1話 戦わずして渋すぎた
「ほう————ずいぶんと、遠くまで来たものだ」
……ほんと、知らん場所すぎる。
自室のベッドで寝ていたはずの俺は、目が覚めると妙な場所にいた。
石造りの神殿……?
いや、遺跡か?
所々が崩れていて、青空がのぞく大穴からは陽光が優しく降り注いでいる。
軽い頭痛もするし、身体も重い。
寝過ぎたとき特有の倦怠感がある。
ひとまず状況を整理するために、遺跡から外に出ようとすると……近くで騒音が響き渡った。
爆弾が暴発したと錯覚するほどの揺れに、遺跡が崩れないか心配になる。
「ちょこまか逃げんなうぇいっ! 死ねええ魔王うううぇいいいい!」
「こ、ここはっ……魔神様が封印された神殿跡、暴れないでっ」
「知らねーっつの! 魔族共が崇拝する遺跡なんざ、ぶち壊してやらうぇい! ついでに魔王、お前もウェイってやる!」
「さっきから言ってる。わたし、魔王、まだ違う」
「騙されないでください勇者様! あの立派な双角は、魔王以外の何ものでもありません!」
「そうだっぜ! 俺様と勇者の力が合わされば何でもできるっぜ!」
「ちょっと! あたしの魔法支援があるから、あんたら好き勝手できんだかんね!?」
「魔王よ死すべし! エクスカリヴァァァアアアァァアアア!」
「わ、分からず屋の勇者めっ、【死が二人を分かつまで】」
「ハンッ! そんなザコい毒、しゃらくせウェイッ!」
外に出ると、そこには異様な光景が広がっていた。
数人の若者たちがウェイウェイしながら、幼い少女を取り囲んでいたのだ。男女四人組が幼女に剣を振るい、魔法を放ち、いじめにいじめ抜いていた。
とにかく彼らは騒がしく、ガンガンと頭に響く。
もしかして彼らの騒音によって、俺は起こされたのか?
「ふう……騒がしいな……」
「「「!?」」」
寝起きの俺は、ついはた迷惑な若者たちへ苦情をこぼす。
するとその場の全員が動きを止め、俺をギョッとした目で見てきた。
「誰だ、うぇい……?」
「……なんて長大な剣を背負っているのでしょう」
「警戒だっぜ! この俺様たちに気取られず! 最強の俺様たちを前にして平然と……馬鹿な! 眠そうにしてるっぜ……!?」
「……なに、あの渋すぎるイケオジ……」
急に注目されたので恥ずかしくなってきた。
なんか文化祭の当日、自分だけ寝坊で遅刻してきた空気の読めない奴みたいな。そんな視線が突き刺さって、とにかく俺は無性に仲間が欲しくなった。
そんな俺の願いに応えるように、背後でガチャリと音がする。
振り返れば、そこには暴力的なまでに無骨な巨剣が一本。
というか俺が背負ってたみたいで、その長さゆえに瓦礫にぶつかっていた。
「…………」
沈黙がその場を支配する。
なんとなく。
騒音が迷惑とか、そう思ってるのは一人だけじゃないって味方が欲しくて。
「ん————こいつも、起きたのか——」
「剣に、語りかけた……? え、魔剣の類うぇい……?」
「覚醒でしょう。意思のある剣は現存するものですと、『竜皇の魔剣:神殺し』ぐらいでは……?」
「俺様たちなんざ、寝ぼけ眼でも瞬殺できるっぜ、そう言いてえのか……?」
「神殺しの大罪を……暗い過去を背負う、渋オジ……いいわね……うん、いいわ。イけるわ」
若者たちが何かひそひそ呟いているけど、俺は重要なことに気付いた。
それは、背中の巨剣こそが、妙な気だるさの原因だったと。
とっても重い。
どうにか外せないかな。
うわ、くそっ、頑丈な革製? ベルトが複雑な構造で、外し方がわっかんない。
「ふっ……どうやら離れてくれないらしい」
「僕の『聖剣ウェイン』と同じく……一心同体ってやつかうぇい……!?」
「魔剣『神殺し』は装備者の魂を縛り、その狂気が常に身体を蝕むと聞いています……」
「剣ばっか見やがって……俺様たちなんざ、眼中にないっぜ……?」
「狂気を必死に抑え込む渋おじ、うん、いい。ねぇ、パーティーに勧誘してみない?」
背中の剣を外そうとして、さらなる新事実に気付いた。
この剣はッッ、俺がドハマりしていたMMORPG『クロノ・クロニクル』に出てくるモブキャラNPCのッ!
『シブ・スギータ』が愛用していた巨剣じゃないか!
その渋すぎる風貌は、多くの男性プレイヤーの心を鷲掴み、正真正銘のネタキャラだが愛されていた。
ストーリーが重要局面を迎える度に、あまりに重厚なオーラをまといながら、意味深に意味のない助言をしてきて、颯爽と渋く消え去る中年シブ・スギータ!
未だかつて、その背中の巨剣を抜いた姿を見た者はいない。
多くの謎と、影の滲んだ過去を匂わせる渋すぎる男。
そんな推しの巨剣が、今、俺の背中に鎮座しているだとう……!?
あれ、ってことは、え?
ゲームの世界に転生したとか、そんな感じ?
今の俺ってもしかして、推しのシブ・スギータになってたりする?
