが好意で酒を驕ってくれたのだ。
普段からお世話になってる人たちの好意を、推しは無下に断らない。だから懸命に飲んだ。飲みつくした。
苦みと吐き気と戦いながら。
「ほげぇ——————ふう、壮絶だったな」
酒場から出て、外の空気を吸う。
【猫丘】から見下ろす平原の景色は雄大で、どこまでも豊かな緑が広がっている。酔いを冷ますにはちょうどいい風も吹いている。
「おや、シブさんじゃないか。ちょうどうちの養蜂が上手くいってね。どうだい、蜂蜜のおすそわけなんてのは」
金色の瓶詰を片手に、お隣のホネットじいさんが人好きな笑顔で挨拶をしてくれる。
彼はフリフリのロリィタドレスを身に纏ったじいさんで、ちょっと個性的だ。しかし里のみんなもそんな彼の恰好を受けて入れているし、俺も興味はなかった。
「ハチミツか————幼女が喜ぶな。礼を言う」
「いやいや、シブさんには色々お世話になったから気にしないでくだされ」
「俺は何もしてないさ————ただ、今はこの火照りが冷めるのを待っている」
ホネットじいさんは俺の言葉に『うんむう……』となぜか難しそうに唸った。
それから彼方へと目を向け、静かに語り始めた。
「今回の……ほとぼりが冷めるのは難しいかもしれんのう」
「あぁ————予想以上に深刻だ」
思ってたよりも吐き気がひどい。
かなり度数の高い酒を浴びてしまったようだ。
「気を付けるのじゃ。特に王都じゃ、(噂の)回りが早いもんでのう……『火あぶりの刑』なんて言い出す者もおる……」
「————そこまでなのか」
王都の酒は恐ろしいな。
そんなにアルコールの回りが早く、『火あぶりの刑』なんて言われるほどの酒があると。全身を焼かれるように火照ってしまう酒なのか……?
この里にあった【精霊の火酒】もかなり強いと思っていたが、さすがは王都。
王都だけに嘔吐しないようにしよう、なんちて。
「ふっ————王都へ行く際は、気を付けないとだな」
俺がそう言うと、『あんた正気か!?』って驚愕の顔をされた。
しかし、ホネットじいさんは再び『うんむう』と唸って、『なるほど、自らの足で王都へ……シブさんほどの男なら……あるいは……』と一人で納得していた。
「わしがもちっと若ければ、シブさんにお供したんじゃがなあ」
「ふっ、付き合わせてしまっちゃ悪いさ」
こんなご老人に、あんな酒の飲み方は絶対に強要できない。
ホネットじいさんが潰れたら、蜂蜜だって楽しめなくなるしな。
「————これで十分さ」
俺がハチミツ瓶を掲げると、なぜかホネットじいさんの瞳は潤んでいた。
「シブさん、あんたという奴は……そんなものでよければいくらでもくれてやるよ」
「ありがたい」
「それと、これをシブさんに託そう」
ホネットのじいさんがおもむろに手渡してきたもの。
それは一目で業物とわかる短剣だった。
柄のあしらいが特に立派で、金の蜂が紋章として刻まれている。
ホネットじいさんは蜂がかなり好きなのだろう。
「もし王都の冒険者ギルド連中と関わることがあれば、これを見せてやれ」
「ん————これは?」
「これでもわしぁは昔、それなりに名の知れた冒険者でな。なぁに、安全で美味い酒場への通行証とでも思ってくれればいい」
「ふっ、酒代ぐらいにはなると————ありがたい」
「カカカカッ、シブさんは王都中の酒を飲み干す気じゃなあ?」
「ふっ、ほどほどに焼かれてくるとしよう」
自分の喉を示してクイっと手を振り、酒焼けには注意すると言う。
するとなぜかホネットじいさんは、断頭台に送られるみたいに顔を真っ青にして『早まっちゃいかんぞシブさん』と心配してきた。
よっぽど王都の酒は強いのだろう。
そしてどうでもいいのだが——
俺は里の人々に名乗った覚えはなかった。
だが、いつの間にか『シブさん』とか『シブすぎた』呼びが定着していたのは不思議だった。




