2話 幼女との一夜が渋すぎた
ずっと、ずっと私は一人だった。
魔王城にいても、人間の領域へ逃げ出しても、私には居場所なんてなかった。
生まれた時から『我を超える次代の魔王となれ』なんて言われ続けて、数多の魔法をこの身に刻まれた。
何度も、何度も、痛めつけられて。
立ち上がれないと……もっと痛い思いをするから、だから必死に頑張ってきた。
けどもう限界だった。
こんな地獄が一生続くのかと思うと、涙も枯れて、ただただ空っぽだった。
それでも痛いのは嫌だって、そんな惨めな本能だけは残っていたから。
隙を見て魔王城から逃げ出してしまった。
そうして逃げた先は……人間の領域は、魔王城と比べ物にならないほどに平和だった。
野盗とかモンスターなんてのはいたけれど、魔王城で受けた痛みや恐怖の100分の1にも満たない。
ただ、別の痛みが私の胸をジクジクと膿ませていった。
誰と会っても。
どこにいても、私を見かけた人々は襲ってくる。
私の角を見て、『邪悪な魔族』だと。何もしてないのに、強い憎悪と否定の眼差しを向け、剣の切っ先を向けてくる。
そうして私は理解した。
この世界に、私の安心できる場所なんてないんだって。
一人きりでいるしかないんだって。
だったら、だったら、絵本で読んだ魔神様にお願いしたかった。
こんな世界を滅茶苦茶に壊してほしいって。
徹底的に滅ぼして————
◇
「————ほんとは、絵本の中だけの話、だと思ってた」
パチパチと爆ぜる焚き火を囲みながら。
角あり美幼女は、ぽつりぽつりと語り始めた。
「魔神が神殿跡にいて、よかった」
あー……。
なんか成り行きで、幼女と遺跡キャンプで一夜を過ごすって流れになってるけども。
まず、ぱぁぱ呼びはやめてもらえないだろうか。
いやでも、好きに呼べって言っちゃったしなあ。
それに絵本って何の話だ? いくら魔法を使えても、やっぱりその辺はまだ子供なのか、現実と空想の区別がついてないのかもしれない。
いや、突っ込まないでおこう。
なにせ幼女が強者っぽいからこそ、こうして悠長に安心な焚き火ができるのだ。
俺には他に考えることが山ほどあるわけで……。
今はテキトーに『うんうん』、と言葉少なに相槌をうっておけばいい。
「おかげで、勇者は殺せる。【死が二人を分かつまで】、私の魔力が半減する代わりに、私が死なないと解毒、できない」
「ふっ」
一生懸命に自分で考えた創作話を、いや、絵本の話か? とにかく自慢げに語る幼女に思わず笑みがこぼれる。
まあ、たまにはこういうのも悪くないか。
夜の澄んだ空気に、風が奏でる草木の囁き。
空には星々が瞬き、揺らぐ炎は俺たちの身体を温めてくれる。
煌びやかに濁った東京の夜には、いい思い出はあまりない……。
色々と思う事はあれど、すでにMMORPG『クロノ・クロニクル』の世界に来ちゃったなら、のんびりやってもいいかもな。
幸い、手持ちの路銀を確認すれば金貨は30枚もあるわけで。
貨幣価値がゲームと同じなら1年は悠々自適に旅ができる。
「ねえ、ぱぁぱ。お城から逃げた姫はどうすればいいと思う?」
自身を指さす幼女。
今度はお姫様の絵本に話題が変わったらしい。少女が好みやすい童話だな。
「ん、ああ……逃げてもいい」
「どこへ? どうしていいか、わからない。ずっと、ずっと、魔王に閉じ込められてたから」
「ん、ああ————人は……迷ったままでも進めるらしい」
ひとまずメシ屋を目指すか、風呂屋にするか、どのみち街だな。明日は街に行こう。
ぼんやりと思考しながら、迷える幼女に手を差し伸べる。
すると幼女は嬉しそうに頭をこすりつけてくる。
なんだか猫みたいだと思いながら頭をなでてやる。
「私、魔族に追われてる。人族にも狙われる」
「ん、あぁ……うんうん」
「一緒にいてもいいの?」
「ん、あぁ……うんうん」
「魔神は、聞いてたお話と全然違う」
「ん、あぁ……うんうん」
「魔族も人族も滅ぼさないの?」
「ん————ふああ」
まだまだ絵本の内容を話し足りないようだが、このまま喋り続けるわけにもいかない。
なぜなら————
「どうして? 今なら、私、魔力半分。簡単に殺せる」
「今は————その時じゃない」
ねんむい。
「じゃあ、いつかはやってくるの……? (私を殺す日が)」
「————朝は変わらずやってくる。そういうのでいい」
早く寝よう。
ほんと、そういうのでいい。
「変わらず……? 毎日、ずっと一緒に、朝をお迎えするの? ぱぁぱも私も、いなくならないってこと?」
「——あぁ。朝を迎えにいこう」
ふぁあああ、もう限界だ。
よし、寝よう。すぐ寝よう。
俺は幼女の話相手もそこそこに寝転がる。
今日は色々あったな、と。
そんな風に思いながら瞳を閉じた。
——背中にもぞもぞくっついてくる感覚に、やれやれと思いながら意識はまどろみの中へと落ちていった。
◇
『真実など目にしなくていい』
『ただ、焔の中で理想を見ればいい——』
『くべろ、炎にくべろ——』
『何もかも捧げ、燃やしてしまえ——』
『さすれば炎のように、形に縛られず、揺らめき、何者でもなく、何者にもなれる——』
そう仄めかすのは、魔神と呼ばれた者だったか。
それとも自分の中に燻る狂気か。
どちらかはわからない。
ただ、その声に従って、かつて多くの信者たちが。
数多の命を奪い、炎に捧げた。
それがこの神殿跡地にこびりついた記憶の残滓————
不意にパチリと薪の崩れた音が響き、その景色が歪む。
「————夢か」
目を開ければ、すでに空は白み始めていた。
ぷすぷすと焚き火は消えかけているが、気候は夏寄りの春っぽい気温なので、少しだけ肌寒い。
幼女はまだ眠っているので、起こさないでおこう。
「——薪を集めるついでに、罠の様子も見に行くか」
昨日のうちに仕掛けておいた罠を見れば、見事に野ウサギが引っ掛かっていたので、俺は短剣でその命を終わらせる。
薪を拾いつつ、周囲に炎が燃え広がらないよう、崩れ落ちた石壁や欠けた神像の残骸も運ぶ。
それから手早く野ウサギの血抜きをして、サクッと解体。
昨日から不思議に思っていたが……罠の仕掛け方や野営の手順などは身体が覚えていた。これも推しに染みついた記憶なのか……?
