第1章 1-5 初めての仲間たち 中間
顔合わせを終えた私たちは、東船橋ダンジョンへ向かった。
ギルドの受付で入場手続きを済ませると、黒い球体の浮遊カメラが五つ起動する。
私の背後に一つ。
高坂たち四人の背後にも、それぞれ一つずつ。
昨日、一人で潜った時は気になって仕方がなかったその視線も、今は少しだけ違って感じられた。
一人ではない。
その事実が、緊張をわずかに和らげてくれていた。
結界を抜ける前に、高坂がこちらを振り返った。
「佐伯さん、確認しておきたいことがあります」
「何でしょうか」
「受付の方から、三階以降は佐伯さんの判断を優先するように言われています。罠や通路の確認については、特に」
私は少しだけ意外に思った。
受付嬢は、ただ私を同行者として紹介しただけではなかったらしい。
この四人に、あらかじめそう伝えていたのだ。
「私は冒険者としては新人です。戦闘経験なら、皆さんの方が上でしょう」
「でも、俺たちには罠を見られる人がいません」
高坂は真面目な顔で言った。
「戦闘は、今まで通り俺たちでやります。ただ、危ない場所を見てもらえるだけで助かります」
三浦も頷いた。
「正直、罠って地図で避けるくらいしかできないんですよ。実際に見ろって言われても、俺たちじゃ分からないですし」
橘も頷いた。
「戦うのは何とかできても、足元とか壁とか、そういうのは全然分からないです」
藤堂が静かに続ける。
「危ないと思ったら、止めてください。理由は後で大丈夫です」
その言葉で、私の役割は決まった。
戦うのは彼ら。
迷宮を見るのは私。
それでいい。
「分かりました。私が止まれと言った時だけは、理由を聞く前に止まってください」
「分かりました」
高坂が短く答える。
三浦、藤堂、橘も頷いた。
結界を抜けると、白い石造りの通路が続いていた。
一階層。
昨日、私が初めてゴブリンと戦った場所だ。
高坂が盾を構え、先頭に立つ。
その後ろに藤堂。
さらに三浦と橘が続く。
私は列の少し横に立ち、四人の動きを確認しながら進んだ。
「いつもこの隊列ですか?」
「はい。俺が前に出て、三浦と橘が後ろから攻撃します。藤堂は回復役です」
高坂が答える。
声は少し硬い。
だが、緊張で動けなくなるほどではない。
「悪くありません。ただ、罠や曲がり角では私が前に出ます。魔物が見えたら高坂さんが前です」
「高坂で大丈夫です。佐伯さんの方が年上ですし」
「分かりました。高坂」
「はい!」
返事が少し大きい。
三浦が後ろから苦笑した。
「高坂、声でゴブリン呼ぶなよ」
「悪い」
「悪いって言いながら、またやるんだよな」
「やらない」
橘が小さく笑い、藤堂も口元を緩めた。
若い。
それでも、軽さだけではない。
互いの位置を確認し、武器を握る手に油断はない。
通路の先から、すぐに足音が聞こえた。
高坂が盾を構える。
「いつも通りでいく!」
その声に、三人がすぐ反応した。
橘が矢を番え、三浦が杖を構える。
藤堂は一歩下がり、全員の位置を確認していた。
現れたのは、通常のゴブリンが二匹。
粗末な棍棒を持ち、唸り声を上げながら走ってくる。
橘の矢が先に飛んだ。
右のゴブリンの太腿に刺さり、動きが鈍る。
そこへ、三浦の火球が重なった。
小さな火の玉が胸元で弾け、ゴブリンが仰向けに倒れる。
もう一体は高坂の盾にぶつかった。
高坂はそれを受け止め、盾で押し返し、体勢を崩したところへ剣を振り下ろす。
短い悲鳴。
戦闘はすぐに終わった。
私は手を出さなかった。
必要がなかったからだ。
「悪くないですね」
私が言うと、高坂たちの表情が少し明るくなった。
「本当ですか?」
「はい。一階の通常ゴブリン相手なら、十分に連携できています」
「よかったあ……」
橘が胸を撫で下ろす。
三浦が少し得意げに杖を肩に乗せた。
「まあ、俺の火球が決まりましたからね」
「橘さんが足を止めたからです」
藤堂が静かに言う。
三浦は一瞬言葉に詰まり、気まずそうに笑った。
「……まあ、それはそうだけど」
そのやり取りを見て、私は少しだけ肩の力を抜いた。
高坂が前に立ち、藤堂が支え、三浦が火力を出し、橘が敵の動きを止める。
役割はできている。
若いだけの無謀なパーティではなかった。
一階の既知ルートを進み、二階へ下りる。
二階に入ると、白い石壁の色が少し暗くなった。
光苔の明かりもまばらになる。
高坂たちの表情からも、先ほどまでの余裕が少し消えていた。