おもむろに両手をぐっぱーぐっぱーしてみたり、顔をぺたぺた触ってみる。
「ふう……推しが……俺の、身体か……?」
「おいおい、まさかだうぇい……」
「魔王が言ってたことは本当でしたの……?」
「……間違いなくあの野郎は、魔神だっぜ」
「え、なに? あのイケオジの中に魔神がいるってわけ? み、み、味方にした方がよくない……?」
「ま、まさか、僕たちの戦いで……封印が、解けた?」
「魔神様の、依り代、目覚めさせた、みたい……?」
幼女が首をかしげると、いじめ主犯のウェイ青年の額に青筋が走る。
幼女への苛立ちをぶつけるように、青年はあろうことか再びその切っ先を幼女に向ける。
「このっ、うるせええんだうぇいいい! お前は大人しく殺されてろおお!」
「きみは——それでいいのか……?」
幼女に集団暴行とは正気か? と、俺はとっさに右手を上げて青年に静止をかける。
キチガイには無駄な行為かもしれないが、反射的に動いてしまった。
「なッ、なんのつもりだ!? (魔王に加勢する気か!?)」
しかし予想に反して、青年はビクンっと身体を揺らしてその場で止まる。
「負けたくない……! (魔神様が参戦すれば勇者に勝てる)」
さらに幼女もよっぽどの負けず嫌いなのか、この無謀な喧嘩を続けようとしている。
確かに双方とも、物凄い化け物だ。
アニメとか漫画でしか見たことないようなド派手な魔法とかぶっ放してたし。
俺は未だに自分がどんな状況で、なぜここにいるかもわからない。
ただの混乱した一般人が、化け物たちに何か言える立場じゃないのは重々承知している。
それでも、心を込めて言わなければいけないことがある。
どうにか必死で、この想いを伝えなければいけない。
だから俺は全身全霊を賭して、眼力を強めた。
「やめておけ……」
遺跡が崩れて俺が死ぬ。
「なっ……!」
「あれが……【神殺し】を手にした、魔神の気迫なのですね」
「やっべ、やられるっぜ」
「……キュゥゥン♡」
「くっ、クソッ……そ、そこのオヤジぃ……名前は何だうぇい」
「俺の名はシブ・……」
推しの名を紡ごうとして、しかし俺は口をつぐんだ。
果たして、今の俺が推しの名を名乗っていいのだろうか?
多分、きっとそれは違う。
「——いや、名乗るほどでもないか」
「なんッッだとッ……」
「……今の私たちでは、格が違いすぎると」
「俺様たちには名乗るほどもないっぜ、てか」
「うぇーいぃぃ……ちきしょうがっ!」
「……きゅきゅきゅきゅきゅぅぅぅぅんッ♡ あ、あたしわあ、魔法処女ラブリー・ショッジョでぇっす♡」
「てめーはビッチだろうっが」
「あ゛!?」
「ちょっ、お二人とも、魔神の前で仲違いなんてっ!」
「ま、まずい! 逃げろっ、ランッ、ナ、うぇい!」
彼らは何やら勝手に内輪もめを始め、そそくさと退散していった。
「こ、このっ! 決戦はまた次の機会にしてやるうぇい!」
そんな騒がしい若者たちを見て、俺は無性に寂しくなってしまった。
これからどうしようとか、元の世界に帰れるのかとか。とにかく孤独とは無縁な彼らが羨ましくて——
「————戻れない道もある、か……」
すると若者たちを黙って見送っていた幼女が、俺の袖をくいっと引いてきた。
改めて彼女を見ると、驚くほど整った顔立ちをしている。
月光を溶かしたような銀髪に、赤く燃える紅玉の瞳。頭に黒い双角を生やしてはいるが、ひどくあどけない。
そして幼いながらも、その将来は美の女神に約束されていた。
そんな美幼女が俺を見上げて言う。
「魔神様」
マシンって……俺のことか?
勘違いも甚だしいし、推しをロボ呼ばわりするのは遠慮してほしい。
「——その呼び方は、違う」
「じゃあ、なんて呼べばいい?」
彼女の問いに、俺は遠くを見つめる。
そうだ。それなら、今の俺は一体何なんだ……?
「————好きに呼べ」
自分でもわからん。
そう呟いただけなのに、なぜか幼女は嬉しそうに————
静かにはにかんだ。
「ぱぁぱ」
パッ!?
◇
数日後。
魔神復活の一報が王国を揺るがす。
さらには勇者の怨嗟までもが、王都の夜を戦慄させた。
『シブゥゥゥゥゥッ……しぶいいいっ、ギョハァァァアッ!』
人類の希望である勇者ウェイ・ヤリラーフィは、数多の治療師が煎じた良薬を口にしても体調が回復せず……解毒不能な『謎の呪毒』によって命を落としたのだ。
『にがっ、しぶうゥゥウゥッすぎたああァアアッ……ゲッハアァァァ……!』
良薬のしぶさと苦みに蝕まれ、のたうち回った勇者。
そんな彼の最期を見届けた、勇者パーティーの皆々が口を揃えて言う。
『魔神が残したあの言葉は、逃さないって警告だったのでしょう……』
『勇者の命運を、死を見抜いてたっぜ? とでも言いたかったのか』
『あのイケオジが勇者を呪い殺したってわけね……(何かにぃ目覚めそぅ、キュウンンッ)』
————勇者は、決して『戻れない死』を辿ったのだった。