とにかく石壁や神像の欠片を焚き火の周囲に置き、それから野ウサギの肉をじっくりと燻す。
すると炎が意思を持つように、俺にまとわりついてきた。
びっくりして後ずさるも、不思議と熱は感じられない。
それどころか心地よく、炎の煌めきも美しいとすら感じる。
:【祈りを映す焔神】の神殿跡を喰らいました:
:魔神の一柱は『炎にくべた生贄の姿になり替われる』奇跡をもたらします:
:炎の中に映る理想の姿に焦がれ、信者は多くの命を捧げ、燃やしました:
おおう、脳内に響く声に驚きつつも、妙な馴染み深さを覚える。
『クロノ・クロニクル』のアナウンスログのような無機質な声だからか?
:記憶魔法【魔神の陽炎】を習得:
よくわからないけど、もしかしてこれが推しの能力だったりするのか?
俺がしたことは、この地で寝たこと。あとは遺跡の崩れた石壁や、神像っぽい欠片を焚き火に入れたぐらいだ。
「そうか————推しは、記憶を喰らう者か——」
MMORPG『クロノ・クロニクル』に登場するモブキャラ、シブ・スギータには多くの謎があった。
だが、一夜が明けた今。
俺はうっすらと推しを感じ取っていた。
「今がクロ・クロにとっていつの時代なのか……その辺も探りながら、自分を知る旅に出るか……」
:記憶の糧を、同じ灯し火にあたる者に分け与えますか?:
地平の彼方がうっすらと藤色に染まる。
陽光が朝霧を温かく濡らし、大自然の雄大な姿をゆっくりと照らし始めた。
草々を宝石畑のようにキラキラと彩る朝露の中で、未だに眠り込む隣の幼女に視線を落とす。
「あぁ……やってみてくれ」
推しのことをもっと知りたい。
その欲求に勝てず、俺は幼女に推しの力を行使した。
すると静かに寝息を立てる幼女へ、煌めく火の粉が降りかかる。
「んん……ぱぁぱ?」
さすがに何かを感じ取ったのか、重たいまぶたをこすりながら目を開ける幼女。
「んんん……【変身魔法Lv1】、習得……?」
彼女は脳内に響く音声を復唱するよう首をかしげる。
それから俺をジッと見て、なぜか得心がいったように頷いた。
「ぱぁぱの……祝福……?」
「どうだろうな。何か変化はあるか?」
「むー、むう、角よ、なくなれ」
幼女は寝起き一発目から魔法を行使する。
その効果は、角あり幼女を角なし幼女へ変貌させるだけだった。
なんともしょっぱい魔法だと思ったが……彼女は自身の頭を何度も触り、その効果に感激していた。
「これで魔族だってバレない……?」
「ああ、そうかもな」
おっと。
焚き火で燻った野ウサギの肉がいい感じになってきている。
ひとまず今は腹を膨らませておこう。
俺は無言でウサギ肉を幼女に渡す。
そして自分も口にするが……調味料がないので臭みもひどく味も最悪だった。
それでも腹の足しになるから口に入れる他ない。
「もしかして、私……人間からも、魔族からも、逃げなくてもよくなる?」
「ああ、そうかもな」
「ぱぁぱは……すごい、ね」
幼女は渡されたウサギ肉を見て、それから私を見て、何度も何度も交互に見つめてくる。
「こんな簡単に、何でもないみたいに……私から、孤独をなくすなんて」
幼女がぽつりとこぼした言葉は、声量が小さすぎて聞き取れなかった。
ただ、朝焼けを背景に微笑む幼女を見て————
ヤヴェッ、朝日がクソまぶしい!
「————想像よりも世界は光に満ちている」
「それって……こんな私でも、受け入れてくれる人がたくさんいるってこと……?」
「——まあ、俺は角が生えてる方が気に入ってるがな」
冗談抜きで眩しすぎる!
ばかでかい角十本ぐらい生やして日陰を作ってくれ!
「ありのままの私でも……いいの?」
「————好きにしろ」
あっ、俺が太陽から視線を外せばいいだけだった。
俺はゆっくりと朝日から視線を逸らし、遠くの方を眺めて、静かに目を休める。
しばらく視界がしぱしぱするのは治らなかった。




