4話 猫丘で渋すぎた
あっぶねええええええええええええええ……。
突然の地震かと思えば、巨大な獣が俺を踏みつぶしそうになっていた。
間一髪で、隣の幼女がよくわからん魔法をぶっ放してくれたおかげで、九死に一生を得た俺だが。
今でも心臓はバクバクしている。
なりゆきで身なりのいい女子に道案内をしてもらうことになったのはラッキーだったけど、あんな恐怖は二度とごめんだ。
案内人の彼女も時折、胸を押さえているので、俺と同じく動悸が収まらないのだろう。
彼女は女伯爵と名乗っていたので貴族なのか。
しっかし貴族かあ……クロノ・クロニクルで貴族と言えば鬼門だ。
なにせ貴族のNPCと関わると碌なクエストが発生しないのだ。権力だの戦争だのと面倒事ばかりなので避けていた。
とはいえ、俺は絶賛迷子中だったので背に腹は代えられない。
先導する貴族っ娘のあとをついてゆこうとして——
またもや地鳴りが響き渡った。
「ニャヒイイイイイ! ニャヒニャヒニャヒイイイ! (目覚めたばかりとはいえ、このわてを吹き飛ばすとは天晴れにゃ!)」
振り返ると、そこには先ほどの巨獣が復活していた。
よくよく見ればその尋常じゃない巨体に目を瞑れば、かなり可愛らしいフォルムをしている。
そいつは全体的にもふもふのまんまるで——
端的に言えば、猫だった。
「ニャヒィィィィ! ニャッヒィ! (さすがは魔神だにゃ! だが逃さにゃい!)」
とはいえ、ドスドスと大地を駆けてくる形相は恐怖以外の何ものでもない。
もちろんだからといって俺にやれることはないので静観するしかない。ただ、隣の幼女が討ち勝つのを震えながら願うのだ。
「待って————にゃひにゃひ(話がある)」
いざ、魔法と巨獣の大決戦が行われるかと思いきや。
静止をかけたのは幼女だった。
「にゃっひにゃひい。にゃひーにゃにゃなな (にゃんだ小娘。おみゃーにゃんか興味にゃい)」
「にゃひむにゃひ、にゃひにゃっひにゃひにゃひにゃひ、にゃっひ(ぱぁぱは魔神じゃない。確かに魔神が封じられた依り代。でも必死に魔神を抑えてる)」
「にゃっひ……!? にゃひにゃひ……にゃひにゃひにゃひいいいいいいい……にゃ? (人間ごときが!? あの魔神を……いにゃ、確かにそにゃつからは、にゃんにも感じられにゃい……魔力すらにゃいにゃ?)」
「にゃひにゃひにゃっひむ。にゃひむにゃひにゃぴぴ (ぱぁぱは半端ない。魔族も人族も滅ぼさないよう、魔神の意思に抗ってる)」
「にゃひにゃひ? (証拠はあるのかにゃ?)」
「にゃむにゃっむにゃひーむ。にゃひっらにゃひ (私は魔王の娘、次期魔王。その私がぱぁぱに生かされてる)」
「にゃ、ひ……にゃむにゃひにゃひ。にゃひひひにゃひ(確かに……そにゃたから溢れる魔力は魔王にふさわしい。それにニャヒ魔語を話せるのもまた、魔を統べる魔王の素養にゃり)」
「うにゃむ?(どう? 納得できた?)」
「にゃひひひひひひひ! にゃっひらにゃひ!(面白い! 次代の魔王を従え、魔神を自らの意思だけで封じる人間とは!)」
突然始まったニャヒ語パーティーに俺は全くついていけなかった。
もちろん、そばで顔面蒼白に陥ってる貴族っ娘さんもそうだ。
「にゃひひいいいにゃひ! にゃっひら!(面白過ぎにゃ、わてもついてくにゃ! 魔神を封じ続ける男の先が見たいにゃ!)」
「にゃひ(聞いてみる)」
どうやらニャヒ語パーティーは終幕したようだ。
幼女はおもむろに俺の方へ駆け寄り、血よりも真っ赤な瞳で俺を見据えた。
「ついてきたいって。いい?」
いいも何も、なぜ俺に許可を取るのか。
そう言えばクロ・クロではテイム系のスキルもあったが、もしかして幼女はその辺も習得しているのだろうか?