「二階は何度か来ているんですよね」
「はい。ただ、奥まではあまり行っていません。三階の階段近くは危ないと聞いているので」
「その判断は正しいと思います」
無理に進まない。
それができるだけで、生存率は大きく変わる。
しばらく進むと、前方の分岐から三匹のゴブリンが姿を現した。
一体は錆びた短剣。
残り二体は棍棒。
一階のものより、動きが少し速い。
「来ます!」
橘が声を上げる。
高坂が盾を構えた。
「いつも通り。無理に前へ出ない!」
高坂の声に、三人が動いた。
橘が右のゴブリンへ矢を放つ。
矢は肩に刺さり、ゴブリンの体がわずかに傾いた。
三浦はすぐに火球を撃たず、高坂の位置を見てから杖を構える。
藤堂は一歩下がりながら、高坂の背中と三浦の立ち位置を確認していた。
短剣持ちのゴブリンが低く飛び込む。
高坂は盾を斜めに構え、短剣を受け流した。
そのまま盾で押し返し、剣を振るう。
一体目が倒れる。
左の棍棒持ちは、橘の二本目の矢で足を止められた。
そこへ三浦の火球が飛ぶ。
火の玉が胸元で弾け、ゴブリンが壁際に転がった。
最後の一体が高坂の脇を抜けようとする。
高坂は無理に追わず、盾を横へ出して進路を塞いだ。
橘が矢を番え直す。
三浦が杖を向ける。
逃げ道を失ったゴブリンを、高坂が剣で斬り伏せた。
危なげはある。
だが、危機ではない。
彼らは二階でも、通常のゴブリン相手なら十分に戦える。
「今のも良かったです」
私が言うと、高坂が少し息を整えながら頷いた。
「ありがとうございます」
「三浦さんは、撃つ前に高坂の位置を確認していましたね」
「あ、はい。味方に当てたら洒落にならないので」
「いい判断です」
三浦は照れくさそうに笑った。
橘が横から言う。
「三浦、褒められてる」
「分かってるよ」
藤堂も小さく笑う。
敵が見えていて、正面から来るなら対応できる。
連携も悪くない。
だが、迷宮の危険はそれだけではない。
さらに奥へ進む。
二階の通路は、一階よりも分岐が多い。
主要ルートは、ギルドの端末に記録されている。
迷宮内に目印は残らない。
持ち主のいない物、直接手に触れていない物、身に着けていない物は、六時間で迷宮に飲み込まれる。
壁に刻んだ印も、床に置いた目印も同じだ。
だから冒険者は、端末の地図と、その場での確認を頼りに進むしかない。
高坂が端末を確認しながら、足を止めた。
「この先に、罠の記録があります」
「確認します」
私はそう言って、床へ視線を落とした。
迷宮の罠は、モンスターには反応しない。
反応するのは人間だけだ。
それは冒険者なら誰でも知っている常識であり、だからこそシーフやスカウトの存在が必要とされる。
ゴブリンが通った後だから安全。
そんな考えは、迷宮では通用しない。
「罠は人間にしか反応しない。魔物の足跡があっても信用しない。基本通りでいきましょう」
私が確認するように言うと、高坂が短く頷いた。
「はい。記録と実際の作動範囲を確認してから通ります」
三浦も端末を覗き込みながら、真剣な顔で言った。
「地図は目安。最後は現場確認、ですね」
「その通りです」
私は足元を見た。
視界の奥に、薄い幾何学模様が浮かぶ。
床の一部。
壁の細い溝。
天井に刻まれた目立たない線。
既知の罠だ。
ただし、端末に表示された作動範囲より、わずかに右へ広い。
「止まってください」
四人が足を止める。
「記録より右側が広いです。壁際に寄って、一人ずつ通りましょう」
高坂が端末に視線を落とした。
「端末では、そこまで広く表示されていません」
「だから、現地確認が必要なんです。地図は目安でしかありません」
高坂は床を見つめたが、すぐに表情を引き締めた。
「……分かりました。佐伯さんの判断に従います」
橘が小さく息を呑む。
「見ても、全然分からない……」
藤堂も床を見つめたまま、静かに呟いた。
「これを見落としたら、普通に踏んでしまいますね」
私は頷き、先に進んだ。
床の縁を踏む。
問題ない。
続いて高坂、藤堂、三浦、橘の順に通る。
罠は作動しなかった。
ただ、何も起きずに通り抜けただけ。
だが、その何も起こさないことこそが、シーフの仕事だった。
二階の奥へ進むにつれ、魔物の気配は少しずつ濃くなった。
今度は、ゴブリン三匹に加えて、粗末な木の盾を持った一体が現れた。
高坂が低く声を出す。
「盾持ち……」
「いつも通り。前は俺が受ける」
高坂が盾を構える。
橘が矢を番え、三浦が杖を構えた。
藤堂は少し後ろへ下がり、すぐに回復へ移れる位置を取る。
私は一歩引き、床と壁を見た。
罠の反応はない。
ここは戦える。
「足元は大丈夫です」
私がそう告げると、高坂が短く頷いた。
「ありがとうございます。なら、受けます」
ゴブリンたちが迫る。
盾持ちが前に出て、後ろの三匹が左右に散った。
拙いが、連携らしきものがある。
高坂の盾と、ゴブリンの盾がぶつかった。
鈍い衝撃音が通路に響く。
橘の矢が右のゴブリンの膝を射抜く。
三浦の火球が左奥のゴブリンに直撃し、火の粉が散った。
藤堂は高坂の右腕に浅い傷が入ったのを見て、すぐに治癒の準備をする。
高坂は盾持ちと押し合いながらも、無理に押し込まなかった。
相手が崩れるのを待っている。
橘の二本目の矢が、膝を射抜いたゴブリンの喉元に刺さる。
三浦は続けて撃たず、味方との距離を見て杖を下げた。
その判断は正しい。
火球を無理に撃てば、高坂を巻き込む可能性があった。
高坂が一歩横へずれた。
盾持ちのゴブリンが釣られて体を向ける。
その隙に、高坂の剣が盾の内側へ滑り込んだ。
腕を斬られたゴブリンが、盾を落とす。
「今!」
高坂の声に、橘が矢を放った。
矢が肩に刺さり、盾持ちがよろめく。
高坂の剣が振り下ろされ、盾持ちは床に崩れ落ちた。
残りの一体は、三浦の火球で動きが鈍っていた。
高坂が盾で進路を塞ぎ、橘が足を止める。
三浦が杖を構えたが、距離が近い。
火球を撃てば、高坂を巻き込む。
その一瞬、私の視界に線が走った。
敵の逃げる方向。
高坂の盾の角度。
橘の矢で崩れた足。
私は横から踏み込み、短剣を逆手に握った。
狙うのは首ではない。
脇の下。
防具も筋肉も薄い、動きの逃げ道だ。
刃が滑り込み、ゴブリンの体がびくりと跳ねた。
高坂がすぐに盾で押し込む。
私は刃を引き抜き、半歩下がった。
ゴブリンは膝から崩れ落ちる。
戦闘が終わった。
三浦が小さく息を吐いた。
「……今の、合わせたんですか?」
「高坂が止めて、橘さんが足を潰してくれたからです。私は空いた場所を刺しただけです」
「それ、十分すごいと思うんですけど」
橘が目を丸くする。
私は首を振った。
「一人で倒したわけではありません。今のは、連携です」
高坂が息を整えながら振り返った。
「足元が大丈夫って分かるだけで、かなり動きやすいです。それに、佐伯さんが遊撃で入ってくれるなら、討ち漏らしも減らせます」
その言葉に、私は頷いた。
戦う場所を見誤らなければ、彼らはちゃんと動ける。
そこに私が合わせられるなら、三階でも形にはなる。
三浦も杖を下ろしながら言った。
「確かに、罠があるかもって思いながら撃つのはきついですね」
「三階からは、もっとそれが増えます」
私がそう言うと、四人の表情が引き締まった。
高坂は剣を鞘に収め、真剣な顔で私を見る。
「三階からは、佐伯さんの指示を優先します。俺たちは戦闘に集中します」
「それでお願いします」
私たちはさらに二階の奥へ進んだ。
通路は静かだった。
静かすぎる、と言ってもいい。
「……今日は、少ないですね」
高坂が端末を見ながら呟いた。
「いつもはもう少し出るんですか?」
私が尋ねると、高坂は小さく頷いた。
「はい。二階の奥まで来ると、もう少し頻繁に遭遇します。少なくとも、ここまで静かなのは珍しいです」
橘も周囲を見回す。
「足音も、鳴き声も少ないです」
三浦が杖を握り直した。
「楽なのは助かるけど……逆に嫌ですね」
藤堂は何も言わず、杖を胸元に寄せた。
私も同じことを感じていた。
迷宮で静かすぎる時は、たいてい理由がある。
「三階へ下りる前に、警戒を上げましょう」
私が言うと、高坂が真剣な顔で頷いた。
「分かりました」
さらに進むと、下へ続く階段が見えてきた。
三階への階段だ。
階段の先からは、冷えた気配が這い上がってくる。
光苔の明かりも弱く、下の通路は暗い。
高坂が盾の紐を締め直す。
藤堂は杖を両手で握り、三浦は軽口を飲み込んでいた。
橘も矢筒の位置を確かめ、真剣な目で階段の奥を見ている。
私は腰の短剣に触れた。
ここから先は、今までと違う。
三階以降は危険度が変わる。
ジョブ持ちのゴブリンが増え、罠も悪質になる。
受付嬢の言葉が、今になって重く響いた。
「行きましょう」
私たちは、三階へ下りた。後でいい。