まあこのバカでかい猫は初めて見る魔物だし、無害ならクロクロファンの俺としてはちょっと観察して楽しんでおきたい。
「ふっ————旅は道ずれか。好きにすればいい」
「んっ」
「えっ……!?」
幼女は嬉しそうに頷き、そして貴族っ娘は驚愕の眼差しで俺を見つめていた。
◇
「そ、そういえばお名前をまだお聞きしておりませんでしたわ。貴方様のお名前は……?」
どすんどすんっ、どすん。
「ああ、俺の名はシブ————いや、今はまだ何者でもない、か——」
どすん、どっすん。
俺が推しのシブ・スギータを名乗るのは傲慢が過ぎる。少なくとも、もっとシブに寄せられるよう渋くならなければ、推しに面目が立たない。
「あっ……さようですか。で、でしたら、そちらのお嬢さんは?」
「私は……ルナ」
どすん、どっすんどすん。
初めて幼女の名を耳にしたが、俺はどうでもよかった。
ただ、今は——この心地よい揺り籠に全身を委ね、日向ぼっこを味わい尽くす。
俺はだらんと四肢を広げ、寝そべった。
そして緑の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
「し、しかし、改めてすごいですわね。ま、まさか伝説の神獣【猫丘ニャヒーモス】の上でこうしてくつろげる日が……ひぃっ、お、訪れるなんて……」
「ふう————風が、微笑んでいるな——」
この巨大猫は全身にねこじゃらしのようなふわふわの毛、もとい草が生えている。それがもう、ふっかふかのふわふわなのだ。
貴族っ娘の話によれば、【猫丘】と呼ばれる人族に友好的な魔物の一種らしい。こいつはその中でも伝説級なんだとか。
今、俺たちが目指している人里も、その【猫丘】と共生しているそうだ。
俺の知るクロ・クロにそんな里はなかった。
なのでワクワクはするが、俺がプレイした時代ではないのかもしれない。
そんな風にぼんやりと空を見上げ、どすんどすんと揺られていれば、目的の里に辿り着いた。
「こ、こちら、我がノクスフェルム伯爵領が一つ、【猫丘きのこ里】でございますわ」
「【猫丘きのこ里】……巨大な猫丘のしっぽに部屋を作り、のどかに住まう民か————」
果てなき草原に、緑の丘々がまばらに点在する里はとても美しかった。
丘のてっぺんには大きなキノコがこんもりと生え、それらの中身をくり抜いて作ったのが人々の家となる。
窓や扉、果ては煙突なども見え、非常にファンタジー心がくすぐられる住まいだ。
キノコに見えるそれは、地面に頭をもぐらせたまま寝ている【猫丘】のしっぽらしい。
【猫丘】には定期的にキノコしっぽがポコポコ生えてしまうらしく、それは【猫丘】からしたら勝手に増える菌類みたいなものだ。それらが生え過ぎないよう、成長しすぎないよう切り取るのが人間の役目だそうだ。
その代わり、その背に住まわせてもらう。
まさに魔物と人が共生している里だった。
「しばらくは————ここに滞在するのもいいかもな」
この牧歌的な風景が一目で気に入ってしまった。
そんな本音が口から漏れると、なぜか貴族っ娘が心底嬉しそうに食いついてくる。
「本当でございますか!? で、でしたら我がノクスフェルム伯爵家のお客人としてっ!」
「————それには及ばない」
万が一にも貴族絡みのクエストが発生したら面倒事になりそうだしな。
「で、ですがっ……せ、せめて私の命を救ってくださったお礼に何かっ」
「————本当に俺は何もしていない。ただきみに、この美しい里まで案内してもらっただけだ」
「なっ……くぅっ……これが、真実の愛ぃ……デス、わ……」
何やら貴族っ娘は愛がどうのと意味不明な発言をして、胸を抑え始めた。
やっぱりクロクロの貴族はどこか頭がおかしいのかもしれない。
そんな面倒事の気配は的中したようで、【猫丘】に乗る俺たちめがけて数人の騎士たちがすごい形相で駆けてくる。
「お止まりくださいませえええ!」
「どうか神獣様ああああ!」
「で、伝説のニャヒーモス様でしょうかああ!?」
「騎士たちよ、落ち着くのですわ!」
「お、お嬢様ぁ!?」
「なぜ神獣様の上にぃ!?」
「神獣ニャヒーモス様は、隣におられる御方の眷属となられましたわ!」
「いやっ、眷属はちが……「「「なんですとおおおお!?」」」
俺の否定の声は騎士たちの絶叫に掻き消されてしまう。
「詳しいお話はあとですわ。この御方を、ノクスフェルム伯爵家の賓客として丁重にもてなしなさい。里のみなにもそうお伝えになって!」
「いや、そういうのは遠慮——「「「御意に!」」」
うわ、ほんとに面倒だ。
「お嬢様! 王都より緊急の知らせが入っております!」
「何やら勇者殿の身に何か起きたようでして!」
「後ほど、ご報告させていただければと……!」
「王都、からですの……? では、勇者ウェイ・ヤリラーフィはこの【猫丘きのこ里】に立ち入ってないのですわね?」
貴族っ娘は何かを思案した後、なぜか俺に深々とお辞儀をしてきた。
「火急のため、こちらでお暇させていただく非礼をお詫びいたします。また近々、改めてご挨拶に伺いますわ。どうか、どうか、それまではこの【猫丘きのこ里】でごゆるりと、おくつろぎくださいませ」
それからひらりと【猫丘】から飛び降り、数名の騎士たちを引き連れて駆けてゆく。
どうやら予感は的中し、貴族ならではの面倒事が起きたようだ。
だが、そんなのはもちろん俺には全く関係ない。
「やれやれ————騒がしい嵐が、過ぎ去ってくれたようだ————」
今はゆったりと、日向ぼっこを堪能しよう。
ふぁあ、ひと眠りしようかね。




